【あの時の日記】
…見てはいけないって分かってる。
それでも確かめなくちゃいけない時が来てる気がする。
ルナさんの心がどこにあるのか。その答えはシンカさんが握っている気がする。
十分に睡眠をとった後、俺は再び真理の扉を使った。
シンカさんを思い浮かべて。
「君は神崎の血を引いている。君が陽子の世話をするんだ。」と低い男性の声が頭に響く。
その声は、いつも陽子の過去夢をみている時の自分の声だった。どうしてアイツの声がするんだ。
シンカさんの情報が頭の中にある。
神崎の血と言っても本当に偶然だった。母がとても自分勝手な人で、優秀な子が欲しくて、精子提供してもらってできた子だ。確かに優秀だった。幼稚園に上がってすぐに、小学校高学年の問題をすらすら解けるくらいには優秀だった。でも…大きくなるにつれて段々と母さんは自分を嫌いになっていった。それには理由がある。顔と…くしゃくしゃな髪だ。母さんに好かれようと頑張っても…頑張っても…報われなかった。整形も本気で考えた。でも、言い出す勇気も無ければお金もなかった。
次第に母さんは自分から離れてお金だけ置いて出て行ってしまった。
その後、母さんの為だけに生きてきた自分は稼いで整形しようと思ってムーンバミューダ社にバイトとして入った。
そこでプログラミングを教えてもらって、全てを短期間で覚えると社長に声をかけてもらえた。
「君は神崎の血を引いている可能性が高い。君が陽子の世話をするんだ。」と新たな仕事を与えられた。
神崎陽子さん。何度か喋った事がある。凄腕のプログラマーだ。思いついた事はなんでもできる。
見た目が小学生くらいに見えて、実際の歳を聞いて驚いた。
その人の世話…神崎さんも自分と同じ血筋なのか。自分は神崎のどの人の子供なのかわからないし、正確に神崎の血が入ってるかどうかも不明だ。でも、同じ感じがした。初めての親戚で少し嬉しくなった。
もちろん引き受けた。
神崎さんは【リアル】に入ってゲームマスターとしてイベントをやったり、実際にプレイしてバグをみつけたりと常に【リアル】の中に入っていた。
そんな神崎さんの補助をしたり、自分もGMとして【リアル】に入って神崎さんの手伝いをした。
それから…並行思考を教わった。それを習得するにはかなりの時間が必要だった。
丁度習得した時に神崎さんに「社長は【リアル】の中。もう目覚める事もない。良く聞いて、いずれ私はアナタも助けにくるから。」と言われ、その後、すぐに神崎さん脱走事件がおきた。
神崎さんを監視していた監視員が脱走した事に気づき、緊急ブザーが押された。サイレンが鳴り響く夜の月明りが差し込む会社の廊下を何の感情もなく歩いた。
そして会社の入り口にたどり着くと、そこには…背が高い大人になった神崎さんがいた。
会社の入り口のAIが大人になった神崎さんをとらえていた。
恐らく別人だ。
「先ほど、身長を高くする新薬を試されて気が動転したんでしょう。その人は間違えなく神崎陽子です。顔も髪色も同じです。」と自分は取り押さえているAI達に言った。どうやら意識はないようだ。
「そ、そうですか。そうとも知らず…とにかく無事に保護できて良かったです。」とAI。
今ここにいるAIの体は機械だ。匂いの機能がついていない。匂いがわかる機能がついていたら別人だとバレていただろう。毛染めの匂いが微かに残っている。
「はい、色々と経過を見るよう言われています。此方で責任をもって監視します。」
「わかりました。では部屋までお運びします。」
部屋に運んでもらいAI達には無事保護された事を他にも伝えるように指示して下がってもらった。
運ばれてきた彼女は陽子さんに似ているが、やはり別人だった。
窓から差し込む月明りに照らされる女性。
しばらく彼女を見つめていると、ゆっくり瞼が開いた。
それから…体を起こして自分に向かって微笑んだ。その瞬間、女神が降臨したかのように思えた。
ドキっとした。胸が高鳴った。
「アンタは…これから神崎陽子として、【リアル】に入ってもらいます。アカウントは…念のため別の物を使います。良いですか?」
彼女は自分をみて微笑んでいた。この部屋から【リアル】の接続がないと監視から怪しまれる。接続さえしていれば監視からは逃れられる。
彼女は再びベッドに寝て目を閉じた。
それは「いいよ」と言っているかのようだった。装置をつけて【ルナ】という名前のアカウントで【リアル】の世界に送り出した。
その後、社長と会話をした。陽子さんを無事保護できたという事。それと陽子さんが取り組んでいる事。話をしているうちに気が付いた。自分が会話していた人は…社長のコピーAIだという事に。
陽子さんの事は社長が一番理解している。そのはずの社長が神崎陽子は無事だったか。と自分に聞いてきた。社長は陽子さんの事を陽子と呼ぶのだ。その後もいくつか試してみたが、やはりどれも用意されていたテンプレのような回答が返ってきた。
本当に社長は【リアル】の中に入ってしまったのか。
本物の陽子さんは自分を助けにくると言った。自分は陽子さんの側でずっと補助をしてきたからわかる。陽子さんは社長を倒そうとしているという事。
それに前からおかしいと思っていた。陽子さんに監視がついているという事。自分が陽子さんの取り組んでいる作業を社長に報告しないといけない。これに関しては、自分は既に社長を裏切っていた。
陽子さんに諭されたから…。人生は誰かのものじゃない。自分のものだと。だからといって自分には何もないんだと言えば、「じゃあ!探すところから始めよう!やる事が沢山あって楽しいじゃん!」と言ってきた。
その言葉に自分は自分の人生に初めて光が見えた気がした。
陽子さんは年上だけど、こんな小さな子に諭されるなんてとか思ってしまう。
だから自分は陽子さんの味方についた。
脱走したと聞いて、一瞬光が消えかけた。
でも…今度は…全てをカラーにしてくれるような強烈な光を見出した。
やっと灯った光を大事にしたくて、時間はかかったけど、ルナのアカウントのAIとして自分は【リアル】に入った。
【リアル】の中のルナはご乱心だった。
コロコロ男を変えて。とても好きになれそうになかった。
でも…、それは表面であって真相は男側がルナを1人にしてしまうせいだった。
ルナは寂しいんだ。これからは自分が側にいよう。寂しくないように。
並行して現実世界でルナの肉体管理をしていた。
筋肉が衰えないように動かして、床ずれが起きないように体を動かして…いつか目覚めるルナの為に。
陽子さんと違ってルナの髪は真っ黒で…瞳の色も黒色だった。
それから少したって…どっぷりとルナにハマって…自分は堕ちていった。
ある日「私の名前は、神崎月子…。二人の時は月子って呼んでもいいわよ。」と言われた。
その時、涙がでた。やっと…君の名前を知れた。
嬉しかった。…そうか、自分はルナが…月子が好きだ。…愛してしまっているんだ。
そして…罪悪感に満ちた。
あの時…二人で逃げれば良かったと。どうしてこの世界に送り出してしまったんだろうか。
ルナはたまに自分がいても自分をAIだと心のどこかで思っているせいか、別の人を好きになる事がある。その度に失恋して傷を負う…。
リオがいなくなって、内心喜びに満ちた。
そこを狙って自分はルナを…自分の世界に飛ばしてルナに幸せな夢を見させる事にした。
もう目覚めさせない。傷つけさせない。
もう誰も…ルナに触れさせない。ルナだってそれを望んでいる。
そうですよね。
前に図書館で拾った誰かの日記の内容と酷く一致した。あの日記の持ち主は…シンカさんだったんですね。




