二つの国(2)
雲ひとつ無い晴天だった。
逐磨は部屋の中、ベットの上でぼうっと天上を見上げている。
嵐萄と逐磨、そして赤凋と蒼凋は、陰国に王家の居住地の敷地内にある、長屋の様に、いくつもの部屋が横に並んだ建物を住居としていた。
嵐萄に拾われた三人は、有無を言わさずこの建物に住む事になったのだが。
この建物が出来たのはつい最近の事だった。
それまでは城の中の一角を間借りする状態で部屋を使っていた。
おそらく、この建物を作るまでの間だけの住居だったのだろう。
それらは全て嵐萄が手配をした事で、3人はその経緯どころか、何故嵐萄がその様に王家に関わっているのかも知らないし、特別探る気もなかった。
多分、この建物を作ったのは、自分が赤凋達と同じ部屋で生活をする事を怪訝していたからだろうと、逐磨は思っていた。。
性別が違う所為というわけではなかった。嵐萄と居る時すら、少し落ちつかないのだ。
元々、他人と生活する事があまり得意ではない。
蒼凋と赤凋を除いては、中央に配置された塔の様な建物を挟んで左右に部屋は慣れていたし、自分と其々の部屋、そして中央塔以外の部屋には厳重な施錠がされていて何の部屋なのかはわからなかった。
特別知りたいたいとは思わなかったし、興味も無かった。
この建物にいるのは、広すぎると感じる自分の部屋と食事を取る時の部屋だけで十分だった。
もっとも、逐磨は元々、家はもとより部屋なんてものをまともにもった事が無いのだから仕方ないかもしれない。
陰国という国に来て、まもなく嵐萄に拾われ、それからは何でも嵐萄の言う通りに生活してきた。
嵐萄のいう事は命令ではなかった。
自分の思うように行動すれば良い。
それが嵐萄の口癖で、どの様な行動をとっても、嵐萄が怒る事はなかったし、褒めてくれる事もなかった。
陽国の話をした時、嵐萄は妙にその話に食いついてきた。
今まで聞き流すように会話をしてきた嵐萄にしては、珍しい事だったので、逐磨はその時の事をよく覚えている。
それから、嵐萄が考えている事を聞いたが、逐磨にとっては、その計画の全体図はどうでもよかった。
同時に行動する、赤凋や蒼凋の存在も、殆ど気にとめていない。
ただ一人、「義胡」の存在を、この手で消せれば、それで。
「逐磨、入るよ」
戸を叩く音と略同時に、嵐萄が顔を覗かせる。
そのまま、逐磨が寝転んだベットの足元に腰掛けた。
余り他人が近くに来る事は好きではなく、極度の接近は自分にとっても他人にとっても危険だった。
一瞬だが、自分を制御できず暴走してしまうからだ。
それを目の当たりにした所為もあってか、「ある一定の距離を保って欲しい。」そう言った逐磨の願い事を嵐萄はきちんと守っている。
「もう一年だよ、逐磨」
「…何が?」
「赤凋と蒼凋と暮らすようになって。笑顔で接しろとは言わないけれど、もう少し仲間意識を持ったらどう?」
「…別に俺は、あいつらを仲間だなんて思ってない。別にあいつらが明日死のうが、俺には関係ないから」
返事は期待通り。という所だろう。
端から3人を仲良しグループにする気は無い。
嵐萄は笑いをかみ殺して逐磨を見る。
「随分だねぇ?まあ、戦場に出れば、情なんて物は余計なものだけど」
「…なあ、嵐萄」
「はい?」
「お前さ、なんであんな女達、仲間にしようと思った?五神と戦うのに、女は力が無い。ましてや、色仕掛けってのには無理があるだろ」
そんな逐磨の質問に嵐萄は鼻先に抜けるような笑いを漏らした。
実際、先頭の場に出てあの2人が優位に立つとは嵐萄も思っていない。
とりわけて特別な能力があれば別の話だが、彼女らは「人間」だ。
「色仕掛けねぇ。そんなものに引っかかるのは精々、火遁くらいなものだ」
「じゃあ、なんで?」
「今は知る必要は無い。それに、勘違いしてもらっては困るよ」
「え?」
絶妙な間合い。
一瞬閉じられた目が開いて、端が少し上がった嵐萄の声が静かに漏れた。
「私達は仲間ではない。道具だと、言ったはずだよ。お前達の望む事を叶えてやる代わりに、お前達は私と道具の契約をしたんだ」
一瞬の嵐萄の目に、逐磨は背筋をピンと張る。
時々、ほんの僅かな間だけだが嵐萄が見せるこの目が逐磨は嫌いだった。
恨みや恐怖ではなく、なんとも例えようのない嫌悪感だ。
嵐萄の術の殆どはこの目で行われるせいかもしれない。
「私の計画に情なんてものは要らない。お前達は道具として働けばそれでいいのだよ」
「…わ、わかってるよ」
「なら、よかろう。昼食の時間だ。中央塔へ」
「…ああ」
嵐萄の考えはまったくと言って良い程解らなかった。
ただ、一つだけ確信を持てるのは、嵐萄のあの目が五神全てを相手をしても、勝利に傾く様な深い闇を持っている。という事だけだろう。
□□□□
中央塔は、長屋の中で唯一、階層のある建物だった。
1階は食事やちょっとした話し合いをする為の机と椅子だけがあり、2階は嵐萄が薬剤を調合する為に使う部屋。
他3人が入るのを許されるのはその2階まで。
その上には何があるのかも知らないし、外から見ても窓が無く、実際、何階まであるのかも知らない。
外から見た感じではそれ程階数があるようには見えない。
言葉の無い食事の時間はそっけなく過ぎていく。
時折、嵐萄が声を出す以外は、誰も喋らなかった。
特別、おしゃべりを禁止しているわけではなかったし、昔はそれなりに楽しい時間だったはずだ。
元々人が集まる場所で口数の少ない逐磨が、自然とこういう雰囲気を作り上げてしまったのだろう。
ふいに、玄関の方から響いた呼び鈴に嵐萄が顔を上げる。
「…誰でしょうね」
あまり人が尋ねて来る事がないこの長屋では大抵、呼び鈴がなる時間は決まっていた。
嵐萄が「誰か」に注文した物が届く時は、嵐萄が「誰だ」と口にする事はないし、前もって何かしろ言ってあるはずだ。
「嵐萄さん、私が」
赤凋が箸を置くと、嵐萄は軽く首を横に振る。
「いえ、私が行きましょう。皆は食事を続けて」
嵐萄が席を立ち、部屋を出て行くと、蒼凋が赤凋と顔を見合わせる。
「珍しいね。嵐萄さんが直接見に行くなんて」
「…うん」
「…俺達に客人なんか来ない。なら、誰かが尋ねてきたんなら嵐萄の知り合いだろ。別に珍しい事じゃねえ」
逐磨の言葉に、蒼凋が眉を潜める。
「…あんたさ、その態度どうにかなんないの?」
「悪いね。元からこういう性格なんでさ」
「最悪っ!!少しは協調性ってものを持ちなさいよ!」
今にも殴りかかりそうな雰囲気の蒼凋。
「ちょっ…ちょっと落ち着いて蒼凋…」
慌てて赤凋が蒼凋を宥める。
そんな様子をからかう様に逐磨が口を開いた。
「ばっかじゃねえの?俺らに協調性なんか必要ねぇんだよ」
「…え?」
声を漏らしたのは赤凋のほうだった。
「お前らも嵐萄と契約したはずだ。俺達は道具。勝手に戦って勝手に死ぬんだ。自分らの望みどおりにな」
「勝手に死ぬ…?」
蒼凋の顔がこわばる。
「お前らの望みはなんだかしらねえけど、俺の望みは「義胡」の死だけだ。それが達成できりゃ、俺は使い捨ての道具になっても構わない。
俺一人じゃ闘王は殺せない。ましてや西国は結束が馬鹿みてぇに強いし、「義胡」だってそれなりに秀才ってやつだ。土台を嵐萄に任せてるだけだよ。あとは嵐萄の言うままに動くだけだ。義胡を殺す為にな」
「…それって…」
赤凋は口元に手を当て、眉を潜める。
「俺の目的はただ1つ、義胡を殺す事だけだ。その為に嵐萄がどんな手を使い、他にどんな犠牲が出ようと構わない。
もちろん、お前らが死んだってな。嵐萄もこんな俺を聞いて受け入れたんだ」
赤凋が震えた声を出す前に、部屋中にテーブルを叩く音が響いた。
「ぶさけんじゃないわよ!!」
「…蒼凋」
「嵐萄さんは私達の父上も同じ。あんんたが何を考えようと構わないけど、嵐萄さんをアンタと同等だというのだけは許さないから」
「…お前らが嵐萄とどういう契約を結んだかなんて俺には関係ない。俺は事実を言ったまでだ」
思わず身を乗り出す蒼凋の体を赤凋が慌てて抑える。
「駄目だよ、蒼凋」
「だって、こいつはっ」
「身内の争いは駄目だって…嵐萄さんが。それに…」
赤凋が逐磨に目をやって、眉を潜める。
「逐磨には「今」の私達では叶わない」
「…だって」
そんな赤凋の言葉に、逐磨が目を細めた。
「…「今」?これから先もお前らが俺にかなうことなんてないよ」
「…何故、そういえるの?逐磨」
「俺はお前らと違って「男」だから。どこの世界でも、男ってのは女より強いもんだ」
薄く笑いを浮かべる逐磨に赤凋は静かに目を閉じる。
「男の人の強さは、女の人を守る為だよ、逐磨」
「…あ?」
「貴方の大切な人を守る為」
逐磨は静かに席を立つと、静かに2人の前に歩み寄る。
「…な、何よ」
「だと、したら。俺はお前らなんかは守らない。守るなら、嵐萄ただ一人だよ」
「……」
何か言いたげだった赤凋の口が閉じられる。
逐磨はそのまま、くるりと方向を変えて何も言わずに部屋を出て行った。
「…クソ生意気なガキ…」
悪態をつきながら、蒼凋が椅子に座りなおす。
「…でも、逐磨の強さは本物だろうね」
「悔しいけどね」
「…でも、嵐萄さんが逐磨とそんな「契約」を交わしてたなんて、思わなかった」
赤凋の漏らした言葉に、蒼凋は眉を潜めた。
「嵐萄さんの思いは陽国の破壊だ。その義胡っていうのは、犠牲のうちの一人だろうけど…」
「きっと強いのね、義胡という人は…」
「…やめやめ。私達にも、誰が死ぬのなんて関係ないんだから。私達は「父」のタメに戦うの」
首を勢い良く横に振って机に顔を伏せた蒼凋に、赤凋は小さくため息をついた。
「そうだね、蒼凋…」
解っているつもりだ。
自分達が何の為に、ここにいるのか。
□□□□
長屋式の住居の正面に位置する門の前に、1人の男が待っていた。
「よぉ、嵐萄」
嵐萄に慣れなれしく話す様子から、親しいのはよく解る。
嵐萄はその男を少し見上げて、薄ら笑いを浮かべる。
「…燵紅。いつ戻った?」
「今朝な。城に行ったら、もうここには住んでねぇって言われるし。来たらきたで、なんだよ、この馬鹿でけぇ屋敷は」
正面に見える長屋を見上げる「燵紅」という男は、嵐萄が見上げねばならない程の長身だった。
とはいえ、嵐萄は成人男性としては少し小さい方だったが。
薄手の黒いシャツから覗く肌にはがっちりとした筋肉がつき、ピチリと肌に吸い付いた細身の革のパンツの上からも、鍛えられた肉体が解る。
胸部の下で結ばれたシャツの下に見えるのは、腰骨から肩にかけて巨大な麒麟の刺青。
服を着ていればそれ程気にはならないが、鍛えたれた裸体に掘り込まれた麒麟の全体像は彩り鮮やかで、その堂々たる存在感は他にない迫力をもっていた。
少しくすんだ白金の髪の毛は両サイドが刈り込まれ、前髪もあるかないか位短かったが、後ろ髪両耳の後ろから一束づつ、中央から5cm程の幅で、くるくると縦に螺旋を巻いて尻辺りまでのびている。
まっすぐに伸ばせば、義胡の長さよりも遥かに長いだろう。
顔つきはやや厳つい感じもしたが、口端がつりあがった唇は適度な厚みがあり、鼻筋が通っていて、奥二重の目は大きく、睫も長い。
大まかな分類で沸ければ二枚目といった所だろう。
「何、城では手狭になってきたのでな」
「盛り場の奴等に聞いたけど、お前なんか面白そうな事してるみてぇじゃん?」
にんまりと口端を上げて笑いながら顎をさするのは燵紅のくせだ。
何か面白そうな事を見つけた時、必ずこの顔をして、その2、3日後には姿を見なくなった。
嵐萄は少しあきれたように両肩を少し上下させた。
「盛り場の奴等は話を膨張させるからねぇ。お前、いつまで陰国本国にいるつもり?」
「さぁ?なんか楽しい事があればフラフラ行ってみるし、いつまでかな俺にはわかんねぇなぁ」
燵紅はよく言えば旅人、悪く言えば遊び人の風来坊。
行く先々の賞金首を狩って生活していた。
性格も人柄も悪くは無く、顔も広い。
が、時折ふらっと居なくなっては、次に会うのは数月後、下手をすれば数年後となる。
嵐萄とのこの再開は半月ぶりのことだ。
燵紅を約束という形で拘束する事は不可能である。
「じゃあ、質問を変えよう。お前にとって、崩壊は楽しい事かな?」
「崩壊だぁ?穏やかじゃないなぁ?」
そういう燵紅の顔はにやけている。
「崩壊と言っても、血なまぐさいばかりのものじゃない。私がこの手で作り上げる、芸術に近い崩壊だよ。美しく計測的に作られた「陽国」という塊の崩壊」
「…戦争をおっぱじめる気かよ、嵐萄」
そんな燵紅の言葉に、嵐萄は鼻先に抜けるような笑いを漏らす。
「戦争なんて醜いものではないよ。私が長年描き続けた、理想の芸術品だ。私の芸術に汚点は無い」
「…よくわかんねぇよな、お前のそういう所。でも、まぁ、お前とは只の仲ってわけじゃねえし、俺が必要なら力は貸すぜ?」
燵紅は肘から折り曲げた二の腕に浮いた力瘤を軽く叩いて、にんまりと笑ってみせた。
「そう言ってくれると思った。早速、仲間に紹介しよう。それぞれ個性はあるが、みんな良い子だよ」
中央塔に戻った嵐萄は、食卓に居ない逐磨の姿を目だけで探す。
「…逐磨はどこへ?」
「部屋だと思います」
赤凋が少し申し訳なさそうに嵐萄を見る。
「また喧嘩ですか?」
「あいつがふっかけてきたんだ、私達は何も悪くないわよ」
蒼凋が口を尖らせると、赤凋が慌てて頭を下げる。
「確かに、逐磨が喧嘩のきっかけを作った事は事実です。でも、誘いに乗った蒼凋にも責任が…」
「ちょっと、赤凋、私が悪いって言うの!?」
蒼凋はまだ虫の居所が悪いらしい。
いつもであれば、嵐萄に説明する赤凋の言葉に口を挟んだりはしなかった。
「そ、そうじゃないよ、蒼凋」
思わず涙ぐむ赤凋の頭を易しく撫でて、目線が合うようにしゃがみこむ。
「大丈夫ですよ、赤凋。またいつもの口喧嘩程度で済んだのでしょう?」
「は、はい…」
「まぁ、まぁ。双子でもこんなに正反対な奴らがいるとはねぇ」
嵐萄の後ろの方から聞こえた声に、蒼凋が思わず身構えると、嵐萄が右手を上げて、中指と人差し指をそろえて横に2回振った。
敵ではないという合図だった。
部屋の入り口に立っている燵紅の姿に、赤凋が首をかしげる。
「どなた、ですか?嵐萄さん」
「新しい仲間の「燵紅」だよ。私とは古い付き合いでね。風来坊という所を除けば、人情に厚いし、腕っ節も強い」
「どーも」
赤凋は燵紅を見て、人目で蒼凋、そして逐磨が「嫌いなタイプ」だと解った。
赤凋はあまり人の性格で付き合いを選ぶような事はしなかったが、あの二人は一度印象が悪く感じると、とことんその相手を怪訝にする。
ちょうど、相異の考えの様に。
「は、はじめまして。燵紅さん。私は赤凋といいます。後ろにいるのが、姉の蒼凋です」
燵紅は蒼凋に顔を向け、にんまりと笑みを浮かべた。
蒼凋は赤凋の予想通り、愛想程度に作り笑いを浮かべただけだった。
「俺、君が思ってるほど軽い男じゃないからね、蒼凋ちゃん」
蒼凋の顔が歪んだ。あからさまな拒否表示だ。
「嵐萄さん、話はそれだけ?」
「え、まぁ…」
「じゃあ、あたし達部屋に戻る。赤凋」
「え!?あ、ちょっと待ってよ、蒼凋!!」
席を立ち早々に出口に向かう蒼凋に、赤凋は2人に浅く頭を下げると、慌てて後を追って行った。
「あーらら。俺嫌われちゃったかな?」
「悪い子じゃないんだよ、蒼凋は。ただ少し虫の居所が悪かったみたいでね」
「逐磨とかいう野郎の所為?」
嵐萄は机の上の食器を重ねて少し横にずらすと、手前の椅子を引いて、背もたれを軽く叩く。
燵紅が席につくと、向かい側の席に腰を下ろした。
「よくある事なんだけどね。蒼凋と逐磨は相性が少し悪くて…。まあ、互いに年頃という事もあるだろうが。
あの様子では逐磨も同じ感じだろう。後で紹介するよ」
「ふぅん。しかし、あの双子、歳はいくつだ?戦争に使うにしちゃ若すぎねぇか?」
「十三だよ。逐磨は九つだ」
「はぁっ!?」
燵紅の反応は正しかったといえる。
「お前、正気か?戦争の一つも体験してないようなガキ使って陽国が落ちるかよ。それに見た感じ、その手の専門でもねえだろ」
「売女は私の美徳ではないよ。それに戦争は体験してないけど、あの子達はそれ以上のことを体験しているからね」
「…それ以上のこと?」
嵐萄は少し間を置いて燵紅を見る目を細めた。
「逐磨は元は陽国の人間だ。五歳の時に家族全員を皆殺しにした。「生物」を殺した数で言えば、私より多いだろうね。
今は十二国土闘王の一人を殺す事だけを考えている」
燵紅が小さく口笛をならす。
「そりゃまた、随分「素質」のあるガキだねぇ」
「蒼凋と赤凋については詳しい事はまだいえないよ。あの子達との契約があるからね。それはおいおい話すとしよう。
さて、お前に部屋をやらないとね。それからこの屋敷の仕来りも。
…それと、お前は何を見返りの望む?」
「見返り?」
「契約の事だ。この計画に「仲間」はいらない。契約があればそれでいいんだ」
燵紅はそんな嵐萄の言葉に小さく笑いを漏らす。
「…そうだな、じゃあ、俺は十二国土の頭の命を貰おうか。ひよっこの五神なんか捻っても面白くねえからな」
「戦人だね、燵紅。頭であれば午、もしくは子だろう。それもそのうちわかるさ」
嵐萄は薄ら笑いを浮かべて、燵紅の右手を両手で握る。
「それで契約を結ぼう。お前には一番の期待を寄せるよ、燵紅」
蒼凋の部屋の中で、2人はしばらくの沈黙を保っていた。
「…ねえ、蒼凋」
「何?」
「…どう思う?燵紅という人。貴方が嫌う人間性ではなく、存在として」
蒼凋は赤凋の言葉に小さく笑いを漏らす。
「あんたも同じでしょ?あれはただの風来坊じゃないよ。逐磨なんか目じゃない。数百、数千の血の匂いがしてた。
それに…笑っているくせに、目の奥が笑ってない」
「…嵐萄さんと同じね。でも…嵐萄さんとは違うわ。あの人は殺す事を楽しんでる。これから契約者はどんどん増えるかもしれないね」
「頭のイカれた奴限定だけどね」
赤凋は小さな窓から見える陰国の風景を見る。
少しずつ、この国は変わってきている。
誰もが気がつかない様な場所で、少しずつ。
□□□□
「おまたせー!」
テーブルに運ばれてきた料理を見て、皆が揃って火遁へと目線を移した。
「今回はわりと成功した方」
「わりとってなんだ、わりとって…」
思わず肩を落とした智功の横に腰を下ろした土紬が小さく笑いを漏らす。
「ちゃんと成長してるよ、火遁も。最初に比べたら胃薬も強力じゃなくなったでしょ?」
「いつになったらマトモな飯が食えるですか、土紬様…」
「いくら俺でも、胃薬が必要な料理を作った事はないぞ…」
「それは火遁次第だから僕にはなんとも」
泣きそうになっている義胡と水杵を尻目に、テーブルに置かれた大皿から料理を小皿にとってもくもくと食べているのは木櫟だ。
「あ、前のより、おいしいじゃん。火遁、やったね」
「マジ?ありがとー木櫟~」
思わず頬ずりする火遁に、水杵が口端を引きつらせる。
火遁が火神になった事で、木櫟と火遁の距離は大分近づいた様だった。
その為か、木櫟の意識が変わって、水杵に極端な敬語をつかわなくなってきていた。
もちろん、金樺への態度は変わらなかったが。
「金樺、木櫟の胃袋はどうなってるんだ…」
「本人に聞いてくれよ」
ふいに、窓を叩く音に、土紬が顔を向けた。
「風啼様」
広間の窓の所で手を振っている風啼に、土紬が窓を開ける。
「どうなさったんですか、こんな所から」
「玄関に回ろうと思ったら、いい匂いがしたのでこっちにいるのかと思ってな」
「風啼様、それ、ホント!?」
勢い良く皿を持って土紬の横にかけてきた火遁に、風啼は少し驚いたように身体を後方に引く。
「ああ。そういえば、火遁が料理修行してるんだったな」
「食べてみてください!!」
「え?ここでか?」
「はいっ」
火遁の満面の笑みに、目の前に出されたスプーンに、風啼が口をあける。
「かっ風啼様!!だ、駄目です!!」
土紬の手が少しだけ遅かった。
綴じられた口にスプーンを挟んだまま、風啼の動きが止る。
「・・・」
その数十秒後、風啼の身体が勢い良く後方に転倒した。
すり鉢で薬剤を潰しながら、智功がため息をつく。
「総神様の殺人未遂なんて洒落になんねぇぞ、火遁」
「そんなに酷いかなぁ?」
「…水杵の味に慣れちゃってるから味覚オンチなのかなぁ?」
「土紬、さらっと毒を吐くなよ」
口は死を引きつらせる金樺の言葉に、土紬は慌てて水杵に頭を下げる。
「ごめんっ水杵」
「…かまわん」
「…う」
目を開いた風啼の顔を覗きこんで、土紬が手をひらひらさせる。
「風啼様、大丈夫ですか?」
「…生きてるか?」
「生きてますよ。智功が応急処置しましたから」
風啼は少しほっとした様に目をゆっくり閉じてから、顔を横に向ける。
「木櫟、頼まれた物を持ってきたよ」
「え?もうですか?」
「もう少し寝かせてくれ、頭がくらくらする」
「かまいませんよ。ごゆっくり」
広間に戻り、風啼から渡された書簡の中身を確かめる木櫟。
「なんだ、木櫟?」
水杵と金樺が横から書簡を覗き込む。
「嵐萄が仲間内に術者を使ってないって言うのが引っかかってて…」
「というと?」
「陰国王家に関わる術者の筆頭を任されてるんだから、それなりに位の高い術者も自由に操れるはずでしょ?なのに態々子供を使うって変じゃない?
もしかすると嵐萄は国に直接知られると困る様な作戦を練ってるのかもしれない。
だから、術者の関係を叩くより、嵐萄と繋がりのある陰国の変わり者を探した方が早いかなと思って」
「…変わり者?」
その場に居た全員の声が揃った。
「変わり者っていうのは極端な話だけど、陰国の場合は、戦争に借り出される人間への命令は強制能力がないでしょ?」
義胡が木櫟の言いたい事を感じ取った様に口を挟んだ。
「なるほどね。陽国の様に使命とされた拘束がない陰国では、闘いを好む本当に実力のある人間って、殆どは国に従わないからな」
「そう。例えば、国命令で戦う場合、自分の好きな様に動けないし、最悪、窮地になったら退却・降参なんて事もあるからね」
「それで、何人がでてるんだ?」
金樺の問いに、木櫟が眉間に皺を寄せる。
「んー。流石に顔が広いから、この数だと絞り込まないと断定は難しいかも…」
「でも、ま、今までよりは作業は楽になるだろ。術者の人数に比べりゃ可愛いもんだ」
智功が紙の端に書かれたある名前に目をやり、少し目を細めた。
「どうした?」
義胡の問いに、智功は首を横に振る。
「いや、なんでも無い。あ、そうだ。俺、明日、巳ノ国に行くからな」
「え?」
土紬が少し驚いたような表情を見せた。
いつもなら、こんなに突然、予定を言い出すことが智功には無かったからだ。
「急だね。どうして?」
「ある程度の術者から「嵐萄」の情報を入れといたほうが良いかなと思ってな。心枢情報を聞きに」
「心枢には連絡を?」
「大丈夫。昔っから薬玉会に行く時、連絡無しだったから」
智功の言葉に、水杵はあきれ気味に笑いを漏らす。
「こちらからも少し調べてみよう。王家に関わる者なら、多少は情報があるはずだしな。とりあえず今日はこれで解散」
□□□□
智功は紙の端にあった名前を瞼の裏に浮かべていた。
「まさか…アイツがな…」
また小さく、新しい繋がりが見え始めていた。




