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「花ちゃん」
「何?」
「いっしょかえろ!」
「あ、うん」
「正門前にいるから!部活終わったら来てね!」
「うん」
「うん!またね!」
「…うん」
最近、彼女が妙に私と行動を共にしたがる。私としては嬉しい限りなのだが、あまりにも不自然だ。
(心当たりがあるとすれば…)
『ごめん、私、沢津橋とは付き合えない』
『そっか。すまん』
『ううん』
(あれだよね…)
どうやらあの場面を、彼女に見られていたらしい。きっかけらしき出来事はこれしか思いつかないから、彼女の距離が近いのはこれ以後だ、と考えていいだろう。
(そして問題は、私がこれをどう受け取るかなんだよね)
何も考えず素直に受け取っていいのなら。彼女が嫉妬心から私の傍にいるのなら、私は今すぐ彼女に告白する。今まさに教室から出ていこうとしているその腕を掴み、引き留めてでも。
(…ま、そんなことないんだけど)
どうせ彼女に、この気持ちはわからない。少数派の私の気持ちを、彼女に押し付ける訳にはいかないのだ。
カバンを持ち、廊下を歩きながら、まだ私の独白は終わらない。
(私が、彼女のことを好きなのはもう、抗いようのない事実。)
(でも、彼女にこのことを言い出せるほど、私は勇気ある人間じゃない。)
(どうしよう…)
諦めることができるほど、生半可な気持ちじゃない。好きだけど、伝えられない。伝えたいのに、伝えられない。
もし告白したとして、引かれたらどうする?
次の日から話しかけてくれなくなったら?
目を合わせてくれなくなったら?
男を振っておきながら、私はしっかりと恋の悩みに嵌まっていた。
待ち合わせの正門前。人の流れに飲まれないよう、端の方でぼんやりとしていると、
「花ちゃんっ!」
「…あぁ」
「どうしたの?そんなぼーっとして」
元凶が口を開き、不思議そうに眉を下げて、私の顔を覗き込んだ。
「何でもない。帰ろ」
「ぁ、うん!」
モヤモヤを振り切るように歩き出すと、彼女は慌ててついてきた。
「ねえ花ちゃん、最近元気ないんじゃない?」
並んで歩いていると、心配そうな顔を崩さないまま、彼女が声をかけてくる。
「え?…さあ、よくわかんない」
「えぇー?自分のことなのにー?」
「…は?」
彼女にそれを言われると、とてもイライラする。
「自分のこともわからないダメ人間なんだよ私は。真奈美と違ってね」
抑えきれずに、口をついて出てしまう。
「え…何それ…」
「真奈美はいいよね、何でもできて、何でも言えて。きっと大した悩みなんてないんでしょ。私なんて、私なんて…………」
「なんで…?なんでそんなこと言うの…?」
彼女の顔がみるみるうちに曇ってゆく。私の投げつける棘だらけの言葉が、彼女を痛めつけてゆく。
「花ちゃん…」
「なんでいつも私ばっかり!私は何も言い出せないのに!」
完全に八つ当たり。彼女は少し俯いて、下唇を噛みながら、黙りこくっている。
「私は我慢してるのに!期待させるようなことばっかり!ちょっとは私のことも考えてよ!」
「…ごめん、なさい」
「謝らないで!余計イライラする!」
「うん…」
もう何も考えられない。好きな人に乱暴な言葉を浴びせながら、私は心の隅が白く冷えて固まっていくような感覚に襲われていた。
「ねえ、花ちゃん」
「…何」
八つ当たりの限りを尽くしてから少し。荒い息を吐きながらきっ、と彼女を睨み付ける私の目を正面から見返して、彼女はいつもと違う表情をしていた。どこか、怒っているような。
「私からもいい?あれだけ言われて黙ってらんないよ」
「えっ」
いつもと違って強い口調の彼女に、その時私は確かに気圧されていた。
「まずね、私が何でもできる?そんなわけないじゃん!授業中は寝てるし、宿題は忘れるし、運動苦手だし…ぁ、なんか言ってて悲しくなってきた…と、とにかくっ!私にできなくて花ちゃんにできることはたくさんあるし、私、花ちゃんのこと全然わかってなかったのに、花ちゃんは私のしたいこととか、考えてることとか、全部!わかってくれてる。それがとっても嬉しいの!」
「ぁ…ぅ…」
まさか、こんな素直な気持ちを彼女の口から直接聞くとは思っていなかった。
「でも花ちゃん、人には誰でも秘密があってね?私にも当然、花ちゃんに隠してることくらいあるの。出会ってから、ずっと」
「…何?」
「…うーん、どうせ言っても無駄だから言わない」
「言ってよ、聞きたい」
「だって…あれだけアピールしてるのに、花ちゃん、全然こっち見てくれないし…」
………ん?
「勇気出してあんなこととかこんなこととか頑張ったのに、花ちゃんやっぱり見てくれないし…照れてすらくれないし…」
………………………んん?
「え…?」
「え?……ぁ、」
「まな、み…?」
「…………」
辺りは夕暮れ。太陽が一日の仕事を終え、街はゆっくりと静寂に染まってゆく。




