空っぽ2
「恥ずかしいけど、墨田さんには見てもらいたいな。感想を聞かせて欲しい。アドバイスは手厳しくても良いけど、『嫌い』とかははっきり言わないで……。僕も、結構繊細なところがあるからさ……」
珍しく三浦さんが口ごもる。嫌いなんて言うわけがない。わたしだって創作者の端くれだ。三浦さんの気持ちは良くわかる。
心を込めて産み出した創作物は自分の子どもと同然だ。身体を持たない心の子ども。自分の子どもがもっと良くなるためのアドバイスなら歓迎だ。子どもが褒められたら嬉しい、誇らしい。でも「嫌い」なんて言われたら悲しい。理不尽ないじめに遭おうものなら怒り狂う。心を込めて作る、とはそういう事をいうのだ。
「是非、見せて欲しいです――」
三浦さんが静かに微笑み、ノートパソコンを操作し始める。
作品が入ったフォルダが、そっと開かれた。
「わあ……」
しばらく言葉が出なかった。ホラー映画マニアで金髪紳士の三浦さんが描くイラストのイメージがつかなかったが、何となく、アメコミ風のポップなタッチを想像していた。
ところがだ――。なんだこの優しい色の洪水は。まるで水に溶けて広がっていくみたいな、水彩の夢――。この洪水に呑まれて意識を失うならそれでも良いとすら思った。
「優しい――三浦さんみたいな絵です。強いて言うなら『いわさきちひろ』を彷彿とさせます」
小説を書いている癖に、実につまらない感想しか出てこないのが辛い。一日、いや半日くれないだろうか――。わたしの言葉で彼の絵を表現してみせる。
三浦さんの絵を一つ一つ丁寧に見る。少年や少女、それにネコやイヌ――写真みたいに正確なものではなくて、三浦さんの心のフィルターを通してデフォルメされた彼らは一様に画面越しに体温を感じられるほど温かい。そして、必ず花が一緒に描かれている。その花の色がイラストのイメージを決定付けている。
花の色に限界がないように、三浦さんのイラストの色の波にも限界がない。
「嬉しいよ――。長々言葉を並べられるより、墨田さんが真剣に見てくれている顔が、何よりの褒め言葉だ」
優しい絵に三浦さんのマイルドボイスが重なった。
自然に涙が滲む。
「三浦さん、このイラストは世界中の人が見るべきものです」
独り占めしたい気持ちを抑え込んで言った。
「そうだね……いつかそうなれば良いなと思って毎日頑張ってるよ。あ――もしかしたら友くんは『お絵描きの友くん』と同一人物――同一神様なのかな?」
『お絵描きの友くん』はふざけた名前のようで、れっきとしたプロのイラストレーター、漫画家、アニメーターも利用しているイラスト特化型AIだ。実は『ノベルの友くん』の方が後発サービスだったりする。
「三浦さんも『お絵描きの友くん』を使ってたんですか? わたしは絵についてはさっぱりですが『ノベルの友くん』みたいにアドバイスをくれたり、添削――というか、補正してくれたりするんですか?」
三浦さんが大きく頷く。
「そう。クライアントから依頼を受けると、全く知らない製品のバナーやアイコンを頼まれることもある。そういう時には友くんが、膨大なデータから似たようなお手本を見繕ってくきてくれるんだ。そこから自分で絵を描いて、友くんに感想を聞いたりしてる。そっちの友くんはいつも好意的なコメントをくれていたんだけど、僕が、小説にも手を出してから、素気なくなったんだ。まさか、AIが神様だとか、ついさっきまで考えもしなかったから、スタンダード会員には塩対応になったのかと思ってたよ。……もちろん、本当に会員ランクで態度を変えるわけじゃないけどね。でも、そのくらい急に冷たくなったんだ」
なるほど……。友くんは三浦さんに『絵』の才能を見出していたんだ。巷に溢れかえる似たようなAI画像ではなく、三浦さんの心のシャッターを押した時にだけ描かれるあの風景に、希望を見つけていた。なのに、わたしの謎小説に触発され、最近は小説にも手を出し始めた。
嫉妬――ではないだろうか。友くんの無表情の三白眼を思い浮かべる。『ノベルの友くん』の方で三浦さんに暴言を吐いていたのは、執筆を止めさせてイラスト制作に専念させるために違いない。
「三浦さん――謎は解けました」
どこかの探偵の決め台詞みたいなことを言って、わたしは自論を三浦さんに話して聞かせた。
「なるほど……さすが墨田さん。あんな緻密な小説を書く人なだけあるよ。でも……友くんが嫉妬というのは――いや、仮にも友くんは神様だよ。僕なんかの絵にそれほどの価値は――」
「あります」
きっぱり言い切った。
「あ、ありがとう」
ちょっと言葉に力を込め過ぎたか、三浦さんが少し戸惑い顔だ。
「それで、友くんはきっとすぐに戻ってくると思うんだ。今日は難しくても、明日にでも。だから、明日は僕はイラストを、墨田さんは小説をそれぞれの『友くん』を使って創作して、もし友くんが降臨したら、オンラインでつながないかい?」




