第23話 Loco-Motion
※注意:一部少しリアルなトラウマ表現があります。
精神に病をお持ちの方は、この先をお読みにならずに申し訳ないのですがブラウザバックをお願いします。
電気と水が使えるようになり、井戸のポンプも治った。
おかげで掃除機が使えるようになり、家の中の掃除に取り掛かれるようになった。
毎日のように家の窓と押し入れの戸を全開にし、毎日のように布団と畳を外に出して日干しする。
祖父母が残してくれた服を切って雑巾にし、毎日毎日、あっちを拭き、こっちを拭き。
トイレと風呂も綺麗に掃除。
村に来てこの家の整備を始めてから、もう二か月あまりが過ぎている。
やっとそれらしくなってきたというのが印象だろうか。
祖父母が残していってくれたものはそれなりに多い。
先に祖父が亡くなり、何年か後に祖母が亡くなった。
それ以来家は手つかずになっていたので、基本的には祖母の葬儀が終わった後、その状態のまま放置されている。
台所も流しに湯飲み茶わんが放置されている。
鍋やフライパンもそのまま。
恐らく米櫃だったと思しき代物はとんでもない状況になっていた。
冷蔵庫は中身が入ったまま電気が止まってしまい、この世のものとは思えない光景となっている。
しかも電気を入れても稼働しない。
”パソコン明日から新しくなるけど、君の分は無いから。それ以上仕事の効率落ちられたらたまらないからね”
食器棚の中は祖父母との思い出で一杯だった。
あの時大きな煮魚を食べた大皿だとか、お新香を出してくれていた豆皿だとか、いつもこの家に来ると使っていた茶碗だとか。
お皿の一枚一枚に祖父母との食卓が思い出される。
どんな事があっても、爺さんも婆さんも食卓ではいつも笑っていた。
どこか雰囲気の悪かった両親の食卓とは全く違う温もりが祖父母の食卓にはあった。
とりあえず燃えそうな物は庭に掘った穴にどんどん捨てていく。
乾燥させた雑草と共に燃やして灰にして、後々畑を稼働させた時に土に混ぜ込む為に取っておく。
台所の『燃える物』は処分するのにほぼ一日かかった。
生前は祖母の蓄えであったであろうそれらは、祖母亡き後、空き家となったこの家に無断で住み着いた生き物たちの食料となっていた。
申し訳ないが、僕はそんな生き物たちと一緒に生活する気はさらさら無い。
お引き取りいただく為に、そろそろ煙を焚かねば。
「言い忘れていたけど、水道の水は飲んでないだろうね。まああの色を見たら飲もうという気はおきんだろうが。ちゃんと錆びを取ってからじゃないと危ないからね」
どうすれば錆びが落ちるかと尋ねると普恩寺さんはゲラゲラ笑い出した。
使い方は間違っているかもしれないが、元栓を閉めてから蛇口を取り外し、高圧洗浄機で吹いてみたら掃除できるんじゃないかだそうだ。
この人たちは高圧洗浄機に過度な信頼を抱きすぎな気がする。
毎週一日は普恩寺さんと買い物に出かけている。
村の人たちの買い出しの為である。
僕が付いて行くようになってから、どの家の注文書にも一行項目が追加になっている。
『美味しそうな茶菓子』の下に『良さそうな駄菓子』と書かれている。
どうやら僕に対しての『お駄賃』のつもりらしい。
最近では家の中の清掃がひと段落したおかげで、僕も必要なものというのが出てきており、一緒に購入している。
それを各家に配布していた時の事だった。
ある家のおじさんが、炭焼きをするから一緒にどうかと誘ってくれた。
この辺りは冬の暖房として火鉢を用意する家が多い。
火鉢とは大きな器に灰を敷き詰めたもので、そこに炭をくべて暖を取るのだ。
うちの家にも祖父母が使っていた陶器製のものがあった。
灰は燃えないので炭を灰の中で燃やしても燃え広がったりはしない。
ただし熱はじんわりと伝わるため、部屋全体がじんわりと温まる。
炭の上には五徳という金具を置き、その上で湯を沸かす事で部屋の加湿もできる。
なんなら干物を炙る事も。
古い家というのは機密が悪いため隙間風が入ってくる事もあるのだが、密閉された部屋で火鉢を使うと一酸化炭素中毒の恐れがあり逆に危険なのだそうだ。
近所のおじさんからの誘いというのは、スタンプラリーみたいなものである。
ちょっとした面倒をこなせば何かが貰えるというような。
炭焼き小屋に普恩寺さんの軽トラックで向かうと、既に何人かのおじさんたちが集まっていた。
炭にするための木がすでに山から運び込まれている。
伐ったばかりの生木は炭にはできないのだそうで、半月ほど前におじさんたちで山に行き、幹の細い木や太い木の枝を伐ってここで自然乾燥させておいたのだとか。
いわゆる間伐材というやつらしい。
伐る木の種類は樫や楢が良いのだそうだ。
それを適度な長さに切りそろえていく。
鉈の使いからを一から教えてもらい、手を切るなよというおじさんたちの不安な眼差しの中で枝を切っていく。
切り終えたら、それを釜の中になるべく隙間ができないように立て掛けていく。
これは熟練の勘が重要なのだそうで、二人のおじさんが見事なコンビネーションでセットしている。
その間僕は普恩寺さんと一緒に土を練った。
炭というのは、木を燃やして火が消えた時にできる物である。
これがちゃんと燃えていないと、炭として火を点けた時に必要以上に燃えてしまい、さらに煙も出て不快な匂いもしてしまう。
もちろん燃え過ぎたら灰になってしまう。
ではどうするか。
煙で燻すように燃やしていくのだそうだ。
その為には焚口と言われる空気の入口を小さくし、煙突も塞ぎ、不完全燃焼の状態を作り出すのが良いらしい。
炭焼き釜といっても大きな石を積んだだけのものであり、炭焼きはこの時期にしか行わない為、一年の間にすっかり釜には隙間ができる。
そのまま燃焼させるとそこから空気が入り込み炭が灰になってしまう。
だから練った土で回りを固めるという事もしないといけない。
おじさんたちは普段から鍬を使い慣れていて、土を練る作業も当たり前のように行っている。
ところが見様見真似で行ってもこれが上手くいかないのだ。
なんだそのへっぴり腰はと大笑いされながら鍬を振った。
釜に火が入ると、そこから暫くは雑談の時間である。
一人のおじさんが持ってきたラジオのスイッチを入れた。
リトル・エバの『ロコモーション』という曲がラジオから流れて来る。
おじさんたちは労働後だというに非常に元気でおまけに少しテンションが高い。
よくわからない事を言い合いゲラゲラと大笑い。
音楽に合わせて今にも踊り出してしまいそうである。
田舎のおじさんというのは口さがない。
およそ聞かれたくない事も、ずかずかと土足で上がり込むように聞いてくる。
この辺りはもう入社面接のようなものである。
ネガティブな事は言わず、都合の悪い部分はぼかし、なるべくポジティブに答えていく。
例えば、何でこんな田舎に来たんだと聞かれたら、会社をクビになったからと答えてしまったら落第点だ。
あっという間に悪い噂として、さらに尾ひれまで付いて広まってしまう。
そういう質問はちょっとなどと言葉を濁したら零点。
付き合いの悪い人という評価をされてしまい、一歩引いた対応をされてしまう。
祖父母の思い出の家が放置されていると聞いて、何とかしようと思いやってきた。
こう言えば田舎を気にかけてくれる人と印象を持ってもらえる。
都会の生活はどうにも合わなかったと言えば、さらに共感を得てもらえる。
おじさんたちが知りたいのは過去の悲惨な体験ではない。
目の前の新入りが祖父母同様無害な人物かどうかが知りたいだけなのだ。
だからもしおかしな事を言ってしまっても、静かにこの村で暮らしたいんだと一貫した態度でいればおじさんたちは安心してくれる。
まあ、そもそも天才詐欺師でもなければ、悪意のある人が炭焼きに付いて来たりなんてしないだろうが。
平飼いの鶏卵を使ってパンを焼いてみたいと思っているのだがどう思うかと、おじさんたちに相談してみた。
意外にもおじさんたちには好評だった。
正直、俺はご飯派だとか言われるものと思っていた。
上手く焼けるようになったら道の駅に届けたら良い。
道の駅はそれなりに人が遠くからも来るから人気になればそれなりの売上になる。
そうなれば十分食べていけるだろうとおじさんたちは言い合った。
そうこうしていると一人のおじさんが窯から上る煙を見て、そろそろ良いだろうと言って立ち上がった。
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