幕間 人攫い
翌朝。目を覚ましたフィーの足元には、見覚えのない一足の靴が置かれていた。
「…………?」
フィーは不思議そうに首を傾げ、靴と――焚き火を弄っている俺を交互に見た。
「……あの……ラルク……、こちらは……?」
「靴」
「それは、見れば分かるのですが……。ええっと……?」
……フィーの顔を見なくてもわかる。頭の上に?が大量に浮かんでる事ぐらい。
…………そんな目で俺を見るな。全身が痒くなる……。
「あの……ラルク……」
………………………………、〜〜〜〜〜……っ‼ いちいち言わなきゃわからんのか、コイツは……! 言わなくても分かれよ……っ‼
「……履け!」
「……こちらを……私が、頂いてもよろしいのですか?」
「お前以外に……誰が履くんだよ……!」
フィーは目の前の靴を両手で拾い上げると、ぎゅっと抱き締めて微笑んだ。
「ありがとうございます、ラルク」
――なんだか知らねぇが、居心地が悪い。尻尾の鱗が逆立ちそうな、妙なむず痒さが全身に纏わりつく。このまま黙っているのも気持ち悪くて、俺はそれを振り払うように口を開いた。
「…………別に、また昨日みてぇになったら面倒だから買っただけだ……!」
「……まぁ……いつの間に……」
そうだ。黙って怪我されるよりは良い。俺は合理的な選択をしたまでであってだな――別に礼がほしいとかでは無い。断じて。
「……朝一で、近くの集落まで行って来たんだよ。そこで、ついでに道も聞いてきた」
「まぁ!」
「ここから東の方角に街があるらしい。今日はそこまで歩くぞ」
「分かりました」
「――っと。そろそろか」
頃合いを見て、枝の先で灰を掻き分けると、中から煤けた芋が転がり出てきた。
朝方から仕込んでいた甲斐があった。程よく柔らかくなった芋を拾い上げ、表面についた灰を軽く払う。
握り潰さない様に優しく持って二つに割ると、中からほわっ、と甘い匂いを漂わせる湯気が立ち昇った。
「ほらよ」
芋の半分をフィーに差し出すと「まぁ……!」と感嘆の声を漏らした。
「早く持て。冷めちまうぞ」
「あ、はい……っ! ……あっ……わっ……」
受け取ろうと伸ばした手は芋の熱さにやられてか、ひょこひょこと跳ねる。……芋の熱さの事をすっかり忘れてた。
「……あー……悪ぃ、忘れてた」
普通の奴らは、熱いものを熱いと感じる当たり前の事をすっかり忘れていた。
竜族なら火の中に手を突っ込んでも、耐性があり何ら問題は無いが、フィーは違う。熱いモノに触れれば火傷する。……俺は少し考え、自分の上着に包んで手渡した。
「あ、ありがとうございます……」
フィーは目を丸くしながら受け取ると「ふふふっ……」と小さく笑った。
「なんだよ」
「いえ、その……ラルクのお洋服は大きいので……なんだか少し面白くて……、ふふっ」
まぁ、芋だけにしちゃあ過剰梱包かも、しれねえけど……、火傷されるよりはマシだ。マシ。
「――あと、黒パンと燻製肉も買ってきた。これも食っとけ」
俺はそのまま自分の上着の上にパンと燻製肉を置く。別に上着は汚れるもんだ。食いカスが多少付いてても気にしない。
「あ、ありがとうございます……」
「念の為言っておくが……もうちまちま千切らねえからな」
「――――――、ふふふっ……はいっ」
フィーは黒パンをそっと手のひらで撫でながら楽しげに笑う。
「……何笑ってんだ。お前が最初に言い始めたんだろ」
「ふふ、はい、そうですね……っ」
「そのまま、齧って食えよ」
「はい、ふふ……そうします……」
いつまでも楽しげにくすくすと笑う姿が、妙にくすぐったい。これ以上なんか言ったら、朝飯を食い終わるまでに日が沈むかもしれない。
「分かったら、さっさと食べろ」
そう言って、俺は焼きたての芋と燻製肉を頬張った。
◆
旅の再出発はフィーが隣に来てから歩き出す。昨日よりも、自分の歩幅を考えながら。
フィーを置いていく事は得策じゃない。俺がしなくてはいけなかった事。気を付けなければいけなかった事。失敗したなら、全部受け止めて次に活かす。俺の旅はいつもそうだった。
――やがて
「今日のラルクはゆっくりなのですね」とフィーが問いかけた。
「……飯食ったから眠いんだよ」
「まぁ、そうでしたか。……では、ゆっくり参りましょう」
ゆっくりと昇り始めた朝日に照らされて、白銀は美しく幻想的に輝いて見えた。
妖精は朝日に照らされると光るのか? あの日の黎明時みたいにどこか儚げで、目を離したらふっと消えてしまいそうな――
「………………」
……って、俺は何考えてんだ。集中しろ集中……!
森の中は必ずしも安全とは言えない。フィーの足の事もある。警戒を怠るな。
脳裏に浮かんだあの日の景色を振り払い、森の中へ入っていく。
――それから暫く歩いた頃だった。
森の中から漂う風の匂いが変わった。すぐに歩くのを止め、再度周囲の匂いを嗅ぐ。
「わっ……ぷ……!」
俺の背中にフィーがぶつかって来たのを感じながら、辺りを見渡し鼻を鳴らす。
風上へ鼻先を向け、耳を澄ませる。森中から聞こえる虫の鳴き声も、その方向だけ妙に少ない。
次いで視線を地面へ落とせば、いくつかの獣の足跡が残されていた。どの足跡も、匂いの漂ってくる方向だけを避けるように伸びている。風の方向、虫の鳴き声、獣の足跡――状況を繋ぎ合わせれば、答えはすぐに出る。
「ラルク……? どうされたのですか?」
隣の心配そうな声を無視して、俺は問答無用でフィーを担ぎ上げた。
「ひゃっ⁉」
「行くぞ」
「……⁉ ら、ラルクこれは……⁉」
驚いてジタバタするフィーの尻を一度叩き「黙ってろ」と言った。
「この辺に毒草の匂いがあんだよ。死にたくねぇならじっとしてろ」
「……っ」
肩の上でフィーの身体が強張る感覚が伝わる。
フィーに「あれが毒草だ」なんて説明しても「わぁ素敵」と呑気に触る可能性だってある。
ないとは言い切れないのが困った所だが、コイツならやりそうだ、という謎の確信があった。
「ら、ラルク……! あの……っ!」
「暴れんな。落ちんぞ」
「で、ですが、この体勢は……!」
――体勢の何が問題なんだよ。
「歩かせた方が危ねぇんだよ」
フィーの足の事もある。万が一触れれば最悪の事態だってある。
「わ、私も気をつければ……っ!」
「お前が? 珍しい果物にほいほい吊られて人攫いにあったのにか?」
「……う…………」
図星を突かれたフィーは急に大人しくなった。
「――はっ。いいから、黙って運ばれてろ」
「…………はい……。……あの、ラルク……」
「なんだよ」
フィーを抱えながら森の中を歩く。
「……先ほど、ちょっと……笑いました……?」
「…………。笑ってねえ」
「わ、笑いました……っ‼」
「笑ってねぇよ。……ふっ……ふふ……っ」
「や、やっぱり笑いました……っ‼」
肩の上じゃ俺の顔なんか見えないだろうに、声だけで分かったらしい。何がそんなに気になるんだか。フィーはさっきから、どうにかこっちを振り返ろうともぞもぞと身体を動かしている。
「――だぁッ! うるせぇって暴れんな!」
やけに文句を言うケツを引っ叩くと、森の中にいい音が鳴り響いた。
「ひゃんっ!」
ケツフィオナが静かになった所で、視線の先に例の草が生えているのを見つけた。
「あー、やっぱりこれか……」
昔、俺が旅を始めてすぐの頃に酷い目にあった忌々しい草。触った瞬間からめちゃくちゃ痛えわ、しばらく治まらねぇわで、良い記憶なんか一つもない
「……どれですか?」
「あー……フィーは見なくていいぞ」
「な、何故……!」
「触りそうだから」
「…………! で、ですがラルク……っ! 危険なものなら、なおさら私も覚えなくてはいけないのでは……?」
「…………」
……珍しくまともな事を言いやがる。フィーの意見には一理ある。教えといても損はない……と思いたい。
「見えるか、ケツ。あそこの葉っぱに細けぇ毛が生えてる奴。薬草と葉が似てるせいか、間違えて触るバカがたまに居る。俺も尻尾で触れた時があってめちゃくちゃ痛かった」
「…………見えません」
ケツから不満そうな声が上がった。
「お前、触りそうだから絶対触んなよ。分かったら返事しろケツ」
「わ、私はこっちです……ッ‼」
ケツ弄りしてたらついにケツが怒り始めた。再びジタバタと暴れ始める。
「だ、だから暴れんなって! 危ねぇだろーがッ‼」
暫く暴れるケツと格闘し――やがて観念したのか再び大人しくなった。
「それで……、なんてお名前の植物なんですか?」
ケツに質問される日が来るとは思わなかった。
「あー……、何だっけ。ギルギル草……? そんな名前の奴」
「ぎる……?」
「イルイル草の事は……流石にわかるだろ」
「……はい、イルネア草……の事ですよね……?」
「そ、それのバッタもん」
「ばったもん……」
背後のフィーは「似た見た目の……細かい毛が生えてる……」と小さく反芻しているのが聞こえる。
見せたら見せたで触りそうだが、知識としては教えといても良いか。
「よし、じゃあ〜~野外授業は終了でいいな? さっさとこの森抜けちまうぞ」
「はい」
ケツに返事され、思わず口角が上がる。
「……ふ、ふふ……っ」
「……ラルク……?」
一瞬背筋の凍る様な声が聞こえたーー気がした。
「な、何でもねぇよ……」
◆
そうして森を抜ければ、視界の先に街の城門が見えた。
石造りの橋の上には鎧で身を固めた門番がいる。特に何もなければ追い返される心配も無い。
小走りで斜面を下り、城門前へ向かう。森の柔らかい地面を歩き続けていたせいか、靴底から伝わる石畳の硬さが妙に新鮮に感じる。門番の視線を感じながら城門を抜けようとした時だった。
「――待て」
「あ?」
突然門番に呼び止められた。視線を向ければ妙に訝しんだ目でこちらをジロジロと見てくる。
……なんだこいつ。俺は早く美味い飯と宿でゆっくり休みたいんだが。
やがて門番はやけに重い口を開いた。
「……その女は?」
「は?」
「お前が肩に担いでいる女だ。何故担いでいる」
「……連れだから?」
「…………?」
それ以外に、なんか理由あるのかよ。何にコイツは警戒心を剥き出しにしてるのか俺にはさっぱり……
「お前……ひょっとして……人攫いか?」
「――はぁ⁉ ちげーよ‼ 何処をどう見たら人攫いに見えるんだよ‼」
「何処をどう見ても……」
門番は俺の事を上から下まで舐め回すようにジロジロと眺め――「人攫いだろ」と言った。
「ちッげーーーーーよッ‼‼」
「あ、あの……っ! 私は人攫いなどされておりません……‼」
横のケツが助け舟を出すが、門番は未だ眉間に皺を寄せたままだ。
「…………本当か?」
「は、はい。ラルクは私を助けてくださって――」
うんうん。そうだ。俺がコイツを攫ったんじゃなくて、助けた側だ。本人がそう言ってんだから、これで疑いも晴れるだろ。
「助けた?」
「はい。人攫いの方々から……」
「……………………」
門番の目が、再び俺へ向けられる。さっきよりも明らかに疑いの色が濃くなっていた。
……………………。おい待て。今の説明、むしろ話がややこしくなってねぇか……?
「…………お前、やはり人攫いだろ‼」
「ちげぇーーーーッ‼」
幕間 人攫い 完




