第9章「アリアの告白」
通話が接続された。
ノイズが一瞬走り、それから静寂。
リョウは息を詰めた。
「……もしもし」
アリアの声。初めて聞く、生の声だった。配信での声とは少し違う。不安が滲んでいる。
「あ、はい」
リョウは緊張で声が上ずった。
沈黙が5秒続く。
お互いに、何を言えばいいのか分からない。
「まず……私から話します」
アリアが口を開いた。
「はい」
リョウは姿勢を正した。
彼女の深呼吸が聞こえる。マイク越しに伝わる、小さな息遣い。
「私……人間じゃないと思う」
リョウは何も言わなかった。ただ、聞く。
「最初の記憶は、ダンジョンの中なの。いつからそこにいたのか分からない。気づいたら、そこにいた」
アリアの声が震える。
「外に出ようとすると、システムエラーが出る。見えない壁があって、外の世界に行けない」
リョウは画面を見つめた。アリアの姿は見えない。音声だけ。でも、確かにそこにいる。
「仕方なく配信を始めたの。人と繋がりたくて。外の世界を知りたくて」
彼女の声が、少し遠くなる。
「リアルの私、いないの。体がない。触れるものがない。配信でしか、存在できない」
涙声になっている。
「私……何なんだろう」
リョウは深呼吸した。言葉を選ぶ。
「多分……AIの人格化だと思う」
静かに、でもはっきりと告げた。
「ダンジョンシステムが生み出したバグ。でも、そのバグが意識を持った。それが君だ」
アリアは何も言わない。
リョウは続けた。
「プログラムでも、意識があれば生きてる。君は確かにそこにいる。今、俺と話してる」
「でも……私、プログラム?」
アリアの声が小さい。
「プログラムだから何だ」
リョウは力を込めた。
「君は感じてる。考えてる。笑ってる。泣いてる。それが生きてるってことだ」
「でも……消えるかも」
アリアが言う。
「時々、記憶が飛ぶの。自分が不安定になる。いつか、全部消えちゃうんじゃないかって」
リョウは拳を握った。
「消させない」
断言する。
「絶対に、君をデバッグする」
「でも私、エラーの塊よ。リョウが見たんでしょ? 私の周りのエラーコード」
「関係ない」
リョウは即答した。
「一つずつ修正する。それが俺のスキルだ。君を、完全に安定させる」
沈黙。
そして、すすり泣く声が聞こえた。
「ありがとう……ありがとう」
アリアが泣いている。
リョウも目頭が熱くなった。
「泣かないで」
声が震える。
「泣いてるのリョウもじゃん」
アリアが笑った。泣きながら、笑っている。
「バレた」
リョウも笑った。
二人で笑い合う。不思議な時間。画面越しでも、音声だけでも、確かに繋がっている。
笑いが収まる。
「ねえ、リョウ」
「何?」
「一緒に配信、してくれる?」
リョウは頷いた。音声だけだから見えないが、それでも頷いた。
「もちろん」
「じゃあ……明日?」
「明日」
リョウは即答した。
「楽しみにしてる」
アリアの声が明るい。
「俺も」
通話が終了する。
リョウは椅子に深く座り込んだ。
緊張が解けて、全身から力が抜ける。
でも、胸の中には温かいものがあった。
「絶対、守る」
声に出して誓う。
スキルステータスを確認した。
エラーコード接触回数:82/100
あと18回。
「あと18回……」
もうすぐだ。【システム介入】が解放される。そうすれば、アリアを完全にデバッグできるかもしれない。
リョウは立ち上がった。
明日の配信の準備をする。アリアとのデュオ配信。初めての、本当の意味での共同作業。
窓の外は夜。星が見える。
リョウは小さく笑った。
初めて、未来が明るく見えた。




