第17話 Can’t Help Falling In Love
※注意:一部少しリアルなトラウマ表現があります。
精神に病をお持ちの方は、この先をお読みにならずに申し訳ないのですがブラウザバックをお願いします。
絶対どこかで見た気がしているのだ。
一本の枝に細い葉が綺麗に横に生えるシシガシラのあの特徴的なフォルムを。
だがいざ探すとどこにも生えていない。
あれから捜索範囲をかなり広げてみたのだが、一向に見つかる気配が無い。
間違いなくどこかで見ているはずなのに。
いったいどこで見たのだろうと考えながら、部屋の掃除をしながら換気のために窓を開ける。
晩秋特有の冷たい風が部屋の中を駆けていった。
心地の良い風だと窓枠に肘をついて高い青空を仰ぎ見る。
この夏が過ぎ秋になったと強く感じさせる高く澄んだ空が僕は好きだ。
どこまでも青く澄んだ空が。
何とも気持ちの良い光景。
零れた数滴のインクが混ざってかき消えるように、心の中で滲む何かが消えていくのを感じる。
さて掃除機を片付けようと視線を下に下ろした時だった。
探し物はこんなに近くにあった。
アパートの裏のちょっとした隙間にシシガシラは生えていた。
ここまでの捜索活動はいったいなんだったのだろう……
ここまでこのフェアリー・ケージで新たにわかった事がある。
今まで、あの不思議な文字を書いて敷いているケージの中は植物の生長が止まっていると考えていた。
だから勝手に増える事も無いし枯れる事も無いのだと。
だが、それは少し違うという事がわかった。
成長はしているのだ。
ただしそれは根の部分に限られ、それもほんの少し、根張り程度成長すると止まってしまう。
だからしおれた草を入れたら元気になったのだ。
目には見えないが恐らくは何らかの方法でこのケージ内に精霊力が満ちていっている。
察するに植物の光合成か呼吸といったところだろうか。
本来ならば植物の成長には陽光以外に水と栄養が欠かせない。
確かに水は減っている。
だが本来蒸発して失われる水量というものを考えると明らかに減る量は少ない。
あくまで推測でしかないのだが、このケージ内は本来自然に失われる精霊力を保持する機能があるのではないかと思われる。
特殊空間のようなもので水の精霊力によって本来蒸発する水分が蒸発せずに保持されているのではないかと推測される。
本来成長に必要であるはずの養分だが、このケージ内では余った精霊力を植物たちが養分として吸収しているのだろう。
植物たちはその古い精霊力を養分としてその身を保ち、陽光を取り入れて新しい精霊力を放出する。
恐らくは使う精霊力よりも生み出す精霊力の方が大きいため、ケージ内に徐々に精霊力が満ちていくのだろう。
そうしてケージ内の精霊力がある一定を超えると、満ちた精霊力を使用して妖精の幼体が生まれるのだと思う。
恐らくはアイグレも精霊力を消費して誕生した。
だが残念ながらアイグレたち妖精は精霊力を消費する一方で生産はしない。
あくまでケージ内の精霊力が溢れてしまわないように消費するだけ。
恐らく前回アイグレが消えてしまったのは、ケージ内の植物が産む精霊力の量がアイグレが使用する量を下回ってしまったために徐々に枯渇していったのだと推測する。
植物たちも枯れないように残った精霊力を取り入れる。
結果的にケージ内の精霊力は枯渇し、アイグレは自らを保てなくなり消滅した。
つまりは妖精を飼育し続けようと思うのであれば、それだけの精霊力を植物に生んでもらわないといけないという事になる。
当然妖精だっていつまでも幼体のままという事はないだろう。
成長すればそれだけ消費する精霊力は増えていくだろう。
妖精を末永く育てようと思うのであれば、一枚でも多く植物を栽培しないといけないという事になる。
もちろんここまでの事は全て仮説にすぎないのだが、少なくともアイグレが生まれたのだから、ある程度は合っているはず。
その立てた仮説に基づいて、ケージに入れる為の植物を栽培する事数か月。
やっとある程度の栽培に成功したのだった。
そこはやはりというか雑草。
生命力が非常に強い。
シシガシラを見つけたアパートの裏で実はもう二種ゲーム内に登場する植物を見つけている。
ちょうどシシガシラの隣に生えていた植物で、どちらも見た事がある気がすると採取しケージに入れてみたら思った通りの植物だった。
名前はビロードスゲとヤブスゲ。
どちらも一見すると稲や小麦のような見た目をしている。
細長い葉っぱから細い茎が出て、その先に粒状の実が鈴のように実っている。
ビロードスゲはガマを細くしたような実の付け方をし、ヤブスゲは小さな実の塊が少し離れて実る。
どちらも名前にスゲと付いているせいか、葉だけを見ても判別がつかない。
これで全部で七種類のケージ用の植物を見つけた事になる。
それらを綺麗に飾り付けし、ちょっとした森の中の水辺のようにしたところで様子を見る事にした。
翌朝には倒れていた植物は全てピンと元気になった。
初日は抜いた雑草が捨てられていたかのようにすら見えたケージだったが、こうなると一気にビオトーブ感を増す事になる。
それから数日経ったある日の事。
仕事から帰って来た僕を歓喜の光景が待っていた。
妖精が生まれていたのだ。
小さくてとても可愛い。
あの日のアイグレと同じく目を閉じ口をムニムニとさせている。
小さな手をぎゅっと握って少しだけ揺らしている。
たまに尻尾がぴょこぴょこと動く。
見た目はアイグレと変わらないが、よく見ると耳の形が少しだけ短いように見える。
個体差なのだろうか。
もしかしたら、気のせいかもしれない。
そうだ、名前を付けてあげなければ!
「君の名前は『カスタリア』だよ。おやすみ、カスタリア。また明日会おうね」
アイグレと同じく竜胆の下に生まれたカスタリアを、優しくすくい上げるようにしてシシガシラの葉の上に異動させ、この日の為に購入していた可愛いデザインの施された薄布でケージを覆った。
アイグレの時もそうであったが、カスタリアが部屋で待っていると思うと、どんなにつらい仕事でも頑張れる。
”お前が出勤したというだけで給料を払わないといけない。それって会社に損害を与えているという事なんだよ。わかる?”
どんなに酷い言葉を投げられても僕にはカスタリアがいると思えば何もつらくない。
社食の中でも最も安い素うどんに無料の青ネギをトッピングして、外の景色を見ながら一人昼食を満喫する。
カスタリアは今頃どうしているだろうか。
すやすやと眠っているのだろうか。
窓の外から青空を見上げると、何となく朝見たカスタリアの可愛い寝姿を思い出す。
ああ、早くカスタリアに会いたい。
部屋に帰る途中、いつものパン屋さんでサンドイッチを見ていた時であった。
ふいにアイグレの時の事を思い出した。
手にしたツナサンドを戻したまごサンドに変更。
もしかしたら、また帰ったらアイグレの時のように、カスタリアはいなくなっているかもしれない。
だけどそれは、アイグレの時はいなくなった原因がわかっていなかった為でやむを得ない事なんだ。
そもそも元々妖精が育てられるとわかっているわけではない。
だから誕生させる事がゴールなのかもしれないじゃないか。
まだカスタリアがいなくなったと決まったわけでも無いのに、僕はそう心に予防線を張った。
かつてこんなに部屋の玄関の扉を開けるのに緊張した事があっただろうか。
カチャ
扉を開け靴を脱ぎ、ゆっくりとケージに向かって歩き出す。
ケージを見た瞬間、先ほどパン屋で流れていたエルビス・プレスリーの『キャン・ヘルプ・フォーリン・ラブ』を思い出した。
シシガシラがその葉っぱを丸めてまるで布団のようにカスタリアの体を包んでいる。
シシガシラの葉っぱから、カスタリアの可愛い寝顔だけがのぞいている。
カスタリアは口元をニマニマと動かし、目を閉じている。
何も聞こえはしないが、きっと何か寝言を言ったのだろう。
良かった。
本当に良かった。
思わす頬が緩む。
僕の視線はカスタリアに釘付けとなっている。
この愛しき存在から僕は中々視線を他に移せないでいる。
カスタリアがこうしてここにいるのは、アイグレのおかげ。
ありがとうアイグレ。
僕の瞳から一筋の雫が零れた。
だけど決して油断はできない。
もしかしたら単に今日一日持っただけかもしれず、明日にはアイグレのように消えてしまうかもしれない。
でも、少なくとも今日、カスタリアは僕の帰りを待っていてくれたんだ。
明日もカスタリアに会えるかもしれないんだ。
こんなに嬉しい事はない。
「ただいま。カスタリア。そしてお休み」
そう優しく声をかけて薄布でケージを覆った。
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