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【完結】Fairy Cage ~妖精の住まうビオトーブ~  作者: 敷知遠江守


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第24話 Born to Be Wild

 結局、布団はボロボロになってしまい買い直しになったのだが、家の中の清掃は全て終わり、小さい冷蔵庫も届き、住むだけなら住める状況になった。


 この後は鶏舎と畑、物置小屋の整備、それと焼き窯作り。

いよいよこれからの生活に向けての準備に取り掛かる事になる。



 そんなある日の事。

一人のおじさんが家を訪ねて来た。

おじさんは開けっぱなした玄関に入り込んで、いるかいと大声で声をかけた。


 訪ねて来たのは以前炭焼きの時に来ていたおじさんで、大仏(おさらぎ)さんという方。


「ほお。これがあの草むらになっちまってた名越の爺さんの家か。すっかり元通りじゃねえか」


 大したものだと大仏さんは玄関に座り込んで綺麗になった庭を眺め見ている。

どうやら先日の炭を持って来てくれたらしい。

一杯に炭の入った大きな紙の米袋が玄関に置かれている。


「あんた、車の運転はできるのかい? この辺じゃ車がないとどうしようも無いと思うんだけど」


 唐突だった。

今度はいったい何をやるんだろうと訝しんだくらいである。


 実は学生時代に車の免許は取得している。

それもマニュアルで。

最悪の場合、マニュアルで免許を持っていれば運転手として職があるとアドバイスを受け、頑張って取得したのだ。

ただ車を買うお金なんて無く、免許は取ったものの、あれ以来一度も乗らずにゴールド免許なのだが。


「なんだペーパーかい! じゃあ俺の車貸してやるから今から練習に行こう」



 田舎の人の中には、こういう強引な方がたまにいる。

別に大仏さんは悪気があってこんな事をしているわけではない。

僕が困っているだろうからとこう言ってくれているのだ。


 思い立ったが吉日、それを地で行っているだけなのである。



 練習というから、どこか広い練習場でもあるのかと思いきや、突然駅に連れて行かれた。

じゃあここからスーパーとホームセンターに寄って、家に帰ってみようと嬉しそうに言うのだった。


 つまりは大仏さんは最初から僕の家に炭を置いたらスーパーとホームセンターに買い物に行くつもりだったのだ。

話のついでで、じゃあ僕の運転をみてやろうという気になったという事である。


 いきなり公道はちょっとと思ったのだが、よく見れば車は一台も通っていない。

そういえばこの駅に降り立った時に普恩寺(ふおんじ)さんが、こんなところ普段は一時間待ってても車なんて通らないと言っていた気がする。

ある意味自動車教習所よりも走りやすい練習コースという事だろう。


 とりあえず促されるままに運転席に座るものの、そこはペーパードライバー、綺麗さっぱり忘れている。

大仏さんは、ハンドルを持ったまま固まっている僕を見て大笑いし、まずはエンジンをかけろと指示した。


 さすがにエンジンのかけ方くらいは覚えている。

クラッチペダルを踏んだ状態で、シフトレバーを動かしていると徐々に色々と思い出して来た。

確か一気にクラッチを離すのではなく、途中で足を止めてゆっくりと発進させるとかだったはず。


 ブレーキを踏んだ状態で、ハンドブレーキを下げ、ブレーキからアクセルに足を動かす。

少しだけアクセルを踏んだ状態でクラッチを戻していく。

車体が進んだところで喜んでクラッチを離してしまい、軽トラックはあっさりとエンストした。


 大仏さんはこれが見たかったと大笑いしている。


「さあ、もう一度やってみようか。走るまで何度でも失敗すれば良いよ。そのうち逆に何であんなにできなかったんだろうって思うようになるから」


 大仏さんのその一言が何故か心に沁みた。

失敗したって最終的に目標が達成できればそれで良いじゃないか。

確かにその通りだと思う。


 学校の算数なんかでは、答えが合っていても途中の式が間違っていたら不正解にされる。

なんならその式で数字を前に書くか後ろに書くかが違っているから不正解という事もある。

だけど、正しい方法なんて実際には存在しないんだと最近思っている。

正しい方法なのではなく、メーカーの推奨する方法であり、よりやりやすい方法でしかないのだと。


 もちろんそれをやったら危険という行為はある。

例えば電子レンジで卵を温めるとか。


 だけど、レンジの温めの時間を短くしたらまだお惣菜が冷たかった。

これは誤った温め方なのだろうか?

そうじゃないだろう。

そういったちょっとの失敗であれば、最終的にそれがカバーできれば問題無いと思うのだ。



 まずはバックミラーの向きを合わせないとと大仏さんはアドバイス。

そんな事も忘れている僕に大仏さんは何のための運転免許証なのやらと笑い出した。


「クラッチを何度か踏んでみろ。わかるかな? 途中からぐっと重くなる位置が。そのぐっと重くなる境が車を発車させる時のクラッチの場所なんだよ。一度慣れちゃえばなんて事ないんだけどな」


 大仏さんのアドバイスの通りにクラッチを何度か踏んでみる。

確かに言われるように途中から踏み込みがぐっと重くなる場所がある。


 右足でアクセルを少しだけ踏み込み、左足を重くなるギリギリのところで固定すると軽トラックはゆっくりと前に進んだのだった。


 大仏さんのわかりやすいアドバイスで、やっと車を発進させる事ができた。

クラッチを踏み込んでギアを二速に入れ、同じ要領で駅前広場から駅前の道路へ車を進ませる。

ウィンカーを左に出して、誰も走っていない道路に車を走らせる。


 ギアを二速から三速へ、そして四速へ。

なぜか自分の気分が酷く高揚しているのを感じる。

僕は車を走らせているんだ。

この僕が!


 カーラジオから音楽が流れて来る。

ステッペンウルフというバンドの「ボーン・トゥー・ビー・ワイルド」という曲。

いかつい髭のおじさんたちが大きなバイクに乗っている映像を思い出す。


 大仏さんは、少し窓を開け外の冷えた風を車内に取り入れている。

車が走り出した事で胸を撫でおろしたらしく、音楽を口ずさんでいる。

大きなバイクに乗っている気分でも味わっているのだろうか。


 くねくねと続く山間の道を暫く車を走らせ続けると、少し大きな町へとたどり着いた。

いつも普恩寺さんと買い物に来る町である。


 エンストを何度か繰り返し、大仏さんに何度もコツを聞きながら、大苦戦の末に駐車場に駐車。


 車から降り、駐車線からはみ出した軽トラックを見て胸の中に熱いものが込み上げてくるのを感じる。

僕の運転でスーパーまで来れたのだ。

本当に僕がここまで運転してきたのだ。

スーパーを仰ぎ見ても、正直まだ信じられない。


 僕だって、やればできるんじゃん。

幼い頃から何をやらせても駄目だと母親から言われ続けてきたけど、職場でもさんざん給料泥棒扱いされてきたけど。

僕にだってやればやれるんじゃん。


 スーパーで買い物を済ませ、今度はホームセンターに向かう。

不思議なもので、つい先ほどまで発車にすら手こずっていたはずなのに、なんであんなにできなかったのだろうと思うくらい普通に運転ができている。


 ホームセンターで買い物を済ませて、今度は来た道を家まで帰る。

途中の峠道で、フットブレーキじゃなくエンジンブレーキを活用しないとと指導を受けたものの、受けた指導はそこだけ。

特に何の問題も無く家に辿り着いたのだった。

全て僕の運転で。



「今日は色々とありがとうございました。おかげで運転の仕方を思い出せました」


 大仏さんは僕の肩をぽんと叩き、嬉しそうに微笑んだ。

この辺では車が無いと何かと不自由だから。

再度大仏さんはそう言った。


 ただ、僕にはずっと気になっている事があった。

この辺では車が無いと不自由とは言うが、僕はそもそも車を買うお金なんて持っていないし、車を維持する収入も無い。

なんでそんな僕に急に車の運転が云々なんて大仏さんは言ってきたのだろう。


「塩田の爺さんって覚えてる? この二つ隣の家の。……覚えて無いか。その爺さんがこの前倒れたんだよ。退院はしたんだけど、いつまた倒れるかわかんなくてな。車は塩田さんとこにあるから、何かあった時は頼むわ」


 普段から気にしてくれというのではない。

何かあったら婆さんが来るから頼みを聞いてやって欲しいというのだ。


「わかりました。その時は車をお借りして病院に送り届けますね」

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