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【完結】Fairy Cage ~妖精の住まうビオトーブ~  作者: 敷知遠江守


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第28話 Irrésistiblement

 ここまで読んだだけでも、かなり衝撃的ではあった。

僕が真智さんに会うたびに胸の高鳴りを感じていたように、真智さんも僕に会う時に胸を高鳴らせてくれていた。

あの頃は僕の一方的な片思いだと思っていた。

だけどそうじゃなかった。



 その話の続きは次のエッセイに書かれていた。


『どうしようもなく、自分の中に何かを求める気持ちが抑えきれなくなっていた』


 次のエッセイはその一文から始まっていた。



――

 もう一度だけで良い。

もう一度あの人に会って、あの日の非礼をお詫びしたい。

そう思って毎週のように図書館に行くのですが、あの人に会う事はできませんでした。


 あんな失礼な別れ方をしたんです。

当然だと自分を責めました。

私だったら例え姿を見かけても避けてしまうかもしれませんもの。



 そんな心が別のところに囚われている状態で、B君から会わないかという誘いが来ました。


 いつものようにB君が気に入りそうな服を着て、B君が気に入るようなメイクをして、B君が気に入るような香りの香水をまとって。


 なぜかはわかりませんが、B君を一目見ただけで胃の奥深くから何か不快な何かが込み上げてくるのを感じました。


 あんなに楽しいと思った会話も、よく聞けば勢いだけでまるで中身が無くスカスカ。

あいつがどうの、こいつがどうの、この人の周囲にはまともな人はいないのだろうかと不安に感じてしまう。

今まで私はこんな話に笑っていたのかと思うと、酷い自己嫌悪に陥りました。


 付ける香水を変えたらしく、その臭いも酷く不快なものに感じました。

もはやB君の事を顔が良いだけのろくでなしにしか見えなくなってしまっていたのです。

正直一緒にいて苦痛でした。


 酒を飲みに行こう。

B君はそう誘ってきました。

B君のお酒の誘いは、その後のベッドと対だと決まっています。

ただ私としたいだけ、そう感じて強い嫌悪感を私は抱きました。


 今日は駄目な日だからと言っても、何もしないから飲みに行こうとしつこく食い下がってくるのです。

お酒を飲むお金があるならその分を学費に回せば良いのに。

なんてだらしのない男なんだろう。

私がB君を見る目はどんどん蔑んだものになっていきました。


 私のその目にB君は苛立ちを覚えたようでした。


 私の手首を掴んでいたB君は、急にその手を離し、じゃあ別れると言ってきたのです。

最早別れる事には何のためらいもありませんでした。

きっと私の中ではもうB君への熱は冷めきってしまっていたんでしょう。

むしろ、やっとこいつから離れられるという気持ちの方が勝っていました。


 だけどそれなら貸したお金はちゃんと返して欲しい。

ここまで自分の生活を犠牲にして貸したお金は、すでにかなりの額に膨らんでいました。

それを全て返して欲しい。


 するとB君はあれはお前から『貰った金』だと言って逃げて行ったのでした。



 あの金は私が自分の生活を切り詰めて稼いだお金。

諦められるわけがありません。

A子を問い詰めて、B君が働いているという喫茶店に行きました。

何度も何度も。

その店のマスターにもお金を返すように言ってくれと頼みました。



 そんなある日、いつものように喫茶店に行き金を返せとB君に言うと、店のマスターがB君にちゃんと話を付けて来いと言ってくれたのです。


 私はお金の返済の話をしてくれるのだと思っていました。

だけどB君は大声で私を『単なる金づる』と罵り、挙句の果てには警察に突き出すと言ってきたのです。

しかも首を絞められ、最後はお腹まで蹴られて、二度と顔を見せるな、次はマジで殺すと。


 純粋に体の苦しさと、騙されたという悔しさ、なんでこんな奴に私は心を許したのだろうという悲しさ。

色々な感情がぐちゃぐちゃに入り混じっていました。


 そしてふと思ったのです。

あの人に会いたいと。

脳裏に浮かんだあの人は、少しはにかんだような優しい笑顔でした。



 泣きながら立ち上がろうとすると、目の前に男性が立っている。

憐れな私を嘲笑っているんだろう、最初はそう思ったのです。

こんな姿、誰にも見られたくない事くらいわかりそうなものなのに。

いったいどんな奴なんだろう。

そんな恨みにも似た感情で私はその男性を見たんです。


 顔を見て驚きました。

こんなことってあるんだ。

あまりの偶然に神の導きのようなものまで感じました。


 その男性はあの人だったのです。


 あの人にしがみ付いて私は泣きました。

こんなに泣いたのはいつ以来かというくらい一目もはばからず声をあげて泣きました。


 途中からはもう嬉し泣きでした。

会いたかったあの人に会えたという。


 幼い頃、転んで泣いているところを優しく抱きしめて頭を撫でてくれたお父さん。

あの人はそんな優しさでこんな私を包み込んでくれて頭を撫でてくれたんです。

心の中にぽかぽかとした温かいものを感じ、なんだか急速に心が安らいでいき、その温かさがあふれ出してしまい、また泣き出してしまいました。


 だけどさんざん泣いて気分が落ち着いてくると、やはりというかなんというか、片思いしていたあの人にすがり付いて泣いているという状況が、何だかとても恥ずかしくなってきてしまいました。

しかもB君にボロ雑巾のように捨てられるという最悪な場面を見られている。

そう思うと逃げ出したいくらいに羞恥心が込み上げてきたのでした。


 結局私は羞恥心に耐えられなくなってしまい、その場から走って逃げだしてしまったのです。

また私は同じ過ちをあの人に対して犯してしまったのでした。


 そこからは、あの人に会いたいという気持ちと、何だか気恥ずかしいという気持ちと、なんであんな失礼な態度をとってしまったのかという自責の念のせめぎ合いでした。

だけど最初こそ気恥ずかしいという気持ちが勝っていましたが、徐々にそんな気持ちは消えました。

最後はもう一度会いたいという気持ちと、会ってあの時の非礼を謝りたいという気持ちが残りました。


 まるで教室の窓から王子様のお召しを夢見る小学生のように、あの人との再会を待ち望んでいたのでした。



 B君に金を渡す為にアルバイトを頑張りすぎたおかげで、合間に行っていた就職活動はボロボロ。

とりあえず卒業しよう。

卒業後はアルバイトをしながらプロの作家を目指そう。

本格的に作家を目指すのなら投稿サイトからの応募だけじゃ駄目だ。

ちゃんと紙に書いて郵送しないと。


 こうして日中はアルバイトをし、夕方は電車に乗ってあの人を探し、夜に執筆活動をする、そんな日々を送っていました。

ですが、あの人には全く会えませんでした。


 それはまるでゲームのレアアイテムを探すかのよう。

だけど、あの人はきっとこの辺りに住んでいるはず。

そのわずかな手がかりの中、来る日も来る日も夕方になると無駄に電車に乗り込んだのでした。



 秋から冬になり、そしてもうすぐ春が訪れるそんなある日の事でした。


 もしかして。

かなり人が乗り込んでいる隣の車両、そこにあの人がいた気がしたのです。


 間違いない、あの人だ。

私は喜び勇んで電車を降りました。

やっとあの人に会えたんだ。

そう思うと突然胸の鼓動の高鳴りを感じました。


 思い切って私から声をかけたんです。

コーヒーでも飲みませんかって。


 ホームの発車音である、シルビー・バルタンの「イレジスティーブルモン」が私の心をさらに高鳴らせました。


 こんな大都会のど真ん中でこうして何度もめぐり合える。

こんな奇跡ってない。

きっとこの人は運命の人に違いない。

どうしようもないくらい私は心を惹かれてしまっている。

もう自分の心を私は制御できる自信がない。


 あの人は私を見て、きょとんとした顔をしていました。

良かった。

少なくとも拒絶はされていない。

それだけで何だかほっとした気分になりました。


 枯れ草が生えるだけの荒れた雪原のような私の心に、暖かな風が吹き込んで来るのを感じました。

少なくとも私の心は一足早い春の訪れを感じていたのです。

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