第二章 自由のその先
妖精族。
かの種族は翅の色で区別される事が多い。紅種、蒼種、翠種、紫種。そして――白銀種。
翅の違いで能力値に大きな差はないが、白銀種は特別だった。白銀または王族種とも呼ばれ、個体数が極めて少なく希少性が高い。一部のコレクターには非常に高額な値で取引されるという。
また白銀種には人を魅了させる強い能力を持っている事も知られていた。
それ故に――妖精族は他の種族と比べ特に警戒心が強い。……のだが。
「……商人様、お戻りになられたのですね! お帰りなさいっ」
その妖精には警戒心の欠片もなかった。
「――は?」
思わず口に出ていた。目の前の妖精は確かに檻に入れられている。服はボロ切れ。
手足は鎖に繋がれ、明らかに人攫いにあったとしか思えない。
にも拘らず、女はニコニコと微笑んで「お帰りなさい」とまで来た。こいつ、自分の状況分かってんのか……?
説明しろよ、と男に視線を向けるも、商人は「ずっとこんな調子でなぁ。白銀種にもとんだ間抜けが居たもんだ」と笑った。
「……あの、商人様。そちらの方は……?」
妖精は俺の顔を伺うように小首を傾げたが、
「――さ、品は見せた。そろそろ荷車が動く時間だ。三クローネも払ったんだ、ちゃんと働いてもらうぞ」
男はあまり人目に付きたくないのか、妖精を隠すように再び檻に布を掛けた。
「……ああ。わかってる」
◆
「これから数日、お前は見張り役としてここで寝泊まりしろよ」
などと言われて荷車は何処かを目指して走り続ける事、早数時間。三クローネで受けた依頼にしては飯が質素。商人から手渡されたのはパンと汁。それも殆ど具のない出汁。
「金ねぇのかよ」と思わず悪態を付けば商人は「三クローネ」と嫌味を吐く始末。
……まぁ、それなりの大金を巻き上げたしなぁ。無理矢理納得してパンを齧れば――硬い。
「…………」
岩の様にガチガチなパン――らしきものが口の中の水分を全て奪い取っていく。
堪らず汁を啜れば不味い。なんかの薬草の出汁か、妙な苦味とえぐみが残る。
あの野郎はいつもこんなしょんべんみたいな汁を飲んでるのか? ……いや、気色悪い事を考えるのはやめておく。飯は不味いし寝心地も悪い。定期的に荷台が大きく揺れ動く。労働環境は最悪だった。
その上、檻の中の妖精はと言うと――
「~~~~」
聞こえてくるのは呑気な鼻歌。
「…………はぁぁぁぁぁぁ…………」
思わずデカい溜息を零して横になる。依頼人に呼ばれない限りやる事はない。暇つぶしするぐらいなら寝るに限る。
そして翌日。
「おい、飯だ」
荷車の外から話しかけられ小窓を開けると、差し出されたのは硬いパンとしょんべん汁。
「…………。お前やっぱ金ねぇだろ」
「三 ク ロ ー ネ」
ピシャリと小窓を閉めた。金がねぇのは俺の所為じゃないだろ。最初から用意しとけ馬鹿。
飯を受け取ったものの、全く食う気が起きねえ。その辺に適当に置いて今日も一日寝て過ごそうと横になった瞬間。
「ぐぅ~~~~ぎゅるるるるるるる……」
――檻の中から腹の音。
「…………」
……寝る。一々気にしてられっか。もう一度目を瞑り、意識を落とそうとする――が。
「ぎゅるるるるる…………」
「………………」
鼻歌は聞こえない。代わりに聞こえてくるのは睡眠を遮る腹の音のみ。
「…………ぐぅ~~~~~~」
「…………ッ、だぁーーッ‼ もううっせぇなッ‼」
我慢の限界だった。檻に掛けられた布を剥ぎ取り、中の妖精をギロリと睨む。
「お前の腹の虫、どうにかなんねぇのかッ‼」
突然の出来事に妖精は少しびくりと肩を揺らし「す、すみません……っ」と狼狽する。
恥ずかしそうに腹を押さえながら、おろおろ。こいつ、腹の音は恥ずかしがるのか……、などと思ったが――ふと、考えれば商人の奴が奴隷達に食い物を渡していた記憶がない。
という事はつまり。
(……こいつ、飯を食ってねぇのか?)
とは言っても自分の腹も減っている。クソみたいな飯は腹の足しにもならねぇ。竜族ならば数日飯を抜いた所で活動に支障はない。ならこいつにくれてやるか? ……いや、俺の飯だしな?
なら無視して胃袋に詰めるか――、その場合致命的な問題が発生する。俺が寝られねぇ。
「………………」
優先すべきは腹の足し、ではなく睡眠。ならこいつに食わせれば静かになって俺が寝られる。
……うん。我ながら天才の考えだ。そうと決まれば適当な場所に置いたパンを拾い上げ、檻の中に放り投げる。
「おい、これでも食ってろ」
「――――」
妖精はびっくりして目を丸くする。
「腹の虫がうるせぇんだよ」そう吐き捨てて、振り返ろうとした瞬間。
「お腹に虫さんがいるのですか……⁉」
「ちげぇーよ‼」
何言ってんだこいつは‼ 妖精は檻の中に転がったパンを大事そうに拾い上げると、
「……これ、頂いても、宜しいのですか?」と聞いてきた。
「いらねぇなら返せ」
「い、いります……!」
「あっそ、じゃあ食って寝ろ」
「……はい、ありがとうございます」
妖精は穏やかに微笑んだ。……よし、これでやっと寝れる。心置きなく寝れる。そう確信して床に寝転がって見るも――妖精はパンを横から見て――上から見て――首を傾げる。
……ホント、何やってんだこいつは……ッ‼ あまりの奇行にイライラが募る。
「う~ん……う~ん……」
パン如きに何をそんな悩む必要性があるんだよ……ッ‼ 思わず頭を掻き毟っていた。
「~~ッ‼」
駄目だ。我慢の限界。
「お前、何してんの」
「えっ」
「それ、そのまま齧ればいいだろ」
余計なお節介と分かっていても茶々入れずには居られなかった。
「か、かじる……」
妖精は目をぱちくりとした後、手元のパンをじっと見つめた。
「何、お前パンすら食った事ねぇの?」
「い、いえ……っ! そういう訳では……」
「じゃあ何だよ」
「その……千切っては、頂けないのですか……?」と何処か申し訳なさそうに言った。
「はぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?」
――何言ってんだこいつ……ッ‼ 駄目だ、相当バカかもしれねぇ。
腹減ってんだろ⁉ パンあるだろ⁉ 口あるだろ⁉ 食え‼ なんでそれが出来ねぇんだよ‼
「お前……、一体どんな育ち方したらそうなるんだよ……! 貸せ」
渡したパンを乱暴に奪い取って、二つに千切る。
「えっと……普通に育てて頂きましたが……」
「嘘付け。普通の奴は腹減ってパン渡されたら食うんだよ」
「ですが……」
「うるせぇよ。ほら食え」
差し出したパンを見て妖精の顔がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます」
あぁもう、なんで俺がこんな事してんだ……‼ 頭を抱えたくなる騒動をなんとか押さえつつ、能天気な箱入り娘のバカに餌付けする仕事が始まった。小さく千切っては渡す。千切っては渡すを繰り返す。
(我慢しろ俺。こいつに食わせねぇと腹が鳴って寝られねぇ……)
随分と手の掛かる給仕だ。俺の三クローネはこのバカに餌付けする為の額じゃねぇぞ……などと思いながら数十分後。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「嘘だろ、あんな硬ぇパン」
「でも、貴方様が下さったので」
「………………。……変な奴」
ホント、変な奴だよこいつ。腹の虫もようやく静かになった所でずっと気になってた事を聞いてみる。
「……お前、なんで人攫いに遭ってんの」
「…………?」
妖精はきょとんと首を傾げた。
「ええと、お散歩しようと思って……綺麗なお花畑を見つけたんです。それで、親切な方が珍しい果物があると教えて下さって、それから――」
「…………あーーーー、分かった。もういい……」
「……?」
「寝る」
駄目だこいつ。話しになんねぇ。どう考えてもお花畑なのはお前の頭ん中だろ……、今までどうやって生きて来たんだ……と思いながら対話を諦める。もう知らん。
そんな時は上着を被って寝るに限る。
そうして更に翌日も――
「――金なし」
「三クロ――」
もう飽きたな。このやり取りも。今日も今日とて妖精の為にパンを半分に千切っては渡す。
「もうちまちま千切らねぇからな。そのまま齧って食え」
残り半分は自分の分。大して美味くもねぇパンに齧り付いて、様子を伺えば「そ、そのまま……齧る……」と呟きながら恐る恐る口に運ぶ。小さく一口、咀嚼して――飲み込む。
そして、こちらを伺うようにちらりと視線を向けては
「……こう、ですか?」と聞いてきた。
「そ。お前さ、ほんと今までどうやって生活してきたんだ?」
「……? ですから、普通に……」
(どこがだよ……)
もう突っ込むのも諦めた。
「あなた様はお優しいのですね」
「…………どこが」
「今日もパンを下さいました。ありがとうございます」
……なんか、無性に身体がむず痒い。こいつと喋っていると調子が狂う。
「……食ったら寝ろ」
「はい」
そう言い残し、荷車の隅で横になったものの――寝付けない。
暇を持て余す様になんとなく、檻の中の妖精を観察する。パンをちまちま齧りながら食べる姿は、さながら小動物。上から下まで白く、特徴的な翅。人攫いにあっても動じず、警戒心の無さはあまりにも無垢。
「………………」
頭の中はお花畑で、とびっきりのバカ。根っからの箱入り娘なのかやけに手が掛かる。
……こいつは一体なんなんだ? 何とも言えない感覚が渦巻く。
気になるのか、放っておけないのか、危なっかしいからなのか、変な奴だから興味が湧いたのか――自分でも分からない。言語化できない感覚がむず痒い。
「…………」
暫く考えても変な奴、としか答えが出ない。別に気になる訳じゃない。訳じゃないのだが……妙に……。
「……?」
こちらの視線に気付いたのか、妖精は何でしょうと言いたげに首を傾げる。
白い髪がさらりと揺れて、クリスタルの様な翅が美しく光を拾う。
檻の中にチラチラと揺らめくプリズムは確かに人の目を寄せる。
「どうかなさいましたか?」
「…………いや」
――きっとこの感覚も感情も白銀種の能力だろう。これ以上考えても仕方ない。俺に出来る事は何もないのだから。
――その後。徐に荷車が止まった。外の音を聞けば商人は奴隷商売を始めたようだ。
まずは″安い奴〟から。
「…………」
――胸糞悪い。俺の手が届く位置で人が売り飛ばされていく。
「……なんだかお外が賑やかですね」
妖精は相変わらず危機感がない。
「お前、この後売られるんだぞ」
「……うられる……?」
「怖くねぇのかよ」
普通の奴なら攫われて、檻に入れられ鎖に繋がれたら嫌でも恐怖を覚える。
飯すら与えられて貰えず「品」と呼ばれれば誰だって″あんな目になる”
数日前に見た疲れ切った者の目、怯えている者の目、諦めている者の目、怒り狂った者の目。
――なのにこいつは一度もそんな目をしなかった。
「……商人様は良い方なのでは……」
こいつ、自分がこんな目に遭ってんのにアレを「良いやつ」と思ってんのかよ……。
呆れて溜息しか出ねぇ。
「……良い奴な訳あるか」
「…………。……でも、あなた様はお優しい方です」
「――は?」
「私にパンを下さいました」
「………………」
別に優しくしてなんかない。腹が五月蝿いからパンを渡した。
食えねぇって言うから仕方なく千切った。翌日も……まぁ、半分渡したけど、それだけだ。――それなのに、
「私には、あなた様が悪い方の様には思えません」
――――言葉に詰まる。一体、なんなんだよこいつ……。
「…………、お前、もう少し人を疑った方がいいぞ」
「…………」
妖精はじっとこちらを見つめて少し考えた後
「では……、あなた様の事も疑った方がよろしいのでしょうか……?」と零した。
「……そうだよ」
「そうなのですか?」
「俺だって良い奴とは限らねぇだろ」
これまでだってずっとこいつに怒鳴り散らかしてきた。
うるせぇだの、お前だの、散々文句を言って。そんな奴を信用なんか――
「――でも、あなた様はパンを下さいました」
「~~~~っ! だから、それはもういいっての……‼ いいか、俺も含めて疑え」
そう言うと、妖精は暫く考えてから「分かりました」と小さく頷いた。……これでよし。
――それから暫くして。
「おい、仕事の時間だ」
荷車の外で商人が声を掛けて来た。
「……やっとかよ」
ようやくこの胸糞悪い場所から離れられる。あの妖精の事だって俺には何も関係ない。
頭ん中がお花畑で他人を疑う事を知らないバカ。人攫いに遭おうが、悪人を良い奴と思うお人よし。
あのどうしようもねぇ箱入り娘がどうなろうと、知ったことではない。
『でも、あなた様はお優しい方です』
先の言葉が脳裏を過る。
『私にパンを下さいました』
………………忘れろ。忘れろ。これはただの仕事だ。俺には何も関係ない。
荷車を下りれば商人が待っていた。空は暗く月明かりが照らす中「荷車を運べ。上客が待っている」と男は言った。涼しい夜風が俺の頭の中を冷やしてくれる。
「――俺の仕事は取引が終わるまで、だよな?」
「そうだ。三十クローネの値が付いたんだ。しっかり頼むぞ」
商人は自慢気に笑うと前を歩き始めた。俺は言われた通り荷車を引き、人気のない離れた場所が、指定された受け渡し地点だった。そこには妙に身なりの整った男がいた。
上客を見るや否や、商人は気前よく近づいて話し始めた。
「これはこれは、この度はご購入いただきましてありがとうございました。無事に無傷で品をお届けに参りましたぁ」
「……そうか、助かる」
上客の男は俺をちらりと一瞥。護衛と理解したのか特に反応も示さなかった。
こいつの身なりからしてコレクターの一人だろう。金持ちって奴はロクな奴がいねぇのか。
「えぇ、えぇ。あとは貴方様のお好きなように。煮るなり焼くなり娶るなり――どうぞご自由に」
「――ご苦労」
上客は商人に銭袋を握らせると、商人は「では失礼して……」と数え始めた。
「…………確かに、三十クローネ受け取りました。誠にありがとうございました。出来れば今後とも是非ご贔屓に……」
――取引成立だ。
「さ、品を渡せ」
ニヤニヤと気持ちの悪い顔を浮かべながら、上客の男は俺を見る。
そのまま黙って荷車を引き、男の目の前に下ろした後、俺は――男の顔面を思いっきりぶん殴っていた。
「――ぐべぇあっ⁉」
男は綺麗な放物線を描きながら地面にどしゃりと転げ落ちた。
「なっ……‼ 貴様何をやって――‼ ンベァァァ⁉」
五月蝿い。尻尾でぶん殴れば商人はゴミの様に吹っ飛んでいく。爽快だ。
「……俺は言ったよな、取引が終わるまでだって」
顔面から地面に着地した商人は慌てて体勢を整える。尻もちを付いた腰は引けて両脚はガタガタと震えだしていた。
「……ッ‼ き、貴様……‼ ひょっとして最初から……ッ‼」
指を指す男の顔は完全に怯え切っていたが――そんなこと知るか。男に一歩、また一歩と近づく度に逃げる様に後退る。
「や、やめろ‼ 話を聞け‼ ――いくらだ⁉ 金ならやる‼ 五クローネ……いや、十クローネか⁉ 好きなだけくれてや――」
「――ごちゃごちゃ、うるせぇんだよッ‼」
虫の居所が悪かった。きっとそうだ。
目の前のクソ野郎を、渾身の力でぶん殴ったらピクリとも動かなくなった。
「ふぅ~……」
腕の痛みはない。ただあるのは胸の中にすっきりとした感覚だけ。死んではいないはずだ。
……多分。男の傍らに転がっている銭袋を拝借。ずっしりと重い金貨は迷惑料として頂いておく。
夜空の下で白目を向いて伸びた男が二人。背後の荷車には箱入り娘。
「…………」
俺は少し考え自分のポケットの中を漁る。
チャリ、と鳴る音に手を出すと、紙屑、糸くず、古い木の実の食いカス、用途不明の木片そして――六リル。
飲み水代にもなりゃしねぇ。……けどま、全部出せばポケットの中が綺麗になるな……。
「じゃ、餞別って事で」
伸びた男の顔面にゴミを放り投げ、踵を返す。向かう先は荷車だ。
くすねて来た鍵を指先で弄びながら、檻の前に立ち――鍵を開けた。
「――――」
檻を開けて手枷を外す。
「あ、あの……っ」
戸惑う妖精を檻から引っ張り出し、手を放す。
「じゃ、あとは自由だ。さっさと帰れ」
乱暴に吐き捨てる。普通の奴隷なら一目散に逃げる所だ。
それなのに――目の前のこいつは
「………………」
逃げ出さない。
「さっさと行けって。何してんだ」
「……えぇっと……」
……ひょっとして、こいつ自分の帰る先がわからねぇとでも言うんじゃねぇだろうな……。
猛烈に嫌な予感がして口を開く。
「お前……まさか……自分がどこから来たのか……」
「わかりません……」
「………………………………………………、家は」
「………………」
目の前の女は困ったように微笑むだけ。
「お前…………ッ‼」
駄目だ、頭が痛くなってきた。
「お前……ッ‼ 自分ん家すらわからねぇのかよ……ッ‼」
思わず頭を抱えて叫んでいた。
第二章 自由のその先 完




