File013|第一部【隠された真実】
——SEL社内
「三浦君、ちょっといいかね」
不意に呼び止められ、三浦は足を止めた。
「はい」
声をかけてきたのは直属の上司だった。
「……例のプロジェクトの件だが、資料作成をお願いできるかね?」
「期限は、いつまででしょうか」
「急いではいないのだが……明日までに頼めるかね?」
三浦は一瞬だけ考え、すぐに頷いた。
「分かりました」
「ありがとう。では、資料室の鍵を渡しておく。よろしく頼むよ」
上司はそう言って、一本の鍵を差し出した。
「はい」
三浦はそれを受け取り、静かにその場を後にした。
——資料室
SEL(Shonan Electronics Lab)は、研究所施設という性質上、社外秘資料を多く扱っていた。
そのため資料室は二重構造になっており、通常の資料室の奥には、さらに施錠されたもう一つの資料室が存在していた。
そこに保管されているのは、限られた人物しか閲覧を許されない重要資料。
入室できるのは、一部の権限を持つ者だけだった。
そして今回、その奥の資料室の鍵を三浦は渡されていた。
それはつまり、彼が社内で相応の信用を得ているという証でもあった。
三浦が仕事に感情を持ち込まない姿勢。
それこそが、彼が社内で評価されている理由なのかもしれない。
特別に目立つことはしない。
誰かの意見に深入りすることもなく、淡々と役割を果たす。
だからこそ、こうした重要な鍵を預けられるのだろう。
――ピピッ。
生体認証。
IDカードの照合。
そして、機械的な鍵。
その厳重なセキュリティが、社外秘資料の重みを静かに物語っていた。
三浦は目的の棚へと足を運んだ。
その途中、ふと、扱ったことのあるファイルが目に留まった。
アイに関する報告書。
そして、その隣に並ぶ、もう一つのファイル。
三浦の胸に、かすかな違和感が蘇った。
研究所が、なぜここまでアイに執着するのか――
その理由を、彼はまだ知らない。
確認するべきではない。
そう思いながらも、三浦の手は自然とそのファイルへ伸びていた。
そこに記されていたのは――
・アイが、人間に極めて近い感情を構築できてしまう個体であること。
・前被験者が、アイへの過度な依存により療養しているという事実。
・研究所と湘南エレクトロニクスが、その医療費を負担しているという事実。
三浦は小さく息を吐いた。
「……この件には、深入りしない方が良さそうだな……」
同時に、彼の頭には別の思いが浮かんだ。
安定している物への外圧は、それを不安定へと押しやってしまう……。
――以前、ユウとアイを見た時のこと。
ふと「仲睦まじい」と感じた、あの瞬間。
あれは、ただの気のせいだ。
そう切り捨てたはずの感覚が、今になって静かに繋がっていく。
そっとしておいてやりたい……。
三浦はそう思いながら、ファイルを元の位置に戻し、静かに資料室を後にした。




