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五神唄  作者: 成倉爻哀
第三章
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22/29

陰と陽が交わる時(2)

相変わらず、穏やかな日が続いていた。

「天照大神」

「…炎遁」

随分と長い間付き合ってきたのにも関わらず、こうして顔を合わせ、話をするのは初めての事だ。

火遁や陰国の事が無ければ、こんな機会も無かったのだろうが。

「まさか貴方様とこうして話をする機会が訪れるとは思いもしませんでした」

「私もですよ」

天照が小さく笑を漏らすと、釣られて炎遁も表情を緩めた。

炎遁にとっても、義母という事を除いては風啼の様に天照の存在はまったくの別格だ。

こうして「五神」という荷が下りても、どこか「上司」の様な妙な雰囲気だった。

「貴方には長い間迷惑をかける事になるわね」

「私が火遁以外に子を儲ければ、この様な自体にはならなかったかもしれませんが」

「でも、貴方の選択は間違っていなかった」

「え?」

「他に子がいても、きっと火遁が火神になる事に変わりは無かった。火遁は生まれた時から火神の目を持っていたもの」

「…そんな事がわかるものですか」

どの子供が次の神になるのかを決めるのは親、つまり自分自身しか知りえない。

いくら天照が神の起源とはいえ、五神は長い間、多くの子孫を産み落としてきたのだ。

そこまでを操れるとは思えなかった。

「無意識なのでしょうね、きっと」

「え?」

「神になる子は、生まれた時から決まっている。五神はその子を選んでしまう。というより選ばされてしまう」

「天照大神は、我々に子供が出来てからそれを解っているのですか?」

「そうね。少し意地悪かしら」

天照は子供のような無邪気な笑みをこぼした。

「けれど、それがあるから、私達は子供達を区別せず育てていけたのでしょう。最初から後継が決まっていては差別する事もなりかねんませんからね。特に水神の家系は」

「親友に酷い言い様ね、炎遁」

「あいつの性格からすればそうですよ。水杵が家に来た時も散々細かい事を」

水杵の父親である泳杵(エイキ)は絵に描いたような真面目人間だった。

先代の五神の中では一番頭が固く、賢かったのだが、それ故皆から石頭と怪訝されたいた部分もある。

差ほど年齢に差の無かった先代では、皆が友達の様な関係だったが、泳杵だけは炎遁以外とあまり慣れ親しくするのを好まなかった。

「確かに泳杵なら、水杵がそうと知れれば酷かったからもしれないわね」

「あの子達は、どういう恋愛をして、どんな後継者選びをしていくでしょう」

「その時よって変わるわ。同じ様な選び方をする様子は見たことが無いから。皆其々の選び方をするわ」

穏やかな表情だった。

天照は、今回の件が終わっても、ずっと天照大神でいるのだろうか。

あるいは、陰国という国がなくなったと同時に。

「どうしたの?深刻そうな顔をして」

「え?あ…なんでもありません」

想像が出来なかった。

今起こっている出来事はあまりに大きすぎて、頭の中では処理しきれない。

「あれ?親父?」

「火遁」

片手に封書を持った火遁が不思議そうに炎遁を見つめている。

「なにしてんの?」

「何、世間話だ。お前は?」

「土紬から天照大神に定期報告書」

「ああ」

神殿を公開してからは、風啼が届けていた報告書を直接五神が運ぶ事になっていた。

少しでも五神との距離を縮めようとした天照の提案である。

「報告書って言っても、今回は目立った事は何もありません。陰国にも動きは無かったし

。あ、でも」

「でも?」

言葉を返したのは炎遁だ。

「智功の話だと、嵐萄の顔が変わったみたいです」

「顔が?」

天照と炎遁が同時に首をかしげた。

「真紅の眼っていう能力が生まれついた物なら、嵐萄は神と同じ寿命…或いはそれ以上の生命を持つんじゃないかって。

天照大神が嵐萄を産んだ次期から考えれば”神”として生まれていない嵐萄は人間って事だから、今生きてるのは変ですよね?

だから、嵐萄は誰かの躯を入れ替えてきてるんじゃないか?って言ってましたよ。心枢も死術が使えるのなら、さして難しい事じゃないって言ってたし」

「躯はそう長くはもたないという事か」

「多分。なんか2人のいう事難しくてよくわかんなかったけど」

「火遁、こっちに」

「あ、はい」

手招きする天照が指差した場所に、火遁は一瞬眉を潜めた。

「え?あ、でも…」

「天照大神…」

戸惑ったのは炎遁も同じだ。

「いいから」

少し間を挟んで、火遁はゆっくり天照の腿の上に腰を下ろした。

そんな火遁の前髪を軽く手で梳き笑みを浮かべる。

こうして誰かの膝の上に座るのはいつ振りの事だろう。

まして、女の人にこうされるのは明雀がいなくなってからは初めての事だと思う。

「火遁は炎遁によく似ているわね」

「え?」

「少し不器用な所も、物事を大きな視野で見るのも…。親子ね」

「私は不器用ですか」

「ええ。昔はよくヘマをやって泳杵に怒られていたじゃない」

「それは私が神になったばかりのときの話ではないですか」

初めてうろたえている炎遁を見た。

「火遁、貴方は母が欲しいと思う?」

「え?」

「貴方の人生はまだ長いわ。炎遁もね。いづれは炎遁にも再婚を考える相手が出てくるでしょう」

火遁は黙ったまま炎遁を見つめた。

明雀の存在はこの先、自分にも炎遁の中にも無くなることは無いと思う。

「…特別、欲しいと思うことは無いけど、別にいても構いませんよ。師匠みたいな性格の人だったら考えるけど。天照大神みたいな人だったら大丈夫かな」

「あら、ありがとう」

「あ、でも、実際に天照大神が母さんだったらやだな。毎日緊張するもん」

「だそうよ、炎遁」

「……」

少し意地悪かしら。

またそう言いたそうな天照の顔だった。

「相手がいなければどうしようもないでしょう。それに、私よりは火遁の結婚の方が先じゃないと」

精一杯の返し言葉だった様に思えた。

「あらあら、火遁。どうしたの?」

奥の部屋から顔を覗かせた愛朱が天照の膝の上に座る火遁の姿に笑いを漏らす。

「ちょっと、”お母さん”お借りしてました」

少し照れくさそうに天照の腿から降りて、火遁は両手をぽん。と叩く。

「あ、いけね。俺、師匠に早く帰って来いって言われてたんだ」

「ごめんなさい。引き止めてしまったわね」

「いいえ。じゃ、俺戻りますね」

火遁がかけていく後姿を見ながら、炎遁は少しあきれ気味にため息をつく。

「火遁はいつもあんな感じでここに?」

「そうね。あまり気後れはしないみたい。貴方の様に」

言葉を詰まらせる炎遁に、愛朱が笑いを漏らす。

「母様、また炎遁を困らせているの?」

「困らせてはいませんよ。少しからかいたくなっただけ」

「…天照大神、ご勘弁を」

「ごめんなさい。でも、そろそろ新しい伴侶を迎える気になったでしょう?」

「先ほども言ったように相手がいなければ話になりませんよ」

「炎遁がその気になればすぐ見つかると思うけど。なんなら探してあげましょうか?」

「愛朱まで…」

すっかり参ってしまっている炎遁の姿に2人は笑を漏らした。



□□□□



「ねぇ、師匠」

「なんだ?」

「もし、師匠が俺の立場でさ、新しい母上が出来るって事になったら、どうする?」

火遁の言葉に、水杵は戸惑った。

火遁の立場は痛いほどによくわかるし、いずれは考えねばならなかった事だ。

「…そうだな。戸惑うかもしれない。頭ではわかってはいるが、実際そうなるとな」

「やっぱ、そうかなぁ」

「どうして?」

「さっきさ、天照大神に言われたんだ。新しい母親が出来たらどう思う?って。

俺は別にいいと思うんだけど。親父も母上の事忘れるわけじゃないし、忘れられないと思うから。いつまでも先延ばしにしたって母上が戻ってくるわけじゃないし、俺達の寿命は人間より長いだろ。現役でいられる時間の方が短いんだし、余生は普通の人間と変わらないじゃん。

なら、親父は親父の生き方すればいいと思うんだよね」

「…お前がそれをいうか。炎遁様の現役の三分の一はお前の事に手をかけていたのに」

「それは悪いと思ってるよ。だから余計にそう思うの」

水杵はこみ上げてくる笑いを抑えて、火遁の頭を軽く叩く。

「そうだな。まぁ…今回の件が落ち着けば、炎遁様も考え出す事だろうし。前と違って、母親と言ってもずっと一緒にいるわけでも無いしな」

正直言えば、炎遁に新しい妻ができる事には進んで賛成とは言えない。

炎遁には明雀という存在があまりにも大きかった。

でも、自分の様に現役から退いた親との接点は思った以上に少なくなる。

年に数回顔を見ればいいほうだろう。

もっとも、顔を合わせる度に小言を言うあの父親に進んで会いに行きたいとは思わなかったが。

「そういえば、師匠の両親ってどんな人?俺、泳杵様は怖いってイメージしかないけど、母上様の方は覚えて無いんだよな」

火遁は前代の五神の記憶はあまり無い。

火神になると決まった頃には金樺と水杵はもう交代していたし、土紬や木櫟の両親も記憶に残るほど接点が無かった。

水杵の父親の記憶は、水杵が家に入った時の僅かなものだ。

「そうだなぁ。父上が怖いのは俺も同じだ。今でも怖いよ。何に関しても厳格だったしな。母上はそんな父にいつも怯えるような感じだった」

「仲悪かったの?」

「いいや。父は優しい処もあるからね。神の事に関しては妥協しない人だから。よく先代の人達には石頭って言われてたよ」

「ふーん」

一つの存在から様々な人格が生まれていく。

その存在が身近な存在だという違和感はあまりなかった。

「色んな人間がいるんだなぁ、この世界って」

「なんだ、突然」

「元は1個の塊だったものからこんなに多くの人たちが生まれてきたんだって思うと凄いなって思ってさ」

「…まあ、確かにな」



□□□□



本国東方、虎ノ国。

元より静かで穏やかなこの国は、今日もゆっくりとした空気が流れていた。

商店街の中程にひっそりと佇む古めかしい佇まいの古書店は、所狭しと大量の古書が積み上げられていた。

中には昔使われていた旧字で書かれている背表紙もある。

日に1、2人客が訪れればいい方だろう。

店内は閑散としていて、店の奥にある小さな椅子に腰掛けた李戒は、分厚い本を手にとって黙々と目線を走らせていた。

「相変わらず辛気臭ぇなぁ、この店」

「…またか、じ…」

顔を上げた李戒の口元が止った。

いつもそこにあるはずの顔とは違う者がそこにいたからだ。

だが、それ以上の驚きが李戒には訪れていた。

その顔を見るのはいつぶりの事だろうか。

確か、最後に見たのは自分が成人する前だった様な気がする。

「久し振り。槞泗(るし)兄さん。ああ、そうか今は李戒兄さんだったね」

「随分、ご無沙汰だな。槞枅(るけん)」

店の入り口にある本に寄りかかっているのは槞枅という男。

李戒の2つ下の弟だ。

李戒とは正反対の性格で、16歳の時、家を飛び出したきり、行方知れずになっていた。

もちろんこの間顔を合わせることも、その所存を知ることも無かった。

前髪も一揃えの長さにしてある腰下まである真紅の髪は額に巻いた布で束ねてあり、その布は口元を覆っていた。

全身が薄茶色のマントのような羽織で見えない。

「今頃何しに来た。ここのお前の居場所はないよ」

「怖いなぁ。そんな顔しないくても、すぐに帰るよ。もっとも俺は陽国なんかに長くいるつもりはないからね」

その言葉に李戒は眉をひそめた。

「お前、今何と言った」

「なんだよ、聞こえなかったの?いつまでもこんな辛気くせぇ陽国なんかにいねぇっていったの」

「どういう事だ」

「李戒、お客様?」

店に繋がった家屋の奥から、蘭兎(らんう)の声が聞こえた。

「なんでもない。少し出てくるよ」

「ちょっ…どこ行くんだよ」

「黙ってついて来い!」

李戒は槞枅の腕を引き、店の外へ引きずり出す様に店を離れた。

少し離れた位置に立つ茶屋で、茶2つを注文し、店先の椅子に着く。

「結婚したんだ。折角だから挨拶していこうと思ったのに」

「そんな事はそうでもいい。どういうことだ、槞枅。陽国にいないというのは」

「その名前やめてくんないかな。当の昔に捨てたんだ。今は闇臣(よとみ)って言う」

「闇臣…?」

李戒はいまいち状況が読み込めなかった。

新しい名前は「字」の他には無い。

だが、国に使えること以外には、一般の人間が字を使う必要はなかった。

そもそも、字は親、もしくは使える国の主君に授かるもの。

「…相変わらずカンが悪いな、兄さんは」

闇臣はにんまりと笑みを浮かべた。

「闘王である兄さんならわかるだろ。この字は嵐萄に貰った名前だ」

周りの動きが全て止ったように思えた。

動きだけではなく、全ての色が失われた。

目の前で笑みを浮かべる闇臣が一瞬誰だかわからなくなる。

あの時から一度も会って無いとはいえ、顔が丸切り替わったわけでも無いのに。

この男は、誰だ。

よく見れば、知ってる顔ではなかったのかもしれない。

槞枅ではなく、”闇臣”という人間。

「……何を…何を馬鹿なことを。お前は陽国の人間だろう。何故、そんな愚かな」

「そりゃあ、兄さんよりは頭悪いけど、一応人並みの頭脳も常識もあるぜ、俺。その常識が陽国で通用するかは知らないけど、少なくとも陰国では通じる」

李戒は闇臣の胸倉を掴んで思い切り引き寄せた。

「気が触れたのか槞枅!今、嵐萄が陽国に何をしようとしているかは解っているだろう!お前は、生まれたこの国を潰す計画に加担してるんだぞっ」

「知ってるよ。だからこそ、加担したんだ。この国をぶっ潰す為にさ」

「お前…っ」

李戒の拳が頬に当るより早く、下腹に鈍い痛みを覚えた。

「っ…」

「悪いね、兄さん。剣の無い兄さんには俺は負けないよ。…まあ、剣があったとしても、負けないかもしれないけど」

嫌な液体が喉元を上がってきたのが解る。

「きっと次に顔を合わせるのは…闘いの場だろうね。これでお別れだよ。もう槞枅はいないんだ。兄さんの”槞泗”と同じ様に。俺達はもう兄弟じゃない」

店主が茶を運んできたときにはもう、闇臣の姿はなった。

腹を押さえて咽る李戒に、店主は少し顔を歪めて背中を摩る。

「すいません、大丈夫です」

まだ熱い茶を流し込んで、李戒は口の中をさっぱりさせた。

共に武を学んだ兄弟だが、あの頃、こうも簡単に攻撃を受ける事は無かった。

李戒は”闇臣”が攻撃の方を見せる瞬間を見逃していた。

いや、あるいは見えていなかった?

「…李戒?」

呼ばれた名に顔を上げると、仁討が顔を覗きこんでいる。

「どうした、大丈夫か?」

「…丁度…よかった…」

李戒の見せた表情が全て物語っているように見えた。



「槞枅…か」

「…頭の中がごちゃごちゃだ。何故あいつが陰国に」

深いため息をついた李戒に仁討は眉を潜める。

「考えられるのは1つ。素質を見抜かれたって事だろうな」

「素質?」

「逐磨みたいなもんだろう。陽国から来た人間をほいほい仲間にするわけじゃないからな。陽国から来た”陽国に恨みを持つ”人間なら目に留まる可能性があるって事だよ。

互いの国に行き来できる人間は全て監視されてる。ましてや陰国に移住したいだなんて人間はそういないからな」

確かに、陽国から態々陰国に移住しようという人間は少ない。

生活においては、余程貧困層で無い限り、陰国より陽国の方が快適な生活が送れる。

ましてや槞枅は李戒の弟だ。どちらかといえば恵まれた環境で育った。

「だが、槞枅が陽国に恨みを持つ理由が解らない。確かにあいつは両親には反発していたが、国に何か関わっていたわけではないよ」

李戒が闘王に任命されたのは槞枅が家を出てから随分後の事だ。

それまでは目だって国に関わる事をしていたわけではない。

「家を飛び出してからの間に何かあった。と考えるしかなさそうだけどな」

「…五神に顔向け出来ない。まさか身内から敵を出してしまうとは…」

「お前のせいじゃねえよ」

塞ぎこむ李戒の肩を叩いて、仁討は小さくため息をつく。

「とりあえず、風啼様に通達しねぇとな。また本国に行く事になりそうだし。

蘭兎さん、また凛子が世話になるかも」

「私は構いませんよ。李戒、あまり無理をしないでね」

「…解ってる。でも…俺は闘王としてやらなきゃいけない事が出来たみたいだ」

蘭兎は少し複雑な表情を浮かべたが、すぐに笑顔に切り替えた。

李戒の手を取って、優しく口付ける。

「…私がついているわ、李戒。考えすぎては駄目。皆が力になってくれるから」

「…蘭兎……ありがとう」

李戒は穏やかな笑みを浮かべる。

けれど、その笑顔はどこか寂しげで今にもどこかに消え入りそうな儚さにも思えた。

闘いには無縁の方国。

しかし、この闘いは陽国と陰国の闘い。

避けられないのは闘王になった瞬間から解っている。

誰かが悲しむ時が必ず来る事も、その可能性が増える事も。

手から伝わる温もりがいつもより深く感じる。

大丈夫。

そう言い聞かせて自分を落ち着かせる。

李戒は仁討へ目線を投げ、軽く頷く。

「明日、本国へ発とう。準備を」

「はい」



□□□□



珍しく星が無い夜。

土輝邸の屋根の上で寝転んだ木櫟の横に、金樺が腰をおろす。

「金樺師匠」

「李戒の事は聞いた。驚いたな」

「…うん。なんて、言えばいいかな。いくら長い間関わりがなかったって言っても、親族が敵になるなんて」

「…少し意味合いは違うけれど、義胡の様なものだと思う。余計な事は言わないのがいい。結果を出すのは当人だ。俺達は、出来る範囲で支えてやればいいんだよ」

木櫟は少し寂しげな表情を落とした。

「…闘いって怖いね、師匠。簡単に人を傷つける」

「木櫟…」

「神として何をすればいいのかよく解らなくなってきたんだ。僕は神なのに誰も守れないんじゃないかって」

「…そんな事は無いよ、木櫟」

金樺は木櫟の頭を軽くなで、星の無い空を見上げる。

「確かに闘いは良くない事だ。無い方がいい。でも、それが現実なんだよ、今の。

俺達は今を生きていかなきゃならない」

「…うん」

「きっと、闘いの無い時期は来るよ、木櫟。俺達がその世界を作ろう。誰かが誰かを恨んだりしない、平和な場所をね」

頭の中では解っている。

生命という存在がいる限り、完全な平和などこないという現実。

でも、限りなくそこに近づく事はできるはずだ。

「二人共、風邪ひくよ」

「土紬」

「木櫟…、世界が終わったような顔だよ」

思わず金樺が噴出す。

「世界が終わった…って」

「酷いよ、土紬~」

「だってそう見えたんだもん。そんな顔して李戒達に会うのか?属伸がそれじゃ闘王は安心できないよ」

「確かに、俺が闘王なら心配だな」

「師匠まで、酷い!」

頬を膨らませる木櫟に、金樺は笑いを堪えながら木櫟の頭を叩く。

「いつも通りでいいんだよ、木櫟。お前がいつも通りでいるのが、何よりの力になる」

「…そうかな?」

「木櫟が笑わなくなったらそれこそ陽国は終わりだからね」

木櫟の表情が、いつも通りに戻ったように思えた。

「辛くなったら、いつでも相談すればいいよ、木櫟」

「はい」

「じゃあ、戻ってお茶にしようか」

「ああ」

星の無い夜空を見上げて思うのは、何の思いなのか。

静かに夜が更けていく。

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