第52話:魔氷帝国コキュトスと、超演算を狂わせる「魔王のバグ」
第52話:魔氷帝国コキュトスと、超演算を狂わせる「魔王のバグ」新世界【ネオ・センゴク】の南の極地を支配していた『腐海帝国ネクロ・ゾア』。
死と猛毒を操る腐海魔帝ベルゼビュートは、第六天魔王・織田信長の圧倒的な恐怖の前に屈服し、大日本・多元宇宙商会の「環境浄化・医療部門」の責任者として完全買収された。
「クスクス……。まさか、死を司るこの私が、魔王様の軍勢の『回復役』として働くことになるとは……。ですが、魔王様の仰る通り、死なせずに極限まで痛めつける方が、よっぽど酷薄で素敵ですね」
美しい上半身と機械化された蟲の義足を与えられたベルゼビュートは、天魔艦隊の医療ブロックで、負傷した狂獣特攻隊の傷を『反転させた毒(超活性化細胞)』で荒療治しながら、妖艶に笑っていた。
「ガハハハハ! 治りが早ェのはいいが、激痛が走るぜェ! だがそれが気合になる!」
権六が包帯を食いちぎりながら豪快に笑う。
東の狂獣、南の腐海。これら二つの巨大帝国を自らの手駒として取り込んだ大日本・多元宇宙帝国の戦力と継戦能力は、もはやオムニバースの歴史上いかなる神々も到達し得ない、狂気の次元へと膨れ上がっていた。
「さて、残るは西と北だ」
信長は、黄金の天主で魔力火縄銃の手入れをしながら、紫煙を細く吐き出した。
「佐吉、次はどっちだ?」
「ハッ。西の『魔氷帝国コキュトス』への進軍ルートをすでに計算・設定済みです。……しかし御館様、西の帝国は、これまでの獣や蟲の寄せ集めとは少々毛色が異なります」
文官トップの佐吉ことイシオン(ハーフエルフ)が、魔導盤から青白いホログラムを投影した。
「西の極地は、原子の動きすら停止するマイナス二七三度の絶対零度。そして何より、彼らを統べる魔帝は『極限の知性』と『超演算能力』を獲得しています。我々の戦力、進軍速度、さらには使用する戦術まで、すべて向こうの計算に組み込まれていると考えるべきでしょう」
「計算、ねェ……」
信長は、面白そうに口角を吊り上げた。
「大宇宙の社長も、計算と数字で俺の価値をゼロにしようとしたが、最後は俺の火縄銃でドタマを吹き飛ばされた。知恵の回る奴ほど、盤面がひっくり返った時の絶望顔が極上だ。行くぞ!」
「「「オオオオオオオオオオオオッッ!!!」」」
魔王の号令と共に、大日本の全軍は絶対零度が支配する西の極地へと、猛吹雪を切り裂いて雪崩れ込んだ。
魔氷魔帝クリオロスの「絶対予測」
西の極地、【魔氷帝国コキュトス】の帝都。
そこは、純度百パーセントの氷晶で作られた、美しくも無機質な幾何学模様の巨大魔導要塞であった。
帝都の中枢、氷の玉座に座すのは、全身を透き通るようなクリスタル装甲で覆われ、脳髄にあたる部分が青白く発光している異形の魔帝――【魔氷魔帝クリオロス】。
『――予測演算、完了。魔王軍ノ到着マデ、残リ三一二秒』
クリオロスの周囲には、数千万の氷晶兵器たちが、一糸乱れぬ完璧な陣形を組んで待機している。
『東ノ狂獣ハ力ニ溺レ、南ノ腐海ハ毒ニ慢心シタ。故ニ魔王ニ敗北シタノダ。ダガ、我ガ帝国ハ「理」ヲ以テ魔王ヲ封殺スル』
クリオロスの青白い瞳が、虚空に浮かぶ無数の数式と戦術データを高速で処理していく。
『魔王ノ主戦力ハ、狂獣軍団ニヨル物理突撃ト、天魔艦隊ノ火砲。コレニ対シ、我ガ帝国ハ絶対零度ノ「熱力学第二法則」ヲ強制適応サセ、全テノ運動エネルギーヲ減衰ニスル。……魔王ヨ、貴様ノ野心モ、コノ凍土デハ永遠ニ凍結スルノダ』
演算を狂わせる「理不尽」
「ヒィィィッ! 寒ィィィッ!! 尻尾が折れそうになりまさァ!」
西の極地へ足を踏み入れた瞬間、戦略室の猿がガタガタと震え上がった。
天魔艦隊の超光速エンジンですら、大気中に充満する『概念凍結』のオーラによって出力が徐々に低下し始めている。
「御館様! 敵の要塞から、広範囲の『エネルギー減衰フィールド』が展開されています! このままでは、我々の物理攻撃も砲撃も、敵に届く前に凍りついて無効化されます!」
佐吉の魔導盤に、次々とエラーコードが表示される。
「フン。ならば、凍る前に溶かすまでだ」
信長がバルコニーから視線を送ると、新入社員であるベルゼビュートが進み出た。
「魔王様の御心のままに。……ウフフ、氷を溶かすには熱が必要だなんて、誰が決めたのかしら?」
ベルゼビュートが、サイボーグ化された義足から、特殊な『超腐食性・化学毒』を散布した。
その毒は熱を持たないが、氷の分子構造そのものを「腐らせて崩壊させる」という反則的な化学反応を引き起こした。
シュウウウウウウッ!!
絶対零度の氷原が、猛毒の化学反応によってドロドロの紫色の泥へと溶け出していく。
『――エラー。未知ノ化学反応ヲ検知。絶対零度フィールドノ崩壊率、三〇%ヲ突破』
魔氷魔帝クリオロスが、初めて計算外の事態にわずかなノイズを走らせた。
『バカナ。腐海ノ魔帝ガ、何故魔王ノ手先トナッテイル……!?』
「ガハハハハ! 道が溶けたぜェ! 行くぞ新入り(狂獣)ども! 俺たち大日本の熱気で、残りの氷も全部カチ割ってやるァ!」
権六が、超絶・次元晶戦斧を振りかざして突撃を開始する。
その後ろから、永楽銭を埋め込まれ、限界突破の熱量を放つ数千万の狂獣特攻隊が、凄まじい地鳴りと共に殺到した。
氷のゴーレムたちが防衛線を構築するが、物理法則を無視した狂獣の『絶対筋力』と、権六や虎たちの『概念破壊』の前に、精緻な氷の陣形は一瞬にして粉微塵に粉砕されていく。
佐吉のハッキングと、超絶金融緩和
『――予測不能! 予測不能! 敵ノ運動エネルギーガ、演算限界ヲ突破シテイマス!』
クリオロスのクリスタルの脳髄が、危険信号の赤色に点滅する。
『ダガ、マダダ! 我ガ要塞ノメインフレームニハ、オムニバースノ全情報ヲ遮断スル「絶対防壁」ガアル!』
「そのファイアウォール、すでに大日本商会の『子会社』の特権で、裏口から開けさせてもらいましたよ」
通信回線を通じて、冷徹な佐吉の声がクリオロスの脳内に直接響いた。
『ナ、何ィ!? 貴様、イツノ間ニ我ガシステムニ侵入ヲ……!?』
「我々は東の帝国から『無銘の進化エネルギー(コア)』を大量に回収しています。それを解析すれば、あなた方四大帝国のシステムの根幹など、丸裸も同然です」
佐吉が魔導盤のエンターキーを静かに叩く。
「五郎左殿、猿殿。メインフレームの制御を奪いました。ブチ込んでください」
「おうよォ!!」
「へっへへへ! 西の冷え切った市場(凍土)に、大日本商会から強制的な【超絶金融緩和】のプレゼントでさぁ!」
真・安土城の主砲から、破壊のビームではなく、兆、京、垓という単位の『新・永楽銭』のデータが、魔氷帝国のメインフレームへと直接流し込まれた。
絶対零度という「エネルギーの無い状態」を維持していた帝国のシステムに、大日本の無限のカオス・エネルギー(資本)が強制注入された結果、何が起きるか。
ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
魔氷要塞の内部から、天文学的なインフレ(熱暴走)が発生し、絶対零度の氷晶が数万度のプラズマへと一瞬にして相転移を引き起こしたのだ。
氷の魔帝の屈服
『ガァァァァァァァァァッ!? 計算ガ……私ノ、完璧ナ計算ガァァァッ!!』
内部からの熱暴走によって要塞が崩壊し、クリオロスは全身のクリスタル装甲にヒビを入れながら、氷の玉座から転げ落ちた。
「計算通りに動く世界など、ただの退屈な箱庭に過ぎん」
崩れ落ちる氷の瓦礫の中、漆黒のマントを翻した織田信長が、ゆっくりとクリオロスの前へと歩み寄った。
信長の背後には、圧倒的な暴力で氷の軍団を制圧した家臣団が、凶悪な笑みを浮かべて控えている。
『バ、バカナ……。全テノ事象ヲ計算シ尽クシタハズナノニ……何故、貴様ラハ私ノ予測ヲ、コウモ容易ク超エテクルノダ……ッ!』
クリオロスが、青白い脳髄から煙を上げながら呻く。
「簡単なことだ」
信長は、愛用の『宗三左文字』の切っ先を、クリオロスのクリスタルの脳髄に突きつけた。
「お前の計算には、俺の『野心』と、こいつらの『気合』という変数が組み込まれていなかっただけのこと。理屈で俺を縛ろうなど、百万年早い」
信長は、刀を納め、代わりに一枚の『新・永楽銭』を取り出して、クリオロスの額に押し当てた。
「魔氷魔帝クリオロス。お前のその『計算能力』だけは評価してやる。今日から貴様らは、大日本・多元宇宙商会の【研究開発部門】だ。俺の野心をさらに加速させるための兵器を、死ぬ気で計算・開発しろ」
『……ハッ。私ノ計算能力ハ、全テ魔王様ノ御為ニ……』
極限の知性を持っていたがゆえに、自らの計算を完全に凌駕する「信長の理不尽」を前に、クリオロスは完全に心を折られ、深い忠誠と共に額を氷の大地に擦りつけた。
「ガハハハハ! これで西も買収完了だぜェ! また優秀な(コキ使える)社員が増えたな!」
権六が、溶けかかった氷の要塞を戦斧で叩き割りながら高笑いする。
「……東の狂獣、南の腐海、そして西の魔氷。残るは、北の【機鋼帝国】のみですね」
蘭丸が、信長の傍らに跪き、静かに告げる。
「ああ。群雄割拠の宴も、いよいよ大詰めだ」
信長は、西の極地の空を見上げ、ニヤリと狂暴に笑った。
「北の鉄クズどもをスクラップにし、この無限の大陸を完全に統一する! 行くぞ、お前ら!」
「「「オオオオオオオオオオオオオッッ!!!」」」
残る四大帝国の最後の砦へ向けて、戦力と狂気を底なしに膨張させ続ける魔王軍は、最後の進軍を開始するのであった。
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