第25章「目覚めの朝」
リョウのアパート。
ベッドに、銀髪の少女が眠っていた。
朝日が窓から差し込む。カーテンの隙間から、光の筋。
アリアがゆっくりと目を開けた。
「ここ……」
周囲を見回す。見慣れない部屋。狭いが、清潔に保たれている。
リョウが椅子から立ち上がった。一晩中、そばで見守っていた。
「俺の部屋だよ」
優しく言う。
「おはよう」
アリアはベッドから起き上がった。
その瞬間、体の重みを感じた。重力。初めての感覚。
空気を吸う。肺が膨らむ。
「すごい……」
深呼吸を何度も繰り返す。
「息ができる。本当に、息ができる」
自分の手を見る。開いたり、閉じたり。五本の指が動く。
腕を見る。脚を見る。全身を確認する。
「本当に……人間」
涙が溢れた。
「夢みたい」
リョウは笑った。
「夢じゃない。現実だ」
医師が到着したのは、午前10時だった。
リョウが事前に手配していた。信頼できる医師。守秘義務を厳守してくれる。
「では、検査を始めます」
医師は聴診器をアリアの胸に当てた。
「心拍、正常。リズムも安定しています」
血圧測定。体温測定。呼吸数のチェック。
全て正常値。
血液検査のための採血。アリアは少し怖がったが、リョウが手を握ると落ち着いた。
30分後、簡易検査の結果が出た。
「生体反応、完全に正常です」
医師は驚いた顔をしていた。
「心拍、呼吸、体温、血液成分。全て人間そのものです。血液検査も問題なし。健康な20代女性の数値です」
医師はリョウを見た。
「でも……AIだったんですよね?」
リョウは頷いた。
「そうです。でも今は、人間です」
医師は首を振った。
「……奇跡ですね」
アリアが小さく笑った。
「奇跡……そうかも」
医師が帰った後。
リョウの端末から、音声が流れた。
自動起動プログラム。志村博士が残した、遺言AI。
「ARIAが人間になった……ようですね」
博士の声。穏やかで、優しい。
「私の願いが、叶いました」
画面に、博士の映像が映る。疲れた顔だが、微笑んでいる。
「愛梨、いや、アリア」
博士が娘の名を呼ぶ。
「君が幸せなら、それでいい。人間でも、AIでも、そんなことはどうでもいい。ただ、笑顔でいてくれ」
アリアは画面に向かって歩み寄った。
「お父さん……ありがとう」
涙が流れる。
博士の映像が優しく笑う。
「さようなら、娘よ。幸せに」
メッセージが終了した。画面が暗くなる。
アリアは画面に手を当てた。
「さようなら……お父さん」
リョウは台所に立った。
朝食を作る。トースト、目玉焼き、サラダ、コーヒー。
アリアをテーブルに座らせる。
「初めての食事だ」
皿を並べる。
アリアはトーストを見つめた。恐る恐る手に取る。
一口、齧る。
「……!」
目を見開いた。
涙が止まらなくなる。
「おいしい……こんなに」
口の中に広がる味。温かさ。食感。
「食べるって……こんなに幸せなんだ」
リョウももらい泣きした。
「よかった……」
アリアは夢中で食べた。トースト、卵、サラダ。全部。
コーヒーを飲んで、感動する。
「もっと食べたい」
目を輝かせる。
「世界中の食べ物、全部食べたい」
リョウは笑った。
「じゃあ、一緒に食べよう」
食後、二人は窓辺に立った。
街を見下ろす。朝の街並み。人々が行き交う。
アリアが呟く。
「これから、何しよう」
リョウは答える。
「何でもできる。配信も、冒険も、デートも」
アリアの顔が赤くなった。
「デート……」
リョウも照れる。
「あ、いや、その」
アリアは笑った。
「したい」
リョウを見上げる。
「リョウと、いっぱい」
二人の手が、自然と重なった。
朝日が差し込む。
二人並んで、窓の外を見る。
「生まれ変わった気分」
アリアが言う。
リョウは頷いた。
「新しい人生だ。一緒に歩こう」
「うん」
アリアが笑った。
純粋な、幸せな笑顔。
これが、始まり。
二人の、新しい物語の始まりだった。




