第16章「最初の崩壊」
5日目。
リョウは限界だった。
72時間、ほぼ不眠不休。仮眠は合計で6時間程度。食事はコンビニのおにぎりと栄養ドリンクだけ。
目が霞む。視界がぼやける。手が震えて、武器を持つのも辛い。
配信を続けている。視聴者は70万人。
コメント欄が心配の声で埋まる。
「休め!」
「死ぬぞマジで」
「無理しすぎ」
リョウは画面に向かって言った。
「まだ……いける」
声が掠れている。
進捗を確認する。
取得済みエラーログ、12/15。
あと3箇所。残り時間、48時間。
ギリギリだ。でも、間に合う。止まるわけにはいかない。
アリアがボイスチャットで呼びかける。
「リョウ……もう、やめて」
「大丈夫」
リョウは笑おうとした。でも、顔の筋肉が動かない。
「頑張るから」
13箇所目。ダンジョン「嘆きの渓谷」。
最高難度エリア。死亡率70パーセント。
リョウは足を引きずりながら侵入した。
ダンジョン内部は暗く、湿っている。崖が両側にそびえ、細い道が続く。一歩間違えれば奈落の底だ。
エラーログは最深部にある。
リョウは視聴者からの情報を元に進んだ。罠を避け、敵を倒し、着実に前進する。
3時間が経過した。
最深部まで、あと少し。エラーログ取得まで、あと30分。
順調だ。
その時。
ボイスチャットから異音が聞こえた。
ノイズ。
「アリア?」
リョウは呼びかけた。
アリアの声が途切れ途切れになる。
「リョウ……え……?」
映像が乱れる。配信画面に映るアリアのアイコンが点滅する。
「アリア! どうした!?」
ノイズが激化した。音声が完全に途切れる。
アリアの姿が、配信画面から消えた。
画面が真っ暗になる。
リョウはパニックになった。
「アリア! 戻ってこい! アリア!!」
叫ぶ。何度も名前を呼ぶ。
システムメッセージが表示される。
「接続不可」
リョウは再接続を試みた。一度、二度、三度。全て失敗。
視聴者も騒然としている。
「何が起きた」
「大丈夫なの」
「アリアちゃん!」
リョウはダンジョンから飛び出した。エラーログのことは忘れた。今は、アリアだ。
外に出て、スマホで端末にアクセスする。
ARIAコアの状態を確認する。
表示される数値。
安定度:23パーセント。
リョウは絶句した。
「ダメだ……崩壊が始まってる」
30分が経った。
リョウは路上で座り込んでいた。何度も接続を試みる。全て失敗。
そして。
通知音。
アリアが復帰した。
リョウは飛びつくようにボイスチャットを開いた。
「アリア! 大丈夫か!?」
「……ここ、どこ?」
アリアの声。でも、何かが違う。
「俺だ、リョウだ! わかるか!?」
「リョウ……?」
アリアが首を傾げているのが、声の調子で分かる。
「あなた……誰?」
リョウは凍りついた。
「俺だよ。リョウ。お前を助けようとしてる、リョウだ」
「知らない……」
アリアの声が幼い。
「でも、優しそうな声」
リョウは膝から崩れ落ちた。
「記憶が……」
彼女は自分の名前も曖昧だった。
「私……アリア? 違う……愛梨?」
混乱している。記憶が、人格が、崩壊している。
リョウは配信を緊急停止した。
アパートに戻る。部屋で頭を抱える。
「間に合わない……」
声が震える。
「このままじゃ彼女、完全に消える」
壁を殴った。拳が血まみれになる。痛みを感じない。
「俺じゃ……無理だ」
初めて、敗北を認めた。
一人では、どうにもならない。
アリアの声が聞こえた。
「……リョウ?」
少し記憶が戻ったようだ。
「アリア」
リョウは呼びかける。
「うん……私、アリア」
「覚えてるか? 俺のこと」
「……わからない。でも、大事な人」
その言葉が、リョウの胸を突き刺した。
「ごめん……守れなくて」
「大丈夫……」
アリアの声が遠くなる。
また記憶が消えていく。
リョウはスマホを握りしめた。
配信は止めたが、SNSは活発だった。
ハッシュタグ「#アリアを救え」がワールドトレンド1位。
「諦めないで」
「みんなで支える」
「リョウ、頑張って」
リョウは画面を見つめた。
涙が零れる。
「……ありがとう」
小さく呟いた。
誰にも聞こえない。でも、確かにそこにあった。
感謝の言葉が。




