【避難】
練習場はボロボロだった30秒が、30秒程度で元通りに修復された。
ふかふかな芝生の上に仰向けで寝転がっているメッツさん。
「俺、普通なら勝ってたかなぁ?」
「はい。勝ってたと思います。武器無しなら。」
「武器無しならか。」
俺はメッツさんの近くに行って隣に腰を下ろした。
「こんなあっさり負けたの久しぶりなんだけど。」
「なんか、すみません。」
メッツさんは起き上がって、ゲートを開いた。
「んじゃ、俺行くわ。」
「あ、はい。試合ありがとうございました。」
「ん。今まで戦った中で一番強かった。」と言ってメッツさんはゲートに入っていった。
メッツさん…久しぶりに負けたって。勝負自体はあっけなく終わったけど、メッツさんは間違えなく強かったし、目が本気だった。何回か戦ったら負けそうな気すらする。
「りき、ちょっといいか?」としゅがーさんから呼び出されて、練習場を出た。
「どうかしましたか?」
「あぁ、もうすぐヴァルプルギスだろ?日本人のほとんどが千翠の家に集合だからな。お前徒歩だろ?」
「はい。えぇ、まぁ。」
「絶対に来いよ。」
「はい?」
「こねぇとマジで酷い事になるからよぉ。今ここでは話せねぇんだ。」
「わかりました。しゅがーさんはいつ家を出るんですか?」
「ん?俺は明日だな。なるべく早い方がいいぜ。」
「えーっと、わかりました。俺も用意が終わったらすぐ出発します。」
「あぁ。りき、おめぇは絶対来い。」
「はい。」
「今すぐ用意してこい。」
「今ですか?」
「あぁ。ギルドメンバーの覧を見て見ろ。」
「ギルドメンバー覧?」
スマホを取り出してギルドメンバー覧を見てみると、ほとんどがログアウト状態でルナさんと幹部達が残ってるだけだった。
「え…?これは…どういう事ですか?」
「全員荷造りして指定された集合場所に向かってんだ。俺もりきが落ちたら用意だな。」
「わかりました。じゃあ準備します。」
俺は咲にメールだけ飛ばしてログアウトした。
現実世界で荷造りをしていると、陽子が俺の部屋に入ってきた。
「あ、荷造りした?」
「うん。終わった。ねぇ、りき。お姉さんも連れて行こう?」
「え?でも姉さんはゲームやってないよ?」
「うん、それでも。…どうしても連れていかないといけないよ。」
陽子の目を真剣だった。
「わかった。聞いてみる。」
荷造りを終えて、姉の部屋のドアをノックした。
「姉さん、まだ起きてる?」
「んー?なにー?」と寝かけていたであろう姉さんが眠そうに欠伸をしながら出てきた。
「明日、前に行ってた合宿…みたいなのに行くんだけど、姉さんも一緒にきてくれないかなって。」
「お願いです!来てもらえませんか?」
「明日ねぇ…会社もあるしー…でもまぁ、ソシャゲ関係の合宿よね?」
「うん。」
「わかった。何日あるの?」
「結構…長いかも…。」
「陽子ちゃん、どれくらい?」
「恐らく、もう会社には…。」と陽子の瞳が影る。
「わかった。」
「えっ。いいの?」
「うん、まぁー…会社でもソシャゲ関連のヤバイ話出回ってるし、りきが行くところは安全なんでしょ?」
「安全です。どこよりも。」と陽子。
「なら非難するしかないでしょ。」
「姉さん。」
翌日、千翠さんから届いたメールに住所と地図が添付されていて、姉さんと陽子と俺は朝から出発した。
千翠さんの家に着いたのは夕方だった。
意外と酷い山の中に先の見えない鳥居に階段。それを登っていくのかと思うと、姉さんや陽子の体力が心配だった。
「りき!こっちこっち!」と陽子について行くとボロボロの小屋が山を貫通するかのように建っていて、そこに陽子が入って行く。遅れまいと姉さんと俺もそこに入った。
中もボロッボロで陽子は壁に貼られた奇妙なお札をボタンを押すかのように押した。
するとボロボロの木の小屋の壁が開いて、近未来的な小さな空間がでてきた。
「え?」
「乗って!」
陽子の言う通りに乗ると、陽子はボタンを押した。扉がしまり空間が移動するのがわかる。
「昔ね、小さい頃だけど、ここに来た事があるの。昔のままで良かった。」
しばらくすると空間が止まりドアが開いた。
正面には巫女服を着た綺麗なお姉さんが立っていた。
軽く頭を下げて「お疲れ様でした。ゲーム名をお伺いしても?」と聞かれて「りきです。」と答えた。
「りき様ですね。此方へどうぞ。」
月のマークの表札のある襖をあけるとずらっとまだ部屋が並んでいた。
少し歩くと俺の名前が書いた表札の部屋に案内された。
「ここでお荷物を一旦おいてください。」
ドアを開けると狭いけど3人分のベッドがあって、ちょっと良い感じのビジネスホテルみたいだった。とりあえず荷物を置いた。
「ご家族方は此方で待機を、りきさんは月の間へ。」
「私も関係者だからついていく。」と陽子。
「じゃあ私はここでのんびりしてるわ。」と姉さん。
部屋を出て、さらに奥へ進むと襖があって、そこに入るとたくさん人がいた。
「お?ひょっとしてりきか?」とたくさんいた人がバッとこっちを見た。
「りきじゃねぇかぁ!」
誰が誰だかわからない。おじさんや小学生…俺と同い年くらいの人…。
「俺だよ。俺。」と言われても誰か全くわからないし、恐い。
「…もしかして、しゅがーさんですか?」
「しゅうがーは俺じゃねぇって!!がはははは!」
「…そうじゅんさんですか。」
「そう、そうじゅん。」
一人、ガタイの良さそうな男の人が手をあげて「りき!こっちだ!こっち。」と俺を呼ぶ。
恐らく、しゅがーさんだ。
「しゅがーさん…ですか?」
「そ。俺がしゅがーこと、佐藤だ。で?隣の嬢ちゃんがAIか?」
「AI咲だよ。」
「中身のいるAIって本当だったんだな。」
「りきよぉ。言いてぇ事いっぱいあったんだ。」
「やっと聞けますね。」
「やっとだ。まず、大事な事だ。ヴァルプルギス開始と同時に世界中にいる人間が眠りにつく。」
「え!?なんですか?それ。」
「ごめん。私も知ってたけど、言えなかったの。トンボが飛んでるところは危ないの。」と陽子。
「運営側にログが…記録が残っちまうと、何が起こるかわかんねーからな。」
「その日、全国民が【リアル】の中に取り込まれるの。私たちがそれに対抗するには全世界の人達と一致団結して、とある日に全員でログアウトをすること。」
「そうだ。俺達は千翠からそれを聞いていた。千翠に話したのは咲だろ。」
「うん。バミューダ社で勤務してた頃…全部千翠に…ううん。神崎グループにリークしてたの。なんとか記憶が戻って、ここに戻ってこられるまでになって良かった。」
神崎グループって確か…大財閥で有名だ。千翠さんも陽子もそこのグループなのか。
「取り込まれて…どうなるんだ?」
「取り込まれた後は、各施設に運びこまれて…NPCとして稼働させられるか、プレイヤーはそのままプレイヤーとして活動させられるか…かな。但し、プレイヤー側は気づかないと思う。皆それぞれ、上手い口実で引き込まれるはずだから。」
「ひでぇ話だ。」としゅがーさん。
「俺は…どうすれば救える?」
「地位、名誉、名声を集めて、みんなにログアウトしてもらえるくらいの信頼をミルフィオレには稼いでもらいたいの。」
「なるほど…そういう事だったのか。ここは大丈夫なの?」
「ここは表向きムーンバミューダの施設って事になってるの。中の人間は全部こっち側だし、視察がきても大丈夫なようになってる、それにトンボも改良されてて、運営本部からは偽の情報のみが送信されるはず…。それに自給自足ができるように設備もほとんど整ってる。」
「これ…現実で起きてるんだよね?」
「うん。」
「信じられねぇよな。俺も最初は…軽く病んだ。でも進しかねぇ。」
「ですよね。俺…やります。絶対みんなと元の世界に戻ってみせます。」
今まで、俺は主人公の隣に立ってるような地味な存在だってずっと思ってきた。
今でも俺はその位置で良いと思ってる。
でも…俺が主人公にならないと…俺も、みんなも…助からないんだ。
やれるとこまで、精一杯やるんだ。何より…陽子の為…なんて言ったらみんな怒るかもしれないな。




