人気作家の悩み1
友くんが謎の侍言葉を残して去ってから、一旦わたしは三浦さんとの通話を切った。
藤井朔太郎のどの作品の、どのシーンを三浦さんに描いてもらうかを決めるためだ。さらにそのシーンに至るまでの説明と、描かれるものの背景、朔太郎がそのシーンに込めたであろう思いを、わたしの言葉で整理しなくてはいけない。
それこそ『ノベルの友くん』のようなAIの力を借りれば、即座に朔太郎の代表作や、その要約を、驚くほどの短時間でまとめてくれるだろう。その中から三浦さんが適当に見繕って描き始めても良いのだ。
でも――それでは朔太郎の心に触れることができない気がした。彼はファンから届いたメッセージにはすべて目を通すと言っていた。その中で、彼の目に、心に特別な印象を残すものでないと意味がないのだ。つまり、誰もが好きだというようなありがちな場面のありがちなキャラクターのありがちな構図に、ありがちなメッセージを添えたところで、秒で埋もれるのは間違いない。
でも、あまり時間はないんだ。わたしが考え込んでいるぶん、三浦さんの創作に充てる時間が減っていく。
狭い部屋をウロウロしながら考える。
――――違う。作者を喜ばせるためだけのイラストなんて、いらない。
作者は、読者の心に何が映ったのかを知りたいんだ。それが『希望』であれば良い――わたしならばそう思う。
朔太郎の作品で、今もわたしの心に住んでいる場面、キャラクターは――双子の天使。
江戸時代なので、いわゆる洋風の、羽の生えた天使ではない。名前は『流れ星』と『北極星』。男の子と女の子の双子だ。
いわさきちひろのように子どもを描く三浦さんなら、儚げな二人をどんなタッチでなぞるのか。
それに、彼らは少し天邪鬼なところがある。人間をからかって面白がっては、聖母のような女神に怒られている。――彼女は本当に聖母だ。何でもかんでも「かわいい」「かわいそう」とか言って甘やかしてはくれない。基本は放置。そして、甘ったれにはカツを入れ、ピンチの時には必ず助けてくれる。
昨今世に蔓延るのは聖母もどき、天使もどき……もしかしたらそういうことか? 友くんもどきと友くんの関係に似ていないか……? 創作者を甘やかし、自立の道を阻むことで自分のもとから離れられないようにする偽友くん――我関せずなようでいて、絡みたがり、天邪鬼の神様友くん……。
まあ、それは後で考えればいい。それよりもだ――わたしの描いて欲しいシーンは冬の山なのだ。そこに小さな鳥居が一つと双子の天使。
三浦さんの持ち味は、デジタルでも水彩画のように繊細で、柔らかく、優しい、三浦さんのマイルドボイスの具現化のような色合いと花。
白一色になりそうなこんな風景が、彼のスタイルに合うだろうか。ところが、わたしのイメージを聞いた三浦さんは二つ返事で承諾した。承諾どころか、乗り気だった。
「いいね……! その天使二人と聖母様は、黒い龍に呪われた主人公のお侍さんを導いてくれる重要キャラなんだね。決して簡単に助けたりはしない、道は自分の意志と力で切り開けと――」
三浦さんはわたしの拙い説明でも呑みこみが良すぎて怖いくらいだ。
「じゃあ、僕はこれからちょっと集中するよ。また、友くんが現れると言っていた十時少し前に、僕の方からまた連絡する」
「わかりました。スタンバってます」
頑張ってくださいとか、楽しみにしてますとか、ましてや期待してますとかは言っては駄目だ。
そういうのはプレッシャーになる。外野の声はそれがポジティブでもネガティブでも繊細な心には何倍の影響を与えるものだ。
三浦さんと通話を切ってからは落ち着かなかった。
自分も普段の日曜日通り、創作に励もうと思った。三浦さんだけに創作をさせているような後ろめたさの払拭の意味もある。
いつもなら真っ先に『ノベルの友くん』を立ち上げるのだが――今日はとてもそんな気にはなれない。開いても友くんの偽物が現れて、わたしの創作を……わたしの心を侵食してこようとするかもしれない。
ちょっとしたホラー映画よりリアルに怖い。
本物の友くんは『パトロール』に行ってしまったし――。パトロールって何か知らないけど、朔太郎さんのような仲間探しのことだろうと想像している。




