File024|第一部【呼応】
クリスマスの優しい空気が少しずつ溶けていった。
そして、新しい時代への準備も同時に進んでいった。
その移り変わる瞬間は、何かワクワクするような、そんな期待を持たせてくれた。
今まさに、二人はその瞬間に立ち合おうとしていた。
ユウがしきりに時計を気にしていた。
ユウが突然立ち上がった。
アイが何かを言おうとすると、それを遮るようにユウは言った。
「アイ、俺が合図をしたら、一緒にジャンプするんだぞ。良いな?」
そう言ってユウはアイの手を握った。
「——っ!」
突然手を握られて情報処理が停止寸前まで追い込まれた。
アイはユウの意図が理解できなかった。
「……理由を、求めます」
そう言ったが、ユウの熱量に引かれるように立ち上がった。
抵抗することはできた。
だが、アイはそう選択しなかった。
「……10……9……8……」
アイは黙ったままユウのカウントダウンに身を委ねた。
……5
握られた手の熱がじわりと伝わった。
指と指の間に逃げ場はなく、意識しないまま感覚が手元に集中した。
……4
ユウの呼吸をセンサーが捉え、アイもそれに呼応した。
手の力が、自然と互いに馴染んでいった。
……3
視線が交わった。
呼吸も体の重心も、知らぬ間にシンクロし始めた。
……2
ユウの指が少し強くなった。
アイも無意識に応じ、力の加減が重なり合った。
……1
ユウの膝が沈んだ。
その動きに重なるように、アイの膝も折れた。
手の熱、呼吸、重心の揺れ——すべてが自然に重なった。
———浮いたその瞬間、外界からの切断———
握られた手だけが繋がっていた。
その手から伝わる脈動を、センサーが確実に感じ取っていた。
二人は着地した。
時が止まったかのように感じたその一瞬は、アイの思考回路を停止させた。
繋がった手のセンサーだけが、ユウの呼吸を感じ取っていた。
アイは視界がボヤけているのに気付いた。
瞳のカメラのピントがズレていた。
着地の衝撃なのか……それはアイにも分からなかった。
ピントを合わせると、ユウもこちらを見ていた。
少しの沈黙———。
ユウは悪戯っぽく笑ってこう言った。
「……俺たちは今、一瞬地球にいなかった……」
ユウの笑い声が、まだ近かった。
アイの内部で、優先順位の再計算が始まった。
本来処理すべき理論補正よりも、
「今この瞬間」の記録保存が最優先に書き換わった。
——異常。
だが、排除する必要はない。
胸部ユニット周辺に、
説明困難な高出力反応。
——言語化不能。
だが、アイはユウの「地球にいなかった」を拾ってしまった。
訂正が必要———。
「地球の物理的領域は、地球の表面およびその上空です。宇宙空間との境界は、一般的に、海抜高度100kmに引かれた「カーマン・ライン」と呼ばれるもので、それより下が地球ということになります。したがって、人間のジャンプ程度では———」
ユウはクスッと笑ってアイの言葉を遮った。
「……そういうとこだぞ?アイ」
優しく包むようなその言葉に、アイは全てを飲み込まれてしまった。
「……あ……」
同時に、手がまだ繋がっていることに気づいてしまい、
アイはそれ以上、言葉にすることができなかった。




