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【完結】Fairy Cage ~妖精の住まうビオトーブ~  作者: 敷知遠江守


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第29話 Yesterday Once More

 知らなかった。

まさか真智さんがそんな事になっていただなんて。

真智さんだってそんな事一言も言って無かった。

もちろん僕から聞く事なんてできなかった。


 真智さんのエッセイはもう一話ある。

正直、最後のエッセイを開くのは怖かった。

恐らくあの日の事が書いてあるだろうから。


 だけど、僕にはそれを読む責務がある。

恐る恐る最後のエッセイを開いた。



――

 私はあの人に嘘をついたんです。

あたかも就職活動に失敗しすぎて就職を諦めたみたいに説明してしまったんです。


 B君にお金を貸す為に――いえ、奪われる為にアルバイトをしていて就職活動がままならなかったなんて、純粋なあの人には到底言えなかった。

言ったら嫌われてしまうかもしれない。

そう考えると怖くてなりませんでした。


 そんな私にあの人は言ってくれました。

生きてるだけで人生丸儲けなのは成功してる人だけなんだって。

まだ成功してない人は自分を見つけてもらえるように輝いていないと駄目なんだって。


 その一言に私は感動しました。

きっと目の前のこの男性はとても苦労しているんだろうって感じました。

その苦労の中で導いた結論がそれなんだろうって。

そう考えるとよれよれのスーツが、なんだかビロードのように輝いて見えました。


 その後は少し頭が茹で上がってしまって、何をどう話したのかは覚えていません。

気が付いたら自分の書いた小説を読んでもらうという流れになっていました。


 B君には小説を書いてる事を知られる事すら憚られたのに。

なんで私はこんな事を躊躇なく頼んでいるのだろう。

とても不思議な気分でした。

そこに恥ずかしいという感情は無く、ただただ私の事を少しでも知ってもらいたいって感じたんです。


 最初は少し戸惑っている風でした。

ですが、その中の一つを面白いと言って夢中で読み続けてくれたんです。

あの人が気に入ってくれたのは例の他から全く反応の無かったあの作品でした。


 私とあの人の合作といっても過言ではないあの作品。

そして、今となっては題名すら書く事ができないあの作品。


 目の前の人が直接面白いと言ってくれる。

しかもそれがずっと会いたかったあの人。

こんな幸せな事ってない。

万のアクセス回数よりも目の前のこの人のその一言が嬉しい。


 その作品は実は圧倒的に不人気作なんだと言うとあの人は言いました。

わかる気がすると。

これまでの読んでもらった作品の顧客層と違うものを提供すれば、その人たちはこれじゃないってなってしまうんだと思うって。


 その瞬間、私の中にどんよりと漂っていた雨雲が綺麗さっぱり晴れて、青空が広がっていくのを感じたんです。


 B君と仲が深まるにつれ、私の心は知らず知らずのうちに雲がかかり陽が遮られていました。

雲は徐々に厚くなりいつしか雨が降るようになった。

雨自体は草花にとっては大切なものです。

だけど、陽を隠され続け雨を降り続けさせられたら、どんなに綺麗な花も萎れて枯れてしまうというものです。


 眩しい陽の光と共に暖かい温もりも感じる。

ああ、これが恋するって事なんだって思いました。

青空に輝く陽の光に照らされた地面には色とりどりの花まで咲いていたかもしれません。

それぐらい私は浮かれたんです。


 絶対この人を離さない、そう心に決めたんです。



 それからというもの、休みの日を聞き出し、あっちに行こう、こっちに行こうと毎週のようにデートに誘いました。

ううん、違うな。

無理やり連れまわしたんだった。

そうじゃないと全然距離が縮まらないんだもの。


 腕を抱き抱えても恥ずかしがりはするものの、嫌がったりはしない。

だから決して避けられているわけじゃない。

だけど腕を離すとすぐに拳数個分くらいの距離を開けられてしまう。



 あちこちに一緒にでかけて何となく察した事がありました。

例えば食事に行って店員が若い女性というだけで急におどおどした態度になる。

中年女性相手だとぺこぺこと卑屈に頭を下げる。

幼い女の子には距離を取ってなるべく声をかけられないようにする。

だけど困った老婆には普通に声をかける。


 多分この人は女性というものを本能的に畏怖してしまっている。

もしかしたら母親から何か強い恐怖心を植え付けられているんじゃないか。


 最初はあくまで仮説でした。


 ある時にふと会話の話題として、お母さまはどんな方なのかという事を出したのです。

私の母はこんな人だったという話をして、ごく自然に。

するとあの人は言いました。

よくわからないと。

もしかしたらご両親は離婚されているのかなと思いました。

もしそうだとしたら悪い事を聞いてしまったなと。


 ところが別の機会にやんわりと聞いていったところ、ご両親は離婚しておらず、夫婦二人で実家に住まれているというではないですか。

ならば、なんで自分の母親の事を「わからない」なんて言ったんでしょう。

そこで仮説は確信に変わりました。


 まずは女性に対しての恐怖を取り除かないといけない。

そう考えた私は何かにつけてあの人の手を握る事にしました。

女性の温度というものをたくさん感じ取ってもらうと考えたんです。

その甲斐あってか、あの人も徐々に距離が近くなっていった気がしました。



 そして花火のあの日、私は思い切った行動に出たんです。


 何時間も前から大きな鏡を前に慣れない浴衣に四苦八苦。

髪も綺麗に整え、濃くなり過ぎないように化粧も入念に。


 最後の花火が終わった後、勇気を振り絞って私は言いました。

泊めて欲しいと。


 その夜の事は、思い出すと今でも何だか穏やかなものを感じるんです。

あの人の隣であの人に触れながら眠る私。

こんな日常がずっと続けば良いのに。


 そう思った私は、わざとあの人の部屋に忘れ物をしていきました。

それを取りに行くという口実であの人の部屋に行き、また別の忘れ物をする。


 そうやって徐々に私がいる事に慣れていってもらって、ある日、大きな荷物と共に転がり込んだんです。

我ながら策士だなって思います。



 だけど、二人での甘い生活は突然の終わりを迎えました。


 突然A子から連絡が入ったんです。

近くに来ているから迎えに来てと。

どうやら私が部屋を引き払った後で、誰かからあの辺りにまだ住んでいるという事を聞いたらしいのです。


 はっきり言って迷いました。

何事にも派手を好み貞操感の薄いA子、何事にも自然体を好み慎ましやかなあの人。

絶対に相容れない存在だと感じてたんです。

相容れないというのは少し表現として間違っているかもしれません。

大型肉食獣のA子からしたら、草食獣のあの人は攻撃される存在だと感じたんです。


 ですが大事な話があると言われてしまって、断るに断れませんでした。


 部屋にやってきたA子が私に言ったのは、ここを出て一緒に住まないかという話でした。

A子は学校を卒業してからは夜の街で働いていて、日中は部屋に寝に帰る状態。

部屋の稼働率的に勿体ないから一緒に住んで家賃を折半にしようと。


 もちろん、私にはもう付き合っている人がいるから駄目だと言ったんです。

こんな綺麗なビオトーブを作るような心穏やかな人と今幸せを満喫しているんだって。


 だけどA子は、私がその男に騙されていると言ってきたんです。

聞けばとんだ非モテだって言うじゃないと。

そんな奴は総じて犯罪者予備軍、全員刑務所に収容して世に出しちゃいけない存在なんだと。


 もちろん私は言い返しました。

あなたの連れてきた男に私は騙されてお金まで巻き上げられたんだって。

だけどA子は、B君はそんな人じゃない、勝手にお金を貢いでおいて返せと言われれば誰だって怒ると言い出しました。


 私は怒ってあの人はそんな事はしないし、あなたが考えるような人じゃないと言ってやったんです。

するとA子はとんでもない行動に出ました。

あの人の大切にしているビオトーブをキモイと言って無茶苦茶にしてしまったんです。

これでもうあんたは私のとこに来るしか無くなったよねと笑うんです。


 泣き出した私にA子は、私はあなたを監禁している犯罪者から助け出してあげるんだよと言ってきました。

犯罪者が帰って来る前にここを逃げ出そうと言って勝手に荷物をまとめ始めました。


 滅茶苦茶になったビオトーブを見て、もう私はここにはいれないと感じ、逃げ出すように部屋を出ました。



 ですが日に日にあの人への思いは募っていきました。

それと共に罪悪感に押しつぶされそうになりました。

一週間後、私は意を決してA子の隙を見て部屋を抜け出し、あの人の部屋に戻ったんです。


 合鍵でドアを開けると、そこはもうもぬけの殻でした。

紙ゴミ一つ落ちていない。

あの人は既に引っ越した後だったのです。


 ドアに鍵をかけ、郵便受けに鍵を入れて、私はとぼとぼとA子の部屋に帰りました。

たまたま途中立ち寄ったお店でかかっていた、カーペンターズの『イエスタデイ・ワンス・モア』が心に刺さるように響きました。



 もう一度。

もしこれを見てくれたなら。

お願いです。

やり直す機会をください。



 ……もう一度だけ。

よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。

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