第20話 I've Never Been to Me
※注意:一部少しリアルなトラウマ表現があります。
精神に病をお持ちの方は、この先をお読みにならずに申し訳ないのですがブラウザバックをお願いします。
その出会いをきっかけにして、常盤さんとは頻繁に連絡を取り合う仲になった。
実は住んでいるところがそれなりに近かったという事が判明。
常盤さんは取材の一環だと言って、暇さえあれば僕に連絡を入れ、あそこに行こう、ここに行こうと誘ってくるようになった。
定番の観光地、伝統的なお祭り、美術館に博物館、水族館、庭園、繁華街。
毎回、思わず見惚れるほどの可愛い服装を身にまとって僕に笑顔を向けてくれた。
まるで恋人同士のよう。
そんな風に勘違いする事もあった。
その都度、いやいや都合の良い男友達の一人に決まっていると自分の勘違いを諫めていた。
常に拳三個程度の距離感。
それが僕と常盤さんの仲であった。
だけど僕はそれで構わない。
休みの日に女性と二人だけでどこかに出かけるという行為が心に充足感をもらたしてくれる。
自分は花屋の軒先に勝手に生えた雑草なのだと自分を卑下していた。
頑張って可愛い花をつけても抜かれてしまう、そんな雑草なのだと。
だけどそんな雑草を綺麗な花だと愛でてくれる人がいた。
僕は花屋の花になれたんだ。
誰かに認められることが、必要とされることが、こんなにも心を安らげてくれるだなんて。
そんなある日の事だった。
常盤さんから花火を見に行こうと誘いがあった。
今住んでいる地域からは花火大会で有名な河川敷までは電車で数駅という距離で、てっきりそこに行くものだと思っていた。
だが常盤さんは、花火は近くで見ると疲れるからと別の場所を集合場所に指定して来た。
そこは以前常盤さんが別れ話をして首を絞められたあの駅だった。
駅から少し行ったところにある野球場へ常盤さんは僕を案内した。
普段は利用者以外には解放していないのだが、この花火のために開放してくれているらしい。
家族連れの人たちがレジャーシートを敷いて腰かけている。
小さな子が浴衣を着せてもらい、大はしゃぎしている。
地元の人以外ほとんど人がいない、まさに穴場という感じの場所であった。
周囲は街灯も少なく、それでいて高い建物も無いせいで吹き込む風が心地良い。
中央の場所はすでに先客たちによって所狭しとレジャーシートが敷かれている。
後から来た僕たちは野球場の端の方で見る事にした。
常盤さんは用意の良い事にレジャーシートを持参しており、それを広げてにこりと僕に微笑んだ。
暗くて見えないだろうが、その彫刻のように美しい微笑みに、僕の頬も耳も真っ赤に染まっている。
常盤さんは浴衣姿で、団扇と巾着袋を手に、下駄を履き、髪を高く結い上げている。
風に乗って常盤さんの何とも言えない良い香りが漂ってくる。
レジャーシートに二人腰を下ろしたところで、最初の大きな打ち上げ花火が上がった。
上空を見上げ無邪気に綺麗と口にする彼女。
花火の青や赤や緑が、ほんのり彼女の端正な顔を照らす。
上空に映し出される大輪を見上げていると、常盤さんがこちらに体を預けて来た。
まるで恋人同士のよう。
映画なんかで見るように、そっと女性の肩に手を回した方が良いのだろうか?
”何で私のいう事がそんなに聞けないの? やっぱり男の子ってわかった時に堕ろしておくべきだったわ!”
いや。
こんな暗がりでどさくさ紛れのような事をして常盤さんを不快にさせたら、せっかくの良い空気が台無しである。
花火を見に来たのだから、ここは花火に集中しよう。
そうでないと、こんなに色とりどり、さまざまな形を表現して皆の目を楽しませようとしてくれている花火職人さんに失礼にあたってしまう。
それにしてもなんて綺麗なんだろう。
なんて素敵な時を過ごしているのだろう。
連発の花火の途中で、常盤さんの手が僕の手に触れた。
花火から常盤さんに視線を移すと、常盤さんはこちらを見てニコリと微笑んだ。
高鳴る鼓動を強く感じながら、僕も常盤さんに微笑みを返す。
すると常盤さんは僕の手の上に自分の手を置いたのだった。
再度常盤さんを見ると、常盤さんは夜空を見上げ花火に集中していた。
そこからはもう常盤さんの手のぬくもりが気になって、花火の事が脳に入っては来なくなってしまった。
最後に一際大きな花火が夜空に咲いた。
周囲からも自然と拍手が沸き起こる。
「終わってしまいましたね。楽しかったですね、花火」
常盤さんがレジャーシートから立ち上がったのを見て、そう言ってレジャーシートを丁寧に畳んで常盤さんに手渡した。
心なしか常盤さんの表情が強張っているように見える。
もしかして何かしてしまったのだろうか?
そこから二人で駅に向かって歩いて行った。
その間、常盤さんは俯いたままで、一言も喋ってはくれなかった。
ああ、僕はきっと何か失礼な事をしてしまったんだ。
もしかしたら楽しかった日々もこれで終わりかもしれない。
そんな風に感じて駅のホームで電車が到着するのを待っていた。
常盤さんが急に真剣な顔で僕の手を取って、睨むような目で僕を見てきた。
顔も耳もその引いた口紅のような朱に染まっている。
「あの……今晩、泊めていただけませんか?」
彼女のその一言に、花火は今度は僕の胸の内で大輪の花を咲かせた。
それからさらに幾月かの時を重ね、常盤さんは部屋を引き払い僕の部屋に住む事になった。
いつからか、お互いの呼び名が名越さん、常盤さんから、貫之さん、真智さんへと変わった。
作家になる道を選んだ彼女だったが、賞には応募するものの成果が得られず、収入は日々のアルバイト代のみ。
日中にアルバイトをし帰ってから創作活動に勤しんでいるのだが、家賃や光熱費の支払いが重くのしかかり、どうしても生活の水準を落とさないといけない。
そんな切実な状況なのだそうだ。
家賃を負担するから一緒に住まわせて欲しい。
そう言って頬を赤く染め、大きな旅行鞄を持ってうちにやって来た。
この頃、フェアリー・ケージではカスタリアが成体になっていた。
人間で言えば中学生くらいだろうか?
属性は水。
手足に鱗が生え、耳も魚のヒレのような形をしている。
髪はゆるくウェーブがかかっていて色は薄い群青色。
背中にトンボのような透明な羽が四枚生えている。
成体になってからは毎日のように僕に色々な事を話しかけてくれた。
残念ながら言葉が通じないので何を言っているのかまではわからないのだが。
だが、徐々にこちらの言葉を覚えてくれているようで、おはようとか、おやすみとか、そういう挨拶は覚えた言葉で返してくれる。
成体になってからは、自分でシバアオイの葉を千切って簡易の服を作って着ている。
面白いのは音楽をかけると踊り出すところである。
緩やかな音楽をかければゆっくりと踊り、テンポの早い曲をかければケージ内を走り回る。
カスタリアの表情である程度音楽の好みはわかる。
そんなカスタリアがやたらとせがむのは、シャーリーンの『アイブ・ネバー・ビン・トゥー・ミー』。
この曲が流れるとカスタリアは、まるでフィギュアスケートの選手のように、ケージ内の池の上を滑るように踊る。
この曲には最後に台詞パートがあるのだが、カスタリアは立ち止まって両手を胸の前で組んで、口をもごもご動かして真似をする。
実に可愛い。
「実はこれフェアリー・ケージといって妖精を飼っているケージなんですよ。例のほら、不思議な文字、あれを解読したら実際に妖精を召喚できるようになったんです」
そう言って真智さんにケージを見せた。
どうせ隠し通せるものではないのだから、最初から他言無用だと言い含めて見せてしまった方が良い。
そう判断したのだ。
真智さんはかなり困ったような顔をしている。
当然だろう。
いきなり『妖精』を召喚しているなんて言われて信じる人なんていないだろう。
だけど百聞は一見に如かず。
見てしまえば信じるしかない。
真智さんはケージをじっと見つめたまま一言も声を発しなかった。
「あの、ごめんなさい。貫之さんには何か見えているんですか? 私には単なるビオトーブにしか見えないのですけど……」
最初は小さな存在だから見えないのだと思っていた。
いや、小さいと言っても人の指ほどの大きさの存在である。
見えないはずは無い。
ここにいるんだと言ってケージに手を入れカスタリアと戯れる。
カスタリアも嬉しそうに僕の指に抱き着いて羽根をパタパタとさせる。
構って貰えるのが余程嬉しいようで、しきりに何か話しかけてきている。
だが真智さんは困惑したような表情で首を傾げている。
どうやら本気で何も見えないらしい。
こんなに元気にはしゃいでいる、その声も何も聞こえないらしい。
「そうなんだ……召喚者しか存在を認識できないのかな……真智さんにも見えればきっと何かしら創作活動に役立つはずだろうに、残念だなあ」
気のせいだろうか。
変わらぬ優しい顔で微笑む真智さんなのだが、僕を見る目がどこか変わったような気がした。
それまでの好意的なものではなく、どこか蔑んだようなものに。
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