第15話:黒曜の巨城と、爆炎の梟雄(きょうゆう)
これまでの壮大なスケールと史実オマージュを引き継ぎ、いよいよ魔王大陸の深部・魔王城への突入を描く第15話を執筆いたしました。
今回は、史実における「あの梟雄」を彷彿とさせる狂気の魔導士との対決、そして信長を絶対的に護護する蘭丸の華麗なる一騎打ちを、大ボリュームで熱く描き上げています。
# 第15話:黒曜の巨城と、爆炎の梟雄
血色の空を突くようにそびえ立つ、魔王大陸の中心――『魔王城』。
すべてが黒曜石で築かれたその禍々しい巨城の城門の前で、大日本の軍勢は足を止めていた。
城門を塞いでいるのは、物理的な扉だけではない。門の周囲には、触れた者の骨の髄まで腐らせる「超高濃度の瘴気の竜巻」が、巨大な壁となって渦巻いていたのだ。
「チッ、近寄っただけで肌がピリピリしやがる。こいつは俺たち獣人の毛皮でも防げねぇぜ」
虎が十文字槍を構えながら顔をしかめ、市松も大斧を肩に担いで忌々しそうに唾を吐いた。
「佐吉、金柑。あの瘴気の竜巻、船の結界で濾過したように中和できるか?」
黄金の輿の上から、織田信長が問う。
「いえ、不可能です。あれは自然の瘴気ではなく、城の地下霊脈から汲み上げられた『意思を持つ呪力』。我が方のフィルターを逆流して結界を食い破る危険性があります」
金柑が珍しく険しい表情で答えると、佐吉も無表情のまま算盤を弾き「竜巻の魔力密度は、現在のアヅチ城の防壁の四倍。通常の魔導大筒でも貫通確率はおよそ二パーセントです」と付け加えた。
「フン。ならば、力業でこじ開けるまでよ」
信長が軍配を振るうと、最前列に進み出たのは、四天王から寝返ったばかりの絶対的魔将・平八郎であった。
「御館様、ご命令を。我が新たな武威、とくとご覧に入れます」
「うむ。五郎左! 平八郎の背中に『アレ』を取り付けろ!」
「ヒャッハー! 待ってましたぜェ!」
ドワーフの五郎左が満面の笑みで持ち出してきたのは、二基の巨大な銀色の円筒だった。それを平八郎の背中の超重装甲にガシャンッと固定する。
「なんだ、これは? すさまじいマナの圧力を感じるが……」
「へへっ、佐吉の坊主に計算させて作った『魔力噴射ブースター(推進器)』だ! 天魔(鉄甲船)のエンジンを小型化して鎧に組み込んだのさ!」
「半兵衛! 竜巻に風の穴を開けろ!」
「承知いたしました。『暴風よ、螺旋を断ち切る楔となれ』」
風の軍師・半兵衛が両手を突き出すと、不可視の真空の刃が瘴気の竜巻に激突し、ほんの数秒だけ、竜巻の中心に「ぽっかりとした空洞」を作り出した。
「今だ平八郎! ブースター点火! 城門ごと粉砕しろ!」
「オオオオオオオオッ!!」
平八郎の背中の円筒から青白い魔力の炎が爆発的に噴き出し、身の丈三メートルを超える巨体が、音速の砲弾と化して空洞へと突撃した。
凄まじい推進力と、平八郎自身の圧倒的な質量。巨大な轟槌を前方に突き出した「人間質量兵器」は、瘴気の竜巻を強引に突破し、厚さ数メートルはある黒曜石の城門に激突した。
――ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
大陸を揺るがすような大音響と共に、魔王城の絶対防壁であった黒曜石の門が、蜘蛛の巣状にひび割れ、そして跡形もなく木端微塵に粉砕された。
「ガハハハハ! どうだ! 大日本の武と技術の融合、まさに無敵であろう!」
信長が高笑いし、全軍が勝鬨を上げる。
「さあ、乗り込むぞ! ネズミ一匹逃すな!」
* * *
粉砕された城門を越え、大日本の軍勢は魔王城の内部へと雪崩れ込んだ。
城内は迷宮のように入り組んでおり、至る所に殺傷力の高い魔法トラップや魔獣が配置されていたが、官兵衛の冷徹な千里眼と、佐吉の計算によって最短ルートが次々と割り出され、一切の損害を出すことなく進軍を続けていた。
しかし、巨大な吹き抜けとなっている『中層の大広間』へと足を踏み入れた瞬間、全軍の足がピタリと止まった。
広間の中央。
そこに、一人の小柄な老魔族が、胡座をかいて座っていた。
顔の半分が火傷の痕で爛れ、狂気を孕んだ濁った瞳をしている。そして彼の膝の上には、奇妙な平べったい形をした『巨大な魔導具の茶釜』が置かれており、そこからチリチリと不気味な火花が散っていた。
「クックック……。よくぞここまで来たな、異大陸の覇王よ。我が名はダンジョウ。魔王軍四天王が一角にして、この美しき『爆発』を愛する芸術家よ」
老魔族・ダンジョウは、枯れ木のような手で茶釜を愛おしそうに撫でた。
「ダンジョウだと?」
信長は目を細めた。
その醜悪な容姿、爆発への執着、そして何より、茶釜に似た平べったい魔導具(平蜘蛛)。
(……フハハハ! まさか異世界に来てまで、あの裏切り者の爆弾ジジイ(松永久秀)に似た奴と相対することになろうとはな!)
信長の心中をよそに、平八郎が前に出た。
「御館様、お下がりを。あ奴の膝にあるのは、超圧縮されたマナの塊。あ奴は魔王大陸でも悪名高い『自爆狂』です」
「クヒャヒャ! その通り! ドラク……いや、今は人間に飼い慣らされた犬だったか。貴様の鎧がいくら硬かろうが、この『平蜘蛛の魔釜』が放つ極大の爆発は、この大広間ごと、貴様らを一瞬で蒸発させるぞ!」
ダンジョウが魔力を込めると、平蜘蛛の魔釜が心臓の鼓動のように赤く明滅を始めた。
「さあ、もがけ! 絶望しろ! 我が至高の芸術と共に、灰となって消え失せるがいいィィッ!」
「……チッ、イカレたジジイだぜ! 退がれみんな!」
猿が叫び、全軍が後退しようとするが、すでに大広間の入り口には分厚い鉄格子が下りていた。
「逃げ場はないぞォ! 芸術は爆発だァァァッ!!」
ダンジョウが両手を天に掲げ、平蜘蛛の魔釜が臨界点に達しようとした、その瞬間。
「――うるさいジジイだ。お前の花火など、とうに見飽きている」
信長の冷ややかな声が響いた。
それと同時に、信長の影から音もなく飛び出した官兵衛が、杖を床に突き立てた。
「佐吉殿! 金柑殿!」
「「術式、展開済みです」」
ダンジョウの足元に、あらかじめ佐吉と金柑が密かに構築していた『逆位相の結界魔法陣』が浮かび上がった。
「な、なんだと!?」
「そして半兵衛殿!」
「はい。『真空の牢獄』」
半兵衛の風魔法が、ダンジョウと平蜘蛛の魔釜の周囲の『空気(酸素)』を完全に奪い去り、透明な真空の箱の中に閉じ込めた。
結界による魔力の減衰と、真空による燃焼の阻害。
「ば、馬鹿なァァァ! 私の、芸術がァァァッ!?」
ボフッ。
絶望の叫びと共に起きたのは、大広間を吹き飛ばす極大の爆発ではなく……結界と真空の中でくすぶった、大きな線香花火程度の虚しい破裂音だけであった。
ススだらけになり、ポカンと口を開けているダンジョウ。
その眉間に、信長の放った『魔力火縄銃』の銃弾が、冷酷なまでに正確に撃ち込まれた。
「……ま、松永ぁ……」
意味不明なうわ言(信長にしか分からない)を漏らしながら、爆炎の梟雄は後ろに倒れ、ピクピクと痙攣して絶命した。
「計算通り。敵の自己顕示欲を利用し、演説をしている間に結界を敷く。官兵衛殿の性格の悪さが光る見事な策でしたね」
金柑が優雅に紅茶のカップ(どこから出したのか)を傾けながら微笑む。
「お褒めにあずかり光栄です、金柑殿。あなた方の完璧な術式構築速度あってこその泥縄ですよ」
官兵衛も隻眼を細めて笑い返す。
「フハハ! 他愛もない。行くぞ、玉座は目と鼻の先だ!」
信長が軍配を振るい、大広間の奥の扉を蹴り開けた。
* * *
大広間を抜けた先、魔王の玉座の間へと続く『最後の回廊』。
そこは、壁も床もすべてが透き通るような「氷」で覆われた、異常なほど温度の低い空間だった。
回廊の中央に、静かに佇む一つの影があった。
透き通るような青白い肌に、白銀の長髪。そして、その手には絶対零度の冷気を放つ、細身の氷の魔剣が握られている。
「四天王の最後の一人にして、魔王様の親衛隊長……『絶氷のシラハ』」
平八郎が、警戒を露わにして轟槌を構えた。
「あ奴の剣は、物理的な装甲を無視して内側から対象を凍結させる。私の鎧でも防ぎきれん危険な相手です」
「……魔王様の眠りを妨げる者は、すべて私が斬る」
シラハの声は、鈴の音のように美しく、そして残酷なまでに冷たかった。
彼女がスッと魔剣を構えただけで、回廊の空気が凍りつき、又左や権六の武器の表面に霜が降り始める。
「チッ、近寄るだけで凍りつきそうだぜ。鉄砲の火種も消えちまう!」
市松が舌打ちをする。
だが、その凍てつく回廊を、コツ、コツ、と静かに歩み出る者がいた。
「お下がりください、皆の衆。そして御館様」
森蘭丸である。
彼の瞳には、かつて本能寺で主君を守りきれなかった強烈な後悔と、今度こそ己の命に代えても主君の覇道を切り拓くという、狂おしいまでの執念が宿っていた。
「あの氷の刃……他者の力では届きませぬ。私の『熱』で、すべてを断ち切ります」
「……行け、蘭丸。俺の剣の冴え、見せてみろ」
信長は、全幅の信頼を込めて頷いた。
「人間ごときが、私の氷を溶かせるはずがない」
シラハが地を蹴った。その動きはまさに吹雪。残像すら残さない神速の踏み込みで、蘭丸の首筋へと絶対零度の魔剣を突き出す。
キンッッ!!!
甲高い金属音と共に、無数の氷の破片が飛び散った。
シラハの魔剣を完璧に受け止めていたのは、蘭丸の愛刀であった。
否、ただの刀ではない。刀身からは、太陽の表面温度にも匹敵する超高密度の青白い魔力の炎が噴き出し、シラハの絶対零度の冷気をゴリゴリと蒸発させている。
「なっ……私の、氷が……!?」
シラハの無表情な顔に、初めて驚愕が走った。
「私の命は、御館様のためにある。御館様の天下布武の前に、立ち塞がる障害など……ただの塵芥に過ぎんッ!!」
蘭丸の全身から、魔力が視覚化するほどの闘気が噴き上がる。
「奥義――『炎刃・紅蓮断』!!」
蘭丸の刀が、下段から跳ね上がるように一閃された。
それは、本能寺の業火すらも内包したかのような、圧倒的な熱と光の斬撃。
シラハが咄嗟に展開した数十枚の氷の盾は、熱したナイフでバターを切るように一瞬で蒸発し、その刃はシラハの魔剣ごと、彼女の細身の身体を斜めに斬り裂いた。
「あ……ま、おう……さま……」
シラハの身体は、斬り裂かれた傷口から溶けるように崩れ去り、やがてただの水たまりとなって消滅した。
残心をとる蘭丸の背中越しに、信長は静かに歩みを進めた。
「大儀であった、蘭丸。お前の剣は、世界一だ」
「……勿体なきお言葉。我が刃は、永遠に御館様と共にあります」
蘭丸は深く頭を下げ、刀を鞘に納めた。
四天王はすべて倒れた。
凍てついた回廊の奥、禍々しい瘴気が漏れ出す巨大な両開きの扉。
そこが、この世界の真の闇が座す場所――魔王の玉座の間である。
「さあ、天下布武の総仕上げだ」
信長は、最強の家臣団を従え、その重厚な扉に手をかけた。
ギィィィィィ……と、不気味な音を立てて扉が開かれる。
そして、信長たちの眼前に姿を現した『魔王』の真の姿に、大日本の歴戦の猛将たちですら、息を呑み、言葉を失うことになるのであった。




