第14話:絶望の谷と、業火の三段撃ち
これまでの壮大なスケールとカタルシスに満ちた展開を引き継ぎ、魔王大陸の深部へと進軍する第14話を執筆いたしました。
今回は、魔王軍が誇る絶望的な大軍「十万の不死軍団」との激突。前話で寝返った無傷の狂戦士・平八郎の圧倒的な武威と、大日本の誇る「両兵衛」の知略、そして新たな魔導兵器による蹂躙劇を大ボリュームでお届けします。
# 第14話:絶望の谷と、業火の三段撃ち
血色の空と、荒涼たる赤黒い岩肌がどこまでも続く魔王大陸。
大日本の精鋭部隊は、新たな先鋒である平八郎(元・魔将ドラク)を先頭に、魔王の玉座へと続く巨大な峡谷――『絶望の谷』へと差し掛かっていた。
「……酷い臭いだ。腐乱した肉と、泥と、凝縮された瘴気の臭い。まるで巨大な墓場だな」
巨城アヅチからこの戦のために用意された黄金の輿の上で、織田信長は鼻を覆うこともなく冷ややかに谷底を見下ろした。
「御館様の仰る通り、ここは墓場にございます」
平八郎が、砕け散った『黒曜魔装』の代わりに五郎左が打ち直した重装甲を鳴らしながら、重々しく答える。
「この谷を守るのは、魔王軍四天王が一角、腐死王ゾルタン。過去数百年、この大陸に攻め入ろうとした他大陸の勇者や軍勢の死体を瘴気で操る、外道の魔術師です。その数、ゆうに十万を超えましょう」
十万の不死軍団。
その言葉を聞き、猿が「ヒィッ」と短い悲鳴を上げて尻餅をついた。
「じゅ、十万!? おまけに死なないゾンビの群れって、冗談キツいぜ!」
「冗談ではないようです。現に、谷底の土壌マナが異常な波長を発しています」
佐吉が算盤を弾きながら、無表情のまま報告する。
「物理的な破壊を行っても、瘴気がある限り彼らは何度でも立ち上がる。我が軍の魔力螺旋陣による射撃でも、急所の魔核を正確に撃ち抜かない限り、足止めにしかなりません」
「フン。死体蹴りなどという不毛な作業、私の美学に反しますね」
金柑が銀色の髪をかき上げながら不快そうに眉をひそめる。
「ならば、どうする? 官兵衛、半兵衛」
信長が声をかけると、影から二人の天才軍師が進み出た。
「簡単です、御館様」
官兵衛が杖で谷の地形を指し示す。「敵は知性のない死体。ならば、この狭い谷底に誘い込み、まとめて『火葬』してやればよい。瘴気の供給源ごと、塵一つ残さずに」
「そのための『風の道』は、私が作りましょう。炎がこちらへ逆流しないよう、完璧な気流の壁を敷きます」
半兵衛が穏やかに微笑みながら請け負う。
「火葬、か。良い響きだ」
信長は口の端を吊り上げた。かつて比叡山を焼き討ちにした第六天魔王にとって、「燃やし尽くす」ことなど最も得意とする戦術である。
「五郎左。例の物はできているな?」
「おうよォ、御館様! 燃えないゴミを焼却するための『筒』、バッチリ用意してまさぁ!」
ドワーフの鍛冶長・五郎左が、ニカッと白い歯を見せて笑った。
* * *
『――ギギギ……侵入者……生者の肉……喰ラウ……』
絶望の谷の底。
赤黒い泥濘の中から、無数の白骨や腐乱死体が這い出してきた。かつての聖騎士の鎧を着た者、獣人の毛皮を纏った者。数百年分の怨念と瘴気で動く十万の亡者の群れが、大日本の軍勢に向けて津波のように押し寄せる。
「ククク……無傷のドラクが人間に尻尾を振るとは傑作だ。だが、いかに強力な魔力筒を持とうと、我が不死軍団の数の暴力の前には無力! 生きたまま肉を削ぎ落とされ、新たなコレクションとなるがいい!」
谷の奥深くから、黒いローブを纏った骸骨の魔導士――腐死王ゾルタンの嘲笑が響き渡る。
「邪魔だァァァッ! 動く骨屑ども!!」
亡者の群れに真っ先に突っ込んだのは、平八郎であった。
巨大な轟槌が一振りされるたびに、数百のアンデッドが粉々に砕け散る。どんなに群がられようと、彼の圧倒的な武威と超重装甲の前には傷一つ付けることができない。
「平八郎のダンナに遅れをとるな! 俺たち若手の意地を見せろォ!」
「オラァッ! 何度でもぶっ壊してやらぁ!」
市松と虎も戦陣に飛び込み、大斧と十文字槍でアンデッドの波を蹴散らしていく。
しかし、砕かれた骨や肉は瘴気を帯びて再び結合し、執拗に立ち上がってくる。
「チッ、キリがねぇ! 佐吉の言う通り、物理攻撃じゃラチが明かねぇぜ!」
又左が舌打ちをしたその時。
「――前衛部隊、後退せよ! これより谷の浄化を開始する!」
権六の号令と共に、平八郎たち前衛が一斉に左右の崖へと跳躍して退避した。
亡者の群れの前方に、大日本の「農民鉄砲隊」が横一列、三段の陣形を組んで姿を現す。
だが、彼らが構えているのは通常の魔力火縄銃ではなかった。銃身の根元に巨大な「魔導タンク」を背負った、異様に太い筒。
「半兵衛!」
「はい、御館様。『暴風の壁よ、我らが背盾となれ』」
半兵衛の風魔法が陣形の後方から猛烈な追い風を生み出し、谷の空気を一方通行のトンネルへと変える。
信長は、軍配を前方に突き出した。
「炎の三段撃ちだ! 灰すら残すな、放てェェェッ!!」
――ゴォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!
五郎左が開発した新兵器――『魔導火炎放射』筒。
極度に圧縮された可燃性のマナが、着火と同時に数千度の爆炎となって射出された。
数十門の火炎放射が重なり合い、谷底を埋め尽くしていた十万の不死軍団を、文字通り「火の海」へと沈めていく。
『ギャァァァァァァッ!? 熱イ、熱イィィィッ!!』
アンデッドたちは悲鳴を上げながら瞬時に炭化し、崩れ落ちていく。瘴気すらも燃やし尽くす超高温のプラズマ炎。再生する間など与えられない。第一陣が息継ぎのために後退すると、すぐさま第二陣が前に出て炎を放射し続ける。
絶え間ない業火の嵐。それは魔法使いの範囲魔法などとは次元が違う、圧倒的な「兵器としての継続火力」であった。
「ば、馬鹿な……! 我が無敵の不死軍団が、たかが人間の筒の火で燃やし尽くされるだとォ!?」
谷の奥で、ゾルタンがカタカタと顎の骨を鳴らして驚愕する。
「おのれぇぇッ! ならばこれはどうだ! 出でよ、魔王様の寵愛を受けし古の覇竜よ!」
ゾルタンが杖を掲げると、炎の海の中から、巨大な地響きと共に『何か』が立ち上がった。
全長五十メートルを超える、漆黒の瘴気を纏った巨大な骨竜である。
『ルルルルォォォォォォッ!!』
骨竜が口を大きく開き、信長の本陣に向けて、触れるものすべてを腐敗させる「猛毒の瘴気ブレス」を放とうと魔力を集中させる。
「御館様! あのブレスは結界ごと溶かします!」
金柑が鋭い声を上げた。
しかし、信長は微動だにしない。
「蘭丸。あの腐れトカゲの口臭、俺の元へ届かせるな」
「御意。……御館様の御前に、塵一つ落とすことは許しませぬ」
信長の傍らから、音もなく跳躍した影があった。森蘭丸である。
彼は空中で愛刀を引き抜き、己の全魔力と、主君への狂信的なまでの忠誠心を刀身に注ぎ込んだ。
ヴィィィンッ!と空間が鳴動し、刀身が数十メートルの長大な『青白い光の刃』へと変貌する。
「奥義――『絶刀・魔刃』!!」
閃光。
蘭丸の放った一撃は、瘴気ブレスを放つ直前だった骨竜の頭部から尾の先までを、一筋の美しい光の軌跡となって両断した。
ズレ……と音を立て、巨大な骨竜が左右に真っ二つに割れ、炎の海へと崩れ落ちる。
「な、なんだあのガキの剣技はァァッ!?」
最大の切り札を一瞬で破壊され、ゾルタンはパニックに陥って背を向け、逃亡を図った。
だが、その背中に向けて、信長が冷酷な笑みを浮かべながら『魔力火縄銃(狙撃仕様)』の銃口を向けていた。
「死体に慈悲は不要だ。地獄の底で、俺の火力を思い知れ」
――ピチュンッ。
音速を超えた魔力の凶弾が、逃げるゾルタンの胸部の奥深くに隠された『魔核』を正確に撃ち抜いた。
「ヒ、ギィィィ……魔王様ァァァ……」
魔核を砕かれた腐死王は、ボロボロと砂のように崩れ去り、絶望の谷の風に吹かれて消滅した。
* * *
十万の不死軍団は、わずか一時間にして完全に灰燼に帰した。
絶望の谷を覆っていたドブのような臭いは消え去り、代わりに魔導火炎放射の硝煙の匂いが漂っている。
「……信じられん。あの忌まわしきゾルタンの軍勢を、たったこれだけの時間で焼き尽くすとは」
平八郎が、信長の背中を畏怖の目で見つめる。
「フン。過去の死骸に頼るような輩に、俺の創る未来が止められるはずもなかろう」
信長は銃口の煙をフッと吹き消し、黄金の輿に戻った。
「全軍、進撃を再開せよ。谷の出口は目前だ」
谷を抜けると、血色の空の下、巨大なクレーターの中心にそびえ立つ、禍々しくも壮大な黒曜石の巨城が姿を現した。
城の頂点からは、天を焦がすような極太の瘴気の柱が立ち上っている。
「見えましたね、御館様。あれが、魔王大陸の中心……『魔王城』です」
官兵衛が隻眼を細め、杖の先で巨城を指し示す。
「ああ。どうやら、玉座の主は逃げる気はないようだな」
信長の全身から、歓喜と野心が入り混じった強烈な覇気が立ち上る。
未知の魔将を屈服させ、十万の大軍を新兵器で蹂躙した大日本の最強軍団。
本能寺の悪夢を乗り越え、世界を自らの理で染め上げてきた第六天魔王・織田信長の『真・天下布武』。その最後の標的が、今、眼前に迫っていた。
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