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幸せ色。  作者: 浅葱
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 またとある日。薄曇りの下、学校へ向かう私の足取りは重い。

(眠い)

 昨日は夜遅くに彼女から電話がかかってきたせいで、よく眠れなかった。

(…あれは反則…)

 一度考え始めると、もう止まらない。




 昨夜。風呂上り、髪を乾かしていたとき。

「花子。電話、鳴ってるぞ」

「ん」

父に呼ばれ、リビングへ向かうと、珍しく、私の携帯が存在を主張していた。ここだよ、はやくはやく、と震える携帯を手に取ると、画面には、

〈西宮 真奈美〉

 の文字が。

「…おお」

「どうした?誰からだ?…男か?」

「あのね、父さん。私彼氏できたら言ってるから。ほら、同級生の真奈美」

 画面を父に見せる。このデジタル文字が目に入らぬか。

「そ、そうか」

 実は彼氏より彼女が欲しい。なんて、口に出せるはずもなく、私は肩をすくめて電話に出た。

「もしもし」

「もしもしっ、花ちゃん?」

「うん」

「ごめんね、夜遅くに…」

「いいよ」

「えっとね、その、えっと……一つお話したいことが…」

「………」

 何だ、この言い淀み具合は。何か口に出しづらいことでも言おうというのか。まだ話し始めて一分も経っていないのに。心の準備とかあるだろう、普通…。

(…いや飛躍しすぎ。そんなんじゃない、そんなんじゃない)

 高鳴る鼓動をなだめなだめ、私は平静を装って口を開く。

「…何があったの?」


「しゅくだいっ、やってなくて…っ!」


「………~っ、」

「ど、どうした花子、いきなり蹲って…具合悪いのか?」

 心配して近づいてくる父を手で制する。

「………それで?終わってないのはどれ?」

「うぅ…花ちゃん、怒ってる…?」

「怒ってない」

「怒ってるじゃん…ごめんなさい…」

「私に謝ってどうすんの。…で?真奈美のことだから、どうせ数学か何か?終わってないのは」

「当たり!」

「喜ばないの」

「えへへ~」

「……何それ」


「花ちゃんは私のこと、なんでも知ってるんだね!いつもありがとう!」


「…っ、」


 ああ、嫌だ。

 時々、真奈美からこうやって褒められる。

 無自覚に、手放しに。

 私の思考を蕩かしてしまう。

 聞いてられない。

 でももっと聞きたい。

 きっと、彼女は何も考えていない。私に特別な感情など、持ち合わせてはいない。

 簡単に想像がついてしまって、私は独り、苛立って、寂しくて、辛くて…。


でも、

「花子…?大丈夫か?蹲ったかと思ったら、今度はそんなニヤニヤして…」

「うるさい」

「す、すまん」

 思わず父に八つ当たりしてしまうくらいには。

(あぁ~~~も~~~…やめてよそういうの…)

 自分の部屋に入り、パタパタと足踏みしまうくらいには。


(ダメ。好き。)


 愛しいのである。


「花ちゃん…?」

 こちらの様子を窺うような、心細げな声を、鼓膜でゆっくりと味わう。

「…何でもない。数学、するよ」

「うん!ありがと!」

 彼女に聞こえるように、わざと乱暴に、手元にあった紙を持ち上げ、落とす。束の一番上に乗っていた「保護者の皆様へ」の文字が目に入り、何だか余計に恥ずかしくなった。



(や~~~、ダメだよあれは)

 くし、と髪に手を入れ、指で梳く。すれ違った男子小学生の集団に「大きなお姉ちゃん…」と指を差された。どうやら小学生にまで大女認定されてしまったらしい。…哀しい。

 学校まで後十五分、といったところか。後ろからテンポの良い足音。

「はーなーちゃんっ!」

 はい確定。想い人確定。どうしてこうもタイミングが合うのだろう。嬉しいけど。

「おはよー!」

 ぴょんっ、とジャンプして私の横に飛び出す身体。

「おはよ」

「ごめんね、昨日遅くなっちゃって…寝不足じゃない?」

 その話はやめて欲しい。恥ずかしくて顔見れないから。

「大丈夫」

 身体は。

「ホント?よかったぁ~」

「終わったんだよね?」

「うん!花ちゃん教師向いてるんじゃない?ってくらい教えるの上手だったよ!」

「そんなことないよ」

 あなた以外にはあんなに熱心に教えないから。

「えぇー?わかりやすかったけどなぁ」

 私の気持ちには気付くことなく、彼女はにこにこしながら隣を歩いている。

「…そう。なら……また、教えたげる」

 ヘタレな私は、勇気を出してもこれくらいしか言えない。

「やったぁ!専属カテキョゲット!あははっ」

(専属…)

 至るところで特別感を出してくるのには慣れてきているつもりだが、矢張り恥ずかしい。無邪気な笑顔を見ていると、その柔らかそうな頬を抓りたくなる。

 と、突然。


「花ちゃん、今日も一日、がんばろーねっ!」


ぎゅっ、と。


(ちょ…!)


(手を握るのはアウトだって…!)

 朝からばっちり体温を上げてくれた。



 その後。教室にて。

「おはー、まなみー、数学してきたー?」

 教室に入った彼女に、クラスメイトが声をかけた。

「うん!昨日花ちゃんに教えてもらったの!」

「よかったじゃん、花子ちゃん頭いいもんね~、ね?」

「いや、そんなできないよ」

 上がった体温をどうにか下げようと、手で顔を仰ぎながら答える。結局、学校に着くまで放してくれなかったせいで、私の心拍数はマラソン完走後の様である。

(手汗やば…気持ち悪くなかったかな)

「ううん!花ちゃん教え方上手だったし、めっちゃわかりやすかった!」

「いーなー、私も花子ちゃんに教えてもらおうかな、今度から」

「ざんねん、花ちゃんは私の専属カテキョなのです!」

「えー?何それウケるー」

 肩を叩き、あはは、と笑いあう二人。

「「「…………」」」

「……」

 おい。こっちを見るな男子。私は女だ。お前たちも男同士で教えあったりするだろうが。

「それで?結局全部解けたの?」

「もちろんっ!ほら……あれ?」

 カバンをごそごそする彼女の手が止まる。可愛らしい眉が下がる。身体がぷるぷる震え始める。今朝歩きながら少し想像していたことが、現実になろうとしている。


「……忘れちゃった……」


 ダメじゃーん、ドンマーイ、と肩をポンポンされて、力なく椅子に腰を下ろす彼女。しばらく眺めていると、

「…はなぢゃぁぁん…」

「わっ」

(またこうやって…!)

 どうしよ~~~…と抱きついてきた彼女を抱きとめる。きっと私の表情筋は仕事を放棄している。

「ちゃんとしたんだよ?全部解いたんだよ?」

「わ、わかったから、離れて…」

「花ちゃん、照れてる?」

「…照れてない」

「ほんとにぃ~?」

「当てられても協力してあげないよ」

「すみませんでしたぁ!」

 ずざざっ、と離れる身体にどうしようもなく名残惜しさを覚えてしまう。

「お願いしますよ花子さま~…」

「…しょうがないなぁ」

「やった!へへ、ありがと!」


 何だかんだ言って、好きなものには甘いのだ。


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