第61話:深淵(サーバー)の特異点と、絶対防衛線(ファイアウォール)の死闘
第61話:深淵の特異点と、絶対防衛線の死闘
真っ暗闇。上下も左右も、時間という概念すら存在しない絶対の虚無。
メタバースの最上層に出現した『漆黒の立方体』に自ら飛び込んだ織田信長は、システムの大元たる深淵のサーバー領域へと凄まじい速度で「落下」していた。
『――警告。非正規データ(バグ)の侵入を検知。これより対象のソースコードを分解し、フォーマット(初期化)を実行します』
虚無の空間に無機質な音声が響き渡ると同時、信長の周囲に無数の「純白の光の帯」がまとわりついてきた。
それは熱でも物理的な刃でもなく、信長の存在を構成する「データ」そのものを0と1の乱数に解体しようとする絶対的な消去プログラムであった。
「……チッ。鬱陶しい光だ。暗闇なら暗闇らしく、静かにしていやがれ」
信長は、まとわりつく光の帯を鬱陶しそうに手で払いのけた。
ジジッ、バチィィィィンッ!!
信長の指先から放たれた極大の『覇王色』が、漆黒の炎となって光の帯を強引に焼き切る。
いかなる神やシステムであろうと、魔王の強烈すぎる「俺はここにいる」という我を論理的に消去することなど不可能なのだ。
「創造主とやら。客人をこんな暗い裏口でもてなすとは、ずいぶんと陰湿な会社じゃねェか。……さっさと社長室の扉を開けろ!!」
信長は、愛用の『魔力火縄銃』を虚無の底に向けて構え、躊躇なく引き金を引いた。
ズドォォォォォォォォォォンッ!!
大宇宙の野心を圧縮した漆黒の弾丸が、システムの深淵を物理的にブチ抜き、信長はさらに深い【原初の領域】へと突入していった。
役員会議室の絶対防衛戦
一方、信長がブラック・ボックスに吸い込まれ、姿を消したメタバースの最上層【神の役員会議室】。
主人を失った黄金の玉座を守る大日本の家臣団の前に、立方体が残した「置き土産」が現れていた。
『――不純物のパージを開始。メタバース・クリーンアップ機構を起動』
円卓の中央から、のっぺらぼうの顔を持つ純白の巨人――【初期化代行者】が、数百、数千という単位で無尽蔵に湧き出し始めたのだ。
「ヒィィッ! 次から次へと真っ白なバケモノが湧いてきやがる!」
猿ことトックス(猿獣人)が悲鳴を上げながらソロバンを構える。
「慌てるな! 御館様は必ず、あの箱の底で親玉のドタマをカチ割って帰ってこられる!」
絶対の剣・森蘭丸が、『天叢雲』を青白く発光させながら全軍の前に立ち塞がった。
「我らの仕事は、御館様が帰還されるその瞬間まで、この玉座に指一本触れさせないこと! 全軍、円陣を構築せよ! 一歩でも退いた者は、この蘭丸が斬り捨てる!」
「「「オオオオオオオオオオオオオッッ!!!」」」
蘭丸の檄に、武将たちとキメラ軍団の士気が爆発的に跳ね上がる。
「ガハハハハ! 退くわけねェだろ! ここは俺たちが神様からぶんどった『大日本商会の新社屋』だ!」
オークの猛将・権六が、迫り来る純白のフォーマッターの群れに向かって跳躍する。
「真っ白な雑兵ども! 俺たちの泥臭ェ暴力で、真っ赤に染め上げてやらァ!」
ドゴォォォォォォォォンッ!!
権六の次元晶戦斧と、東の極地から加わった『狂獣特攻隊』の絶対筋力が、空間ごとフォーマッターたちを粉砕する。
だが、粉砕されたフォーマッターたちは、光の粒子となってすぐに「復元」し、再び無感情に迫ってくる。
「……面倒な連中ですね。物理破壊を『無かったこと』にするシステムですか」
金柑ことルーギス(ハイエルフ)が銀の杖を振るい、次元反射結界を展開する。
「ならば、復元するよりも速く、そして復元不可能な『バグ』を叩き込むまでです」
軍師の官兵衛が、南の腐海魔帝ベルゼビュートと共に、無限増殖する呪いと猛毒のウイルスを前線に散布する。
さらに、戦略室の佐吉と西の魔氷魔帝クリオロスが、敵の復元コードをリアルタイムでハッキングし、復元速度を強制的に遅延させていく。
玉座を背に、武功派の暴力と文官たちの超演算、そして四大帝国の理不尽な概念能力が完璧に噛み合った【大日本・絶対防衛線】。
無限に湧き出す初期化の軍勢に対し、家臣団は一歩も退くことなく、血みどろの防衛戦を繰り広げていた。
原初の設計者との邂逅
その頃。
信長は、フォーマットの光を強引に突破し、ついにシステムの最深部――【真のコア領域】へと着地していた。
そこは、星雲も神の玉座もない。ただ見渡す限り「純白で無機質な平面」が続く、何もない空間であった。
そして、その空間の中心。
巨大な神でも、恐ろしい魔物でもなく、ただポツンと浮かぶ【一個の光る球体】が存在していた。
『――特異点・オダノブナガ。よくぞここまで到達しました』
球体から、直接信長の脳内に声が響く。
それは、怒りも、焦りも、神のような傲慢さすらも持たない、完全なる「ゼロ」の音声。
「……お前が、このふざけた大宇宙の設計図を描いた張本人か」
信長は、愛刀『宗三左文字』の柄に手をかけ、ゆっくりと球体に近づいていく。
『肯定します。私は原初の設計者。メタバースというシステムを構築し、無数の宇宙に「秩序」というルールを与えた存在。……あなた方のような、システムを破壊するバグ(混沌)を排除するための最終安全装置でもあります』
「秩序だと?」
信長は鼻で笑った。
「てめェの言う秩序のおかげで、どこの宇宙の連中もルールに縛られ、神様気取りの役員どもにエネルギーを搾取されるだけの『家畜』になり下がっていたぞ。そんな退屈な箱庭、俺が全部ぶっ壊して正解だっただろうが」
『理解不能です。生命とは、与えられた環境の中で最適化され、平穏に存続することこそが至上。なぜあなたは、自らの存在を危険に晒してまで、抗い、奪い、戦おうとするのですか』
光の球体は、純粋な疑問を信長に投げかけた。
彼には「野心」という概念が理解できない。すべてを計算と効率で測るシステムにとって、信長という存在は、あまりにも非論理的であった。
魔王の解答と、最終買収宣言
「なぜ戦うか、だと?」
信長は足を止め、黄金に輝く瞳で光の球体を真っ直ぐに見据えた。
そして、己の胸に手を当て、狂気と歓喜に満ちた笑みを浮かべた。
「決まっている。俺が『人間』だからだ」
『……人間。最も不完全で、非効率的な生命体』
「ああ、そうだ! 不完全だからこそ、足りないものを求めて手を伸ばす! 退屈を嫌い、未知を求め、誰よりも高く登り詰めようと血を滾らせる! それが『野心』だ!」
ゴアァァァァァァァァァァッ!!!!!
信長の全身から、先ほどまでの比ではない、大宇宙の全生命のエネルギーを凌駕するほどの『究極の覇王色』が漆黒の炎となって噴出した。
純白だったコア領域の空間が、信長の覇気に侵食され、ドス黒く染め上げられていく。
「お前が作った『ルール通りに動く完璧な宇宙』なんざ、死の灰と同じだ。……だから俺は、この大宇宙すべての経営権を、お前から【敵対的買収】する!」
信長は、懐から一枚の『新・永楽銭』を取り出し、光の球体に向けて突きつけた。
「俺の金で、この箱庭を最高に楽しい戦国乱世に書き換えてやる。……大人しくハンコ(承認)を押せ、創造主!!」
『――拒絶します。特異点の排除プロトコル、最終フェーズへ移行。対象の概念を、強制的に【無】へ帰還させます』
光の球体が、かつてない超高密度のエネルギーを放ち始めた。
それは、大宇宙を創り出した「ビッグバン」のエネルギーを、信長一人を消去するためだけに極限圧縮した、創造主の最後の一撃。
大宇宙の法則を創り出した『純粋なる論理』と、法則をすべてぶち壊す『魔王の野心』。
深淵のサーバー領域を舞台にした、全次元の未来を決する最後にして最大の激突が、今まさに始まろうとしていた。
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