第三章 黎明――旅路の始まり
頭ん中が花畑のすかぽんたんを解放したは良いものの――俺は今、全力で頭を抱えていた。
「あ”あ”~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ‼」
家が分からない、じゃあこいつを此処に置いていくか?
いや、無理だろ。珍しい果物がある、でホイホイ人攫いに着いていった女だぞ。
近くの街まで連れて行って、そこで別れるか?
――いいや、こいつは絶対また騙される。警戒心が全くねぇから。
誰かに預ける?
誰にだよ‼ 頼れる様な奴は……いねぇ。そもそも白銀種だぞ。
三十クローネで売られた女を「じゃあ、よろしく」で知らん奴に渡せるか。
――なら、傭兵?
……その傭兵がまともな奴とは限らねぇ。それに万が一売れば三十クローネになると知ったらどうなる? 確実に、二の舞になるだけだ……‼
じゃあ……せめて……、妖精族を探して引き渡す?
…………。うん、それが……一番マシ。少なくとも俺には俺のやるべき事はある。
このバカに付き合って居られるほどお人好しじゃない。――でも、妖精族は閉鎖的で、どこに住んでるかもよく分からない。
「…………。なぁ……、妖精族ってどこに住んでんの」
「……わかりません」
わかりません、じゃねぇーーーーーーよッ‼
「あ”あ”~~ッ‼」
激しい頭痛に頭を掻き毟る。もう、どうしたらいいんだよコイツッ‼ 考えれば考えるだけ腹が立つ。行き場のない苛立ちをそのまま叩きつける様に、長い尻尾が地面を何度も打ち据えた。その度に、バシンッと鈍い音を立てて砂埃が舞い上がる。
ホント、訳分からんッ。こいつ自分が住んでた国すら分かってな――、……って……国?
「…………、じゃあ、お前……自分の住んでた国の名前は?」
恐る恐る聞いてみる。これで分からないって言われたらお手上げ、だったのだが。
「エルヴァリスです」
「~~~~~~ッ‼ 知ってんじゃねぇかッ‼」
無駄に頭を掻き毟って損した。
「――で、そのエル……なんとかって国はどこにある」
「…………」
「…………………」
「……わかりません」
はぁ~~~~~~~~ッ⁉ 思わず尻尾を地面に叩きつける力が増した。
「じゃあテメェはどうやって出てきたんだよ‼」
「お散歩をしておりましたら――」
「その話はもう聞いた‼」
あ”ぁ”~~ッ‼ もうだめだコイツ‼ やっぱすかぽんたんじゃねぇか‼ とびっきりのバカ‼
……とは言え、国名が分かっただけでも一歩前進……か。それすら分からねぇって言うなら、俺は確実にコイツを置き去りにしてった。
――少なくとも道すがら妖精族探して聞き出せばいいだろ……。
「……はぁぁぁ…………。分かった。もう……分かった。とにかく、ここでお前を問い詰めてもこれ以上何も出てこねぇってのは分かった。……さっさと行くぞ……」
なんだかドッと疲れた。ちょっと前までは夜だったのに、気付けば空が白んで来ていた。黎明時って奴か。
この場所にいつまで居たって仕方ない。俺はクソデカい溜息を一つ零して歩き出す――が。
「あ、あの……っ」
妖精が呼び止める。
「……今度はなんだよ」
「…………えっと……、行くって、どちらへ行かれるのですか……?」
何処か不安げな表情で問いかける。
「どこ、って……決まってんだろ。そのエル……何とかって国だよ」
「――――――」
妖精は目を丸くしたまま、俺を見つめる。
「……なんだよ」
「……私を、エルヴァリスまで連れて行って下さるのですか……?」
「それ以外にある?」
「い、いえ……っ! ですが、その、嬉しくて……。ありがとう、ございます……っ」
目の前の女は、一雫の涙を零して微笑んだ。その姿を、朝日が照らす。
クリスタルの様に輝く翅は美しく煌めいて、一瞬だけ目を奪われた――ような気がした。
「……っ、つ、つべこべ言わず行くぞ!」
「あっ……ま、待ってください……!」
「――――」
背を向けた途端、また呼び止められる。思わず眉間に皺が寄った。
――今度はなんだ、そう言おうと振り返る。
「あなた様の事は、なんとお呼びすればよろしいでしょうか……?」
「………………」
そういえば……名乗った記憶がねぇな……。飯が不味すぎて綺麗さっぱり忘れてた。
「……ラルク」
「ラルク……様……」
「様はいらねぇよ。気持ち悪ぃ。ラルクでいい」
「――――、では……ラルク」
「……ん」
名前を確かめる様に、女がもう一度小さく「ラルク」と呟いた。たったそれだけだ。
さっきまでと何も変わらないはずなのに――名前を呼ばれただけで、妙にむず痒い。
「……で、お前は? 名前」
そう問いかけた瞬間、朝の風が女の白銀の髪をふわりと揺らす。
妖精は一度姿勢を正し、静かに口を開いた。
「――フィオナ。フィオナ・アルヴェリアと申します」
「フィオ……ヴェ……何」
「フィオナ・アルヴェリアです」
「………………………………」
もう一度聞いてみたがやっぱり長い。これからいちいち呼ぶ為にそんな長ったらしい名前を口にするなんて御免だ。
「あー……、分かった。じゃあ……お前は今日からフィーな」
「⁉」
何故か目を丸くしているが、知らん。呼びやすいんだからそれでいい。
こうして俺は今度こそ歩き出す。
「行くぞ、フィー」
朝日が昇り始める中、俺は森の中へ足を踏み入れる。――とんだ面倒な奴を拾っちまった。
適当に歩いてれば次の村なり街なりが見えてくるだろう。日が沈んでも途中で野営すればいい。
旅の始まりはいつもそんなもんだった。
「ま、待ってくださいラルク……!」
背後で呼び止める声はするが、知らん。無視だ無視。
さっさとエル何とかって国を見つけて俺は俺の旅に戻る。ただそれだけだ。
◆
草木が生い茂る森の中。足を踏み締める度に小枝が折れ、パキリと音を鳴らす。落ち葉を踏み歩けば、足元で昆虫が逃げ回る。道すがら背の低い木々を退かしながら、何か食えるものはないか、危険な植物はないか、美味そうな生き物はいないか――都度辺りを見渡しながら獣道を突き進む。
出来る事なら次の村なり街なりへは今日中に着きたい。ここ数日ロクなもんを食っていないからだ。
腹が減って仕方ない。――なのだが。
後ろを振り返ると、ずっと後方に白銀の髪が見えた。
「…………遅ぇ」
ここ数時間、歩き続けてずっとこの調子だ。普段の倍ぐらい時間が掛かる。度々後ろを振り返り、フィーを待って、歩く。待っては歩く、を繰り返していた。
「…………っ、お待たせしました」
「行くぞ」
「はい」
このやり取りも何度目か。野営地に好ましい場所はまだ見当たらない。あと何時間か歩いて見つけられたら御の字か。とは言え、この調子だとそれすら難しい気がしてならない。
森の中をのんびりとトボトボ歩いてたら危ないだろ。
ピクニックでもあるまいし、ましてや花畑を愛でるような時間はない。日が暮れれば獣が沸く。そうじゃなくても遭遇する可能性だって否めない。
「………………」
少し歩いただけで、もう姿が見えねぇ。離れた先からちょっとずつ落ち葉を踏み鳴らす音が聞えてくる以上、ちゃんと着いてきてはいる。いるのだが……。
「フィー、何してんだ」
姿が見えなくなると無性に、何処かへ行っていないか気になる。
やれ素敵な花を見つけたから、だとか愛らしい蝶々がいただとか――、これまでの話を聞く限り可能性がないとは言い切れない。
暫く待ってみると、坂道の下からひょっこり顔を覗かせた。居る。ちゃんと着いてきてる。
…………、別にちょっと安心したとかではない。
「すみません……っ、お待たせしました……っ」
フィーの額から汗が滴り落ち――耳をすませば息を切らした呼吸音も聞えてきた。
「…………」
ここまで数時間。歩き続けて全く意識していなかったが、日の傾きを見る限り時刻は昼過ぎぐらいか。森の中は木陰も多く、比較的涼しいが――これだけ歩き続けていれば暑くもなる。
「……ラルク? どうされましたか?」
「いや……、なんでもねぇよ。行くぞ」
「あ、はい!」
フィーの手を取り、坂道を引っ張り上げては歩き出す。
――予定変更だ。水辺の音を探す事にしよう。
それからは少し立ち止まる事が増えた。周囲の音を注意深く聞き、水辺を見つける為だ。
木々の揺れる音、虫の鳴き声。風が運んでくる音は旅のヒントだ。獣の声も水の流れる音も、風に乗って聞こえてくる事が多い。
それに――地面に残された獣の糞や、足跡。草食動物なら必ず水場への道を知っている。
「…………、こっちだ」
ある種の野生の勘と言われればそうかもしれないが、少しでも可能性のある方へ進む。
フィーの歩く速度は、時間が経つにつれて遅くなっている。ま、へばっても仕方ない。
あと何時間か歩いて見つけられればそれで良い――、と思いながら背の高い草木をかき分け視線を上げた時。
「――あった」
視線の先に丁度いい場所が。程よく開けた平地に、大きな木が丁度いい日陰を作っている。
付近にある倒木も都合がいい。平地の脇を流れる小川は、森の湧き水か。これは当たりを引いた。
「フィー」
背後に声を掛けると「い、今……行きます……! んむむむむ……!」と唸る。
「……何してんだお前」
背の高い草木をかき分けてやると、フィーの顔がパッと明るくなった。
「ラルク、今度は追いつけました……!」
なんでそんなに嬉しそうなんだよコイツ。まぁいいや。迷子にならなかっただけ良しとする。
「今日はここで野営するぞ」
「は、はい……っ! ……んむむ、んむむむむ……‼」
背の高い草がやたらと絡み付いて来るのは分かるが、放っとく。死にはしねぇから大丈夫だろ。
一足先に野営の準備を始める事にした。
「まずは、っと……」
周辺を適当に見渡して適当な大きさの岩を拾う。一つ、二つ、三つ――、見当たらなければ森の地面から引っこ抜けばいい。視界の先には手頃な岩。むんずと掴んで引っ張り出せば焚火の材料に――って、これは獣の糞‼ ……ま、まぁ使えなくはない。
焚き火に焚れば煙と臭いで獣避けになり、夜の安全性は上がる……が、臭ぇからパス。
適当に放り投げて次を探す。そうして岩が集まれば、次は薪。程よく乾いてる奴を選び――放り投げる。
食い物があれば助かるが……周辺を探して見れば赤い実があった。
「これかぁ…………」
やけに酸っぱくて苦手な奴だ。……ま、何もないよりはマシ。マシったらマシ。
適当な数を毟り取って野営地に戻る。心なしか尻尾が重い。…………肉、食いてえなぁ……。
つべこべ言っても仕方ないので、さっさと焚き火の準備を始める。岩を組んで適当な草を少々。
その上に薪を盛れば準備完了。乾いた枝に息を吹き掛ければ――ボゥッと火が点る。それを薪の間にねじ込めばあとは勝手に火が付く。
「ラルク、今のは……」
「あ?」
火を付ける行程の一部始終を見てたのか、フィーが興味深そうに首を傾げた。……そうか、火を吹けるってのは妖精族には珍しいか。
「ラルクは火を操る事が出来るのですか?」
フィーは近くの倒木に腰掛けながら聞いてきた。
「操るっつーか……出せるだけ。そんな珍しいもんでもねぇだろ。竜族なら――」
チリチリと燃え始めた薪を、枝で突き回しながら答える。……本当の竜族なら、もっと出来る事があるが……そんな事は、今はどうでもいい。
取ってきた実をフィーに渡し、残りを口に放り込む。
「~~~~~~ッ‼」
口の中に強烈な酸味が広がり、目が冴える。後味は苦味と渋味が残り――噛むのを諦めて無理矢理飲み込む。……やっぱこれ、苦手だわ。奥歯を噛み締めて酸味に耐え、フィーに視線を向ければ一粒ずつ大事そうに口へと運んでいた。
「……酸っぱくねぇの?」
「? いえ、すっきりしていて美味しいです」
「――嘘だろ……」
フィーの奴、ひょっとしたら味覚音痴なのかもしれねぇな……。
などと考えながら視線を落とした時。
「――――」
フィーの足元に目線が止まる。それはちょっとした違和感、みたいなものか。不自然に足を隠している様な――
「……フィー」
「はい?」
「一回足を見せろ」
「…………っ、……大丈夫ですよ?」
一瞬だけ、声が上擦った。
「――うるせぇ、いいから見せろ」
「…………」
少し嫌がる素振りを見せたものの、やがて隠していた足をそっと前に出した。
その足は泥だらけで、小石や枝で出来た無数の擦り傷が見えた。所々血が乾き、皮膚の薄いところなんか、とっくに破れて酷い有様だった。
「………………お前、なんで言わなかった」
「……歩けましたから」
…………思わず奥歯を噛み締める。歩けた、からなんだ。これだけ血が流れていれば痛かったはずだ。
それなのに、コイツは一言も――、待ってほしいなんて、言わなかった。
……いや、違う。俺が気づかなかっただけだ。裸足の女がいたのに、歩くのが遅い理由も考えなかった。何度も振り返っては遅え遅え、と悪態を付いた。……ちゃんとフィーの事を見ていなかったのは俺だ。
「……貸せ」
無理矢理にでも、フィーの足を取る。
「ら、ラルク……」
「傷洗う。黙ってろ」
湧き口から汲んだ水で泥を落とすと、僅かに足を引いた。
「…………痛えんじゃねえか」
「…………少しだけ、です」
(……少しな訳あるか……)
これ以上悪化しないよう、傷口に処置を施す。応急処置しか出来ないが、何もしないよりはマシだ。
「………………。……ラルク」
「――なんだよ」
「ありがとう、ございます」
「――――」
礼を言われるような事はしていない。寧ろ、恨み言の一つや二つ、言ってもいいぐらいだ。
「……痛かったら痛えって言え」
「はい」
傷口を覆うように布を巻きながら、少しきつめに言い聞かせる。
「追い付けなかったら、早いって言え」
「……はい」
「文句があれば、ちょっとは……言え」
最後の言葉だけは、どうにも歯切れが悪くなった。別に文句を言われたい訳じゃねえ。ただ、何も言わずにこんなになるまで歩かれるよりはマシだ。
「……ふふ。はいっ」
俺の気持ちも知らないで、何故かフィーは嬉しそうに笑った。
「………………」
やっぱり、コイツと喋ってると調子が狂う。……これも、白銀種の能力なのかもしれねぇな。
第三章 黎明――旅路の始まり 完




