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異世界・天下布武 〜魔族を従えた織田信長は、今度こそ本能寺を回避する〜  作者: 盆ちゃん


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第6話:北の狂信と、美しき金柑(エルフ)の憂鬱

これまでの設定とプロットを引き継ぎ、物語の大きな転換点となる第6話を執筆いたしました。

今回は、ついに信長最大の敵対勢力である「ルミナ神聖帝国」が動き出します。そして、かつて信長を討った男・明智光秀の魂(資質)を継ぐ美しきハイエルフの軍師、「十兵衛ルーギス」の登場と、信長が過去のトラウマに真っ向から立ち向かう決意を固める熱い展開を、詳細な描写と大ボリュームでお届けします。

# 第6話:北の狂信と、美しき金柑エルフの憂鬱

 サカイウスの無血開城から数週間後。

 大陸の北部を広大に支配する最大国家『ルミナ神聖帝国』の帝都は、かつてないほどの激しい怒りと混乱に包まれていた。

 神の奇跡としての「魔法」を独占し、人間至上主義を掲げるこの国にとって、魔族や亜人を平然と使役し、神聖な魔法を「ただの技術(筒)」に貶めた辺境の小僧・織田信長の存在は、まさに唾棄すべき異端であった。

 それに加え、帝国の巨大な胃袋と国庫を支えていた南の経済都市サカイウスが、実質的に信長の支配下に落ちたのだ。帝都への物資の流入は激減し、貴族たちの食卓から贅沢品が消え始めていた。

「許し難き暴挙! 神への冒涜である!」

 大聖堂の奥深く、ステンドグラスから差し込む光の下で、豪奢な法衣に身を包んだ枢機卿にして帝国軍最高司令官のヴァンガードが、大理石の床に杖を叩きつけた。

「名もなき辺境の小僧が、魔族の豚どもをそそのかして我が帝国の経済を脅かすなど……! 今こそ『聖戦』の時である! 我が帝国が誇る五万の『白銀聖騎士団』を以て、尾張と名乗るあの汚らわしき地を浄化せよ!」

「おおおッ! 神の裁きを!」

「異端者に死を! 亜人どもはすべて奴隷に落として火あぶりにせよ!」

 軍議の間に集まった丸々と太った貴族や将軍たちが、狂信的な歓声を上げる。

 だが、その熱狂の渦の中で、ただ一人だけ、氷のように冷ややかな、そして深い絶望を湛えた瞳で彼らを見つめる者がいた。

 帝国のエリート軍師、ルーギス。

 神から愛された証とされる、透き通るような白い肌と尖った耳を持つ『ハイエルフ』の青年である。金糸のように美しく細い髪を、一糸の乱れもなくきっちりと後ろで結い上げている。

 完璧主義で知られる彼は、その類まれなる知性と魔法の才で若くして軍師の地位に就いたが、今の彼の胃の腑は、ストレスで焼け焦げそうだった。

(……愚鈍な。五万の軍勢を動かす兵站へいたんをどうするつもりだ。サカイウスからの補給線が絶たれている今、大軍を動かせば途中で飢えるのは火を見るより明らか。それに、尾張の新兵器『魔力火縄銃』の威力は、従来の魔法障壁を貫通するという報告が上がっているというのに)

 ルーギスは、きつく唇を噛み締め、意を決して一歩前へ出た。

「お待ちください、ヴァンガード枢機卿猊下」

 鈴を転がすような、しかし凛とした声が軍議の間に響く。

「なんだ、ルーギス。神聖なる軍議に水を差す気か?」

「恐れながら申し上げます。現在、サカイウスの経済網は敵の掌握下にあります。力任せの正面突破は危険です。まずは少数の隠密部隊で敵の新兵器の構造を奪取し、同時に東の獣人連邦カイザーと同盟を結んで、尾張を挟撃する戦略をとるべきかと存じます。兵の無駄な犠牲を避けるためにも――」

「黙れ、臆病者のエルフ風情がッ!!」

 ヴァンガード枢機卿の怒号が、ルーギスの理路整然とした進言を掻き消した。

「神の加護を受けた白銀聖騎士団が、魔法も使えぬ農民兵や汚らわしい獣の群れに後れを取るというのか! 貴様のその小賢しい計算は、神への信仰心が足りぬ証拠! ……よいか、最前線の盾には、我が軍で飼っている亜人の奴隷どもを歩兵として並べろ。奴らの死体で敵の筒の弾を使い切らせ、その後に聖騎士の突撃で蹂躙するのだ!」

「なっ……! 味方の、それも無力な者たちを肉の盾にするなど……ッ! それではことわりが崩れます! 我らが守るべき帝国の誇りは……!」

「ええい、下がれルーギス! 貴様には遊撃隊を一つ預ける。本隊の後ろで、震えながら神の奇跡を見ているがいい!」

 冷笑する貴族たち。ルーギスはギリッと拳を握りしめ、深く頭を下げて軍議の間を後にした。

 大聖堂の冷たい回廊を歩きながら、ルーギスは美しい金髪を乱暴に掻き毟った。

(なぜだ……。なぜこの国の上層部は、あそこまで無能で腐敗しているのだ。私の理想とする、秩序と理に満ちた完璧な世界は、こんな狂信者の集まりの中には無いというのか……!)

 ルーギスの胸の内で、帝国への決定的な絶望が、どす黒く渦を巻き始めていた。

     * * *

 一方、その頃。

 尾張城の軍議の間では、信長が円卓の上に広げられた巨大な大陸地図を、爛々とした目で見下ろしていた。

「――サカイウスに潜入している八咫烏やたがらすからの急報です」

 部屋の影から、森蘭丸が音もなく姿を現し、信長に羊皮紙を差し出した。

「ルミナ神聖帝国が『聖戦』を布告。白銀聖騎士団を含む五万の軍勢が、我が尾張に向けて進軍を開始したとのこと」

「五万でさぁ!? ひぃっ……!」

 兵站担当のトックスが素頓狂な声を上げて尻餅をつく。

「落ち着け、猿殿。数が多いほど、兵站の維持は困難になる」

 文官トップの佐吉イシオンが、冷静に算盤(マティアスから借りたもの)を弾きながら言った。「すでに我が方はサカイウスの市場を操作し、帝国向けの小麦の価格を三倍に吊り上げています。彼らの食糧は、持って半月。それ以上は内部から餓死者がでます」

「ははっ、さすがは冷血の佐吉だぜ。なら、俺たち武功派が前線で半月持ち堪えりゃあ、勝手に干からびるって算段だな!」

 狼獣人の又左マティアスが牙を剥き出して笑い、オークの権六ゴルグも巨大な戦斧を床に打ち付けて気炎を上げる。

「御館様! 俺と又左の遊撃隊で、思い上がった聖騎士どもの鼻っ柱をへし折ってやりましょう!」

 家臣たちが頼もしく戦略を練り上げる中、信長はただ一人、地図上に配置された『敵の陣形』を示す駒の並びから、目を離せずにいた。

「……待て」

 信長の声に、軍議の間が水を打ったように静まり返る。

「佐吉、蘭丸。この帝国の陣形……先鋒から本隊まではただの馬鹿の突撃陣形だ。だが、この『右翼の遊撃隊』の配置は何だ?」

 信長が指差した一点。そこだけが、異質だった。

「ああ、それですか」

 蘭丸が資料に目を落とす。

「帝国軍の遊撃隊五千。指揮を執っているのは、ルーギスというハイエルフの軍師です。本隊とは別行動をとり、常に我が方の魔力火縄銃の『射程外』の稜線に沿って進軍ルートを設定しています。さらに、補給線が絶たれることを想定し、現地での魔獣狩りと水質浄化魔法による『自給自足の兵站』を独自に構築しているようで……」

「…………」

 信長の目の色が変わった。

 地図上のその遊撃隊の動きは、あまりにも美しく、理路整然としており、そして『神経質』なまでの完璧さを誇っていた。少しの隙も、無駄な動きもない。

(……間違いない。この息が詰まるほどの緻密さ。味方の無能すら計算に入れて動く、この泥臭くも完璧な布陣)

 信長の脳裏に、かつて自身に仕え、そして自身を業火で焼き殺した男――明智十兵衛光秀の姿がフラッシュバックした。

 理不尽を憎み、秩序を愛し、常に胃を痛めるような生真面目さで戦を設計していた、あの薄毛の男。

「……フ。フハハハハハハハハ!!!」

 突如、信長が腹を抱えて狂ったように笑い出したため、家臣たちはギョッとして顔を見合わせた。

「お、御館様? いかがなされましたか……?」

 恐る恐る尋ねる猿に対し、信長は笑い涙を拭いながら、地図上の『ルーギスの部隊』の駒を指でピンッと弾いた。

「蘭丸。そのハイエルフの軍師……頭に髪は生えているか?」

「は、はい? 八咫烏の報告によれば、金糸のように美しい髪をきっちりと結い上げているそうですが……」

「金色の髪か。よかろう、今日からそいつのあだ名は『金柑キンカン』だ!」

「……はぁ、金柑」

 相変わらずのネーミングセンスに家臣たちが首を傾げる中、信長はニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。

「よく聞け、お前たち。この戦、ただ帝国軍を粉砕するだけでは終わらせん」

 信長は円卓に両手をつき、家臣たちを見回した。

「俺は、この遊撃隊の指揮官『金柑』の頭脳がどうしても欲しい。奴は、腐敗した帝国の中で、自身の完璧すぎる理想と現実のギャップに必ず苦しんでいるはずだ。……かつての、俺が使い潰してしまった『あの男』のようにな」

 最後の言葉は誰にも聞こえないほどの小声だったが、蘭丸だけは、信長の言葉の真意に気づき、ハッと息を呑んだ。

(まさか、御館様……あのエルフの軍師に、日向守(明智光秀)の才を見出されたというのか……!)

 本能寺の悪夢。裏切りのトラウマ。普通であれば、似た才覚を持つ者など遠ざけるか、殺すだろう。しかし、異世界でやり直す機会を得た第六天魔王の思考は、常人の遥か斜め上をいっていた。

「逃げんぞ。俺はもう、己の器量のなさを他人の裏切りのせいにはせん」

 信長の瞳には、燃え盛る業火をねじ伏せるような、強烈な野心と覚悟が宿っていた。

「最高の環境、最高のことわり、そして決して裏切らせない完璧な統治ホワイトマネジメント。それらすべてを用意して、俺はあいつを完膚なきまでに手懐けてみせる」

 信長はマントを翻し、全軍に号令を下した。

「猿! 佐吉! サカイウスの経済網をフル稼働させ、帝国の兵站を完全に干上がらせろ! 又左、権六! 五郎左の新型火縄銃を全軍に配備しろ。貴様らには、帝国の本隊を蹂躙してもらう!」

「「「ははッ!!」」」

「そして蘭丸。お前は八咫烏を使い、帝国内部の連絡網を遮断しろ。金柑の部隊だけを意図的に本隊から孤立させるのだ」

「御意。……必ずや、御館様の盤面の通りに」

 ただ敵を殺すのではない。敵の最高の頭脳を、その心を根底から屈服させ、自身の強固な国造りの一部とするための『高度な心理戦』。

 ルミナ神聖帝国五万。対する尾張・織田混成軍五千。

 数では圧倒的不利。しかし、圧倒的な技術力、経済力、そして情報力を手にした信長の『新・天下布武』の刃は、すでに帝国の喉元深くへと突き立てられようとしていた。


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