【月の意思】
しゅがーさんからの大事な話は、世界的にムーンバミューダ社の支配下にあるという事。
中でも最も恐ろしいと思ったのは…働けなくなったお年寄りの人達、それと孤児の子供達を使って、ゲームの中のNPCとして利用。医療関係の資格がある人達のペナルティはNPCとして利用されて寝たきりになっている人達の世話だった。
医療従事者は運営の用意した罠によって、よくペナルティになるらしい。
それとは別に、ムーンバミューダ社の給料が良いのもあって、今の医療の9割がムーンバミューダ社だ。
生活するのに凄く過ごしやすくできているせいか、メディアが操作されているせいか、全く問題視されていない。
【哀れだな。】
頭の中に不穏な言葉が浮かんだ。なんだ・・・?
襖が開く音がして襖の方を見てみると、着物を着た男性が入ってきた。
「みなさん、到着されたようですね。名前を呼ばれた方から、部屋に戻って看護士の指示に従ってください。それからログインするように。」と着物を着た男性は言った。
「もしかして、あの人って千翠さんですか?」と俺はしゅがーさんに小声で聞いてみた。
「あぁ、はじめてだったな。ルナ班に新人ってのが、まぁそうそういねぇからな。あれが千翠だぜ。」
「え。じゃあ千翠さんって今ログアウト中なんですか?」
「んいや。…あいつはリアルと現実世界並行してんだ。」
「は?」
「まぁ、そうなるよな。神崎グループはとにかく変な…いや、特殊な奴が多いって言うべきか。嬢ちゃんもそうだろ?」
「うん。私もちょっとだけなら並行できるよ。これは差別とかじゃなくて生物学的な意味になるんだけど、私は女だから数分程度しか並行できないかな。男は鍛えれば千翠みたいにずっとできるけど。」
「え!?どうやってやるんだ?」
「多分普通の人じゃできないよ。神崎の人間のほとんどが遺伝子組み換えを施された人造人間に近しい特殊な一族だから。」
「そういうことか。」としゅがーさんが納得する。
「ちょっと千翠と話してくるね。」と陽子は急ぎ気味で千翠さんの方へと向かった。
「嬢ちゃん、あれはまだ何か隠してるな。」としゅがーさん。
「多分、俺が聞いてしまうとモチベが下がってしまうんじゃないかとか色々考えての事なんだと思います。」
「随分信頼してるんだな。」
「…信頼ですか。しゅがーさん、俺本当は…いや…誰にも言わないでください。どう足掻こうと俺は俺ができる事をしないと、ムーンバミューダ社に俺達の未来を潰されてしまうんです。陽子の話を聞いていると70歳を過ぎた高齢者はほぼほぼ…殺されてしまうような未来になってしまいます。何人かの若い人は、高齢者が無くなっても問題がないって考えると思うんですけど、俺は、それは自分に返ってきてしまう事だと思ってるんです。だから、これはお年寄りどうのこうのっていうより、自分の未来を守る為の戦いなんです。」
「りき、おめぇほんとに高校生か?考える事が深すぎんだろぉ…。」
「そうですかね?」
「俺は自分が少し情けねぇよ。高校生にこんな事させてるなんてなぁ。」
「全ての後悔は大いなる目的を遂げてから・・・ですよね。」
「あぁ、そうだ。大いなる目的。ムーンバミューダ社から世界の奪還…とでも言うべきか。」
「ゴールする場所はわかっていますけど、そこに辿り着くまで長いですね。人も何人生き残れるかわかりませんし。」
「考えるな、前に進む事だけ考えろ。って俺は良く千翠に言われたぜ。」
千翠さんの言う通りだ。立ち止まっている暇なんてない。一刻も早くこのゲームを終わらせないといけない。
ミスティック連合外の人達はヴァルプルギス開始と同時に、体は施設へ運ばれてしまう。その後、世界で何が起こるんだろうか。
「しゅがーさんは、どういうきっかけで此方側にきたんですか?」
「ん?あぁ、ルナと前ゲーからの仲ってだけだったんだけどよぉ。ルナの野郎…嬢ちゃんをバミューダから救う為に、バミューダ社に捕まっちまったんだ。まぁ、AIシンカと一緒にいたかったっていう思いもあっただろうがな。俺はそれをシンカから教えてもらったんだ。友達があぶねぇってなったら助けるのが当たりめぇだろ?」
「そうですね。俺もきっと協力します。」
しゅがーさんと話をした後、少しガウルさんとソウジュンさんとも話をした。
みんなルナさんをバミューダ社から奪還しようとしているようだ。例え当の本人が拒否したとしても、間違えを正して連れ戻す…か。
自分の心の底がジーンと熱くなるような気がした。
「りきさーん。」と巫女服姿の女性に呼ばれた。
「あ、しゅがーさん、先にゲームにログインしてますね。」
「あぁ、すぐにいくさ。まぁ、この時間だとあっちの中じゃ数年後かもしれんがな。」
「そうかもしれませんね。」
俺は部屋に戻って、看護士さんの指示に従って点滴を刺してもらったりと、色々してからゲームの中にログインした。
ここからはヴァルプルギスが終わるまでログアウトすることができない。
【リアル】の時間を確認すると結構な時間がたっていた。
ただ、アトランティスはまだ少し吹雪いていてルナさんがまだ通常じゃないという事だけ感じ取れた。
シンもシンカさんもルナさんに付きっ切り・・・だろうな。
俺はしばらく、暇そうな人を見つけては練習試合をして過ごした。
数日後の夜、再び不思議な夢に落ちた。
自分はパソコンに向かってカタカタと何やら難しいプログラムを組んでいた。
近くのソファーには寝そべって本を読んでいる陽子がいた。陽子は何やら機嫌が良さそうだ。
「退屈じゃないか?」と俺であって俺でない、俺よりも渋く低い声で陽子に声をかけた。
「ううん!」と答える陽子の顔は嬉しそうであり、愛おしそうな目と表情をしていた。
なんとも幸福な空間だった。俺でない誰かの感情が直接ながれてくる。自分も陽子に対して愛おしい気持ちでいっぱいだった。
それからすぐに砂嵐が混じったようなジジジっとラジオが壊れたようなノイズが入って、見ているものが変わった。
足が冷たい。そこが地下だという事だけはわかった。何人もの白衣を着た人間に囲まれて、膝をついて頭をかかえている自分。
それから絶望を感じたかのような感情が流れてきた。
「適合…しなかった。」と男は声を絞り出した。震えていた。後数秒で死んでしまうかのような焦りを感じた。
ジジジとノイズが聞こえて目の前が真っ暗になった。
次に瞬きすると、パソコンに向かって再びカタカタと何やら難しいプログラムを組んでいた。
側で、陽子がカタカタとパソコンに何かを打ち込んでいた。
「完成はまだか。」男は陽子に声をかけた。
「まだ。」と陽子は此方を見た。
その顔に先ほどのような愛しさは感じられなかった。
俺が陽子へ向ける感情は嫉妬…怒り…恨み…。どうしてこうなってしまったんだろうか。
舌打ちをする自分。陽子はそれに対して無反応だった。
先ほどの部屋はカラーだった、同じカラーの部屋なのに灰色がかってる気がする。
無言の威圧的な空間の中、キーボードのボタンを叩くカタカタという音だけが響き続け、そして目が覚めた。
俺の隣で咲がスヤスヤと眠っていた。布団に入る前は一人だったから、恐らく陽子はログインしている状態だ。
あの男の人は、何に適合しなくてあんなに人が変わってしまったんだろうか。
夢の話をするのはやめよう。
そういえば、ルナ班の人たち…色々知ってるのに、ちゃんと割り切ってやる事やっていて凄いなって思った。
AIに人間が使われている事実を聞かされてる…よな。
窓を見つめるとまだ吹雪いていた。




