岩屋ミーティング2
岩屋の入り口まで来た。
本当に都会の住宅街の中にこんな場所が存在するんだ――。これは江戸川先生が題材にしたくなるのもわかる。今までの江戸川先生なら、きっと物凄く面白い小説に仕立てただろう。
きっと昨年秋、不評だった『大田区 UFO伝説:管制塔からのSOS』で自信をなくしていたところを空っぽにつけ入られたんだ。あれは間違いなく傑作だったのに――。
斬新過ぎて世の中の人の理解が追いつかなかっただけだ。
入口で立ち止まった先生の小さな背中を見て、わたしも心に誓う。先生、わたしが救ってあげます。必ず完成させましょう、空っぽのものじゃなく、先生の書く『東京二十三区シリーズ』を。
岩屋の中から生ぬるい風が吹いた。ぬるりとした手の甲で、頬を撫ぜられたような気持ち悪さがあった。三浦さんがわたしの手を握ってくれた。あの三浦さんが。ちょっとだけ汗ばんでいて、でも温かくて、迷いがなかった。え? 嘘? どうしよう、ここに来た甲斐があった。もう目的を果たした気分だ。あとは朔太郎さんに任せてさっさと帰りたい。
「今日は二十人のメンバーが集まってくれました。これから『ペトリコール』はまだまだ大きな創作者集団になっていきます。今から参加するあなた達は古参――幹部も夢ではありません」
いや、この状況は結構夢であって欲しい。現実であって欲しいのは、温かい三浦さんの手だけで十分だ。
江戸川先生が暗闇に一歩踏み込んだ。カツン――外とは明らかに違う硬質な音が響く。
先生はライトもつけずにぐいぐいと暗い道を進んで行く。そう言えば、何故こんなところでミーティングを開いているのかを聞こうと思って、外で聞きそびれた。先生が一方的にしゃべっていたせいだ。
「なんで岩屋なんかでミーティングを、と思われているでしょう」
あまりにタイミング良く先生が言ったので、心臓が飛び出そうになった。
「ええ、まあ……」
ちょっと待って。どうして先生の声は反響しないんだろう? わたしの声とは明らかに違う。
「こういう空洞は理想なんです。空洞様――わたし達の創作の源ですが――も現れやすい。私たちの心と空洞様をつなぐパワースポットのようなものです」
先生は楽しそうに話すが、『空洞様』って空っぽのことだよね。それにわたしは今、恐ろしいことに気が付いていた。後ろ向きだからわかりにくかったが、やっとわかった。先生は全く口を動かしていない。通路の突き当りに大きな鏡があり、それに先生が映ったのだ。じゃあ、今喋ってるのは誰?
突き当りの大鏡の前まで来た先生が振り返った。
「さあ、両隣の空洞を見てください。各空洞に十名ずつ、メンバーが静止しています――」
やっぱり口が動いていない。変わりに満面の笑みだ。口が裂けそうなくらい「い」の形に横に開いて、目は大きく見開かれている。
もう背筋のアイス化が止まらない。これ以上怖いことがあったら、ぽっきり折れてしまいそうだ。
朔太郎さんなんて、真っ青な顔で目を瞑り、現実逃避に入っている。すっと、明かりがついた。天井の最低限の照明だが、妙に明るく感じた。
そして明かりが灯った瞬間、背筋が一気にドライアイス化した。
左右の空洞に、口裂け笑いの"本体"と――その両隣にぴったりと佇む、無表情のクローンがびっしりと並んでいた。
ダメだ――見慣れているわたしや、ナイト三浦さんですら恐怖で何もできないこの状況、弱虫の朔太郎さんが見たら――。
「うわああああああああああああああああ!!!!!!!!」
朔太郎さんが叫びながら、我を忘れたように、今来た岩屋の暗闇を――逆に、駆けて出した。




