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【完結】Fairy Cage ~妖精の住まうビオトーブ~  作者: 敷知遠江守


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第18話 Melody Fair

※注意:一部少しリアルなトラウマ表現があります。

精神に病をお持ちの方は、この先をお読みにならずに申し訳ないのですがブラウザバックをお願いします。

 翌朝、薄布を取ってもカスタリアはまだシシガシラの葉っぱにくるまってすやすやと寝ていた。

葉っぱを掴むようにカスタリアの小さな小さな手がのぞいている。

葉っぱの下からはカスタリアの尻尾がはみ出ていて、カスタリアの呼吸に合わせてぴょこぴょこと揺れている。

本当に可愛い。


 時折、本当に小さな声で「ふぇぇ」という寝声が聞こえる。

人間の赤子のように夜泣きしたりという事は無い。

まるでシシガシラがカスタリアをあやしているように、ゆらゆらと揺れている。


 実に不思議な事に、これをスマホで録音して聴いてみたのだが何も聞こえないのだ。

聞こえれば会社でこの声を聞いて癒してもらえるのに。



”うちは成果主義なんだから上司が評価しなければ給料はどんどん減るんだよ。給料が減るのが嫌なら上司に気に入られる努力をしろよ”



 会社の帰り、いつものパン屋さんではなく、近所のスーパーに買い物に行った。

いつものインスタントコーヒー以外にサンドイッチを購入して帰宅。


 ケージを見るとカスタリアはすやすやと寝息をたてて寝ている。

時折尻尾が動くのが本当に可愛い。

鼻をすするように動かす仕草も可愛い。

どれだけ見ていても全く飽きない。

だけどカスタリアにはちゃんと寝ていてもらわなければいけないから、渋々だが薄布でケージを覆うのだった。



 翌朝、目が覚めるとケージから何やら音が聞こえる。

驚いて薄布を外すと、カスタリアが目を覚ましてシシガシラの葉っぱの上で手足をばたばたさせていた。


「ひゃあ! わあ!」


 小さな声ではあるが、楽しそうな声ではしゃいでいる。

僕と目があうと、その小さな小さな手をこちらに伸ばしてくる。

ケージの中に手を入れて小指を近づけると、カスタリアは僕の指を興味深げにぺたぺたと触り出した。

カスタリアは重さのようなものは全く無いのだが、実体はあり触られる感触はある。

感覚としては軽く息を吹きかけられているような感じ。

本当になんて可愛いのだろう。


「カスタリア、おはよう!」


 そう声をかけると、カスタリアは嬉しそうに何かを訴えかけるような瞳でこちらをじっと見つめる。

その小さな小さな手をこちらに向けてぶんぶんと振る。


「にゃあ! やあ!」


 そんな声を発してじたばたと手足をばたつかせる。

僕が手を振ると、嬉しそうに両手で振り返してくれる。


 自分が今デレデレとしている自覚はある。

だが、カスタリアの可愛い顔を見ていると自然と顔が緩んでしまうのだ。

このままいつまででもカスタリアを見ていたい。


 うっとりとカスタリアを眺めていると、外でカラスの泣き声が聞こえた。

はっと我に帰り、仕事に行く支度をしなければと思い出し、慌てて着替えを始めたのだった。

いかんいかん。

遅刻なんてしたら、それこそ給料が月の食費を下回りかねない。

そんな事になったら今の部屋も引っ越さなければならなくなってしまう。

慌てて身支度をして家を出たのだった。



 それから数日でカスタリアは『はいはい』ができるようになった。

そうなるとカスタリアは溢れる好奇心からケージ内を所狭しと探検するようになった。

会社から帰ると水辺のカエルノザの上でお昼寝なんて光景もちょくちょく目にするようになった。

こんなところで寝ちゃ駄目だよと言ってシシガシラの上にそっと移動させる。

するとシシガシラはカスタリアを葉っぱで優しくくるむ。


 シシガシラの上に移動させようと掬った時に僕の小指に両腕でしがみつく事がある。

完全に寝ているのでたまたまだとは思うのだが、まるで手を離したら嫌だとせがまれているかのようで心の中の何かがムズムズと痒くなるのを感じる。


 これが愛情というものなのだろうか。



 ゲームでは妖精が幼体から成体になるまでそんなにゲーム内の時間はかからなかったのだが、そこはやはりゲームのバランス調整というものなのだろう。

人間の成長に比べれば格段に早いのだろうが、ゲーム内の成長速度に比べると各段に遅い。


 出勤途中に、いっそカスタリアの成長記録をつけようかなんて事まで考えていた。

だが一度会社に出勤すると、そんな事をしたらカスタリアがふいにいなくなった時に立ち直れないのではないかという強い不安が頭をよぎるのだった。

恐らく僕の中にはアイグレを失った時の事がまだ少し傷として残っているのだと思う。




 年が明け、白き氷の綿が舞い散る季節を過ぎると、穏やかな陽が優しく辺りを癒す日々が訪れる。

それまでなんの変哲もない無機質なアスファルトから精霊力の源が姿を現し始めている。



 雑草などという名の植物は無い。


 植物を研究されていた昭和天皇のお言葉であるらしい。

これは民衆や兵と呼んでいる者たちにもちゃんと名前があって家族がいるんだと、政治家や軍人をたしなめたものだと言う人がいる。


 でも僕の会社内での待遇からしたら、雑草は総じて除草されるべき存在というのが正しいのだろうと思う。

人を指で動かせる立場の人にとって、僕のように負け組の人間というのは所詮はストレスのはけ口に過ぎない。


 作戦行動が思うような結果にならない、行政改革が思うような結果にならない。

そうしてストレスが溜まれば、軍人だって政治家だって、そのストレスのはけ口というのは、自分の兵や民衆に向けられるというものだと感じる。

中でも見た目の弱そうな兵や、社会的弱者にその負の感情は強く向けられる。

そうする事で自分は価値ある植物なんだと自己認識ができるのだろう。


 弱そうな兵や社会的弱者は発言力が低い。

だから使い捨てれば良いと感じられてしまう。

ゆえに徹底的にやられてしまう。

弾もろくに持たされずに突撃を命じられたり、重税をかけられて貧困を余儀なくされたり。


 有り体に言ってしまえば、そういう人間は生きる価値が無いという事になる。

路傍に生えた草が景観が悪いと言って引き抜かれて朽ち果てるように、弱者は間引かれる存在でしかないのだ。

ごく稀に昭和天皇のようにそんな雑草に価値を見出す人はいる。

だがそんなのは本当にごく稀で、ほぼ全ての人にとっては一括りに雑草なのである。


 僕は社会で言えば紛れもなく除草されゆく雑草だ。

だから誰にも気づかれないように、目に付かない路地裏でひっそりと生えていないといけなんだ。

目立ったら抜かれてしまうから。



 そんな風に自らをあざ笑いながら電車を降りた。

人の流れに身を委ねてホームを改札に向かって進んでいく。

今日もスーパーに行ってサンドイッチを買うんだ。

パン屋のサンドイッチの方が美味しい。

だけどパン屋のサンドイッチは高くて、減りに減った給料ではもう手が出なくなってしまっている。

さて今日はどんなサンドイッチにしよう。


「あ……あの……」


 そんな声が聞こえた気がした。

何か落とし物でもしただろうか?

そんな事を思いながらきょろきょと地面を見渡す。

とくに落とし物はしていない。

もしかして落とした物を拾ってくれた人がいたのかも。

そう思って振り返った。


 女性が立ち止まっている。

小脇に少し厚みのある茶封筒。

肩からは小さなバッグを下げている。

格好はいわゆるリクルートスーツ。


 この時期にもなってまだ就職が決まっていないのだろうか?

それともこんなに早くから就職活動なのだろうか?

どうやら落とし物では無さそうだとわかると、どうやら人違いだったらしいと家路に付こうと振り返った。


「あ……あの……名越(なごえ)さん?」


 明らかに自分の名を呼んだ。

多分気のせいじゃない。

もう一度振り返り今度はちゃんと顔を確認した。

こんなにしっかりと化粧をしているからわからなかった。

髪を丁寧に束ねて髪留めで留めているいるからわからなかった。

だって印象が違いすぎたから。


 そこに立っていたのは紛れもない常盤(ときわ)さんだったのだ。


「やっぱりそうだ。名越さんだ! 似てるなって思ってたんですよね!」


 二人の横を電車を降りた人たちが通り過ぎていく。

今、僕と常盤さん、二人だけにスポットライトが当たっているのを感じる。


 僕は大根役者だ。

発するべき台詞が飛んでしまって何を喋れば良いのかがわからない。


 いつか見た古い映画のテーマ曲を思い出す。

確かザ・ビージーズというバンドの曲で、曲名は『メロディー・フェア』。

流れるような美しいメロディー、そしてそれに抗わない優しい歌声。


 確かあれは『小さな恋のメロディ』という映画だった。

子供の純真な恋心を大人が抑圧しようとする物語だった。



「久しぶりですね。もしよろしかったら、一緒にコーヒーでもいかがですか?」


 天使のような、妖精のような笑みの女性を前に僕は思った。

ここにも雑草の名前に興味を持つ人がいたと。

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