オカルティックナイト2
思わず、手に持っていた緑色の液体――モクテルをくいっと飲んでしまった。甘い――意外と美味しいが今はそれどころじゃない。
「なんで……それを……」
もちろん、わたしはプロの小説家なんかじゃない。しかし、二年前から趣味でウェブサイトへの投稿を始めていた。
……あ、もしかして……?
「……これってさ、もし自意識過剰だったらごめんなんだけど――あの、僕のこと、書いてない? 『近況報告』という小説とは別の欄に」
図星すぎて、絶句する。三浦さんは『カラス神父』のグラスをゆっくり回しながら続ける。
「いや……最初はオカルト小説を探して色々読んでたんだ。それで、最近すごく気に入ったのがあって――で、その作者の近況報告まで目を通してみたら――最初は、自分に似た別人かと思ったんだけど、毎日追っていくうちに、何ていうか、まさに自分の日常とリンクしていて――それで……」
「もう、言わないでください」
思わず顔を両掌で覆った。なんだ、この乙女チックなポーズは? 自分のキャラに一ミリもかぶらない。でも、もうまともに三浦さんの目を見られない。同時に、近況報告に三浦さんのことをどう書いていたかを頭の中で高速で確認した。悪口なんかはもちろん書いていない。三浦さんに限らず、誰のことも。問題は好意めいたことを書いていないかだ。
『ささくれだった気持ちが、金髪さんのマイルドボイスで一気に癒されました』『金髪OBさん、今日はピンクの薄手のニットが素敵でした。彼のファッションで春を感じます』……。
駄目だ……絶望だ。これで好意がないと思う方がおかしい。今日ここに誘われたのは、傷つけないように断るためなんだ。断る? 何を? 何も頼んでいない。つまりは迷惑なのでやめて欲しいと言うために来たのだ。確かに学校で話せることじゃない。
「ううう……ああああああ……」
恥ずかしさで不気味な呻き声が出た。これではわたしが悪魔に憑りつかれたようだ。
「す、墨田さん……?」
見れないが、三浦さんもドン引きしているはずだ。いや、引くのを通り越して恐怖しているのではないか。この店、そういう雰囲気も抜群だし。
「消します。すみませんでした」
いつまでも唸ってても仕方ないので、思い切って顔を上げ、スマホを取り出した。
今、彼の目の前であの投稿を全て削除して見せよう。それくらいしか今は思いつかない。
「いやいや、僕は全然気にしてないよ。それどころか、あの書き込みで『悪魔に顔を奪われた鳥』の作者が墨田さんだとわかって、感謝しているくらいなんだから」
「感謝と言うと?」
「言っただろう。僕、あの小説の大ファンなんだよ。毎日『いいね』してるよ」
「……」
驚くほど読者の少ないわたしのホラー小説。たった一人だけ、毎日『いいね』をくれる人がいた。二日に一度更新すると、必ず短いコメントをくれた。『うおーーーーーー!!!』とか『きたーーーーーーー!!!』とか『続きが気になる!!!』とか『これはもしかしてペットセメタリーのオマージュでしょうか』というような深く読んでいないとわからないコメントまで。
それらは毎回わたしに活力をくれた。エナジードリンク? サプリメント? そんなものを遥かに凌駕するパワーをくれた。
すこしも大げさではなく、わたしを生かしてくれた。三浦さんはわたしの命の恩人だ。
「ううううううううう」
駄目だ、感謝の言葉を伝えたいのに――わたしの作品の唯一と言って良いファンが目の前にいるのに、口から呪いの言葉のような意味不明な音しか出てこない。これはもう、かわいいとかかわいくないとか以前の問題だ。
「あの……僕なにか悪いことを言ってしまったかな? 小説を書いていることとか、ホラーマニアなことなら学校では絶対に言ったりしないから、安心して。きっと、ほら、学校の子はみんなおしゃべりだし、ホラー小説なんて読まなそうな人ばかりだから、興味本位に話題にされるのが嫌なんだよね? うん、きっとそうだ」
三浦さんが恐怖のあまり早口になっている。まるで自分に言い聞かせるように、ものすごいスピードで喋って『カラス神父』をまた一口飲んだ。ゴクリという音がした。
「いえ、うううううううう。わたし子どもの頃から気持ちが昂ると言葉が上手く出てこなくなってしまって。それでだんだん性格も内向的になってしまって。とにかく、お礼を言いたかったんです。三浦さんのコメントでどれだけ救われたことか――」
ダメだ。どんな言葉も空々しい。わたしの心を満たしたあの『救済』を現わすのには全然足りない。全然違う。
「とりあえず、怒っていなくて良かったよ」
三浦さんが心底安心した顔で、カクテルのお替りを注文した。『ザ・ライト』。これもエクソシストの話だ。三浦さんは悪魔憑き系が好きなのか。だから自分自身もあんな『異質』に憑依されてしまうのか――。
「墨田さんは? もう一杯どう? 本題はこれからなんだ」
え? すっかりこの夢見心地のまま、たわいのない小説やオカルトの話をして帰宅するものだと思っていた。
「あ、じゃあ、わたしも『ザ・ライト』を……」
この店のメニューがわからないのと、三浦さんと同じものを飲みたいという気持ちだけでそう言った。
直後、三浦さんが、思いもよらない話を切り出した。
「実は……僕も、小説を書いてるんだ」




