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【完結】Fairy Cage ~妖精の住まうビオトーブ~  作者: 敷知遠江守


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第16話 Mr. Lonely

※注意:一部少しリアルなトラウマ表現があります。

精神に病をお持ちの方は、この先をお読みにならずに申し訳ないのですがブラウザバックをお願いします。

 どうしてあげたら良いかわからない。

常盤さんは転んで膝を擦りむいた小さな子供のように声をあげて大泣きしている。


 何て声をかけてあげたら良いかわからない。

こういった事に慣れた男なら、何かしら気の利いた事を言えるのかもしれない。

だけど頭の中が真っ白になって何も口からは出てこなかった。



 常盤さんの肩が小刻みに震えている。

石畳の上に倒れ込んだせいで綺麗な服は埃だらけ。

きっと丁寧に時間をかけて髪をとかしてきたであろうに、跳ねまくってぼさぼさになってしまっている。

俯いているから見えないのだが、きっと時間をかけて頑張ったであろう化粧も、恐らくはボロボロになってしまっているのだろう。


 きっとあの男に少しでもよく見られるように時間を割いたであろうに。

それを、あんな酷い捨てられ方をしないといけないだなんて。


 自分にとっては女性の知人など両手で足りる程度の人数しかいない。

しかもその中には母も入っているしそれ以外は全員会社の同僚である。

そんな自分からしたら常盤さんは希少な宝石のような存在であり、ショーケースで大切に保管して愛でるような存在なのだ。


 だが先ほどの男性からしたら、女性はガムのような存在なのだろう。

何度か噛んで味がしなくなったら吐き捨てる。

だけど常盤さんも希少な宝石よりも一粒のガムになる方を望んだ。


 世の中は実に理不尽なもので、ああいう男性に吐き捨てられたといって男性は屑だと自分のような男性が罵られる。

言っても強く反論してこない自分のような男性が。

時には何もしていないのに変質者予備軍のような扱いを受けることすらある。

ただ街を歩いただけで職務質問を受ける事すらある。

その行為がいかに相手の心を傷つけるのかわかっているのだろうか?

何もしていないのに、ただ言い返してこなさそうというだけで牙を向けるその行為が。


 そんな事を考えているとなんだか徐々に冷静になってきた。

それまではただただ当惑し、どこか思考も焦ったものになっていた。

だが今は周囲を観察する余裕ができている。


 きっと常盤さんは僕が顔見知りだからこうしてすがり付いて泣いているわけではない。

たまたまそこに見た事のある人がいたからすがり付いたに過ぎない。

別の知人がいれば、僕では無くそちらにすがり付いただけの話なのだ。

冷静になってみれば、その程度の話だということが理解できる。


 がっかりはしない。

一瞬でも舞い上がった自分の間抜けさを嘲笑いたいだけ。


 常盤さんはまだ泣いている。

叫ぶようにわんわんと泣いていたのが、声が漏れるというような静かな泣き声に変わっている。

僕の手は常盤さんの背中を優しく撫で続けている。



 さすがに駅前通りの商店街だけあってそれなりに通行人がおり、こちらをちらちらと見ていく。

若い女性が僕の顔をちらりと見て小声で「最低」と悪態をついていった。

その言葉が、蔑む目が、僕の心に鋭利な刃となって突き刺さる。

僕がいったい何をしたらそんな風に言われなければならないのだろう?


 だが見ず知らずの女性にそんな態度を取られても、事情も知らずに人を罵る行為は最低ではないのかと心の中で反論するのが精一杯だった。



 大声で泣いた事で少しすっきりしたのだろう。

ただただ静かに鼻をすするだけのものに変わっている。


 大人が幼児に行うように後頭部を何度か優しく撫でる。

常盤さんはその行為を受け入れてくれて、大人しく頭を撫でられている。


「大丈夫でしたか? 少しは落ち着きました?」


 なるべく優しい声で。

そう心がけてかけた言葉に常盤さんは、また声をあげて泣き出してしまった。

正直、僕にはもはや、どうしてあげるのが正解なのか全くわからない。

ただただ無言で彼女の背中を撫でてあげる事しかできなかった。



 一体どれだけの時間そうしていただろうか。

また常盤さんは泣くのを止めて、鼻をすするだけになってきた。

肩の震えも治まっている。

どうやら思う存分泣いたらしい。


「……ごめんなさい。私……」


 消え去りそうな声で常盤さんは謝罪の言葉を口にした。


 謝られても正直何と返したらいいのかわからない。

何となく彼女を触っているのもどさくさ紛れな気がして、手を離してしまっている。

傍から見たら棒立ちになった電信柱に綺麗な女性がすがり付いているようにすら見えるだろう。


 僕が黙っているので怒っているとでも思ったのだろうか。

常盤さんは化粧がボロボロになった顔をあげて、ちらりと僕の表情を確認した。

その何とも言えない切ない表情に、僕は思わず頬を赤く染め視線を反らした。


「ほんとうにごめんなさい。ご迷惑……でしたよね……」


 常盤さんは俯いたまま僕から一歩後ずさった。

鞄からハンカチを取り出すと瞳から零れ落ちる雫を拭き取った。

くるりと踵を返し僕に背を向ける。


 あの時と同じだ。

初めて喫茶店に行ったあの時と。

咄嗟にそう思った。

何か言わないときっと常盤さんはまた僕の前から消えてしまう。


「あの……僕でよければいつでも……」


 それがこの場合の会話として正解だったのかどうかはわからない。

だけど何も言わないよりは少なくとも正解だったように感じる。


 結局常盤さんは、あの時と同じように僕の方を振り返りもせずに駅に向かって小走りで走って行ってしまったのだった。


 大きくため息が漏れる。

ようは勇気を振り絞って出した言葉もハズレだったのだ。


 考えてみたら僕があの人の代わりになるわけがないのだ。

女性をガムのように吐き捨てられるようなあの人の代わりには。

ああいう人は、きっと社会に出ても僕と違って何かにつけて上手くやって出世していく。

実際、同期の人たちがそうであった。

反対に僕のように、どうしたら怒られないでいられるだろうかなんて考える人は、何をやっても上手くはいかないし、結局はさっきのように失敗してしまうんだ。



”毎日毎日、よく会社に来れるよね。俺がお前だったらそんな勇気湧かないけどな。大したもんだよ”



 結局、シシガシラも見つからず、常盤さんにも逃げられ、通りがかりの女性には最低だと罵られ、本当にこんなところまで何しにきたのやら。


 常盤さんの立ち去った後も、僕は暫く駅前の商店街をぶらぶらと歩いた。

駅のホームでもし常盤さんとばったり会ったら気まずいななんて感じたからである。


 夕飯のサンドイッチを買おうと一軒のパン屋に寄る。

はっきり言ってどれが美味しそうとかはわからない。

こういう場合、いつも買っているようなものは買わないのが無難だと感じる。

美味しければいつまでもこの店に買いに行かねばとなってしまうし、美味しく無ければこの街に来る度に不味い夕飯の味と共に今日の事を思い出す事になってしまう。


 店内には『ミスター・ロンリー』が流れている。


 なんで僕はこんなに寂しい気持ちになっているのだろう。

ボビー・ヴィントンの歌声で改めて孤独を実感する。

いったい僕はどこで何を間違えてしまったのだろう。



 結局、無難なところでハムカツサンドを購入して駅へと向かった。

紙袋を大事そうに抱え電車に一人揺られている。


 電車から降りた時にふと思った。

常盤さんには電話番号もメールアドレスも教えていないのだという事に。


 この広い都会で三回も巡り合えた、その事がそもそも奇跡的だったのに。

そんな奇跡はもう起こらないだろう。


 部屋に帰り、サンドイッチを食べながら心の中に沸き上がった感情に戸惑っている。

初めてあんな風に他人にすがり付かれた。

これが誰かに必要とされるという感覚なんだろうか。

充たされたというか、何ともいえない暖かくもむず痒い感情。

でも決して不快じゃない。


 世間では雑草と呼ばれる植物を植えた水槽をじっと見つめる。

あまりにも多くの事がありすぎて、いまいち感情の整理がつかない。

だけど最も大きな感情だけは整理が付いている。

それは常盤さんが泣き止んでくれて良かったという安堵の感情。

ほっとした。

そんな暖かな感情。


「早く元気出してね」


 そう呟いて思ったよりもしょっぱいハムカツサンドを口に運んだ。

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