第31話:混沌の宇宙(第666実験槽)と、第六天魔王の「真の姿」
第31話:混沌の宇宙(第666実験槽)と、第六天魔王の「真の姿」
大日本・多元宇宙帝国の絶対拠点『ゼロポイント・アヅチ』。
重工業宇宙の【機械】と、野生宇宙の【生命】。二つの並行宇宙の力を完全に吸収した大日本の戦力は、もはや一つの宇宙を容易く消し飛ばせるほどの超常的な軍事力へと膨れ上がっていた。
三百万隻の『次元晶・天魔艦隊』の周囲を、星ほどの大きさを持つ宇宙亀や雷エイに跨った『大日本・多元宇宙騎馬隊』が悠然と遊弋している。
そしてその中心には、数千キロの巨体を誇る星喰らいの獣王『黒王』が、信長の黄金の天主をその巨大な頭上に頂いて鎮座していた。
「さて、残る手駒は最後の一つだ」
信長は、黒王の頭上に設えられた玉座から、次元の海に浮かぶ赤黒く濁った球体――【第666実験宇宙】を軍配で指し示した。
「佐吉。あの汚らしい水槽の中身はなんだ」
「はい、御館様」
魔導盤を操作する佐吉ことイシオン(ハーフエルフ)が、眉間にシワを寄せながら報告する。
「第666実験宇宙。そこは観測者たちが、各実験宇宙から出た『負の感情』『狂気』『エラー・コード』などの廃棄物を投棄するための、いわば【ゴミ捨て場】です。空間そのものが、精神を汚染する『カオス・エネルギー』で満ちており、そこに棲まうのは物理法則を無視した【悪魔】と呼ばれる概念生命体です」
「ゴミ捨て場、ですか。私の美学に最も反する場所ですね。入っただけで服に汚物の臭いが染み付きそうだ」
金柑ことルーギス(ハイエルフ)が、美しい顔を露骨にしかめてハンカチで鼻を押さえる。
「クックッ……ですが、ゴミも燃やせば強力な火力になります。その『カオス・エネルギー』とやらを純粋な魔力に変換できれば、アヅチ・ノヴァの主機関はもう一段階上の次元へと至れるはずです」
劇薬の軍師・官兵衛が、杖を鳴らしながら底意地の悪い笑みを浮かべた。
「ガハハ! 悪魔だか何だか知らねェが、俺たちの闘気とこのデカブツ(黒王)の牙で、端から端まで噛み砕いてやるぜ!」
猛毒の宇宙竜の首に跨った権六が、次元晶の戦斧を掲げて吠える。
「フン。ならば行くぞ。観測者どものゴミ箱の中身、俺たちが綺麗に『回収』してやろう!」
信長の号令と共に、次元穿孔砲が火を噴き、赤黒い宇宙への風穴が開かれた。
精神汚染と、狂気の合唱
突入した【第666実験宇宙】は、これまでの宇宙とは全く異質の空間であった。
星も、光も存在しない。ただ、どろどろとした赤黒い『混沌の泥』が宇宙空間を満たし、重力も時間もめちゃくちゃに歪んでいる。
『――ギィィィ……アァァァァァ……』
『――狂エ……絶望セヨ……神ニ見捨テラレタ者ドモヨ……』
突入した瞬間、大日本の全兵士の脳内に、耳を塞いでも防げない「おぞましい呪詛の合唱」が直接響き渡った。
悪魔たちによる、空間そのものを媒体とした無差別の精神攻撃である。
「う、ぐぁぁッ……!? あ、頭が割れそうだ!」
「ヒィィッ! あっしの、あっしの金が! 全部砂になっちまう幻覚がァァ!」
一般兵や、金に汚い猿が頭を抱えてのたうち回る。
空間の泥が蠢き、そこから無数の「異形」が姿を現した。
山羊の頭を持つ巨大な悪魔、美しい肉体に腐肉の翼を生やした堕天使、実体を持たない黒い怨念の霧。その数は億を下らず、宇宙を埋め尽くすほどの絶望の軍勢であった。
「チィッ……! 物理的な攻撃じゃねェ! 直接、頭の中に嫌な記憶を流し込んで来やがる!」
虎が、十文字槍を構えながらも、幻聴に顔を歪めて片膝をつく。
「……半兵衛殿、防壁を」
官兵衛が冷徹に告げる。
「ええ。『心よ、凪げ。絶対なる静寂の神風よ』」
風の軍師・半兵衛の放った特殊な風魔法が、天魔艦隊全体をドーム状に包み込み、悪魔たちの呪詛の波長を強引に相殺・遮断した。
「ハァ、ハァ……助かりやしたぜ、軍師殿。危なく発狂して、全財産を海に投げ捨てるところだった……」
猿が青ざめた顔で息をつく。
「物理防御ではなく、精神干渉の波長ですか。実に厄介で、不愉快な連中だ」
金柑が、銀の杖を構えて前方を睨みつける。
半兵衛の結界で防いではいるが、結界の外では億を超える悪魔たちが、天魔艦隊の装甲に取り付いて、ゲラゲラと笑いながら船体を酸のように溶かし始めていた。
大悪魔の降臨と、絶対的な『格』
『――クハハハハ! よくぞ来た、別の檻からの迷い人よ』
その時、混沌の泥海が真っ二つに割れ、圧倒的なまでの「負のオーラ」を纏った存在がゆっくりと浮上してきた。
漆黒の山羊の角、血のように赤い六枚の翼。その巨体は惑星すらも凌駕し、周囲に浮かぶ悪魔たちが虫ケラのように見えるほどの絶対的な存在感。
この混沌宇宙の管理者であり、観測者が生み出した最大の廃棄物――大悪魔王ルシフェリオンである。
『我は混沌の王。神に見捨てられたすべての絶望を統べる者。貴様らの心の中にある「恐怖」や「後悔」を糧として、貴様らを永遠の狂気へと堕としてやろう……!』
ルシフェリオンが指を鳴らすと、半兵衛の精神防壁がガラスのようにひび割れ、再び強烈な「絶望の波」が大日本の軍勢へと襲いかかろうとした。
――しかし。
「……くだらん」
低く、重く、そして氷のように冷酷な声が、混沌の宇宙を完全に支配した。
黒王の頭上の玉座で、織田信長は頬杖をつきながら、退屈そうに大悪魔王を見下ろしていた。
「絶望だと? 恐怖だと? 後悔だと? ……貴様、誰に向かって口を利いているか分かっているのか」
信長が立ち上がった瞬間。
彼の全身から放たれたのは、これまでの覇気をさらに超える、純度百パーセントの『第六天魔王』としての狂気と野心であった。
「俺は、本能寺の炎の中で一度死んだ男だ。裏切りも、絶望も、己の肉体が灰になる苦痛も、すべて噛み砕いて飲み込み、この宇宙まで這い上がってきた!」
信長の背後に、本能寺の紅蓮の炎、そして彼がこれまでに蹂躙してきたすべての敵の血塗られた歴史が、恐るべき【幻影】となって実体化した。
「他人が捨てたゴミ山の中で、絶望の王を気取っているだけの引きこもりが。俺の野心の深淵を覗き込めると思うなよ!!」
ゴオォォォォォォォォォォォッ!!!
信長から放たれた覇王の狂気は、ルシフェリオンの放った「絶望の波」を正面から喰い破り、逆に大悪魔王の精神のド真ん中へと直撃した。
『――な、ガァァァァァァァッ!?』
ルシフェリオンが、信じられないものを見るような目で悲鳴を上げた。
彼が見たのは、底なしの野心。神すらも殺し、すべての宇宙を支配しようとする、悪魔よりも遥かに凶悪で純粋な【人間の欲望】の塊であった。
『バ、バカナ……! 神ノ廃棄物デアル我ガ、タダノ人間ノ狂気ニ、恐怖スルダト……!?』
「悪魔が聞いて呆れるわ。俺が真の『魔王』というものを教えてやる」
信長は、愛刀『宗三左文字』を引き抜き、漆黒の魔力を刀身に纏わせた。
「蘭丸!」
「御意!!」
信長の傍らから、森蘭丸が一筋の白い閃光となって跳躍した。彼の愛刀『天叢雲』にも、信長と同じ漆黒の魔力が帯びている。
主君と影。二人の放つ圧倒的な覇気と忠誠心は、物理的法則すら歪める「概念の刃」へと昇華されていた。
「旧き悪夢よ。我が主君の光の前に、塵となって消え去れ!」
「奥義・双魔刃――『覇王絶空断』!!」
信長と蘭丸の放った二筋の漆黒の斬撃が、宇宙空間で巨大な十字架を描き、大悪魔王ルシフェリオンの六枚の翼と巨体を、空間の泥ごと完全に四等分に切り裂いた。
『ア、ァァァァァ……! 人間、ガ……我ヨリモ、深イ、闇ヲ…………!』
大悪魔王は、己よりも遥かに巨大な狂気に触れたことで自我を崩壊させ、赤黒い霧となって霧散した。
ブラック魔境と、絶対的ホワイトマネジメント
王を失い、さらに信長の圧倒的な覇気(恐怖)を植え付けられた億を超える悪魔たちは、もはや戦意を喪失し、震え上がりながら大日本軍の前に平伏した。
「ふぅ……やはり、御館様の狂気の前では、悪魔の精神攻撃など児戯に等しかったですね」
金柑が、ホッとしたように息をつく。
「ガハハハ! さすがは御館様! 悪魔どもが子犬みたいに震えてやがるぜ!」
権六が腹を抱えて大笑いする。
「佐吉、猿」
信長は刀を納め、平伏する悪魔の群れを見下ろしながら指示を出した。
「この宇宙の『カオス・エネルギー』は、悪魔どもが負の感情を変換して生み出しているのだろう?」
「はい、その通りです。彼ら自身が、ある種の魔力発電機のような存在です」と佐吉。
「よし。ならば、このゴミ箱(宇宙)を綺麗に清掃し、巨大な『大日本・カオス魔力プラント』へと改装しろ」
信長は、悪魔たちに向けて悪魔以上の笑みを浮かべた。
「おい、角の生えた連中。今日からお前らは俺の社員(奴隷)だ。毎日二十四時間、休むことなくこのプラントの歯車となって、負の感情をひたすら魔力に変換し続けろ。ノルマを達成できなかった者は、俺の火縄銃の的になると思え」
『ヒィィィィッ!?』
悪魔たちが絶望の悲鳴を上げる。
「だが」
信長は、チャリン、と『新・永楽銭』を指先で弾いた。
「ノルマを達成した者には、大日本の経済圏で自由に使える給与(永楽銭)を支給する。週休二日制、有給休暇あり、福利厚生も完備だ。真面目に働けば、神のゴミ捨て場から抜け出し、まともな生活を送らせてやる」
『……え?』
悪魔たちの目が点になった。
これまで「ただの廃棄物」として扱われ、理由もなく混沌の泥の中に閉じ込められていた彼らにとって、「労働の対価」と「明確な休日」を与えられることなど、宇宙の歴史上初めてのことであった。
「どうした? 俺のブラックな(漆黒の)軍団で、超絶ホワイトな待遇を受ける覚悟はあるか?」
『……オ、オオオオオオオッッ!! 信長様バンザーーイ!!』
悪魔たちが、涙を流しながら歓喜の声を上げ、プラント建設のために一斉に働き始めた。
究極のアメとムチ。信長の絶対的ホワイトマネジメントは、ついに悪魔の精神構造すらも完璧に調教してみせたのである。
「これで、三つの宇宙はすべて俺のモノとなったな」
信長は、三百万の艦隊、星サイズの魔獣騎馬隊、そして無限のエネルギーを生み出す悪魔のプラントを背にし、次元の海の遥か上層――観測者の存在するであろう『真の玉座』へと鋭い視線を向けた。
「準備運動は終わりだ。……水槽の外の神様ども。俺たち『ウイルス』が、今からそっちのメインサーバーを物理的に叩き割りにいってやる!」
大日本・多元宇宙帝国の総力。
そのすべてを束ねた第六天魔王の矛先は、ついにこの世界の創造主たちとの、最終・多次元大戦へと向けられたのである。
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