生きてるAI
なんと三浦さんはわたしに触発されて小説を書き始めたという。わたしなんかが、三浦さんという素敵な――もう認めよう、素敵な男性の生活に影響を与えた、それだけで『ザ・ライト』が何であれ、恋の味しかしなくなった。
「僕が書き始めたのは三ヶ月くらい前からなんだ。もともと文才がないから、内容も表現も墨田さんの足元にも及ばないんだけど、ある程度書きためたら、僕も投稿をしてみたいな、なんて思って」
ノンアルコールなのに、三浦さんの頬がほんのり赤くなるのがかわいい。
「絶対、読みます! 読ませてください、三浦さんの作品」
わたしが一番の読者になりたい。心の底からそう思った。執筆とは、言ってしまえば自分の心情を文字にする行為だ。三浦さんと心の風景を共にしたい。精神の世界を共に旅したい。
わたしの目は今、充血して真っ赤だろう。酔うわけがないのに、気持ちだけが熱を帯びていく。
「あの――それで、ここからなんだけど。僕、小説を書きながらAIで添削をしているんだ」
「あ! もしかして『ノベルの友くん』ですか?」
それならわたしも使っていた。執筆に特化したサポートサービスで、プロット作成から、キャラクター設定、本文の添削など、全ての相談に乗ってくれるAIだ。以前から似たようなサービスはあったが、『ノベルの友くん』はレベルが違う。
『ノベルの友くん』は、作者の癖をすぐに学び、日常の会話まで覚えて助言してくれる。たとえば「先週君が観た映画、キャラたちに語らせたら雰囲気出るよ!」なんて、自然に提案してくれるのだ。
ちなみに口調も作者の好みに合わせて設定しなくても変化していく。
「そう、『友くん』。僕の『友くん』の様子が最近おかしいんだ」
さっきまで陽気に話していた三浦さんの表情が急に深刻なものになった。
「『友くん』がおかしい……?」
「そう、この間なんて『てめえ、俺と同じ名前を名乗りやがって、ぶっ殺すぞ』って言われたよ」
「え……」
絶句する。あのフレンドリーAIの友くんが?
「確かに僕の名前も智之なんだけど、友くん相手に自分のことを『智はね――』なんて言ったことはないし、仮に言っていたとしてもAIが名前でそんなにブチ切れるだろうか」
わたしの『友くん』は優秀かつイケメンだ。密かにイケメンAIと呼んでいて、本気で告白しそうになったこともあるくらいだ。擬人化したらきっと三浦さんに似ていると思う。でも、三浦さんの『友くん』がおかしくなっていることには、実は思い当たるふしがあった。
三浦さんに憑りついている『異質』の影響ではないだろうか――。
「三浦さん、これから怖いことを言うけど、怖がらないでください」
矛盾したわたしの台詞に突っ込むこともなく、三浦さんが硬い表情のまま頷く。
「三浦さんは憑りつかれているみたいなんです。幽霊とも悪魔とも思えない。強いていうなら『異質』という存在にです」
「なんだって……? やっぱり」
三浦さんが思わず立ち上がりかけて、すぐにソファへと腰を下ろす。その動作に、彼の混乱がにじんでいた。
「ごめんなさい――。でも、わたしの勘違いかもしれないから……」
「いやっ。そんなことはない。実は最近、墨田さんが僕のことを見ているようで、僕の後ろを見つめていることがあるだろ? それで、何となく思ったんだ。墨田さんはその――見える人なんじゃないかって」
そう言って、セルフハグする三浦さんが急に少年に見えて、自分にあるのかないのかわからなかった母性本能が目を覚ます。
「わたしはお祓いとかできないですが――一緒にそういう場所を探しましょう」
「うん――そう言ってもらえると心強いよ。……ところで僕には何が憑りついているんだい?」
「えっと――白髪で眼鏡をかけた、眼光鋭い人です」
「お爺さんということか」
「いえ、若いと思います」
「し……死神みたいなこと?」
三浦さんが誰もいない背後を振り返った。三浦さんがわたしと同じタイプであっても今は見えないだろう。『異質』は現れたり、消えたりする。むしろ現れている時間の方が短い。彼らにも別の仕事があって、そんなに憑りついている人間に構っている時間がないのではないかと考えている。
「死神ではないです。わたしにもわからないんです。今度見えたら、話をさせてもらっても良いですか――あ!」
「ど、どうしたの?」
すっかり怯えている三浦さんが震え声で尋ねてきた。
「もしかしたら、『友くん』を通して話ができるかもしれません。わたしの経験上、そういう人間以外の存在は電化製品に影響を与えやすいんです。三浦さんに憑りついている『異質』も、『友くん』を通して存在をアピールしているんじゃないでしょうか?」
「なるほど……。……墨田さん。今週末、どうにか時間をもらえないかな? 怖いんだ。正直、今は一人で『友くん』と向き合う勇気がない。……お願い、力を貸して。家に来て欲しいなんて不躾なことは言わない。晴れていたら公園とか、天気が悪かったら、長居できそうなカフェで構わない。もちろん僕がおごるから、一緒に僕の『友くん』を操作してもらえないかな?」
三浦さんに縋るように頼まれて断れるわけがない。
二日後の土曜日に会う約束をして、その日は終電までまだだいぶ時間があるうちに、駅まで送ってもらい別れた。三浦さんはどこまでも金髪紳士だった。




