第30話:野生宇宙(第802実験槽)と、星喰らいの獣王
第30話:野生宇宙(第802実験槽)と、星喰らいの獣王
大日本・多元宇宙帝国の絶対拠点『ゼロポイント・アヅチ』。
隣接する【第775実験宇宙(重工業宇宙)】のシステムと全工場を完全に乗っ取ってから、わずか数週間。次元の海に浮かぶアヅチ・ノヴァの周囲には、すでに常軌を逸した光景が広がっていた。
「ガハハハハ! 見ろ御館様! 次元晶を組み込んだ新型の『天魔・改』! アグニの自動工場と第775宇宙の設備をフル稼働させて、すでに第一陣の三百万隻がロールアウトしたぜェ!」
ドワーフの鍛冶長・五郎左が、真っ黒な顔で白い歯を見せて豪快に笑う。
「へっへへ……あっしの商会が銀河中から買い叩いた資材が、秒読みで宇宙戦艦に変わっていく……! 最高に気持ちいい浪費でさぁ!」
猿ことトックス(猿獣人)も、積み上がる「新・永楽銭」の帳簿を見ながら恍惚とした表情を浮かべていた。
三百万隻の新型艦隊。それは、銀河聖教連盟が数千年かけて築き上げた戦力を、わずか数週間で遥かに凌駕する圧倒的な軍事力であった。
しかし、黄金の天主に座す第六天魔王・織田信長は、その壮観な眺めを見ても満足するどころか、さらに飢えた狼のような鋭い眼光を放っていた。
「フン。機械の数は揃った。だが、観測者の玉座を引きずり下ろすには、物理的な大筒だけでは足りん」
信長は、ホログラム・テーブルに浮かぶ次なる標的――【第802実験宇宙】の球体を軍配で指し示した。
「佐吉、金柑。この宇宙の解析データはどうなっている」
「はい。第802実験宇宙は、重工業宇宙とは対極に位置する『極大生命力テスト環境』です」
佐吉ことイシオン(ハーフエルフ)が魔導盤を弾く。
「機械や文明は存在しません。星全体が巨大なジャングル、あるいは巨大な肉塊であり、そこには『闘気』と『本能』のみで生きる超巨大な宇宙魔獣たちがひしめき合っています」
「野蛮で、臭そうで、美しさの欠片もない宇宙ですね」
金柑ことルーギス(ハイエルフ)が顔をしかめる。
「だが、最高に『美味そう』な狩り場じゃねェか!!」
バンッ!とテーブルを叩き、前衛の猛将たちが一斉に身を乗り出した。
オークの権六、狼獣人の又左、虎獣人の虎、ドワーフの市松、そして狂戦士の平八郎。
彼ら大日本の『武功派』の面々は、血に飢えた獣のように瞳をギラつかせていた。
「機械のスクラップ解体も飽きてきたところだ。生身で星ほどデカい獣をぶっ殺せるなんて、血が沸き立つぜ!」
又左が、鋭い牙を剥き出しにして笑う。
「その通りだ、武将ども」
信長は立ち上がり、マントを翻した。
「機械は俺の命に従うが、それ以上の『熱狂』を生まん。観測者の理をブチ破るには、貴様らのような理不尽な闘気が必要だ! この第802宇宙のすべての獣を屈服させ、大日本の『騎馬隊』として組み込むぞ!」
「「「オオオオオオオオオオッッ!!!」」」
武功派の咆哮が、アヅチ・ノヴァ全土を揺るがした。
生命と闘気の宇宙への突入
ズガァァァァァンッ!!
次元穿孔砲が再び次元の壁に風穴を開け、アヅチ・ノヴァと数万の精鋭艦隊が【第802実験宇宙】へと突入した。
そこは、濃密なエメラルドグリーンの星雲ガス(生命エネルギー)が立ち込める、生臭くも圧倒的な活力に満ちた空間であった。
眼下に見える惑星たちは、大気圏を突き破るほどの超巨大な「宇宙樹」の根で互いに連結され、星と星がひとつの巨大な生命体として脈動している。
『――グォォォォォォォォォォォォッ!!』
侵入者を感知した瞬間、宇宙空間のガスを揺るがすような恐ろしい咆哮が響き渡った。
星雲の奥から姿を現したのは、全長数百キロにも及ぶ、超巨大な宇宙魔獣の群れであった。
岩石とマグマで構成された宇宙亀、星の海を泳ぐ雷のヒレを持つ超巨大エイ、そして、小惑星を丸呑みするほどの顎を持つ多頭の竜。
「ヒィィッ! デカすぎんだろ! 戦艦が豆粒にしか見えねェ!」
猿が悲鳴を上げる。
「御館様! 敵の生態データ、解析不能! 奴らの細胞は我々のプラズマ砲やレーザーを『栄養』として吸収し、即座に再生する性質を持っています! 砲撃戦は不利です!」
佐吉が珍しく焦りの声を上げた。
「フハハ! 生命力の塊には、小手先の火遊びは通用せんということだ!」
信長は全く動じることなく、天主のバルコニーから眼下の武功派たちを見下ろした。
「権六! 又左! 貴様らの出番だ! 大日本の武の真髄、あのデカブツどもに叩き込んでやれ!」
「応ッ!! 待ってましたぜェ!!」
権六が、自身の身の丈の三倍はある超巨大な『次元晶・特注戦斧』を肩に担ぎ、カタパルトの最前列に立った。
「行くぞ若造ども! 一番デカい首を獲った奴が、今日の晩飯のおかずを総取りだ!」
「ヒャッハー! そいつは燃えるぜ!」
ギュォォォォォォンッ!!
背中の魔導スラスターを臨界まで吹かし、五つの影が、数百キロの宇宙魔獣たちに向けて一直線に飛び出していった。
星サイズの猛獣狩り(スペース・ハンティング)
権六が真っ直ぐに向かったのは、小惑星を丸呑みする『多頭の宇宙竜』であった。
竜の巨大な一つの首が、豆粒のような権六に向けて、すべてを溶かす猛毒の息を吐き出す。
「生温い息だァ! そんなモンで俺の闘気は消せねェ!」
権六は、オークとしての爆発的な生命力と、長年の修羅場で培った『極大の闘気』を全身から赤黒いオーラとして噴出させた。猛毒のブレスは権六の闘気の壁に触れた瞬間、蒸発して消え去る。
「オラァァァァッ!!」
権六がスラスターの推進力と自身の怪力を乗せ、次元晶の戦斧を竜の額に叩き込んだ。
ドゴォォォォォォンッ!!
次元そのものを切り裂く斧の威力と、権六の理不尽な闘気が、超再生能力を持つ竜の頭蓋骨を根本から粉砕し、脳髄ごと消滅させた。
「一匹ィ!」
「遅ェぞオヤジ! 俺はもう三匹目だ!」
別の方角では、又左が銀色の流星と化していた。
彼は狼獣人の超感覚で、雷のエイが放つ電撃の「わずかな隙間」を完全に読み切り、宇宙空間をジグザグに跳躍。次元晶を組み込んだ長槍で、エイの心臓だけを正確に、かつ神速の連撃で貫いていく。
「オラオラオラァ! タタキにしてやるぜ!」
虎と市松も、狂ったような笑い声を上げながら、宇宙亀の甲羅を物理的に叩き割り、その肉を抉り取っている。
「邪魔だァァァッ!!」
平八郎に至っては、巨大な轟槌を振り回すことで局地的な重力嵐を発生させ、魔獣たちを互いに激突させて圧殺するという、まさに狂戦士の極みとも言える蹂躙劇を展開していた。
大日本の誇る『武力』。
それは、ただの物理的破壊力ではない。「己の意思で世界をねじ伏せる」という、織田信長から与えられた絶対的な傲慢さの結晶であった。
超再生能力も、星ほどの質量も、彼らの強烈な闘気の前では単なる「的がデカいだけのサンドバッグ」に過ぎなかった。
星喰らいの獣王と、覇王の覇気
『――グルルルォォォォォォォォォォ…………ッ!!!』
その時。
空間の星雲ガスが吹き飛び、第八百二実験宇宙の中心から、先ほどの魔獣たちとは次元の違う、おぞましいまでのプレッシャーが放たれた。
「なんだァ!?」
武功派の面々が、思わず手を止めて身構える。
現れたのは、星々を繋いでいた巨大な「宇宙樹」に巻き付いていた、超規格外の竜――『星喰らいの獣王』。
その体長は数千キロに及び、その鱗の一つ一つが大陸ほどの大きさを持っている。観測者がこの宇宙に配置した、生命と暴力の「頂点」。
『チッポケナ、生命体メ……。我ガ宇宙ノ、秩序ヲ乱スナ』
獣王が口を開くと、周囲の空間からすべてのマナと光が吸い込まれ、絶対的な「破壊の光球」が形成され始めた。
それは、アヅチ・ノヴァの多重次元シールドすらも、防ぐ前に空間ごと丸呑みにするほどのブラックホールに等しいエネルギー。
「チィッ! デカすぎんだろアレは! 斧が届く前に吸い込まれちまう!」
権六が冷や汗を流す。
「……退け、武将ども」
その時、宇宙空間に響き渡ったのは、低く、しかし圧倒的な威厳に満ちた織田信長の声であった。
「御館様!?」
信長は、黄金の天主から飛び降り、背中に展開した漆黒の魔力翼で、単身、宇宙空間へと進み出た。
巨大な獣王の真っ正面。数千キロの巨竜の前に浮かぶ、チリのような一人の人間。
「兰丸、手出しは無用だ」
信長は、ついてこようとした森蘭丸を片手で制し、愛用の火縄銃すらもその場に捨てた。武器も持たず、丸腰のまま、腕を組んで獣王を睨み据える。
『――愚カナ。我ニ、降伏スルカ』
獣王の思念が、宇宙を震わせる。
「降伏? 笑わせるな」
信長は、ニヤリと凶悪に笑った。
「貴様は、観測者とやらに『このハコニワで一番強い生き物』として造られた。そうだろう? だが、所詮は与えられた檻の中でふんぞり返っているだけの、飼い慣らされた駄犬に過ぎん」
『――何ッ!?』
「野生の掟というものを教えてやる。真の強者とは、与えられたルールで生きる者ではない。自らの野心で、すべてのルールを喰い破る者のことだ!」
ゴアァァァァァァァァァッ!!!
信長の全身から、黄金色に輝く、宇宙の法則すらも歪めるほどの『極大の覇王色』が爆発的に噴出した。
それは、魔力でも闘気でもない。
本能寺の業火を乗り越え、魔法大陸を制し、星の海を飲み込み、そして神(観測者)にすら逆らう男の、絶対的な【格の違い】。
信長から放たれた覇気が、宇宙空間を伝わって獣王を包み込む。
その瞬間、星喰らいの巨竜の目に、初めて「本能的な恐怖」が宿った。
(こ、この男は……ダメだ。喰えない。この男の器は、宇宙よりも、次元よりも……デカい!)
信長は、ゆっくりと腕を振り上げ、獣王に向けて力強く言い放った。
「俺は第六天魔王・織田信長! 貴様の野生の魂が本物であるならば、旧き神の首輪を噛み千切り、俺の野心の一部となれ! 俺が貴様を、次元の果てまで連れて行ってやる!」
『…………ッ!!』
獣王が形成していた破壊の光球が、スゥッと消滅した。
そして、数千キロの巨竜は、ゆっくりと、その巨大な頭を信長の足元へと垂れた。
それは、生命の頂点が、自らよりも上位の「絶対的な主君」を認めた瞬間であった。
「ガハハハハ! よし、いい子だ。今日からお前の名は『黒王』だ」
信長は、満足げに獣王の巨大な鼻面を撫でた。
大日本・宇宙騎馬隊の誕生
獣王が服従したことで、第802実験宇宙のすべての魔獣たちは、一斉に戦意を喪失し、大日本軍の前に平伏した。
「す、すげェ……御館様、あんなバカでかい竜を、睨みつけただけで手懐けちまいやがった……!」
市松が、ぽかんと口を開けて震える。
「当然です。我が主君の前に、ひれ伏さぬ生命など存在しません」
蘭丸が、誇らしげに胸を張る。
「よし! 武将ども、好きな獣を選べ! 今日から貴様らは、機械の戦艦ではなく、この宇宙の魔獣どもを駆る『大日本・多元宇宙騎馬隊』だ!」
信長の号令に、武功派の面々は歓喜の声を上げて、次々と巨大な宇宙魔獣の背へと飛び乗っていった。
権六は猛毒のヒドラを、又左は雷のエイを、それぞれ自らの闘気で完全に調教し、新たな「愛馬」として手に入れた。
「フフ……機械の艦隊(第775宇宙)に加え、最強の生物兵器(第802宇宙)まで手に入れてしまうとは。我々大日本の戦力は、もはや一つの宇宙の枠に収まりきりませんね」
官兵衛が、笑いを堪えきれない様子で杖を突く。
「ええ。観測者たちも、そろそろ腰を抜かしている頃でしょう」
半兵衛が静かに同意する。
機械と野生。
二つの並行宇宙を完全に手中に収め、そのすべての戦力を己の刃として束ね上げた織田信長。
巨大な星喰らいの獣王『黒王』の頭上に黄金の玉座を据え、信長はさらに深く、暗く広がる次元の海を睨み据えた。
「残るは、悪魔が蔓延るという【第666実験宇宙(混沌)】か。……フッ、悪魔だと? 魔王の俺に相応しい余興だ。観測者の玉座にたどり着く前の、最後の準備運動として喰らってやる!」
究極の力を手に入れた大日本・多元宇宙帝国の侵略の足音は、もはや神々すらも震え上がらせる絶望の響きとなって、次元の海に轟いていた。
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