第2話:灰の城の謁見と、異形の家臣たち
ご要望にお応えし、緻密な情景描写とキャラクターの心理描写、そして信長の痛快なまでの合理主義を存分に盛り込んだ第2話を執筆いたしました。
「木下藤吉郎(豊臣秀吉)」や「丹羽長秀」に酷似した才を持つ異形の者たちとの邂逅と、彼らを一瞬で掌握していく信長の姿にご注目ください。
# 第2話:灰の城の謁見と、異形の家臣たち
夜が明け、紫がかった二つの月が空に溶けていく頃。
アッシュフィールド辺境伯領――これより「尾張」と改められた地を治める領主の館は、酷い有様だった。屋根の半分は焼け落ち、石造りの壁には無数のひびが走り、隙間風が容赦なく吹き込んでいる。
だが、その廃墟のような広間の最奥。肘掛けの取れた領主の椅子に、片膝を立てて深く腰掛ける十五歳の少年の姿は、そんな惨めな空間をまるで豪奢な玉座であるかのように錯覚させた。
「……して、権六。貴様らオークの群れが、なぜこの痩せた土地を襲った?」
織田信長は、傍らに控える森蘭丸が淹れた泥水のような茶(蘭丸はひどく恐縮していたが、信長は気にも留めなかった)を啜りながら、眼下に平伏する巨漢を見下ろした。
元オークの族長であり、先ほど信長から「権六」という名を与えられた巨鬼・ゴルグは、大理石の床に額を擦り付けたまま低い声で答えた。
「はっ……。我らが住処としていた北の『魔の森』は、近年、瘴気が濃くなりすぎました。より強大な魔獣が跋扈し、我らオークであっても生き抜くのが困難に……。ゆえに、食料を求めて人間の領地へと南下した次第にございます」
「なるほど。ところがいざ攻め込んでみれば、ここもスッカラカンの貧乏領地だったというわけか。笑えん喜劇だな」
信長は鼻を鳴らした。このアッシュフィールドは、人間の大国「ルミナ神聖帝国」の最前線に位置しながら、国からは事実上見捨てられた緩衝地帯であるらしい。軍の援軍はおろか、まともな物資の補給すらない。
「御館様。このままでは、領民も……降伏した権六の部隊も、数日のうちに飢え死にします。城の備蓄は底を突いておりますゆえ」
血糊を拭い、本来の美しい顔立ちを取り戻した蘭丸が、深刻な顔で進言する。武力で圧倒はしたものの、このままでは餓死を待つのみだ。
「案ずるな、蘭丸。無いなら奪えばよい。あの広大な魔の森には、手つかずの獣や果実、そして金目の物となる魔物の素材が山ほど眠っているのだろう?」
「し、しかし御館様! あそこは魔王領の入り口……。瘴気に満ち、オークですら逃げ出す死の森です! 我らのような寡兵で攻め入るなど……」
権六が巨体を震わせて上ずった声を上げた。だが、信長の瞳には一切の恐れはない。むしろ、未知の領土への好奇心と野心で爛々と輝いていた。
「防衛などという消極的な策は下の下よ。俺はあの森を裏庭にする。……だが、そのためには兵站と武具の整備が急務だな」
信長が顎を撫でたその時、広間の外から騒がしい声が響いた。
「放せ! 俺はただ落ちていた剣を拾おうとしただけだ! 死体泥棒じゃない!」
「やかましい! 新領主様の御前だぞ!」
農民兵に両脇を抱えられ、広間へと放り出されたのは、一人の小柄な亜人だった。
全身をくすんだ茶色の体毛で覆われ、長い尻尾を持つ猿の獣人(マカク族)。体は痩せ細り、戦闘力など皆無に等しい。だが、そのギョロリとした大きな目だけは、周囲の状況を瞬時に値踏みするようにせわしなく動いていた。
「ひぃッ! お、お助けを! あっしはただの旅の商人崩れでさぁ! 戦場に転がってる魔物の牙やオークの武具を回収して、南の街で売れば、この村の食い扶持くらいにはなるかと思いましてね……!」
猿の獣人は、相手が子供の信長だとわかっても油断せず、床にペコペコと何度も頭を下げながら、自身の「利用価値」を早口でまくしたてた。
「ほぉ」
信長は目を細めた。そして、口の端を吊り上げて笑った。
(……鼠かと思えば、猿か。どこの世界にも、この手の小賢しい輩はいるものだな。だが、その目は死んでおらん。恐怖よりも算盤が勝っている証拠だ)
かつての尾張で、雪の日に草履を懐で温めていた小柄な男の姿がフラッシュバックする。
底辺から這い上がろうとする強烈な野心。そして、物事の価値を瞬時に見抜く計算高さ。
「おい、猿」
「へ、へい! あっしはトックスという名で……」
「今日からお前は『猿』だ。俺がそう呼ぶのだから、お前は猿だ。よいな?」
「は、ははぁッ! 今日からあっしは猿でございます!」
トックス――猿は、有無を言わさぬ信長の覇気に呑まれ、即座に順応した。
「猿よ。戦場漁りをして小銭を稼ごうというその浅知恵、嫌いではない。だが、どうせやるなら国単位で商いをしてみろ。お前にこの尾張の兵站と、城の修繕を任せる」
「えっ!? あ、あっしにですか!?」
「三日だ。三日でこのボロボロの城壁の穴を塞ぎ、俺が魔の森へ進軍するための最低限の食糧と物資をかき集めてみせろ。権六のオーク部隊はお前の手足として使っていい」
「サ、サルにオークを従えろと!? 無茶苦茶でさぁ!」
「できなければ、その首を刎ねるだけだ。だが……見事やってのければ、お前を俺の直参として取り立ててやる」
信長の冷徹な、しかし甘美な提案に、猿の喉がゴクリと鳴った。
獣人として人間から迫害され、泥水を啜ってきた彼にとって、それは一生に一度の蜘蛛の糸だった。
「……やって、みせます。この猿の命、御館様にお預けしやす!」
血走った目で猿が頭を下げるのを見て、信長は満足げに頷いた。
「よし。次は武具だ。蘭丸、村で一番腕の立つ鍛冶屋を連れてこい」
* * *
数十分後。広間に引きずり出されてきたのは、煤まみれのずんぐりとした小男だった。
豊かな髭を蓄え、筋骨隆々の腕を持つドワーフの男。名をダンという。
「おい、人間! 俺は忙しいんだ! 農具の修理が山ほどあるってのに……」
「文句は後にしろ。ダンと言ったな。お前、筒は作れるか?」
「はぁ? 筒だぁ? 鉄の管なら作れるが……剣や鎧じゃないのか?」
怪訝な顔をするダンに対し、信長は傍らに置いていた鉄のパイプ(城の瓦礫から拾ったもの)を手に取った。
「この世界で魔法を使う者は、杖やら水晶やらを頼るようだが、あれは無駄が多い。俺の魔法理論は違う」
信長は鉄パイプを広間の外へ向けると、体内のマナを指先からパイプの中へと流し込んだ。
マナを「火薬」に見立て、パイプの中で極限まで圧縮する。そして――。
――ズドンッ!!!
轟音と共に、パイプの先から青白い光の弾丸が射出され、中庭にあった巨大な岩を粉々に粉砕した。
あまりの威力と轟音に、ダンは尻餅をつき、権六は目をひん剥いた。
「な、なんだ今の魔法は……!? 詠唱もなしに、ただの鉄の管から……ッ!」
「俺はこれを『魔力火縄銃』と呼んでいる。だが、その辺の鉄屑では、マナの圧力に耐えきれず暴発してしまう。俺が求めているのは、刀剣の鋭さではない。極限まで魔力を圧縮しても破裂しない、均一で強靭な『鉄の筒』だ。これを量産したい」
信長は熱で真っ赤に変色した鉄パイプを放り捨て、ダンを見据えた。
「俺は農民兵にこの筒を持たせ、兵力とする。剣の素振りなど教える暇はない。これならば、魔力さえあれば女子供でもオーガを殺せる」
「……」
ダンの顔つきが変わった。先ほどまでの不満げな表情は消え失せ、職人としての魂に火がついたような、強烈な熱を帯びた眼差しになっていた。
「……面白い。魔法を神秘ではなく、ただの『道具』として量産しようってんだな。その狂った発想、ゾクゾクするぜ。俺が最高に頑丈な『筒』を打ってやる。その代わり、材料と設備は妥協しねぇぞ!」
「よかろう。お前には『五郎左』の名をやる。俺の軍の武具を一手に担う『欠かせない存在』となれ」
「五郎左……悪くねぇ響きだ! 任せておけ、御館様!」
ダン――五郎左は、ニカッと白い歯を見せて笑った。
* * *
三日後の朝。
信長が城の中庭に出ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
崩れかけていた城壁は、周辺の森から伐採された巨大な丸太と、土魔法で硬化された土塁によって見事に塞がれ、即席ながら強固な「一夜防壁」として生まれ変わっていた。
中庭には、村中からかき集められた保存食や、権六たちオークが仕留めてきた野営用の干し肉が整然と積まれている。
「御館様! ご覧の通り、準備は万端でさぁ!」
徹夜続きで目の下にクマを作りながらも、猿は得意満面に胸を張った。
その背後では、権六たちオークが「この猿、口先だけで俺たちを顎で使いやがって……」と恨みがましい目を向けていたが、結果が全てを物語っている。
「見事だ、猿。三日で城を直し、物資を揃えるとはな。褒めて遣わす」
「へへっ、ありがたき幸せ!」
「だが、これは始まりに過ぎん」
信長は、防壁の上に立ち、北に広がる鬱蒼とした「魔の森」を指差した。
「権六の先鋒隊! 五郎左の筒を持った農民鉄砲隊! そして蘭丸!」
「ははッ!!」
異形の者たちと、かつての側近が、新しき主君の号令に一斉に応える。
「これより我らは、魔王領への『逆侵攻』を開始する! 獣も魔物も、奪えるものはすべて奪い尽くし、尾張の血肉とせよ! 天下布武の初陣である。一歩も引くことは許さぬ!」
「「「おおおおおッッ!!!」」」
人間の農民とオークが肩を並べ、狂気じみた鬨の声を上げる。
旧き常識を破壊し、合理と実力主義で世界を塗り替える。織田信長の止まらぬ覇業が、この灰の辺境から、ついに動き出したのである。




