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【完結】Fairy Cage ~妖精の住まうビオトーブ~  作者: 敷知遠江守


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第26話 Tie a Yellow Ribbon Round the Ole Oak Tree

※注意:一部少しリアルなトラウマ表現があります。

精神に病をお持ちの方は、この先をお読みにならずに申し訳ないのですがブラウザバックをお願いします。

 塩田の爺さんが緊急入院した翌日、インターネットの工事が終了し、家で無線LANが利用できるようになった。

これまではデータ容量の制限の関係で中々携帯電話でしっかりと調べ物をするという事が難しかったのだが、無線LANが利用できれば話は別である。


 パソコンもインターネットに接続できるようになり、色々とやろうとしている事ができようになっている。

まずはテスト動画として、祖父が金魚を飼育していた巨大な水槽を利用して作り直したフェアリー・ケージの動画をアップした。


 本当に不思議な話だと思う。

以前真智さんはケージを見て何もいないように見えると言っていた。

カスタリアの声も全く聞こえないと言っていた。

確かに携帯電話のカメラ越しにフェアリー・ケージを撮影しても、そこには何も映っていない。


 実は昨日病院から戻ったら最初の妖精が誕生していたのだ。


 名前は『ララ』。

今は庭に雑草として生えていたシシガシラの葉にくるまりながら、気持ちよさそうな寝顔でスヤスヤと夢の世界の住人となっている。


 だがカメラ越しに見ると、ただシシガシラの葉がそこだけ不自然に丸まっているだけで、肝心のララの姿は見えない。

きっと真智さんの目にはこんな風に映っていたのだろう。


 これなら安心して動画をアップできる。

いくら生活費のためといっても、かわいい妖精を見世物にする気はさすがに起きないから。

あくまでビオトーブの映像。

動画のタイトルも『精霊が現れそうなビオトーブ』としてある。




 塩田の爺さんが入院してからというもの、毎日のように婆さんを病院に送迎している。

こちらとしても昼食を食べさせてもらえるし、町での買い物もできるので持ちつ持たれつだと思っている。

特に大型スーパーに足しげく通うようになっている。


 いよいよ本格的にパンを焼いていこうと思っているのだ。

その為には色々なパンを実際に焼いてみるのが一番だと思っている。


 小麦に関しては伊具(いぐ)さんがこれを使えと言って小麦粉をわけてくれた。

後は砂糖、塩、牛乳、バター。

砂糖、牛乳とバターはお好みでという感じだが、塩は必須。


 それと肝心なのはイースト。

パンの柔らかさを演出している存在である。

イーストというのは酵母の事で、食材を発酵してくれる菌の事。

大豆に酵母が付けば納豆になるし、牛乳に酵母が付けばヨーグルトになる。

麦のジュースに酵母が付いたらビールになり、ぶどうジュースに酵母が付くとワインになり、お米に酵母が付くと日本酒になる。


 イーストは食材の中のでんぷんを食べて糖とアルコールにしてくれる。

さらにその際にガスを発生する。

そのガスがパンの生地の中のあの隙間となって、ふわふわ食感を生んでくれるのだ。


 ドライイーストという粉末状のパン用のイーストが市販されている。

失敗を前提としながらも不確定要素を無くしておきたいという事で、天然酵母ではなくドライイーストでパン作りを行う事にした。


 最終的にはパンはたまごサンドに、耳周辺はラスクにしたい。

その為にはマヨネーズ、グラニュー糖が必要。


 ドライイーストの棚にパンに振りかけて焼くだけでシナモントーストやメロンパン風になるパウダーを見つけた。

これをラスクにかけて少し焼いたら美味しいのではと考え全種類購入する事にした。

ガーリック味はだいぶ冒険な気がするが。



 庭の雑草取りはほぼ終わっており、そこで気付いた事があった。

祖父の家といえば、特徴的な果樹があったはずなのだ。

柿、リンゴ、梨、桃、びわ、みかん。

毎年かなり美味しい果物を実らせ、家にも何度も送ってもらい食べた記憶がある。


 だが、草をむしっていたら、その六本の木が全部根元で伐られている事がわかった。

それについて何か知らないかと、塩田の婆さんにたずねてみた。


 木を伐った犯人は役場なのだそうだ。

手入れがされずに二年ほど放置された。

そのせいで果物が地に落ち、かなりの腐敗臭が漂っていたのだそうだ。

蠅も大量発生。

さらにはそれを目当てに猿や猪が出るようになった。

そこでやむを得ず役場に電話して伐採の許可を両親に取ったらしい。


「貫之君がこうして戻って来るってわかっていれば、あんな風に根本から伐らずに枝だけ剪定してもらったのにねえ。名越さんの果物は美味しかったからねえ」


 そうすれば、数年でまた果物が食べられるようになったかもしれないのに。

もしかしたら落ちた果物の種から発芽しているかもれないから探してみるといいかもしれないと塩田の婆さんは言った。



 祖父母の果物と言えば思い出す出来事がある。


 幼い頃、桃のあのぐじゅぐじゅした食感が苦手だったのだ。

祖母が桃を出してくれた時も嫌いだと言って手を付けなかった。


 梨もリンゴも柿も食べるのに、何で桃だけ嫌いなんだろうと祖父は不思議がっていた。

食感と変にジュースのような甘さが苦手だと言うと、祖父はおもむろに外に行き桃をもいできた。

水道で洗い、これを食べてごらんと差し出したのだった。

このままリンゴのように皮ごとがぶりと食べてごらんと。


 はっきり言って衝撃的だった。

もぎたての桃がこんなに美味しいだなんて思いもしなかった。

そもそも桃の皮が食べられるという事自体知らなかった。


 こういう固い桃は『石桃』と言われて生産地以外では好まれないから、わざわざ僕たちが来る数日前にもいでおいたのだそうだ。

良かれと思っていた事があだになってしまったらしいと祖母は笑い出した。



 家に帰った僕は心の中にとても引っかかっるものを感じていた。

一つは帰りの車の中で聞いた『タイ・ア・イエローリボン・ラウンド・ジ・オール・オークツリー』。

歌っているのはトニー・オークランド&ドーン。

『幸せの黄色いリボン』という訳され方をしている曲名である。


 奇しくも僕と真智さんの思い出の一曲。


 『良かれと思ってした事があだになってしまった』


 その祖母の言葉を思い出したすぐ後に、あの思い出の曲を聴く事になるだなんて。

否が応でも真智さんの事を思い出してしまう。


 男の恋は別名保存、女の恋は上書き保存とはよく言ったものだと思う。

僕の中で真智さんとのあの一時は最後の部分も含め、心の片隅、大容量のファイルとして大切に保存されている。


 心の中のファイルのアイコンを久々に見つめる。


 もしかしたらあの日あの後、家にいられなくなる何かが真智さんに起こったのかもしれない。

今まで真智さんから何度も携帯電話に着信がある。

メールも何件も来ている。


 だけどどうしてもあの事が心の中でわだかまりになっていて、電話にも出なかったし未だにメールも見ていない。

ただ、ここに来た時から頻度だけは落ちていない事は気づいている。



”え? 妖精? きっしょ! その男マジで言ってんの? きっしょ!”



 あの時は気が動転していて、二人で僕を罵っていたかのように錯覚していた。

その後のフェアリー・ケージの破壊だった。

僕が大切にしているって知っていたはずなのに。

カスタリアとドロセアはあの二人の女性に殺されたと感じていた。

まるでそれが全て真智さんのせいであるかのように感じてしまっていた。


 そして会社での出来事が割れた僕の心を粉砕してしまった。


 それから僕が姿を完全に消してしまった事で、真智さんは罪を悔いて謝罪を入れてきたような気がしていた。

そのせいで僕の心が真智さんを必要以上に拒絶していた。


 だが、今になって考えてみれば、あの時僕を罵ったのは友人であって真智さんじゃない。

冷静になった今思うのは、あの件を全て真智さんの罪とするのは何か違うんじゃないかという事だった。


 僕は本当は黄色いリボンを木に括り付けて、真智さんを待っていなければいけなかったんじゃないだろうか?




 ノートパソコンを開き、久々にブックマークから小説投稿サイトを開く。

『おねすティ』

彼女の投稿があれからどうなっているのか。


 実はこの村に来てから、一度だけサイトを開いた事がある。

だがある事に気が付いて、そのままそっと閉じてしまったのだった。


 ある意味僕と真智さんとの思い出の作品でもある『古代文字解読 ~失われた文字を解読したら伝説の大賢者になれた件~』が丸々削除になっていたのだった。

それを見た僕は、ああ真智さんは僕との関係を清算したんだと感じた。


 もしもあれから投稿すら無いのならもう自分とは接点は無くなっただろうから、すっぱりと割り切ろう。

もしもあれから少しでも投稿があるのなら考えなおしてみよう。

そう思って小説の一覧を開いた。


 あの頃から小説の本数はあまり変わってはいなかった。

やはり『古代文字解読 ~失われた文字を解読したら伝説の大賢者になれた件~』は一覧に無かった。

その代わりにエッセイを何本か投稿していた。


 その最初のエッセイのタイトルに胸が締め付けられるような感覚を感じた。


『本当は大切な存在だったあの人へ』

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