第28話:ゼロポイント・アヅチと、観測者の端末(アバター)
第28話:ゼロポイント・アヅチと、観測者の端末
純白の虚無空間。
無数の宇宙が、透明な球体(水槽)としてぷかぷかと浮かぶ「次元の海」。
その深淵に、大日本・多元宇宙帝国の橋頭堡『ゼロポイント・アヅチ』がその威容を現していた。
アヅチ・ノヴァを核とし、五百隻の天魔艦隊が周囲を円形に囲む絶対防衛陣形。
幾何学の番人たちを『己の我』で物理的に粉砕した武功派の面々は、無重力の虚無空間で誇らしげに武器を掲げ、勝鬨を上げていた。
「フン……どうやら、高次元とやらにも『資源』は転がっているようだな」
黄金の天主のバルコニーから、織田信長は葉巻を燻らせながら眼下を見下ろした。
市松や平八郎が粉砕した幾何学兵器の残骸。それは消滅することなく、砕けたガラスのようにキラキラと輝きながら空間を漂っていたのだ。
「御館様、ご明察です!」
佐吉ことイシオン(ハーフエルフ)が、かつてないほど目を輝かせて魔導盤を弾きながら報告する。
「あの残骸は、物理世界の物質ではありません。純粋な『概念』と『高次元エネルギー』が結晶化したもの……仮称【次元晶】と名付けました。これを主機の燃料に組み込めば、アヅチ・ノヴァの出力はこれまでの数万倍に跳ね上がります!」
「へっへへへ! ってことはアレかい!? この何もない白い空間そのものが、無限の資源の山だってことですかぃ!」
猿ことトックス(猿獣人)が、よだれを垂らさんばかりの勢いで身を乗り出す。
「おうよ! あのピカピカ光る石っころを天魔の装甲に練り込めば、物理攻撃も概念消去も弾き返す『絶対次元装甲』が造れちまうぜ!」
ドワーフの鍛冶長・五郎左もまた、スパナを握りしめて武者震いしていた。
神々が水槽を管理するための空間。そこは大日本の天才たちにとって、未開の宝の山に他ならなかった。
観測者の端末
その時。
ゼロポイント・アヅチの正面の空間が、水面に落ちた一滴の雫のように波打った。
空間の波紋の中から現れたのは、幾何学のバケモノではなく、一人の「人型」の存在であった。
性別を持たない、完璧な黄金比で作られたような純白の彫像。背中には後光のような光の輪を背負い、目も鼻もなく、ただ滑らかな顔の表面に「α(アルファ)」の紋章だけが刻まれている。
『――驚嘆。一介の実験宇宙から生じたエラーコードが、高次元免疫機構を物理的に破壊するとは。生命の進化プロセスにおいて、極めて興味深いサンプル(例外)です』
声帯を使わず、大日本の全兵士の脳内に直接語りかけてくる、無機質で高圧的な思念。
「なんだテメェは。のっぺらぼうのマネキンが、御館様の御前に気安く姿を現してんじゃねェぞ!」
虎が十文字槍を構え、武功派の面々が一斉に殺気を放つ。
『我は観測者の自律端末。この多次元培養施設の管理AIの一つ』
のっぺらぼうの端末は、信長に向かって恭しく一礼するような仕草を見せた。
『特異点・オダノブナガよ。貴方たちの【我】の強さは、システムの許容範囲を超えました。よって、観測者たちは貴方たちの「消去」を撤回し、「保存」を決定しました。我々の管理下で大人しく標本となるならば、貴方たちだけの永遠の楽園を特別に提供しましょう』
「……ほう? 標本だと?」
信長の目が、スッと細められた。その瞬間、天主の空気が氷点下にまで凍りついたかのような、強烈な覇気が放たれた。
「私にご命令を、御館様」
信長の傍らで、森蘭丸が愛刀『天叢雲』の柄に手をかけ、静かに、しかし狂気的なまでの殺意を込めて囁く。主君をペット呼ばわりしたこの無礼者を、一千の塵に切り刻む準備はできていた。
「待て、蘭丸。……俺が直接答えてやる」
信長は、肩に担いでいた愛用の火縄銃をゆっくりと下ろし、銃口を端末の顔面――αの紋章のど真ん中へと向けた。
「おい、水槽の外の傍観者ども。俺たちを保存するだと? 笑わせるな」
信長の口の端が吊り上がり、凶悪にして傲慢な、第六天魔王の笑みがこぼれた。
「俺は、他人に与えられたハコニワで満足するような安い男ではない。俺が欲しいのは『すべて』だ。貴様らが管理しているその無数の宇宙も、貴様らの特等席も、明日からすべて俺のモノ(領土)だ」
『――理解不能。上位次元の観測者に反逆することは、論理的に不――』
「御託はいい。首を洗って待っていろ」
ズドンッ!!!
信長が引き金を引いた。
彼自身の強烈な『我』が込められた魔力弾は、物理法則も次元の壁も無視して、端末の顔面を正確に撃ち抜いた。
パァァァン!という乾いた音と共に、観測者の端末はただの光の粒子となって四散した。
「ガハハハハ! 交渉決裂だ! これで完全に、あのふざけた神様どもと全面戦争だな!」
権六が腹を抱えて大笑いする。
「フフ、実に御館様らしい。相手が神だろうが観測者だろうが、売り言葉には即座に鉛玉で買い返す。我々軍師も腕が鳴るというものです」
劇薬の軍師・官兵衛が、嬉しそうに杖を突いた。
多次元侵略の幕開け
「さて、官兵衛、半兵衛。喧嘩を売ったはいいが、俺たちにはまだ『手駒』が足りん」
信長は火縄銃の硝煙を吹き消し、玉座に腰を下ろした。
「おっしゃる通りです。観測者の本体を叩くためには、さらに莫大な高次元エネルギーと、彼らのシステムの全容を解析するための情報が必要です」
風の軍師・半兵衛が、純白の空間に浮かぶ無数の『宇宙(水槽)』を扇で指し示した。
「クックッ……。周りには、手付かずの『資源(他の宇宙)』がいくらでも転がっています。我々が生き残るための最も合理的な手段は、他の宇宙を侵略し、大日本の経済圏に組み込むこと。……すでに、狙い目の宇宙は絞ってあります」
官兵衛の指示を受け、金柑が巨大なホログラム・テーブルを天主に展開した。
そこには、近隣に浮かぶ3つの宇宙のデータがリストアップされていた。
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