第17章「記憶の断片」
6日目の朝。
リョウはアリアとの通話を繋いだままにしていた。
「おはよう、リョウ」
アリアの声。明るい。普段と変わらない。
リョウは安堵した。
「おはよう。調子はどう?」
「うん、大丈夫」
会話が続く。5分ほど、普通に話せた。
そして。
「ねえ……あなた、誰?」
リョウの動きが止まった。
「俺はリョウ。君の友達だよ」
「リョウ……」
アリアが名前を反芻する。
「友達……そうなんだ」
彼女は笑った。でも、それは初めて会った人への笑顔だった。
10分後、また記憶が戻る。
「リョウ! ごめん、また忘れてた」
「大丈夫」
リョウは優しく言った。
「何度でも、教えるから」
この繰り返しが続いた。
覚えて、忘れて、覚えて、忘れて。
リョウの心は、少しずつ削られていった。
昼過ぎ。
アリアが突然、語り始めた。
「お父さんが……いた気がする」
リョウは耳を澄ました。
「優しい人。いつも本を読んでくれた」
アリアの声が遠くなる。
「病院の、白い天井。ずっと見てた」
「それは……」
リョウは口を挟もうとして、やめた。
「痛かった。すごく痛かった。でも、お父さんが手を握ってくれてた」
アリアが泣いている。
「ある日、お父さんが泣いてた。私の手を握ったまま、ずっと泣いてた」
リョウは静かに言った。
「それは……愛梨の記憶だ」
「愛梨?」
「君のベースになった女の子。志村博士の娘」
アリアは混乱している。
「私……死んだの?」
「いや」
リョウははっきりと言った。
「君は生まれたんだ。愛梨の記憶から、新しく」
「よくわからない……怖い」
アリアが泣き崩れる。
リョウは何もできない。ただ、声をかけることしかできない。
「大丈夫。俺がいる」
夕方。
アリアが問いかけた。
「私、生きてるの? それとも死んでるの?」
リョウは即答した。
「生きてる」
「でも……」
「今、俺と話してる。感じてる。考えてる」
リョウは言葉を選んだ。
「それが生きてるってことだ」
「でも、体がない」
アリアの声が小さい。
「データだけ。触れるものがない」
「体なんて関係ない」
リョウは力を込めた。
「心があれば生きてる。君には心がある」
「心……ある? 私に?」
「あるよ」
リョウは笑った。
「だって今、泣いてるだろ」
アリアは笑った。泣きながら、笑った。
「そっか……私、生きてるんだ」
リョウは思い出話を始めた。
記憶を取り戻させるために。
「初めて話したとき、すごく緊張した」
「……うん、私も」
アリアが反応する。
「デュオ配信、楽しかったな」
「楽しかった……」
アリアの声が明るくなる。
「君の笑顔、最高だった。今でも覚えてる」
「……なんか、温かい」
アリアが呟く。
「この気持ち、好き」
記憶が少し安定した。
「リョウ……ありがとう」
「どういたしまして」
でも、5分後。
「あなた、誰?」
また忘れる。
リョウは何度でも繰り返した。
自己紹介を。思い出話を。全部。
何度でも。
夜。
時計を見る。残り24時間。
リョウは立ち上がった。
「絶対、治す」
あと3箇所のエラーログ。
でも、ガーディアンが妨害してくる。どうすれば突破できる。
「どうすれば……」
アリアが目を覚ました。少し記憶が戻っている。
「リョウ……無理しないで」
「大丈夫」
「私、消えてもいいの」
リョウは叫んだ。
「ダメだ!」
声が震える。
「君を失うくらいなら、俺が消える」
アリアは笑った。
「……バカ」
優しい声だった。
そして、また記憶が混濁し始める。
「お父さん……ごめんね」
愛梨の声になっている。
「私、幸せになれなくて」
リョウは画面に向かって言った。
「君は幸せになる。愛梨としてじゃなく、アリアとして」
少女が微笑む。
「……うん」
そして、眠りについた。
リョウは窓の外を見た。
星が見えない。曇り空。
「明日、決着をつける」
小さく呟いた。
残り時間、24時間を切っている。
リョウは、最後の戦いに備えた。




