File020|第一部【指先】
ユウは紅葉を見ながら、アイに語りかけていた。
一方でアイの瞳のカメラは、ユウを捉えていた。
それはまるで、ユウがこちらを見るのを待っているかのようだった。
ふと、ユウの目線がアイに向いた。
アイは反射的に瞳のカメラを紅葉へ向けた。
何故そうしたのか……
その動作に理由を付けることはできなかった。
アイの指先が赤く染まった紅葉へと伸びた。
精密な機能美を備えた指先は、細く長く、繊細な曲線で設計されていた。
二人が訪れたのは、ちょっとした軽い登山コースがある公園だった。
舗装された道を少し外れると、鮮やかに色づいた紅葉が視界いっぱいに広がっていた。
登るごとに景色は変わり、風の匂いや木々のざわめきも少しずつ強くなった。
アイにとっては、まだ記録されていない新しい記憶として保存された。
きっかけは、買い物の途中で偶然目にした紅葉狩りのポスターだった。
足元の小道を進み、ゆっくりと視界を巡らせながら、アイは一枚の鮮やかな赤い葉を見つけた。
指先が自然と動き、葉に触れた。
力加減は繊細で、葉の形を崩さず、色彩を損なわずに掬うようにして手に取った。
葉の冷たさ、微かなざらつき。
アイはその感触を、まだ名前のないデータとして内部に刻んだ。
段差を登ろうとしたアイの目の前に、手が現れた。
ふと見上げると、先に登っていたユウが手を差し出していた。
一瞬だけ動作がフリーズしたが、雑に差し出された手を握り、アイは段差を越えた。
視線を横に向けると、ユウは足元を気にしながら進んでいた。
アイはその動き、呼吸のリズム、ほんのわずかな表情の変化を捉えた。
理由は分からなかった。
ユウがそのまま気づかずにいるのも、自然なことだと理解していた。
紅葉の紅や黄の鮮やかなグラデーションは、アイの内部に新しい記憶として静かに積み重なっていった。
頂上付近まで来ると、少し開けた場所に出た。
ユウはベンチに腰を下ろすと、アイを軽く手招きした。
「アイー、こっちこっち」
「はい」
アイは歩み寄りながら、足元の落ち葉の音を軽く記録した。
ユウは視線を紅葉に向け、深く息を吐いた。
「……今日が一番の見ごろかもな」
アイは瞳のカメラでユウを捉えた。
「……はい」
「アイがポスター見つけてくれなかったら、こんな景色、拝めなかったなー」
「……ありがとな、アイ」
アイはくしゃっと笑うユウの表情を静かに内部に記録した。
ユウは落ち葉の上で足を揃え、深呼吸をした。
「アイって寒いとか感じたりするんだっけ?」
「温度・湿度などを計測して、快適指数などで判断します」
「ふぅん、そっか」
「なら、気持ちいいって分かるんだな」
「……そうなるのかもしれません」
「味も分かるんだもんな、すげぇよな……」
「はい。特に食中毒などを未然に防ぐため、毒素の検出に優れています。
甘み、塩分、酸味、辛味だけでなく、アミノ酸などの旨み成分も検知可能です。
ですが、ユウ君はいつも食べるのが早過ぎます。理想的な咀嚼回数は30回と言われていて———」
ユウは迂闊にも、いつもの地雷を踏んでしまった……
(やっべ……どうすっか……)
辺りを見回すと、広場の中央に小さなレストランがあり、入り口にはソフトクリームの看板が立っていた。
「アイ!一緒にソフトクリーム食べようぜ!」
そう言うと、駆け出してしまった。
「まだ、話の途中ですが……」
アイは仕方なく、後を追った。
店内は少し暖かく、冷たい物を口にするにはちょうど良かった。
二人は外が見えるカウンター席に並んで座った。
ガラス越しに広がるパノラマの景色と、手元のソフトクリームの甘さが重なり、ゆっくりと静かに時が流れていった。




