第四章 ポップポルカとリンドヴァル
「……まあ、事情は分かった」
門番は深々と溜め息を吐いた。人攫いの誤解を解くのに随分と長い説明になった。
妖精を肩に担いでいた理由。彼女が奴隷市場にいたこと。自分がそこから連れ出したこと。
そして何より――本人に帰る場所が分からないため、仕方なく一緒に旅をしていること。
全てを聞き終えた門番は、疲れたように眉間を揉む。
「次からは、もう少し誤解されない運び方をしろ……」
「仕方ねぇだろ、途中でギルギル草があったんだから」
「ギルギル草……?」
門番は「よくわからんが、もういい……」と呟いて、城門の向こうへ顎をしゃくる。
「――リンドヴァルへようこそ」
「どーも」
そうしてようやく、街へ足を踏み入れた。
リンドヴァルは、深い森と幾筋もの河川に囲まれた街。街道沿いという事もあり、商人や旅人の往来は多いとの事だ。それでいて治安も比較的良く、活気の中にもどこかのどかな空気が流れている。
城門を抜けてすぐの通りには、旅人向けの屋台が軒を連ねていた。
色鮮やかな果実に保存食、水筒や簡素な調理器具。少し先には剣や短刀、革鎧といった装備品まで並んでいる。俺の荷物はある程度の旅道具は揃っているが、食料は集落で調達した物が僅か。
街を出る時にでも調達すればいい――そう考えていた矢先。
「わぁ……!」
隣でフィーが目を輝かせていた。右を見て、左を見て。あっちへふらふら、こっちへふらふら。
「ラルク、素敵な果物があります……! あれは何ですか? あちらのお店は……⁉ まぁ、綺麗な布です……!」
果物の屋台に目を奪われたと思えば、今度は向かいに並ぶ旅道具を興味深そうに覗き込んで、衣売りに吸い寄せられている。
「…………」
俺は街に来て早々頭痛の種が目の前にいると悟った。
俺が見てねぇと、こいつそのうちどっか行くんじゃねぇのか……?
また担ぎ上げて行くか――? いや、今度こそ人攫いだと兵を呼ばれても面倒だ。
なんとか気持ちをぐっと押さえて再び歩く。――三歩。背後を振り返る。居る。
「…………!」
目が完全に輝いてやがる。
さらに五歩。――よし、居るな。このまま慎重に目的地まで行く。
ちゃんと確認すれば大丈夫なはずだ。きっとそうだ。嫌な予感がじりじりと迫る中、十歩歩いて振り返る。
勿論フィーは居――
「いねぇッ‼ フィー‼」
あのすかぽんたんは数メートル後ろで果物を眺めていた。
「まぁ……丸くて大きい……!」
「ふふふ、お嬢さん見ない顔だね。旅人かい?」
屋台の女店主が微笑ましそうに問いかける。
「はいっ、ラルクと旅をしておりますっ」
「そうかいそうかい、ふふふっ」
「~~~~~~っ‼」
フィーにずかずか近づく俺を、女店主はニヤニヤと眺め「妹さんかい? それとも――」
「――どっちもちげぇよ! 行くぞフィー‼」
すかぽんたんの手を、無理矢理引っ張り連れ戻す。
駄目だ、この調子じゃ本当に目が離せねぇ。このまま手を離してまたどっかに行かれても面倒だ。
それに――
「ラルク?」
それ以外に気になるものがある。視線だ。街に入ってすぐは気のせいかと思った。
だがすれ違った男がフィーを見る。店先の女が振り返る。挙句、子供までもが指を差す――。
「…………」
思わず眉間に皺が寄る。コイツが視線を集める理由はいくつもある。まず白銀の髪。そして背中に生えてる翅。ただでさえ珍しいのに、日に当たるとクリスタルの様にチラチラと輝いて容姿だけで目を引く。しかもこいつは妖精族、それも白銀種だ。翅を隠していたとしても、警戒心の無さからトラブルに巻き込まれるのは時間の問題。
そして何より――格好。奴隷商から連れ出したままの粗末な奴隷服。
靴は用意したものの、服はまだそのまま。細い身体に粗末な布。その隣には、角と赤い竜尾を持った人相の悪い男。
……そりゃ誰だって見る。
「…………チッ」
「?」
「なんでもねえ」
危惧している視線が、単なる好奇心ならまだいい。
――だが、中には嫌な視線も混じっている。値踏みするような目。フィーの容姿を舐めるように見つめる男。
白銀種だと気づいて、何かを企んでいるような――そんな目に思えて仕方がない。
(宿屋の前に、少なくともこの格好はどうにかしねぇと……)
急ぎ足の俺に、フィーが問い掛ける。
「ら、ラルク……っ、一体何処へ行かれるのです……っ?」
「決まってんだろ、服屋だ。……もう離れるなよ」
「――――はい」
周囲に睨みを効かせながら歩く一方、フィーは何故か嬉しそうに、気持ち悪くニコニコと微笑んでいた。何も分かっちゃいないのに、ほんと能天気な奴だ。
リンドヴァルの街は王都よりだいぶ離れているらしいが、それでも旅人が多く訪れる為か服の種類が豊富だった。服屋の店主に「似合うもんを適当に見繕え」と押し付けたものの、早二十分。
一向に出て来やしねえ。あぁでもない、こうでもないと、着せ替えごっこが始まっている。
服なんて着れれば何でも良いだろ……。最低限の実用性は重視して、動き易くて丈夫で暖かいもの。
それ以外の選択肢が無い俺に、迷う必要があるのかと思いながら待っていると――
「あ、あの……ラルク……」
フィーが壁際からひょっこり顔を覗かせた。
「何してんだ遅ぇぞ」
「も、申し訳ありません……どれも綺麗なので迷ってしまって……」
「……………………」
ちらりと店主に視線を向ければ両手に大量の服を抱えて困り顔。
お前さっきまで着せ替え人形みたいに楽しんでたじゃねぇか……とは口にはしない。
「ねぇ、もし良ければなんだけど……お兄さんが選んでみたらどうだい」
「――――は?」
適当に見繕えって言ったのに店主の面には「決めれないので選んでください」と書いてある。
なんで俺が選ぶんだよ……。女が着る服を選んだ事なんて一度も無い。俺は選ばねぇぞ、と抗議の視線を向けるが……
「ラルクが選んでくださるのですか……?」
……横から期待する様な声が聞こえる。………………、あーーもう。めんどくせぇ………。
身体がむず痒い。頭をボリボリと掻いて店主が持ってる服に目を通す。
その中から一着、白いワンピースが目に止まった。
「……それ」
「んー、これかい?」
店主が広げて見せたのは普通の少女らしい白のワンピース。胸元にはレースがあしらわれ、スカートの部分には刺繍が施されていた一着。
「じゃあ、これ着てみるかい」
「は、はい……!」
フィオナを連れて再び部屋の奥へと向かう店主は、助かったよ、と言いだけに軽く会釈をして引っ込んだ。
……ったく、なんで俺が……。ぶつぶつ文句を言っても仕方がないので仕立てを待つ事、もう十分。
「お、お待たせ……しました……」
部屋の奥から恥ずかしそうに出て来たのは見違える様な格好になったフィオナ。
「――――――」
「い、如何でしょう……似合いますか……?」
その場で一回転、くるりと回ればスカートの裾がふわりと舞ってあまりにも可憐な少――
「………………」
「あの……ラルク……?」
「まぁ……いいんじゃね……?」
粗末な奴隷服ままで見慣れてしまったからなのか、自分でも理解出来ないが何故か直視する事ができなかった。視線を逃す様に窓の外へ。
「――ありがとうございます。ラルク」
フィーの嬉しそうな声が、全身をむず痒くさせるのは、きっとあいつが白銀種だからだ。
「良いものを選んでもらって良かったね。お嬢さん」
店主は妙にニヤニヤしながら俺を見る。知らねーよこっちみんな。
「じゃあ……着替えやら仕立て代やら諸々合わせて…三クローネだね」
「へいへい」
聞いてるか。奴隷商のおっさん。俺の仕事が服代で吹っ飛んだぞ。覚えてろクソ……。
店のカウンターでクローネ金貨を三枚支払い店を後にする。
「まいどあり」
店を出て、再び大通りへ戻る。これで少しはマシになっただろ。粗末な奴隷服も脱いだ。
少なくとも訳ありの妖精には見えないはずだ。――そう思ったのも束の間。
「…………」
さっきより見られてる。すれ違った男がこぞって振り返る。屋台の店主や旅人が視線で追う。
女子供まで足を止めてフィーを眺めていた。……なんで増えてんだよ。
白いワンピースに着替えたことで、粗末な格好に隠れていたものが余計に目立っている。
腰まで流れる白銀の髪。陽を受けてきらきらと光を返す翅。そこに小綺麗な服まで加われば――
「……チッ」
「ラルク?」
「なんでもねぇ」
どうやら目立つ原因は服じゃなかったらしい。どうしろってんだよ。
値踏みするような嫌な視線は減ったが、これはこれで逆に目が離せないかもしれない。
「………………フィー」
「はい?」
俺は少し考えてから片手を差し出した。
「……?」
「何してんだ。手ぇ出せ手」
「――――」
「――は”や”く」
別に手を繋ぎたい訳じゃない。
目を離せばすぐどっか行きそうで、これはあくまで迷子防止。迷子になられても困るし、深い意味はない。ないったらない。
仕方なくやってるだけだ。
にも関わらずこいつは、どうしたらいいか分からないのか俺の手を見て戸惑っている。
恥ずかしいんだよ……早くしろ……!!
「えっと……、こう、でしょうか……?」
おずおずと差し出された手を、そのまま引ったくり足早に離れる。今フィーに顔を見られたら絶対なんか言われる。顔が焼けるように暑い。今日の所はこれ以上散策するのをやめて早々に宿を取って寝るのが一番だ。
「ら、ラルク……っ! あの……!」
「うるせぇ、さっさと歩け!」
「――――、は、はい……っ!」
フィオナの能天気な笑い声が聞こえる。くっそ……人の気も知らねぇで……‼
その後、どうにか宿屋まで辿り着いたものの――
「部屋は一つでいいのかい?」
受付の店主が、俺とフィーを交互に見ながら妙にニヤニヤしていた。
「二つだ」
「一つじゃなくて?」
「二つだっつってんだろ」
何処をどう見たらそうなるんだよ‼
「……二部屋、飯代込みで十二セルね」
何か物言いたげな店主の顔を無視して、鍵を受け取るなり、フィーをさっさと部屋へ押し込み、俺も自分の部屋へ逃げ込んだ。
「ら、ラルク……っ⁉ あの、おやすみなさい……!」
「……おう」
逃げるように扉を閉めてやっと一息。
「…………はぁ……」
なんかドッと疲れた。今日はもう寝る。
◆
――翌朝。宿の一階にある食堂は、朝から旅人や商人で賑わっていた。
焼きたてのパンと温かなスープの匂いが漂い、食器の触れ合う音に混じって、あちこちから今日の行き先や商談の話、朝っぱらから酒を煽ってる旅人の声が聞こえてくる。
窓から差し込む朝日に照らされながら、フィーは目の前の朝食を興味深そうに眺めていた。
「美味しそうなお料理ですね……!」
注文したのは柔らかな白パンに、具材たっぷりのスープ。燻製肉が多めと煮豆。
焼きたてのパンはほのかに湯気を立たせ、香ばしいスープの香りが鼻腔をくすぐり食欲を唆る。
久しぶりの、ちょっと豪勢な朝食だった。
「ラルク、こちらのスープはなんでしょう!」
アイスブルーの瞳をキラキラと輝かせて、俺を見る。
「汁」
「こちらの煮豆は?」
「豆」
「……こちらのお肉は……?」
「肉」
「…………こちらは……白パンですね……」
フィーの表情がなんとも言えない顔になっていく……。なんだよ……そんな目で見るなよ。料理名なんて一々覚えてねぇよ……。
「ラルクに聞いたのは間違いでした……」
ちょっぴり口を尖らせてぼそり。うるせぇよ。フィーはそっと両手を合わせて「頂きます」と一言。パンを小さく千切って食べようと手を伸ばす。
「――フィー」
「はい?
良い事思い付いた。白パンに燻製肉、ついでに豆ときたらアレが出来る。
「貸せ。旅人の飯はこうやるんだよ」
そう言ってフィーの手からパンを取り上げてナイフで横から切れ目を入れ、適当な量の煮豆を潰しながら塗りたくる。そして燻製肉をこれでもかと詰め込んで挟み込めば、旅人の特製サンドイッチの出来上がり。見栄えなんか知らん。腹に入ればいいし、肉は多ければ多い方がいい。
「ほらよ」
箱入り娘のお嬢様に手渡せば、再び目をキラキラと輝かせて口を開く。
「まぁ……! こちらはなんて名前のお料理ですか!」
「パン」
「もういいです」
フィーは完全に期待するだけ無駄だと学習したのか頬を少しだけ膨らませた。
「なんだよ。パンはパンだろ」
「ラルクの手料理が食べられると期待した私がおばかでした」
口を尖らせて言った後――、フィオナはくすくすと笑い始めた。表情がコロコロ変わる奴だな、と思いながら自分の分も用意する。
「ラルクが作ったサンドイッチ……。……ではラルサンドですね!」
「おい、誰がそんな名前付けろつった」
思わず手が止まる。
「だってラルクが作ったサンドイッチですから」
「――――もう、好きにしろ……」
「ふふふっ、もう好きにします」
拗ねたり怒ったり笑ったり忙しい奴だ。――でも悪くない。
久しぶりのまともな食事に、気分が良いのか怒る気にはならない。それに、このなんでもない時間が少し、楽しく感じる自分が居た。
「ラルク、こちらはどうやって頂くのですか?」
「手でそのまま齧り付く」
パンに燻製肉を無理矢理詰め込みながら答える。
「そのまま、齧り付く……」
フィーは目の前に掲げたパンを左右で眺め――どこから齧るか悩んだ末に端っこに齧り付いた。
また小さな一口。それでは具に辿り着けていないだろう。
「……んむ!」
さらに頑張ってもう一口。食べ損ねた肉の切れ端がポロポロと零れ落ちる。
「……‼ んむむ……っ!」
頑張って食べている様だが、どうしても食い慣れないのか、具材が溢れて余計に慌てふためく様子は見てて面白い。
「……はははっ」
自然と溢れた笑い声。笑い声が自分のものだと気付くまで、一瞬だけ間があった。
こんな風に、くだらない事で最後に笑ったのはいつだったか――故郷を離れてずっと一人旅をしてきた俺には、どこか新鮮で悪くないと思えた。
「さっさと飯食って、必要なもんの買い出しに行くぞ」
大口開けてサンドイッチに喰らい付き、スープに手を伸ばす横で「んむぃーーっ⁉」
パンのケツから具材が零れ落ちる様が見えた。
普段の倍以上の時間を掛けて朝食を済ませた後、必要なものを買い足すため大通りへ出た。
パンに燻製肉、水袋。消耗していた包帯や、旅の途中で使いそうな細々した物も適当に見繕っていく。一人旅の時より荷物が増えるのが少し面倒だが、二人分となれば仕方がない。
「おっさん、これ五十セルにまけてくれよ」
「だーめだ! 七十セルだよ」
「あぁ⁉ 良いだろこれくらい……‼ ケチ臭えぞ……‼」
頑なに首を横に振るケチなおっさんとの交渉に敗れ、結局あれこれ買い足した分を合わせてクローネ金貨が一枚吹っ飛んだ所で、次の場所へ行こうとフィーを探す――が。
「…………フィー?」
横にいた筈の連れが居ない。反対方向を向いても見当たらない。
後ろを振り返っても、全身真っ白なすかぽんたんの姿はない。
「………………」
猛烈に嫌な予感がする。いやいや、待て。さっきまで近くに居たはずだ。俺がドケチのハゲと交渉してる間もずっと横に…………。
「…………………………」
嘘だろ? あいつ、この短時間で消えんの? 目を離したらすぐ居なくなりそうだとは思っていたが、本当にこうなるとは予想していなか――いや、懸念してた。充分。最大限に……!
「……おい、おっさん」
「? なんだよ」
「さっきまで、ここにいた白い妖精、どっち行ったか分かるか」
「あぁ? あ〜〜、あの嬢ちゃんか? それならさっき変な男三人に宝石がどうのって――」
「――はぁ〜〜〜〜〜〜ッ⁉」
あの野郎言った側から……‼︎ ああもうクソ‼ 買い出し所じゃねぇ!
「どっち行った‼」
「あ、あっちだよ」
「――クソ! おっさんこれ預かってろ‼ 後で取りに来るッ‼」
店主のおっさんが一瞬怯んだように見えたが、構っている暇はない。荷物を押し付け、そのまま全力で走り出した。
◆
――一方その頃。
「――は、ははっ……‼」
リンドヴァル郊外――市街地を走り抜ける男達が居た。一番体格の良い長男ガルド、細身な身体ですばしっこいのが次男のベルグ、ニッケルハルパを背負った気弱な三男ロッカ。
そして――長男の肩に担がれた白い妖精、フィオナの姿があった。
「〜〜〜〜っ!」
口には布を噛まされ市街を縦横無尽に走り回る男達に運搬されている真っ最中。
「今日の飯の種が出来た!」
大柄な体格に反して足の速いガルドは、後ろを振り返らず路地を掛ける。
「ヒュウ! 久しぶりに贅沢出来るぜ‼ なぁロッカ‼」
目の前の邪魔な樽を軽快に飛び越え、運動音痴な弟へ視線を飛ばす。
「は、はぁ……っ‼ 早く、お酒っ……! 飲みてぇ……な……ッ‼」
息も絶え絶えの弟はいつも通り。
ガルドとベルグが曲がった先にある倉庫――所謂アジトへ、ロッカは一歩遅れて辿り着いた。
市街地の中にひっそりと立つ倉庫は三兄弟の隠れ蓑に最適で、表向きは用心棒を謳っているが、実際の食い扶持は人攫い、泥棒、詐欺、他には人に言えない事を少々。リンドヴァル中に噂される"黒いネズミ"の正体だった。
倉庫の中は乱雑に物が置かれており、隅に置かれた大きなテーブルの上には大量の酒樽と、大皿に山積みにされた獣の骨。周囲には空樽を始めとしてロープや布切れ、ナイフなど……用途の怪しい物がストックされている。
お世辞にも綺麗とは言い難い部屋を目の当たりにし、フィオナはようやく自分の状況を理解するのであった。
(これは……えぇと……ま、まずい……かも……しれません……っ‼)
脳裏を過ぎるのはラルクの事。
「んむむ……っ‼」
散々口酸っぱく人攫いに遭った事を言われたばかりだと言うのに、この有り様。
フィオナは猛烈に焦っていた。
「んむ、んむむ……っ‼」
ガルドの腕から逃れようともがいて暴れてみるがびくともしない。
「…………っ!」
ラルクにケツと呼ばれた時、足をバタつかせて「危ねぇだろ!」と怒られたのを思い出し――必死に暴れてみる。
「んむーーーーっ‼」
すると、
「だぁッ! やめろアマ! 暴れんじゃねえッ!」
暴れる足を邪険にしながらガルドは吠える。そこへ、空樽を転がしてきたベルグがやってきた。
「兄貴っ、いつものやつ!」
「――チッ! めんどくせぇ女だ!」
「……っ‼ んむむ! んむむむむむむ……っ‼」
攫ってきた女子供は空樽に突っ込んでおき、夜を待つ。いつものルーティンを、いつもの様にこなすだけだった。
「おらよっ! 飯の種1匹!」
「んむーーーーーッ⁉」
担いできた妖精を樽の中にぶち込み、ガルドは一仕事終えたと満足気に手を叩く。
「んむむむむーーーっ‼」
樽の縁から突き出た細い脚が、抗議するようにばたばたと宙を蹴ると、
「だははははっ! 樽から足が生えてら!」
ベルグはテーブルの上に座って、樽フィオナを指さして笑った。
金になる仕事をした日には、決まってあることをする。ガルドはテーブルの上にある酒を手に取り大きく掲げる。
「ロッカ、ニッケルハルパを持て!」
「宴だ! 兄弟!」
陽気な男達は足を踏み鳴らす。三人が仕事終わりの宴で決まって奏でるのは、陽気な旅人達に人気の曲――ポップポルカ。 ロッカが弓を構え、弦に触れようとした――その瞬間。
――ドゴォォンッ‼
激しい爆音と共に現れたのは、三兄弟の目の前を異常な速さで通過していく扉だった。
「――――」
「――――」
「――――え?」
何が起きたのか、男達が理解するまで時間が掛かった。
今、俺達の目の前を扉が通過してった……よな? と、そんな視線を送ると横の壁には派手に崩壊した扉が突き刺さり――さらに反対側、入り口の方へ視線を向けると何やら様子のおかしい男が立ち竦んでいた。
日光が燦々照らす青空の下。逆光となり男の姿はよく見えないが、炎の様に赫く光る眼光と、腹の底から響き渡る様な獣の唸り声が聞こえてきた。
「――――おい」
謎の男が一歩、踏み出した。黒の外装が風に揺れると、大きな竜の尾が壁をいとも容易く破壊する。
「俺の連れを、どこにやった……?」
また一歩。明らかにやばい男を、呼び寄せてしまった事を三兄弟は理解した。
獣の唸り声が倉庫中に響き渡る中、最初に口を開いたのはベルグだった。
「……あ、兄貴」
「……なんだ」
「これ……やべぇ奴じゃねぇか……?」
男の見た目は明らかに竜族か、それに近しい何か。赤い角に、赤い尾。オマケに剣も腰に吊るし、普通に”歩いて”くる。
弟のロッカは既に顔面蒼白。今にも口から泡を吐いて失神しそうな勢いだった。
しかしガルドは物怖じせず「誰だか知らねえが、ぶっ飛ばせばいいだろ」と矢面に立ち戦闘体勢に入る――が。
「――聞こえなかったか? 俺の、連れをどこにやったッ‼」
その一言の直後――ガルドの目の前には、既に男の拳があった。
「――――――‼‼」
反応する間もなく顔面に拳がめり込み、爆発的な勢いのままガルドは天井を突き破って吹き飛んでいった。ド派手に開けた天井からは美しい青空が顔を覗き――男は何も言わずただ一度、首を傾けるようにして――ゴキッ、と鈍い音を鳴らした。続けて、赤い竜尾が床を叩く。
バァンッ、と乾いた衝撃音が倉庫中に響き、足元の埃がふわりと舞った。
ベルグとロッカは震える身体を寄せ合い声を上げた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアッ‼」
「うわあああああああああああああああッッ‼」
哀れな男達の絶叫が、リンドヴァルの市街地で響き渡る。
小さな倉庫は何度か地響きが起きた様に揺れ動き、岩の壁からはぱらぱらと石クズが溢れ落ちる。
そして次の瞬間、何かが壁を突き破り――青空の彼方へ吹き飛んで行った。真っ昼間から二つの綺羅星が光るのを通行人のお年寄りは呑気に眺めていた。
「おぉ〜〜……元気じゃなぁ〜」
一体何が飛んで行ったのかは分からないが、きっと恐らくリンドヴァルの三馬鹿が何かやらかしたのだろうと、老人はぼんやりと空を眺めていた。
◆
「ふ――――ッ」
人攫い共を適度にぶっ飛ばし、まずは一息つく。ゴミは散った。あとはフィーを探すだけだ。
色々物が乱雑している部屋の中を見渡して姿を探す。ここまではフィーの匂いで追跡出来た。
でも中に入った瞬間、ゴミ共の生活臭と酒と獣骨と汚れた布やら何やらの臭いが混ざって、
フィオナの匂いは掻き消されて分からない。
周囲をパッと見る限り白い妖精の姿はない。焦る気持ちが余裕を奪い取っていく。
まだそんなに時間は経っていない筈だ。きっと何処かに居る。そう信じて、
「フィー‼」
あいつの名前を呼んでみると――ゴトゴトッと隣の部屋から物音が聞こえた。急いで隣の部屋に向かうと、
「むーーーー‼ むーーーーー‼」
部屋の隅に、足の生えた樽がいた。
……なんだあれ。いや、どう見てもフィーの脚だ。フィーの脚……だがやけに愉快な格好になっている。
「………………」
ゆっくり近付いて樽を足先で蹴ってみると……
「んむむっ‼ んむむーーッ‼」
白い脚がジタバタと暴れて、樽が踊る。
「――――」
なんて声を掛けようか少し悩み、言葉を選んで話し掛ける。
「あー……、お前……何してんの……?」
「! んむむ‼ んむむ‼」
樽フィオナの反応を見る限り、特に怪我とかはなさそうだった。なんだかよく分からねえが、急に安心感が戻ってくる。
「……ったく、何してんだお前は」
樽に突き刺さったフィーを引っこ抜き、口に当てがわれた布を外してやると、
「ラ、ラルク……っ!」
今にも泣き出しそうな顔で、俺を呼んだ。心配が通り過ぎて沸々と怒りが湧いてくる。
咄嗟に「お前なぁ……ッ!」と声を上げた瞬間。
「っ!」
反射的に肩がビクリと強張ったのが見えた。
「――――――」
よく見たらフィーの肩が小さく震えている。顔色も悪い。さっきまで必死に暴れてたくせに、助かった途端に力が抜けたみたいに。…………なんだよ。ちゃんと怖かったんじゃねぇか。
自分の中に湧き上がった怒りが、急に萎んでいく。説教したい事は山程ある。山程あるが――怒る気が失せた。
「……もういい。怪我はねぇか?」
膝を付いてフィーの顔を覗き込むと、小さく「はい……」と呟いた。
「――ならいい。立てるか?」
そっと手を差し出すと、フィオナの白くて華奢な手が重ねられた。肩を壊さねえように慎重に引っ張り上げて、そのまま歩き出す。
手を繋いだまま倉庫を後にし、街の中心――宿の方へ戻る途中。
「あの、ラルク……」
背後から、フィーのか細い声が聞こえた。
「なんだよ」
「……まだ、怒って……いますか?」
小さく震える声で、問い掛ける。俺は――少し言葉を選んでから口を開く。
「怒ってねぇよ」
「…………」
「――ただ」
「……?」
「……心配するから、勝手に居なくなるな」
「――――」
返事はなかった。ただ、少し後ろを歩くフィーから、鼻を啜る小さな音が聞こえてきた。
……振り返る気にはならなかった。代わりに、繋いだ手をほんの少しだけ強く握り返す。
俺はもう、それ以上は何も言わず、宿へ向かって歩き続けた。
そうして宿へ着くなり、フィーは「か、顔を洗ってきます!」と部屋の方へ駆けて行った。
あえて詮索はしない。フィーの後ろ姿を眺めて――思い出す。
「……あ」
そういや俺の荷物、置きっぱなしだった。
……戻るか。回収して帰ってくるだけ。フィーには伝えず、ひっそりと踵を返した。
宿から少し歩き、屋台が並ぶ市場へ。数時間前に荷物を押し付けた店主に声を掛ける。
「――よう、おっさん」
時刻は夕方。日中外で立ちっぱなしの店主の顔にも疲労が見える。
「……あんた、戻ってきたのか」
「当たり前だろ。俺の荷物、返して貰いに」
おっさんは髪のない頭をひと撫でしてから「……嬢ちゃんは?」と聞いてきた。
「宿」
「無事だったのか」
「おう」
短く答えると、おっさんはちょっとだけ安心した顔を浮かべて俺の荷物を差し出した。
「ほらよ」
「――ん、助かった」
……ドケチのハゲだが、悪い奴ではないらしい。
「記念にちょっとまけてくれるとありがてぇんだけどな」
「びた一文まけんぞ」
「やっぱりケチ」
ケチの店主に別れを告げて、再び宿へ向かう。リンドヴァルの街に夕陽が差し込む。
昼間にはあれほどいた人影も減って、街はゆっくりと夜の静けさへ変わっていく。
家へ向かうガキ共が俺の横を駆けて行き、夜を迎えつつある道すがら、俺はぼんやりと思考を巡らせていた。
あの時、俺はフィーが居ねぇと分かった瞬間、他のことなんざ全部どうでもよくなってた。
買った荷物も、金も、あのドケチのハゲも。
あいつが居ない。それだけで頭ん中がいっぱいになった。自分の事なのに――俺らしくない。
あのぞわっとする感覚を、まだ覚えている。
「………………」
この胸の奥に芽生えた感情は何なのか、まだハッキリと答えは出ない。
一つ言える事と言えば――
「……めんどくせぇ」
ただそれだけ呟いて、頭を掻きながら足を速めた。
◆
その日の夕食時。
宿の一階にある食堂は、朝とは打って変わって酒と料理の匂いで満ちていた。
旅人や商人たちの笑い声が飛び交い、奥の席では早くも酒盛りを始めている連中もいる。
俺とフィーは、壁際の席に向かい合って座っていた。
今夜の飯は、肉と野菜をたっぷり煮込んだスープに白パン、サラダとチーズ。久しぶりに燻製じゃない肉を前にして、腹が鳴る。
「…………」
ちらりとフィーの顔を伺うと、昼間に泣いたのか目元が少し赤い。だが本人は何事もなかったように匙を手に取っていた。……まあ、触れないでおく。
「とっても美味しそうです……!」
「……な。めっちゃ良い匂いすんだよな」
俺はテーブルの中央に積まれた白パンを掴み取り、少し千切ってスープに浸して口の中に放り込む。
「…………‼」
肉の旨みが口の中に広がって、生き返る……‼ スープのスパイスに、白パンのほのかな甘さ、匙で具を口の中に運べば柔らかく煮込まれた肉が溶けて無くなっていく。うめぇ……!
そのままチーズにも齧り付いて、腹ん中を幸せにする。
一方、フィーの方はと言うと、スープの皿へ視線を落とせば湯気に揺らされた白銀の前髪が、さらりと頬へ落ちる。
「…………」
邪魔だったのか、細い指先でそれをそっと掬い上げ、耳へ掛けた。
そのまま少し伏し目がちになって、匙で掬ったスープに静かに口を付ける。長い睫毛が影を落として、湯気の向こうで白い頬がほんのり霞んで見えた。
「…………」
その姿に何故か、目が離せなかった。
手に持っていたパンの切れ端を、スープの中に落とすまで。
「……! 美味しいです……!」
アイスブルーの瞳が俺を見て我に帰る。
「――……あ?」
「ラルク?」
「……なんでもねぇ」
慌てて自分の皿へ視線を戻す。……なんだ今の。あれが白銀種の能力って奴なのか?
仮にそうだとしたら、白銀種ってのは、本当に面倒くせぇ。
気を取り直してスープに浸されたパンを食べれば、フィーも真似をしてパンをスープに浸し始めた。恐る恐る汁気を吸わせて、上品に口へ運んだかと思えば目を大きく開けて微笑んだ。
「……! こちらもとっても美味しいです‼」
こいつ前から思ってたけど、食べ方が妙に上品なんだよなぁ……。
「ラルク、このパンをスープに浸すお料理のお名前はありますか?」
「……ねぇよ!」
あったら困るだろ、そんな名前。呆れた笑いを一つ溢した時。
食堂の隅で、吟遊詩人が楽しそうに足を踏み鳴らした。それを合図に弦が跳ねる。甲高い笛の音がその上を駆け抜け、少し遅れて、蛇腹を伸ばす独特の音色が加わった。誰かが木箱を叩いて拍子を重ねると、ざわついていた食堂の空気が、一瞬で陽気なものへと変わる。酒を飲んでいた旅人たちも、いつの間にか会話を止めてポップポルカに耳を傾けている。
「わぁ……!」
向かいに座るフィーが、匙を持ったまま目を輝かせた。
目を閉じれば、まるで何処までも続く草原を風と一緒に駆け抜けているような――そんな曲だった。
◆
翌朝。俺は宿屋の店主を呼び止めた。
「なぁ、妖精族がいる街を知らないか」
「妖精族?」
「ああ」
店主は不思議そうに首を傾げた後、視線がフィオナへ流れた。
「……そこの嬢ちゃんの故郷でも探してんのか?」
「まあ、そんなとこだ」
「妖精族ねえ……珍しいからなぁ……」
うーん、と唸りながら店主は腕を組んで考え始めた。
「一人も知らねえのか?」
「この辺じゃまず見ねえな」
「…………チッ」
テーブルの上に広げた地図に視線を落とす。この街が駄目なら次。今度は交易路沿いに聞いて回るしかない。そう思っていた矢先、奥から店主の嫁がやってきて話し始めた。
「妖精族なら、あんた」
「ん?」
「ほら、峠を二つ越えた先の村」
「…………ああ」
店主の嫁は地図を指差しながら「確か……この辺りにある村に、妖精族の子がいるって聞いたことあるよ」と言った。
「本当か?」
「まぁ……ずいぶん前に聞いた話だけどねぇ……」
俺はもう一度地図を見る。現在地のリンドヴァル。そこから山、峠が続き――さらに峠。
その先に小さな村。ネルカ村、と記されている所があった。
「…………遠いな」
「歩きなら結構かかるぞ」
「…………」
隣で静かに話しを聞くフィオナをちらりと見る。
「?」
裸足で山道を歩かせて、初日から足ズタズタにした記憶が蘇る。
「…………」
「どうしました?」
「……なんでもねえ」
今度はちゃんと旅程を考える。自分一人の旅なら強行軍できる。多少寝なくても平気だし食事も適当でいい。雨が降ろうが山道だろうが構わない。でも今は――フィーがいる。
それだけで旅の仕方そのものを変えなきゃいけない。
(……食料、一日分余計に買っとくか……)
備えあれば憂いなし。今度はしっかり準備をして旅に戻る。
「さんきゅー、助かるよ」
「なに、これぐらいしか出来なくて悪いね」
宿屋の店主は「じゃあ、道中気を付けてな」と言い残し、奥へと引っ込んで行った。
手早く地図をまとめ、鞄へ突っ込むと、フィーが口を開いた。
「あの、ラルク……」
「なんだ?」
「その妖精族の方にお会いして、どうするのですか?」
急に変な事を聞くじゃねぇか。
「お前のこと聞く」
「……私の?」
「ああ。白銀種なんて珍しいんだろ。妖精族なら何か知ってるかもしれねえ。そいつが知らなきゃ別の奴探す。それでも駄目なら次を探す」
俺の中に明確に決まっているプランを初めて口にすると、フィーは少し何かを考えてから
「……ずっと、探してくださるのですか……?」と控えめに見上げた。
「あ?」
「私の故郷を……」
……急に何を言い出すかと思えば……。その為に連れてきたんだから、一々言う必要もないと思っていたが……、フィーの顔色は明らかに答えを求めていた。
「お前、帰りたいんだろ?」
「…………はい」
「なら帰れる場所を見つけるまで探すしかねえだろ」
「――――ありがとう、ございます。ラルクは、本当にお優しい方ですね」
「どこがだよ」
「ふふっ」
「笑うな」
表情に出ていた不安の色は消え、いつもの調子に戻っていく。……ん、悪くない。
フィーはフィーらしく、呑気に微笑んでればそれで良い。俺のするべき事は、フィオナを自分の帰る場所まで送り届ける事だ。
「――じゃ、行くぞ」
目の前の相棒に手を差し出せば、ちょっと遅れて手が重なる。
「昨日みたいになったら面倒だからな」
「もう知らない方にはついて行きませんよ?」
「信用できるか」
「まあ……!」
華奢な手が一層強く握り返してくる。
「峠二つ越えるぞ」
「はい」
「疲れたら言え」
「はい」
「足痛くなっても言え」
「はい」
一つ言う度、フィーは律儀に頷いていく。
「勝手にどっか行くな」
「はい」
「知らねえ奴についてくな」
「それはもう分かりました」
「昨日一回誘拐された奴が言っても説得力ねえんだよ」
「………………もう行きません」
「――ならいい」
そして二人で歩き出す。次の目的地”ネルカ村”を目指して――。
しかし、この二人は知らない。「峠二つ越えた先に妖精族が一人いるらしい」という曖昧な噂を頼りに始まった旅が、結局とんでもなく長い旅になることを。
第四章 ポップポルカとリンドヴァル 完




