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第六章 翠の妖精


 ネルカ村は、村と呼ぶのも少し大袈裟に思えるほど小さな場所だった。

人口は三十にも満たず、家々も互いに距離を空けるようにぽつぽつと建っている。

リンドヴァルの賑わいが嘘みたいに静かで、聞こえてくるのは風に揺れる草木の音くらいだ。


 村人に妖精族について尋ねてみれば、該当する者は一人しかいないという。

その人物が住んでいるのは、村の中心から少し離れた場所にある小さな家らしい。教えられた道を辿り、村外れまでやって来る。


「……ここか」


 目の前には、ひっそりと佇む一軒の小屋があった。軽く息を吐いて気持ちを鎮める。此処に妖精族がいる。今度こそ、フィーの故郷について何か分かればいいんだが――果たして。


 扉の方まで歩き出した時、家の裏手から出てきた少女と目があった。淡い灰褐色の長髪を無造作にまとめ、背には翡翠色の翅――翠種の妖精だった。少女は俺と目が合うや否や、すぐに警戒心を露わにし――片足を半歩引いた。有事の際はすぐに逃げられる様に、だろう。


「……なぁ、お前がホープか?」

 村人が口にしていた名前を問うと、一瞬驚いた顔を見せて身構えた。

「……なに」

 声色から、少なからず敵意を感じる。けれどこれが妖精族特有の警戒心の強さとも言える。

――まぁ、一人を除いて……だけどな。


「俺たちは此処に妖精族がいるって聞いてリンドヴァルからやってきた。お前に聞きたい事があるだけだ。敵意はない」


 俺は慎重に話しかける。出来る限り刺激しない様に。目の前の妖精――ホープはこちらを警戒する様にじっと見つめてから口を開いた。


「………………、そんなのいくらでもデマカセは言えるわ。貴方も妖精を買いに来たの?」


(買いに……? ……あぁ、人攫いだと思われてんのか……)

 人攫いのクズ共と一緒にされるのは心外――だが一度フィーを抱えてリンドヴァルに入ろうとした際にも疑われたので、何も言うまい……。


「ちげぇよ。俺は人攫いじゃない」

 両手を軽く上げて、敵意がない事をハッキリ示すが、いまいち納得してない様子だ。一歩近付く度に、ホープは後ろへ下がる。


「じゃあ……何。もし変な動きをしたら人を呼ぶわよ」


 ……こりゃ、俺一人じゃ埒が明かねえなぁ……。出来る事なら俺一人でなんとかしたかったが、交渉カードの手札を明かすしかないようだ。

「……はぁ。安心しろ。何もしねぇって。……フィー。もう出てきていいぞ」

 大きな溜め息を一つ溢して、後方の物陰に声を掛けると、物陰に潜ませていたフィーがひょっこり現れた。

「――あれって……」

「俺の連れ。ちょっと訳ありでお前に話を聞きたいだけだ」

「………………」

 能天気なフィーは真っ直ぐホープの所へやってきて、嬉しそうに挨拶した。

「あの、えっと……初めまして……! わ、私……フィオナと申します……! あの、私はラルクと旅をしていて……えっと……‼」


 ダメだ……こいつ完全に緊張してやがる。

ようやく会えた同族に興奮してるのもあるかもしれねぇが……。


「フィー、そこはいい」

「えっ! あっ、は、はい! あの、ええっと……っ」

 初めての交渉にしどろもどろのフィオナ。お前初めて会った時の緊張感の無さどこにいったんだよ……。何を話すべきなのか、困惑しているのか手をもじもじと合わせてちらりと俺を見る。

よく見りゃフィーの翅が振動する様に微かに動いている。妖精族は緊張すると翅が動くのか? ……知らねぇけど。


「……これで、分かったか?」

 ホープの様子を伺うと、暫くフィオナをじっと眺めてから口を開いた。

「…………私に聞きたい事って?」

 さっきよりは警戒心が薄れた様だ。……ったく、妖精族は世話が焼ける。

「白銀種と妖精国についてだ」


 白銀種――そう口にした瞬間、ホープの肩がピクリと反応した。それから暫く沈黙した後、

「……………………。いいわ。まだ貴方達のこと信用した訳じゃないけれど……話は聞いてあげる。……ここは人目につくから中に入って」

そう言って、俺達を家の中へと招いた。

「……いいのか?」

「いいわ。それとも人を呼ばれる方がお好き?」

「――――、邪魔するよ」


 家の中に入ると、壁際に四人掛けのテーブルと炊事場が視界に入った。

一人暮らしにしてはテーブルが大きいし、日用品の数も多い。……ひょっとしたら一人で住んでる訳じゃなさそうだ。


「わぁ……! 素敵なお家ですね……!」

「……あまり、勝手にじろじろ見ないでくれる? 散らかってるから……」

「あっ、ご、ごめんなさい……っ!」

呑気なフィーの事は置いておいて、テーブルの方へ向かう。歩く度に床が軋んで音が鳴る。


「何も用意してあげられる物はないけれど、構わないわよね」

「あぁ」

 家の中を見る限り、裕福そうには見えない。質素な暮らし――と言えば聞こえはいいが、生活に余裕がある様子でもなかった。ホープはそれ以上何も言わず、テーブルの椅子を一つ引いた。

どうやら、ここで話せという事らしい。


 フィーを隣に座らせ、俺も椅子へ腰を下ろす。ホープは向かい側――少し距離を取るように席についた。……まだ完全に信用された訳じゃねぇ、って事か。


「――それで、私に聞きたい事って何かしら」

 早速本題に入る。

「……俺達はこいつの故郷を探して旅をしてる。エル……なんとかって国から来た白銀種だ」

「エルヴァリスです。ラルク」

「……で、その……エルなんとかって国にこいつを連れて行きてぇんだが、何も情報がなくてだな。妖精族なら知ってるんじゃないかって思って聞きに来た訳だ。何か情報を知っていたら教えて欲しい」

「………………」

 ホープは黙ってこちらの話を聞いていたが、何かが気になるのかじっとフィーを見つめて訝しむ様子で口を開いた。

「……あなた、白銀種なの……?」

「はい……?」

「………………」

ホープの視線はフィーの翅に向けられていた。眉間に皺を寄せ、首を傾げる。

「なんだよ?」

「……ごめんなさい。その……白銀種にしては、翅が少し変じゃない? と思って」

「……?」

「私は白銀種を直接見たことはないけど……、昔聞いた話ではもっと銀色で……あなたみたいに光が何色にも割れる翅だとは聞いたことがないの」

 ……ん? なんだ、その妙に気になる言い回しは。

「こいつは白銀種じゃねぇのか?」

「……分からないわ。私も白銀種を直接見たことはないもの。ただ――少なくとも、私が聞いていた特徴とは違う」

 ――――は? どう言う事だ。それ。フィーが”白銀種じゃない可能性がある”……?

そんな事ってあるのか? それにこいつはずっと「白銀種」だと言っていた。

あの奴隷商の男も同様に。隣に座るフィオナの様子を伺うと、案の定困った様に首を傾げていた。


「……フィー、お前白銀種……なんだよな……?」

「はい……その様に育てて頂きました……」

 嘘を言ってる様子はない。――じゃあこいつは一体、なんなんだ。


「ハッキリとした事が言えなくてごめんなさい。それに――、あなた達が探してるエルヴァリスなんて国名も聞いた事ないわ」

 ホープはそうハッキリと告げた。

「――――」

 エルヴァリスを聞いたことがない、その言い回しはこれで三回目だ。

ましてやフィーと同族である妖精族から。……また話が振り出しに戻ってしまった。


「…………そう、ですか……」

 静寂の中口を開いたのはフィーだった。その声色には明らかな落胆が滲んでいて、まるで行き場を失った捨て犬のようだった。

「力になれなくてごめんなさい」

「……いいえ、良いのです。教えてくださってありがとうございます」

フィオナは悲しげに微笑んだ。


 目の前の妖精が何も知らないのなら、次に行けばいい。気持ちをさっさと切り替える事が旅人の心得だ。用事が済んだこの村にも長居は無用。


「――分かった。話を聞いてくれただけでも助かった。悪かったなホープ」

「いいえ。気にしないで」

「そうか。……じゃあ、行くぞフィー」

「――はい。……ホープさん、ありがとうございました」

席を立ち、俺達はその場を後にしようとドアに手を伸ばした時だった。


「――待って」

 呼び止められ振り返ると、ホープはテーブルをじっと見つめたまま、意を決した様に続けた。

「あなた達、この村に来たばかり……なんでしょう? ……だったら……、その、今日はうちで泊まっていくと良いわ。満足な食事は用意できないけど……部屋ぐらいなら貸してあげられるから……」


 ……一体どういう風の吹き回しだ? こいつから警戒心が解けた訳ではない。

同族の誼(よしみ)か? それとも同情か? 何にせよ意図が分からない。


「いや、気持ちは有難いが――」

 必要ない、そう断ろうとした時だった。

「本当ですか……! 嬉しいです……っ‼」

 俺よりも先に、フィーが口を開いた。

「……っ……、同族の誼(よしみ)だもの。当然よ」

「……‼ ありがとうございますホープさん……っ‼」


 嬉しそうにホープの手を握って微笑むフィーの背中を、俺はじっと眺めるしか出来なかった。


   ◆


「一部屋しかないけれど、使ってくれて構わないわ。ベッドは……その……一つしかないけど」

「別にいい。俺は床で寝る」

「――そう。それじゃあ、私は……別の部屋に居るから……」

「……ん」


 そう言って、ホープは扉を閉めた。

小さな部屋にベッドが一つ。客室にしてはかなり質素だが――

「良かったですね、ラルク……!」

ベッドの脇にちょこんと腰を掛けて、フィーは何故か喜んでいた。

「……はぁ……、お前なぁ……」

 

 どこから文句を言うべきか。人を疑え、とは最初に言った。安易に信用するな、は酷な話か。

なんて言うべきか悩んで――結局「……もういいや」諦めた。

少なくとも俺が居る限り、フィーの安全は守れる。ならそれで良い。


「この状況で、なんでそんな嬉しそうなんだよ……」

 頭を掻きながらボソリと呟けば、フィーは「ラルクと同室です……!」と言った。


「……はぁ?」

「ラルクと同じお部屋だと、安心します……!」

「……………………」

 ダメだこいつ……。ホープの爪の垢でも煎じて飲ませるべきか? 

俺もこれまでの旅で稀に妖精族を見てきたが、ここまで警戒心が無い奴は初めてだ。

何なら妖精族一、警戒心のない奴と言っても過言じゃねぇ。


「お前、ホンット、俺の事信用し過ぎだろ……」

 今更だけど、何度でも口にする。悪い気はしねぇけど、それでも俺だって男だ。思う所は……ある。

「はい! ラルクですから!」

「それちっとも答えになってねぇ……」

まぁいいや……俺が考えた所で答えは出ねぇ。これ以上話しても埒が明かないのでさっさと寝る事にする。


「……今日はもう寝るぞ。お前はそのベッドを使え。俺はここで良い」

 扉のすぐ横に腰を掛けて、剣を抱えて目を閉じる。

「……ラルク……こちらで寝ないのですか……?」

 …………何言ってんだ。寝る訳ないだろ……。なんて思っても口には出さず、フィーの声を無視して浅く眠る。何かあってもすぐに対応出来るように。


――翌朝、明朝。コツン、と言う小さな物音に目が覚めた。夜の間は何も起こらなかったのが幸い……なのだが。右肩に感じる重みと温かさ。視線を向ければ、隣ですやすや眠るフィーの姿があった。


「…………なんでだよ……」


 こいつ、昨日は普通にベッドで寝た筈だろ? それなのに何で横にいる? 

俺にもたれ掛かって、気持ち良さそうに寝てやがる。それに、ベッドのシーツまで持ってきやがって……。

肩からずり落ちかけた布は、フィーだけじゃなく俺の身体にも掛かっていた。どうやらこいつ、自分がこっちに来るついでに俺にまで被せたらしい。


(自分だけ包まって寝ればいいものを……)


余計なお世話だ、なんて思いながらも、わざわざ払い除ける気にはならなかった。

(ベッドを使わせた意味ねぇじゃねぇか……)

 朝から深い溜め息を溢す。フィーの肩からずり落ちたシーツを掛け直した時だった。


 再びコツン、と物音がした。反射的に視線を窓へ向ける。音の出先は窓際だ。今度は聞き間違いじゃない。少し警戒しながら窓の外を覗き込むと、そこにいたのは十二歳前後の子供だった。

(なんだ、ガキか……)

 大方この村の悪ガキだろう。特に気に留める必要もない。無視だ無視。そう、視線を外した時だった。

 再びコツン、と小石が投げられた。

「……………………」

 ただでさえ気が立ってると言うのに、あのクソガキは反省する様子も無い。無視を決め込んでも、すかさずコツン、と小石が窓に当たる。


「……うるせぇな……」


 限度も知らねぇクソガキには一発怒鳴れば良いだろ、そう思って窓を開けた瞬間。

そこそこの大きさの小石が顔目掛けて飛んできたのを――咄嗟に首の動きだけで避ける。

……こんの、クソガキ……ッ‼


「ッ! 何すんだクソガキッ‼」

 怒りの沸点が超えた途端、反射的に言葉が出ていた。なんならそのまま窓も飛び越えて、脱兎の如く逃げ出したガキの背中を追いかけていた。


   ◆


「何すんだクソガキッ‼」


「ひゃぴ……っ⁉」

 ラルクの怒号で目を覚ましたフィオナはと言うと――軽快に窓を飛び越え走り去って行くラルクの後ろ姿を視界に捉えて、慌てて駆け寄った。


「あっ……ま、待ってくださいラルク……っ⁉」

 目の前には窓枠。どうしようか一瞬慌てふためいた後、ラルクと同じように乗り越える事にした。

「よ、よいしょっ……と……!」

 あとは慎重に、着地するだけ――なのだが。朝露で少し湿っていた窓枠に手を掛けた、その時だった。つるり、と指先が滑る。

「あっ……! ひゃうっ‼」

 次の瞬間、フィオナは盛大に転げ落ちていた。


   ◆


 逃げるガキを追ってネルカ村を駆ける。

村の中心に、と言うよりはまるで村の外に向かって走っている気がする。ちょこまかと木々を避けるガキの足の速さも中々だが――竜族の身体能力を舐めてもらっちゃ、困る。


 ガキが滑り込むように抜けてった倒木の上を踏み付け、勢いよく飛ぶ。太い木の枝に手を引っ掛けて尻尾の勢いを含めた遠心力で身体をぶっ飛ばせば、ガキの目の前に飛び降りる。


「うわッ‼」

 突然目の前に現れた大男にビックリして足を止めたその一瞬を逃さない。

すぐさま首根っこ引っ掴んで持ち上げる。


「おいコラ、クソガキ‼ よくも人の顔面に向かって石を投げやがったなッ‼ 危ねぇだろうが‼」

「――――っ! ……は、離せよッ‼」

 一瞬怯んだかと思えば、ジタバタと暴れ出す。

「うっせぇクソガキッ‼」

怒鳴ると同時、苛立ちを叩きつけるように尻尾が近くの木へ薙ぎ払われた。メキメキ、と嫌な音を立てて幹がひしゃげ、そのまま大木が傾いで倒れ込む。

「ひっ……!」

 その様を目の当たりにしたガキは、息を呑んだまま硬直した。さっきまでの抵抗が嘘みてぇに止まる。もう一度説教かましてやろうと口を開いた瞬間。


「ラルク……っ‼」


 背後から聞こえた声に振り返る。息を切らしたフィーが、慌てた様子でこちらへ駆けて来ていた。途中で何度か躓きかけながらも足を止めず、俺と、首根っこを掴まれたまま宙に浮くガキを交互に見て――慌てて声を上げた。


「ラルク……っ‼ その子を下ろしてあげてください‼」

「はぁ? フィー、だってこいつは……‼」

「だってじゃありません! 今すぐに、下ろしてあげてくださいっ!」

「…………っ、チッ」


 渋々、首根っこを掴んでいた手を緩め、ガキを地面へ下ろした途端、フィーは俺には目もくれず、その身を案じ始めた。

「大丈夫ですか? お怪我はないですか? ラルクに酷い事されませんでしたか……⁉」

ガキの身体に傷が無いか確かめると、生意気なクソガキを庇うように優しく抱き寄せたかと思えば「小さな子供相手に何をしているんですか……!」と頬を膨らませながら俺を睨んだ。


 フィーのやつ、俺を何だと思ってやがる……。納得のいかない感情をぶつけるように、尻尾だけが地面を何度も叩いていた。……俺はこのクソガキに石投げられたんだけど。

大人気ない嫌味を、言いたい気持ちをグッと我慢して――弁明する。


「石投げて来やがったからとっちめた」


 弁明弁明。あくまで弁明。

「もう! だからって……‼」

 …………なんか気に食わねえ。……けど、ここでフィーと揉めた所で何になる。

俺は小さく溜め息を付いて、ガキを追い払おうと口を開いた時だった。


「……竜の兄ちゃん、ごめんなさい」

「――――」

 ちょっと不貞腐れた表情だが、謝った。……なんだよ、ちゃんと謝れんじゃねぇか。

「石を投げたのは悪かったよ。……でも、兄ちゃん達は早く村を出て行った方が良いよ」

「――――はぁ?」


 ガキの発言に、思考が止まる。


「兄ちゃん達、ねーちゃんに売られたんだ」

「……どういう意味だ」


 売られた? フィーだけじゃなく俺を含めて……か? このガキが言う「ねーちゃん」ってのはひょっとして……


「そのままの意味だよ。僕のねーちゃん……、ホープ姉ちゃんはお金になりそうな人の情報を、悪い人に売ってるんだ」

「――――」

 金にそうな奴、と言えばフィーの事か。昨日白銀種と話したばかりだ。

――それも〝白銀種では無い別の何か〟じゃないか、と。フィーを売るだけならまだ分かるが、俺も含めて……か。


「理由は?」

 ガキは一瞬言いにくそうに口を噤むんだが、やがて意を決したのか小さな手を握り締めて呟いた。

「お金が、無いから」

「………………」

「――で、でも違うんだ‼ 姉ちゃん悪い人なんかじゃないんだ‼ 信じてくれよ‼」


 真剣な眼差しで必死に訴え掛けるこのガキは、嘘を付いていない。それだけは分かる。

金がない、という理由もあの質素な生活ぶりを見れば分かる。テーブルが大きかったのも、食器が一セット余分に多かったのも、このガキと一緒に住んでいたからだろう。

……この村自体、裕福な村ではない事ぐらい、最初から分かっている。


「……そうかよ」

 俺に出来ることは何もない。コイツらに事情があるのは分かった。でも、だからって人売っていい理由にはならねぇ。だからこそ。たった一言、そう言い残してこの場を立ち去るだけだ。


「フィー、行くぞ」

 不安げな表情を浮かべるフィーを呼び寄せて、歩き出そうとした時だった。

「……ラルク、でもあの……っ!」

「行くぞ。俺達に出来ることは何もない」

「……っ、ですが……!」


 …………大方、フィーは同族の誼(よしみ)だからと言って首を突っ込もうとしているつもりか。


「フィー」

「………………」

 フィーはガキを抱えたまま動こうとしない。

「ほっとけ。同族だろうが何だろうが、安易に首突っ込んでも自分が損をするだけだ。それに……生きる為なんだろ。だったら好きにすりゃいい」

「……ラルク……でも……」


 例えばホープが一人で、生きる為に汚い商売をしようが、危ない橋を渡ろうが、本人の勝手だ。でも今は――このガキがいる。どういう境遇で一緒に暮らしているのかは知らねぇが、ホープを家族として頼ってる以上、外野が口を挟む事ではない。


 そしてそれは俺とフィーに対しても言える。俺はフィーを故郷へ帰す仕事がある。

この旅も俺一人じゃない。フィーを危険に晒してまで、面倒ごとに首を突っ込みたいとは思わない。それなのに――


「……フィー、何か言いたい事があるなら言え」

「…………っ……」

 フィーはキュッと口を噤んで、下を向く。そして暫く何かを考え――ガキに問いかけた。

「聞いてもいいですか?」

「……何、妖精のお姉ちゃん」

「どうして、この話を……したのですか?」

「……え……?」

「どうして、ホープさんが私達を売った事を、教えてくれたのですか……?」


 フィーの問い掛けに、ガキはぎゅっと服の裾を掴んで暫く間を開けた後、話し始めた。

「……僕……、もう、見たくなかったんだ。姉ちゃんが悪い事に手を貸すの」

「………………」

「僕が居るから、姉ちゃんはお金を稼がなきゃ、って必死になって……それで……」

「それで、人を売っていたのですか?」

「……うん。最初は生活の為だって見て見ぬふりしたんだ。……でも、だんだん……嫌になって来て、もうこんな事やめて欲しいんだ」


 両目に大粒の涙を浮かべてガキは吐露する。

……その姿は、まるで昔の俺自身のようで思わず目を逸らした。


「僕は、何も出来ないから……、だから……っ」

「だから石を投げた、ってか」

「…………っ‼」

 ……事情は分かった。でもこれだけは言っておかなきゃならねぇ。


「――で、俺らに助けて欲しいってか? 助けねぇぞ、俺は」

「……!」

「ラルク、そんな言い方は……!」


 憎まれ役を買うのは別に良い。俺はただ、勘違いしてほしくないだけだ。


「お前らの面倒ごとに首を突っ込んでも、その後の事に俺らは関係ねぇ。姉ちゃんを悪事から引き剥がしてぇ、ってなら、お前も動かなきゃ筋が通らねーんじゃねぇの?」

「――――」

 ――気付けよ。クソガキ。俺に言われなくたって、お前自身で動けるんじゃねぇか。

「フィー」

「……ラルク、私は……助けたいです。同じ妖精族として見過ごせません」


 ……言うと思った。


「…………はぁ」

 俺はでかい溜め息を吐いて、頭を掻く。なんて言い出すべきか悩んで口にする。

「……分かったよ」

口にした瞬間、フィーの表情がぱっと明るくなる。……ったく。どうせこうなると思ってた。

けど、首を突っ込むと決めた以上、中途半端に関わるつもりはない。やるなら俺のやり方でさっさと片付けるだけだ。


「ラルク……!」

「ただし、俺の言うことは絶対聞け」

「……はい! 私は何をしたら良いでしょうか……!」

「まず、勝手に動くな。そこに居ろ」

「はい! ……はい?」

「クソガキ、えーと……お前は……」

 ……そう言えばコイツなんて名前だっけ。

ずっとフィーに引っ付いてやがるひっつき虫とでも呼んでやろうか、と思った時だった。


「テオ。僕の名前」

 クソガキ――じゃなくて、テオはそう言った。

「テオ、お前もそこを動くな。分かったな?」

 何も出来ないと言っていたこいつにも、今出来る事ぐらいはある。少なくとも、俺が戻るまでフィーを見ているくらいは出来るだろ。


「――でも、兄ちゃん……僕……!」

「良いから。フィーとそこに居ろ。俺の連れから目を離すんじゃねぇぞ。そいつ勝手に居なくなるから」

「――――、わ、分かった」


 ……よし、これで良い。これであとは――仕事するだけだ。俺は踵を返し、村へ戻ろうと足を踏み出した時「あの、ラルク……どちらへ行かれるのですか?」背後からフィーの声がした。


 何処へ行く、なんてホープの所以外無かったが――俺は適当に理由をでっち上げる。


「うんこ」


 たった一言、そう言い残して村へ戻る。

この後どうするかなんて、わざわざ教える必要はねぇ。大人の役目にガキが首を突っ込むのも違う。悪事に手を染めてんのなら、その元凶をぶっ飛ばせばいい。俺の役目は状況をぶっ壊す事。その後の事は――二人で好きに生きればいい。


 村へ戻ると、既に噂を聞き付けた後なのか村人が俺を見ながらヒソヒソと会話している。

テオが言うには俺達が来る前から同じ事をしていた様だし、人攫いに手を貸していたという話が広まっていても不思議じゃねぇ。


 村人の反応には目もくれず、真っ直ぐホープの家を目指して歩く。村の外れ――緩やかな坂を登った先にひっそりと佇む小さな家。その玄関先でホープと、見知らぬ男達が揉めていた。


「話とちげぇじゃねぇか。金欲しさに嘘を言う様になったのか? ホープちゃんよ」

「……っ……嘘なんか付いてないわ」

ホープの首元にナイフを当てて威圧する男と「家ん中、誰も居なかったっす」

――捕獲役の男が一人。

 俺は気にも留めずホープの元へ近寄ると、ホープがこちらに気付き驚いた表情を浮かべながら目を見開いた。

「……どうして……」

 

 どうして、だろうなぁ。俺が聞きてえよ、そんなもん。

当然ホープを威圧していた男達も視線を追って俺を捉える。そして

「――なんだよ、ちゃんと居んじゃねぇか」

 不敵な笑みを浮かべながらナイフを弄ぶ男の横を――通り過ぎる。


「あ”⁉ おい‼‼」

 後ろで叫び声が聞こえるが、知らねぇ。人違いだろ。

ホープの近くまで寄ると「なんで戻って来たのよ‼」そう叫ばれた。


「なんでって、忘れもんしたんだよ」

「はぁ⁉ あなたこの状況が分かって言ってんの⁉」

「ピーピーうっせぇなぁ。わぁってるよ」


 俺にとって、めんどくせぇ事態になった事ぐらい。


「――おいテメェ‼ 何シカトしてやがんだこのトカゲや――ン”ベァアアッッッッ⁉」

 背後に感じた敵意を、思いっきり尻尾で薙ぎ払ったら坂下にすっ飛んで消えていった。

……どこ行った? アイツ。……まぁいいや。

 もう一人に目を向ければ一瞬怯んだ様子を見せたが――慌てて背負っていた大振りのナイフを取り出し向かって来た。

「――――ッ‼」

 ナイフを振り被るが、遅い。左腕で顎下をぶん殴り――そのまま顔面を鷲掴んで勢いよく地面に叩き付ける。パァンッ、と人間が奏でてはいけない音が響いたがまぁ……死んではいないだろ。…………多分。右手を離せば白目剥いた男の顔面がいっちょ出来上がり。


「――よし。さてと……」

 大人しくなったネズミの懐を弄ればチャリ、と金貨の良い音がなる銭袋を発見。そのまま拾い上げて拝借する。


「え、あっ……待って……! それ私のお金……っ‼」

「――私の? は、何言ってんだ。俺達を売った金なら俺達のモンだろ」

「…………ッ! なんでよ‼ ……それにあんた、その話をどこで……‼」

 ホープの表情が見る見るうちに曇る。テオに聞いたとは俺の口から言うつもりはない。ただコイツに言いたい事は幾つもある。


「お前さ、自分一人の都合で危ねぇ真似していい立場じゃねぇだろ。ガキ一人抱えて、お前がしくじったら、一人になるのは誰だ?」

「――――っ‼」

「俺は、お前がどうなろうが知ったこっちゃねぇ。自分一人なら好きにすりゃあいい。……でもな、もう一人の命を抱えたなら、その分まできっちり考えろ」


 たったそれだけを言い残し、その場を後にする。ホープの反応なんか知らねぇ。俺には関係ない事だ。回収すべきモンは回収したし、さっさとフィーの所に戻るとする。


   ◆


「――――くぁ……」

 でっかい欠伸を一つ溢して、フィーの元へ戻れば心配そうにしながら

「随分と長かったですね……?」と問い掛けた。

「糞がデカかった」

「……そ、そうですか……」


 間違った事は言ってない……はずだ。多分。

「で、やる事も済んだ」

「…………‼ ラルク、それでは……!」

 フィーの顔色がパッと明るくなり、俺の回答を待っているが……俺の口から特別言う事は無い。強いて言うなら不安げな表情を浮かべるテオに対してだ。

「テオ」

「……何?」

「手ぇ出せ」

「……?」

 おずおずと差し出された小さな手の平に、回収してきた銭袋を乗せる。

結構な額が入っている分、子供の手にはずっしりと重いだろうが、知った事ではねぇ。


「……あとは自分達で考えろ。この村出てリンドヴァル行くなり、働き口探すなり、やろうと思えばいくらでもあるだろ」

「――――!」

 テオの目に光が蘇るのが見えた。よし、それで良い。その目が見れりゃ俺の仕事は終わりだ。

何か言い出しそうな所を遮る様にテオの頭をぐしゃっと乱暴に撫でてから――歩き出す。

「じゃあな」

 お前の答えを聞くのは俺じゃない。その先の未来に俺らは関係ないのだから。


「行くぞ、フィー」

「あ、はい……っ! テオくん、お元気で。ホープさんにありがとうございましたとお伝えくださいっ!」


   ◆


 その後。ネルカ村を離れ、暫く歩いた頃だった。

背後を振り返れば、先程まで居た小さな村はもう木々の隙間に僅かに見える程度になっていた。

静かな村だった。来た時と同じように、去る時も妙に静かだ。

ホープとテオがこの先どうするのか――それを俺が知る事は、多分もうない。


「ラルク、今度はどちらに行くのですか?」


 あーー……そういや、何も考えて無かったな。

次のアテも聞きそびれちまったし、フィーの故郷については振り出しに戻っちまった。……でも、不思議と気持ちは沈んでない。

寧ろ、最後に見たあのガキの顔を思い出せば、妙に晴れやかな気分だった。

あの目をしてるなら、まぁ――どうにかするだろ。


「どっか。このまま歩いてりゃ次の街くらいあるだろ!」


 能天気に応えれば、フィーは一瞬きょとんとして――やがて柔らかく笑った。

そのまま何の躊躇いもなく、隣を歩く俺の手を取る。

「ふふっ、そうですね。では行きましょう、ラルク」

「……おう」

 絡んだ指先から伝わる体温を、今更振り払う理由もない。

次の行き先は決まってない。でも二人で行くことだけは決まってる。エルヴァリスを知る誰かを求めて。


 暫くそのまま歩いていると、木々の密度が少しずつ薄くなり、やがて少し開けた道へ出た。

「……まぁ、ラルク……あそこに……!」

「んぁ?」

 フィーが指差した先。道端の草に半ば埋もれるように、古びた道標が傾いて立っていた。

雨風に削られた文字を目で追う。


【この先は港町ハーヴェル】


 港町……港町かぁ……。って事は人が沢山いる。

それだけ人が集まる場所なら、妖精の事を知ってる奴が居るかもしれない。仮に居なかったとしてもそのまま別の大陸まで行っちまっても良い……。うん、悪くないかもしれねぇな。


「……フィー、お前海を見た事あるか?」

「海……ですか? うーん……絵本の中でしか……」

 そう答えるフィーの目が、まだ見ぬものを想像するように僅かに輝いた。

「――よし、じゃあ海に行くか」

「……‼ はいっ!」



第六章 翠の妖精 完

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