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四時間目は、睡魔に加えて空腹とも戦わなければならない。
(今日弁当何詰めたっけ)
今日の四時間目は生物。ブタの肝臓を例に挙げて、肝臓の働きについて授業を受けているときに、昼食のことを考えるのはいささかナンセンスだが、お腹が空いているんだから仕方がない。
「はい、じゃあ次の問題、西宮」
「あ、げ、解毒作用です」
「よし、正解。次いくぞ」
生物室では席が離れているから、私は、お城に住む王女を外から眺める王子の気分である。汗かきの生物教師は、唐突に指名してくるから、生徒の評判は悪い。彼女も座って「あぶなぁ…」と呟いていた。隣に座っている男子の視線にも気付かずに。
(あと五分。そしたらお昼)
私はそのことだけを考えて、意味もなく教科書をぺらりとめくった。
昼休み。教室の一角。私は毎日、ここで昼食をとっている。
「真奈美ー、さっきは危なかったねー」
「ねー!ちょうど見てたとこだったから助かったよー」
クラスメイトと楽しそうに会話する彼女を正面から見ながら、私はウズラの卵を口に入れる。私は基本的に、食事中は話さない。それが家の方針だったこともあるが、実を言うと、彼女の笑顔を正面から堂々と見ることができるこの時間は、私の話より、彼女の笑顔が優先されるのだ。
(ウズラの卵が甘いんだけど…)
こんなに甘くなるんだったら、少しくらい料理塩辛くてもいいのかも。なんてバカなことを考えながら、私は今日も時折相槌を打ちつつ昼休みを楽しんでいた。
「ねぇねぇ真紀ちゃん、昨日のドラマ見た?」
「え?あぁ!見た見た!一気に流れ変わってびっくりしたよー」
「ホント!なんか刑事ドラマみたいな雰囲気だったもんね!こう瀬川君がバーッと…」
そう言いながらバーッと腕を広げる彼女。持った箸には齧りかけの卵焼き。
(あ、)
気付いた時には、卵焼きが箸から離れて自由落下を始めていた。
「あっ!」
「…!」
何も考えずに出した私の手に、卵焼きが収まった。握ってしまわないように、慎重に、彼女の目の前まで持ってくる。
「はい。ごめん、手で取っちゃった」
「花子ちゃんナイス!落とすよりマシだよ!」
「うん!花ちゃんありがとー!」
「…ど、どういたしまして」
はい、と手を伸ばす。普通なら、箸で受け取ってパクリ。
「ん、あむっ」
「!?」
しかし彼女は、普通ではなかった。
私の手の平から卵焼きが消える。今、一瞬だけ、一瞬だけ彼女の唇が私の手に…。
「んむんむ…花ちゃん?」
「…………」
絶対に真っ赤になっているだろう私の顔を、口をもぐもぐさせながら彼女が覗き込む。
「どうしたの?喉詰まった?」
「……バカ」
「ええっ!?いきなり…?」
「真奈美、大丈夫、あんた結構天然だから」
「フォローになってないよ~!」
これじゃもう、手洗えないじゃないか。
何てことしてくれたんだ。
…御馳走様です。
その日の放課後。私が部活に行く準備をしていると、
「よ、よう藤園」
「よう。…何?」
クラスメイトの沢津橋が声をかけてきた。同じ中学の彼とは、比較的よく話す方である。どこから見ても野球部です、と言わんばかりの焼けた肌と坊主頭の持ち主は、いつもとどことなく雰囲気が違った。
「や…今、時間あるか?」
「まあ、あるけど?」
「ちょ、来てくんね?」
「はあ」
不審そうな表情をしていたのだろう。彼はいや、そんな時間取らせないから、とか何とかごにょごにょ言いながら、私の先を歩いていく。
教室を出るときに、ちらりと彼女を見ると目が合った。
「……」
「?」
行きたくないのに友人に誘われて渋々ついてきたお化け屋敷の目の前で、順番待ちをしている時のような目で見られた。
(うーん…どうするべきか…)
その日の帰り道。私は独り家へ歩きながら、今までにない苦悩に苛まれていた。
(まさか沢津橋が私を、ねぇ…)
呼び出しの内容は、告白だった。あまりにも自然に、「ちょっとここの数学の問題わかんないから教えて」くらいの感覚で告白されたため、みっともなく口を開けてポカンとしてしまった。そもそも奴に恋愛というワードが似合わない…いや、似合わなかった、というべきか。
(どうしよう…これでちっとも意識しないってもう末期だ)
皮肉にも私は、彼に告白されたことで、彼女への恋心を再認識してしまっていた。
(好きな人いるから、で引き下がってくれるかなぁ)
まさか自分の秘密をばらす訳にもいかず、弱ったな…と頭を掻く。
結局その日は答えを出せず、悶々としたままベッドに入ることになった。
最後まで彼にドキドキすることはなかった。




