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【完結】Fairy Cage ~妖精の住まうビオトーブ~  作者: 敷知遠江守


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第19話 Honesty

※注意:一部少しリアルなトラウマ表現があります。

精神に病をお持ちの方は、この先をお読みにならずに申し訳ないのですがブラウザバックをお願いします。

 時間も時間だからと、喫茶店ではなくチェーンのハンバーグレストランに行く事になった。

正直、あまりにも緊張しすぎて何を頼んだかすら覚えておらず、味など全くわからなかった。


 食事が済むと二人コーヒーを飲みながらお互いの自己紹介をする事となった。

これまで四度も会っているのに、ここまでお互いが知っている事といえば名前だけ。

我ながらなんとも消極的な話だ。


 常盤さんは現在大学の文学部に通う四年生。

就職活動はしたらしいのだが残念ながら全滅。

途中から心を病んでくるのを感じたのだそうで、会社に頼らずやれる仕事を模索しているのだそうだ。


「あんまりにも就職活動でお祈りされちゃうと、何だか自分は世の中には必要の無い人間なんだって気になってきちゃうんですよね」


 どこか悲しい目をして常盤さんはそう言った。


 僕の時は少し経済が持ち直していた時だったからそれなりに就職先もあった。

だが今はまた景気が悪くなってきて新卒採用率ががたりと落ちていると聞く。


 確かに就職活動をしている人にしたら、これから社会活動に参加しようとしているのに、その社会が不要と言ってきているようなものである。

一体全体誰にとっての理想の社会なのかは知らないが、当事者からしたらたまったものではないだろう。



”景気が少しでも悪かったら、会社だってお前みたいなゴミ社員雇わずに済んだのにな”



 常盤さんの話を聞いていて、ふと先ほどまで考えていた事を思い出す。


『景観が悪いというだけで取り除かれる雑草』


 僕だけじゃなかった。

常盤さんも今、雑草になってしまっているんだ。

このままでは僕のように社会に踏みつけられて萎れてしまいかねない。

何か声をかけてあげねば。


「生きているだけで丸儲けなんて言う人がいますけど、そんなのは既に成功した人の言葉ですよ。まだ成功してない常盤(ときわ)さんは、それじゃあダメなんです。常盤さんを必要とする人は必ずどこかにいますから、その人に見つけてもらえるように輝いていないと」


 ……僕は一体何を言っているんだろう?

真昼の行灯(あんどん)すらの輝きも無い僕と違い、常盤さんは十分輝いているのに。

なぜ僕は彼女を自分と同じだなんて錯覚してしまったのだろう?

しかも何だかとてつもなく恥ずかしい事を言った気がする。


 常盤さんは真っ直ぐ僕の目を見つめている。

髪をかき上げている左の耳が赤く染まっているように感じる。

恐らく共感性羞恥というやつだろう。


「本当にそうですよね。やっぱり社会に出ている人は違うな。私ね、小説家になろうって思っているんです。それで今、賞に応募しようと思っているんですよ」


 このサイトに投稿しているので読んでみて欲しいと言って、常盤さんは小説投稿のサイトを僕に見せた。

ユーザー名は『おねすティ』。

常盤さんは恥ずかしそうに、ビリー・ジョエルという人の有名な歌から取ったと小声で言った。


 携帯電話を返却し自分の携帯電話を取り出して常盤さんの小説が登録されているサイトを開く。

サイトには何本かの短編と二本の長編が登録されている。

長編と言っても、どちらも四十話程度のもの。

その中の一本の長編を開いてみる。


 タイトルは『悪役令嬢だけど、ダンジョンに潜ってみたらランダム宝箱から領主のスパダリ跡継ぎ出てきた』。


 一話を読んでみるのだが、いまいちよくわからない。

二話、三話と読んではみるものの、そもそも『悪役令嬢』が何なのかがさっぱりわからない。

ダンジョンに潜った理由も正直よくわからない。

相手の男性のところに頻繁に書いてある『スパダリ』ってなんだろう?

とにかくわからない事だらけ。


 常盤さんは少しもじもじしながら、どう思いますかと聞いてくるのだが、正直どう答えたものやら。

素直に言ってしまうべきか、オブラートに包んで言うべきか、それともお世辞を言っておくべきか。


「少しだけ読んでみたんですけど、僕はあんまり小説の類って読まないので、こういうのちょっとよくわからなくって。申し訳ないです」


 露骨にガッカリした顔をする常盤さんの顔が直視できず、短編の方を開いてみる。


 タイトルは『聖女に転生して仮面舞踏会に出席したらイケメン王子にお持ち帰りされました』。


 率直な感想を言えば、ターゲット層じゃないものを読んでしまった気分。

商業施設で下着売り場の前を通る時のようなえもいわれぬ気恥ずかしさ。

小学生女児の夢日記を覗き見てしまったような何とも言えない罪悪感を感じる。


 何かを期待したような顔でじっとこちらを見てくる常盤さん。

目が合ったのだが、出たのは感想ではなく愛想笑い。

常盤さんは何か酸いものでも食べたような表情をする。


 その作品を読み終えたところで、以前常盤さんが言っていた『不思議な文字で魔法が使えるようになる話』というのをふっと思い出した。

長編は二作しかなく、先ほどのものでなければ、もう一作の方がそれという事になるだろう。


 タイトルは『古代文字解読 ~失われた文字を解読したら伝説の大賢者になれた件~』


 一話、二話と読んでみると、それまで読んだ作品とは全く異なる作品であることがわかる。

主人公も夢見がちな少女や口の悪い女性ではなく、村の中ではかなり立場の弱い少年。


 その少年がある日街に出かける事になり、偶然そこで古い木製のワイングラスと思しき杯を見つける事になる。

どうやらその杯はどこかからの盗品らしく、見た目的にも古臭いので捨て値で良いと骨董品屋は言う。

だが村でも立場の弱い少年にとってその金額はかなり高価であった。

骨董品屋はそんな少年の内情を察し、持ち金の半分で売ってやると言い出した。

ただしここで買ったという事は内密にしてくれと。


 実は少年は早くに両親を亡くし、住む家が無く古代文明の遺跡に寝泊まりして、近くの村に働きに出ていた。

そのワイングラスに書かれていた文字、それはこの古代遺跡の壁画に書かれている文字とそっくりだったのだ。

古代遺跡の壁画には古代文字と現代文字が並列で記載されている部分があり、これまである程度の解読ができている。

このワイングラスに何が書かれているのか、それが少年が気になった部分なのだった。



 以前常盤さんとコーヒーを飲みに行った時に常盤さんが語ったあらすじの冒頭の部分。

その時の話では、この少年が後に魔法の使い過ぎで『リッツィ』という骨の化け物になるという事であった。


 四話目を読み終え五話目に進むところで、常盤さんがまだこちらをじっと見ている事に気が付いた。


 しまった。

常盤さんの事を忘れて、読みふけってしまっていた。


「す、すみません。この話が面白かったのでついつい……」


 常盤さんは顔をぱっと明るくして、身を乗り出してどの話ですかと興奮気味に聞いて来た。

以前言っていた不思議な文字の話だと言うと、常盤さんは少しだけがっかりした顔をする。


「実はそれ、他の作品と違って、その作品だけ読者から何の反応も無いんです。閲覧回数も驚くほど低くって」


 圧倒的な不人気作。

かなり色々と悩みながらも新境地を開くんだと意気込んで完成させた作品だったのにと、常盤さんは浅緋色の紅を引いた唇を軽く噛んだ。


「でも何となく原因はわかる気がします。常盤さんの普段の客層とあまりにも商品のジャンルが違うんですよ。電気ポットで定評があるからって、そこの会社の新商品の空気清浄機を買うかって言われたら……」


 だけど楽器とオートバイのように、全然違うジャンルでどちらも高い評価を得ているなんて会社もある。

だからここで諦めずに別ジャンルでも顧客を新規開拓していけば良いのではないだろうか?


 そこまで言って顔を上げると、常盤さんは嬉しそうな顔で目を輝かせて僕を見ていた。

その瞳が眩しすぎて直視できない。


「さすが社会に出ている方は言う事が違いますね。まるで先生みたい。そうだ! もしよかったらさっきの話、全部読んで感想いただけませんか? 酷評でもそれはそれで嬉しいですから」


 快諾はした。

だが何だろうか?

何か騙しているような、嘘をついているような、そんな後ろめたさを強く感じるのは。


 『社会に出ている方は言う事が違う』と言われる度に心に棘が刺さるのを感じている。

僕は会社のお荷物社員で、単なる社会の落伍者でしかないのに。

ちゃんと否定しない自分を不誠実に感じてしまっている。


 常盤さんは自分のペンネームにするほど『誠実(オネスティ)』という言葉を重視している。

今の僕の不誠実さを知ったら、僕への興味が一気に失せてしまうのではないだろうか。

そんなそこはかとない恐怖にも似た感情が僕の心に沸き上がる。



 こちらは社会人だから食事代を持ちますと言ったのだが、常盤さんはそんなわけにはいかないと言って会計で割り勘を依頼した。

何となくだが、それが無性に寂しく感じたのだった。 

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