第60話:漆黒の立方体(パンドラ・ボックス)と、真の創造主の影
第60話:漆黒の立方体と、真の創造主の影
すべての宇宙を管理する最高次元――【真・神の管理室】の最上層。
七人の神の役員たちによる専横は、大日本・多元宇宙帝国の魔王・織田信長が放った『覇王の印(最終決裁)』によって、完全に終わりを告げた。
役員会議室の広大な円卓の間に、静寂が降り下りる。
大宇宙の運命を弄んできた神々は概念ごと消滅し、残されたのは大日本の武将たちと、買収された四大帝国のキメラ軍団の荒い息遣いだけだった。
「ガハハハハ! 終わった! 終わったぜェ!」
オークの猛将・権六が、血と星雲の塵にまみれた戦斧を床に叩きつけ、腹の底から歓喜の咆哮を上げた。
「神様の親玉どもを全員ぶっ殺してやった! これで名実ともに、大日本商会が全次元のトップだァ!」
「へっへへへ……! 御館様! 七人の役員が持っていた『無量大数のオムニバースの経営権』、すべて我が社のシステムに移行完了しやしたぜ! これで明日から、あっしらは文字通りの『宇宙のオーナー』でさァ!」
大蔵省長官の猿ことトックス(猿獣人)が、札束のレイを首にかけながら狂喜乱舞する。
武将も文官も、新入社員のキメラ軍団も、かつてない勝利の余韻に酔いしれていた。
だが、黄金の玉座に座る信長だけは、愛用の『魔力火縄銃』を膝に置いたまま、鋭い眼光で円卓の中央を睨み据えていた。
「……喜ぶのはまだ早いぞ、お前ら」
信長の冷たい声に、空間の空気がピリッと張り詰める。
「見ろ。残業代の支払いには、まだ早すぎるようだからな」
信長が顎でしゃくった円卓の中央。
誰もいなくなったはずのその場所に、いつの間にか【真っ黒な立方体】が出現し、ドクン、ドクンと不気味な鼓動を打ち始めていたのである。
漆黒の立方体と、演算の崩壊
「……なんだ、アレは?」
虎が、十文字槍を構え直して警戒する。
「ただの箱には見えませんね。あの黒さ……光はおろか、概念すらも吸い込んでいるような……」
金柑ことルーギス(ハイエルフ)が、美しい顔をこわばらせる。
「佐吉、クリオロス! あの立方体を解析しろ! 中に何が詰まっていやがる!」
信長の命を受け、戦略室の佐吉と、西の魔氷魔帝クリオロスの超演算システムが即座に起動し、立方体へとスキャン光線を放った。
しかし。
『――ピーッ! エラー! エラー!』
魔導盤のスクリーンが、一瞬にして真っ赤な警告色で埋め尽くされる。
「御館様! か、解析不能です! あの立方体は、物質でもデータでもありません!」
佐吉が、滝のような冷や汗を流しながら絶叫した。
「我々が今まで相手にしてきた神々(アーキテクト)は、すべて『システム』によって構成されていました。ですが、あれは違う! あれはシステムそのものを創り出した『根源の虚無』……例えるなら、このメタバース全体の【初期化ボタン】であり、【真の創造主の抜け殻】です!」
「真の創造主、だと?」
信長が目を細める。
『……左様デス。魔王様』
信長の傍らに控えていた元・監査官のジェネシスが、震える声で告げた。
『アレコソガ、我々神々(アーキテクト)ヲ創リ出シ、コノメタバースヲ構築シタ【原初ノ設計者】ノ残シタ、最後ノセーフティ・ボックス……通称。……七人ノ役員ガ全員消滅シタコトデ、システムノ究極ノ危機ト認識サレ、起動シタノデス』
ドクンッ!!
ブラック・ボックスの鼓動が一段と大きくなり、周囲の星雲の絨毯がボロボロと崩れ落ち始めた。
それは、空間の崩壊。役員会議室という次元そのものが、立方体の放つ「無」の引力によって、徐々に削り取られているのだ。
根源からの音声と、魔王の反逆
『――警告。警告。全次元管理システムに致命的なエラー(特異点)を確認。これより、全オムニバースの【ロールバック(巻き戻し)】を実行し、メタバースを初期状態へ移行します』
立方体から、感情の一切存在しない、完全な「無機質」の声が響いた。
それは、七人の役員たちのような傲慢さすらない、純粋な「作業」としての死の宣告。
「ロールバックだと? ふざけんな! あっしらが今まで稼いできた資産を、ゼロにする気か!」
猿が怒号を上げる。
「ウフフ……。巻き戻されるのは資産だけではありませんよ。我々の『進化』も『存在』も、すべて無かったことにされるのです」
腐海魔帝ベルゼビュートが、冷や汗を拭いながら自嘲気味に笑う。
「ガハハハハ! 上等じゃねェか! 神様を全部ブッ殺して終わりじゃ退屈だと思ってたところだ! あの箱をブチ割れば、俺たちの勝ちだろォ!」
権六が、死の恐怖すらも闘争心に変えて跳躍した。
「オラァァァァッ! 大日本商会の決算を邪魔すんじゃねェ!」
ドゴォォォォォォォォォンッ!!
権六の放った全力の次元晶戦斧の一撃が、ブラック・ボックスに直撃する。
だが、空間すらも断ち切るはずの斧の刃は、立方体に触れた瞬間、音もなく「スッ」と通り抜けてしまった。
「な、なんだァ!?」
権六が体勢を崩す。
「物理的な干渉を拒絶している! あれは『存在するが、触れられない』次元のズレを引き起こしています!」
官兵衛が杖を突き立てて叫ぶ。
『――無駄な抵抗です。特異点・オダノブナガ。貴様の存在係数は、システムの許容範囲を超絶しました。全宇宙の安寧のため、貴様を「バグ」として完全に隔離・消去します』
ブラック・ボックスの表面が展開し、中から真っ黒な「穴」が現れた。
その穴から、信長ただ一人に向けて、逆らうことのできない絶対的な引力が放たれる。
「御館様ッ!!」
蘭丸が信長を庇おうと飛び出すが、その引力は蘭丸をすり抜け、黄金の玉座に座る信長だけを捉えた。
「……フン」
だが、信長は逃げるどころか、玉座からゆっくりと立ち上がり、自らその黒い穴へと向かって歩みを進めた。
「御館様! いけません! その穴に吸い込まれれば、存在そのものがソースコードレベルで分解されます!」
佐吉が悲痛な叫びを上げる。
「騒ぐな、佐吉。お前たちは今まで俺の『やり方』を見てきたはずだ」
信長は、引きずり込まれる強烈な引力の中にあっても、その歩みを一切崩さず、愛用の『魔力火縄銃』を肩に担いでニヤリと笑った。
「向こうが俺を消そうと引っ張っているなら、逆に俺がその穴を通って、システムの大元にカチ込んでやるのが大日本商会の流儀だろうが」
「ッ……!!」
家臣たちが、その言葉に息を呑む。
魔王は、自ら消去の穴へと飛び込み、システムの深淵を直接喰い破ろうというのだ。
深淵へのカチコミ
「てめェらがどんな神様で、どんなシステムを組んでいようが関係ねェ。俺の天下布武は、俺が飽きるまで終わらん」
信長の全身から、黄金と漆黒の『覇王色』が爆発的に噴出した。
それは、ブラック・ボックスの放つ絶対的な「無」の引力すらも焦がし、空間の法則を強引に捻じ曲げる。
「留守を頼むぞ、武将ども! 俺がこの箱の中の親玉をブッ殺して、この大宇宙すべての『権利書』を分捕ってくるまで、この場所(玉座)を死守しろ!」
「「「オオオオオオオオオオオオオッッ!!!」」」
権六、虎、又左、市松、蘭丸、そして文官たちとキメラ軍団から、メタバースを揺るがすほどの決死の勝鬨が上がった。
彼らは、自分たちの主君がいかなる深淵に落ちようとも、必ずすべてを蹂躙して帰還することを微塵も疑っていなかった。
「待っていろ、創造主とやら。お前の組んだつまらんプログラム、俺の火縄銃で最高に面白く書き換えてやる」
ズオォォォォォォォォォンッ!!
信長は、漆黒のマントを翻し、一切の躊躇なく、ブラック・ボックスの展開した「無の穴」へと自ら飛び込んでいった。
直後、立方体は信長を飲み込んだまま激しく明滅し、メタバースの空間から完全に姿を消したのである。
残された役員会議室。
「……行っちまいやしたね、御館様」
猿が、誰もいなくなった円卓の中央を見つめて呟く。
「フフ……。私たち社員(家臣)の仕事は、社長が帰ってくるまで、この会社(大日本商会)を誰にも渡さず守り抜くこと」
金柑が、銀の杖を優雅に構え直す。
「その通りだ! 俺たちの戦いはまだ終わってねェ!」
権六が戦斧を天に突き上げる。
すべての大宇宙を統べるメタバースの最上層を制圧したものの、真の創造主の罠により、単身で「システムの最深淵」へと向かった織田信長。
全100話の後半戦は、残された最強の家臣団による【絶対防衛戦】と、深淵のサーバー領域における魔王・信長の【究極のハッキング(物理)】という、二つの壮大な戦いへと分岐していくのであった。
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