第16話:星の箱庭と、次元を穿つ第六天魔王
第16話:星の箱庭と、次元を穿つ第六天魔王
ギィィィィィ……。
数千年の間、何者も立ち入ることのなかった魔王城の最奥。その重厚な黒曜石の扉が、ついに大日本の精鋭たちの手によってこじ開けられた。
しかし、踏み込んだ先の大広間にあるはずの「壁」や「天井」は存在しなかった。
上下左右、どこまでも果てしなく広がる暗黒の虚空。その無重力のような深淵には、無数の星々のように輝く光の粒子が、巨大な川となって緩やかに流れている。
そして、その星の川の中心。ぽつんと浮かぶ巨大な黒曜石の玉座に、それは座していた。
「……こいつは、どういうこった? 城の中に、夜空が広がってやがる」
市松が大斧を取り落としそうになりながら呟く。
玉座に腰掛けていたのは、巨大な「光の集合体」であった。
人の形はしているが、顔も、性別も、声帯すらも存在しない。ただ、圧倒的で暴力的、そして冷徹なまでの「神聖さ」を纏った高密度のマナの結晶体。
それが、この世界の真の闇にして、すべての魔獣の頂点――『魔王』であった。
『――よくぞ辿り着いた、特異点の人間よ』
音ではない。空気を震わせることなく、直接脳内の奥底を鷲掴みにするような絶対的な強者の思念が響いた。
『我が名は、星の意志の代行者。かつて旧き神々が、大地のマナの淀みを払拭し、この世界を定期的に初期化するために創り出した浄化の機構。人間たちは恐れを込めて、我を魔王と呼んだ』
「システム、だと?」
織田信長は、底なしの虚空に黄金の輿を降ろさせ、腕を組んだまま鼻で笑った。
『いかにも。貴様が築き上げた文明と、魔法の科学的乱用は、この星のマナを劇的に枯渇させる。ゆえに、我は目覚めた。この大陸ごと、貴様らの生み出した理をすべて白紙に戻し、世界を再び平穏なる原始へと還す。それが、この星を存続させる唯一の数式である』
魔王の言葉には、憎しみも悪意もない。ただプログラムされた「世界の寿命を延ばすための剪定作業」を無機質に告げているに過ぎなかった。
しかし、その途方もないスケールと絶対的な絶望感に、古参の権六ですら戦斧を握る手を震わせた。
「……冗談じゃねぇ。俺たちが流してきた血と汗も、全部やり直せってのか……!」
又左が牙を剥き、虎が唸り声を上げる。
「フハ、フハハハハハハハ!!!」
突如、信長の狂ったような高笑いが、無限の星空空間に響き渡った。
「笑わせるな! 神の代行者だか旧式のカラクリだか知らんが……世界が狭いから、マナが足りないからやり直すだと? 箱庭のルールに縛られた引きこもりの分際で、いっぱしの管理者気取りか!」
信長は玉座から立ち上がり、軍配を「光の神」へと真っ直ぐに突きつけた。
「燃料が足りぬなら、他の星から奪えばいい! 箱が狭いなら、宇宙の果てまで領土を広げればいい! それが人間の……俺の野心だ! 貴様のような旧世界の不良債権、俺の最新の理で跡形もなくデバッグしてやるわ!」
『――愚かな。星の摂理に逆らうか。ならば、塵となれ』
魔王の光の腕が静かに振り上げられた瞬間、空間を漂っていた数億の星々(マナの結晶)が一斉に殺意を帯び、極大のレーザーとなって全方位から大日本の軍勢へと降り注いだ。
回避不能の、文字通りの「星の雨」。
「佐吉! 金柑!」
「「術式、展開済みです!!」」
信長の怒号に呼応し、文治派の二人の天才頭脳が同時に動いた。
佐吉の魔導盤が焼き切れるほどの速度で光り、金柑の銀の杖が空間に複雑怪奇な幾何学模様を描き出す。
「敵の攻撃波長、すべて解析完了! 空間座標のズレを利用し、マナの軌道を屈折させます!」
「野蛮で単調な直線攻撃ですね。我々の完璧な『重力偏向陣』の前では、光の雨もただのイルミネーションです!」
佐吉の冷徹な計算と金柑の完璧な魔法陣構築が、自軍の周囲の重力場を強引に書き換える。数億発のレーザーは、大日本軍の数十センチ手前で不自然にぐにゃりと曲がり、互いに衝突して相殺され、虚空に無害な花火を散らした。
神の如き魔王の攻撃を、人間の「知と科学」が完全に防ぎ切ったのだ。
『――計算外の事象。ならば、直接排除する』
魔王の周囲から、実体を持った数十メートルの巨大な「光の巨神兵」が無数に生み出され、虚空を蹴って襲いかかってきた。
「オオオオオオッ!! 御館様の盾は、この平八郎が務める!」
魔導噴射ブースターを全開にした無傷の狂戦士・平八郎が、光の巨神兵の群れに真っ向から突進し、その巨大な轟槌で次々と光の体を粉砕していく。
「退けェ! 俺たち武功派の出番だァッ!」
虎、市松、又左、権六。大日本が誇る歴戦の猛将たちが、五郎左によって対魔王用の「魔力貫通コーティング」を施された武器を振るい、光の軍勢を蹂躙する。
『――無駄だ。物理的な破壊は、我の領域においては意味を為さない』
魔王が玉座から静かに立ち上がると、空間そのものが波打ち始めた。
魔王の周囲に、触れるものすべてを無へと還元する真っ黒な断層――『絶対次元断層』が展開される。
「御館様! いけません、あの黒い壁は『空間そのものを削り取る』結界です! 我が軍のいかなる筒の弾も、届く前に次元ごと消滅します!」
佐吉が初めて焦りの声を上げた。
「官兵衛! 半兵衛!」
しかし、信長は微動だにせず、影の軍師たちを呼んだ。
「フフ……次元の断層。実に厄介で、傲慢な力ですね。ですが、どんな完璧なシステムにも『数式的なバグ(隙)』は必ず存在します」
官兵衛が杖を突き、隻眼をギラつかせて笑う。彼の千里眼は、絶対防御の結界における、ほんの数ミリの「魔力供給のラグ」を正確に見抜いていた。
「半兵衛殿。座標XYZ-04、時間差コンマ02秒の隙間です」
「ええ、見えました。『次元の隙間を吹き抜ける、名もなき神風よ』」
半兵衛が優雅に扇を振るう。彼が放った一陣の風魔法は、物理的な破壊力ではなく、官兵衛が指定した「結界のバグ」へとピンポイントで入り込み、システムの綻びを強引に押し広げた。
絶対の次元断層に、人一人が通れるほどの『風穴』が開く。
「猿! 五郎左! 今だ!」
「へへっ! 待ってましたぜ! 天魔(鉄甲船)の主機から魔力を限界まで吸い上げた、特製の『超魔力圧縮爆弾』! あっしの兵站網の総力を挙げて、ここまで運び込みやしたぜ!」
猿が、自分の身体の何十倍もある巨大な黒い鉄球を、ウインクしながら五郎左に引き渡す。
「おっしゃァァァッ! 俺の鍛冶屋人生の最高傑作、食らいやがれェッ!」
五郎左が、床に固定した巨大な電磁投射機の台座に鉄球をセットし、最大出力で魔王の次元の隙間へと撃ち込んだ。
『――なッ!?』
魔王の絶対次元断層の内側に入り込んだ超魔力圧縮爆弾が、極大の閃光と熱量を伴って起爆した。
空間がひび割れ、魔王の巨大な光の身体が大きく吹き飛び、その中心部にある「真の核」が剥き出しになる。
「蘭丸!!」
「御意!!」
信長の咆哮に呼応し、森蘭丸が虚空を蹴って跳躍した。
本能寺の業火。主君を守りきれなかったあの日の後悔。それを乗り越え、最強の主君と共に歩んできたすべての軌跡。
その狂おしいまでの忠義のすべてを乗せた愛刀が、白熱する太陽のような光を放つ。
「我が命、我が魂! 我が主君の創る未来に、旧き神のシステムなど不要!! 奥義――『絶刀・魔刃……天叢雲』ッ!!」
閃光。
蘭丸の渾身の一撃が、魔王の光の巨体を袈裟懸けに深々と斬り裂いた。
ヴィィィン、という空間の鳴動と共に、魔王の核に致命的な亀裂が走る。
『オ……ォォォォ……。バカ、ナ……星ノ、理ガ、人間ノ、意志ニ、敗レル……?』
崩れゆく魔王の核の真正面。
そこにはいつの間にか、織田信長が歩み寄っていた。その手には、最新の魔導火縄銃ではなく、一丁の古びた『鉄の火縄銃』が握りしめられていた。
それは、本能寺の炎の中で、彼が最後まで握りしめていた「元の世界」の武器。
「俺は第六天魔王だぞ。神を殺すなど、今さら驚くことでもなかろう」
信長は、火縄銃の銃口を、ひび割れた魔王の核のド真ん中に突きつけた。
大日本の家臣団すべての想いと、人間の「決して屈せぬ野心」が、一発の弾丸へと凝縮されていく。
「世界は、今日から俺のモノだ。大人しくシャットダウンしろ」
――ズドンッ!!!
信長の指先から放たれた弾丸が、魔王の核を完全に、そして正確に撃ち抜いた。
パァァァァァァァァァンッ……!!
魔王の巨大な身体が、無数の光の粒子となって砕け散る。
それは、世界を数千年にわたって縛り付けていた「旧きシステム」が崩壊し、人間の『知と科学と野心』が星の摂理を完全に凌駕した瞬間であった。
魔王の消滅と共に、暗黒の虚空空間がパラパラと剥がれ落ちていく。
やがて、血色だった魔王大陸の空が本来の青さを取り戻し、地平線の彼方から、黄金色の太陽の光が新世界を照らし始めた。
「……終わった、のか」
市松がへたり込み、虎が大きく息を吐く。
佐吉と金柑が静かにハイタッチを交わし、官兵衛と半兵衛が微笑み合う。平八郎は静かに轟槌を下ろし、猿と五郎左が抱き合って男泣きしている。
そして蘭丸は、刀を静かに鞘に納め、信長の背中の後ろに、いつものように控えた。
大日本の精鋭たち。誰一人欠けることなく、完全勝利。
信長は、崩れ去った魔王の玉座の跡地に立ち、眩しい太陽を見上げた。
(本能寺の炎の中で、俺の夢は一度潰えた。だが、異世界で出会ったこいつらと共に、俺はついに「神のシステム」すらも超えた完全なる国を創り上げたのだ)
信長は漆黒のマントを翻し、最強の家臣団を振り返った。
「皆の者! よく聞け!」
信長の覇気に満ちた声が、新しい朝の光に満ちた大陸に響き渡る。
「魔王は死んだ! この星の理は、すべて俺たちのものとなった! だが……これで終わりだと思うなよ!」
信長は軍配を天高く突き上げた。その先にあるのは、青空のさらに向こう側――見果てぬ『宇宙(星の海)』。
「世界から瘴気と理不尽は消えた! だが、俺たちの前にはまだ、見知らぬ大地と海、そして空の上の星々が無限に広がっている!」
信長は口の端を吊り上げ、かつてないほど凶悪で、そして最高に魅力的な覇王の笑みを浮かべた。
「俺の天下布武に、ゴールなどない! この宇宙のすべてを俺の理で塗り潰すまで、貴様ら、永遠に俺についてこい!!」
「「「おおおおおおおッッ!!!」」」
異形の家臣団が、天を衝くような勝鬨を上げる。
本能寺から転生した織田信長。
魔法を科学に変え、経済を回し、最強のホワイトマネジメントで最高の頭脳たちを束ね上げた第六天魔王。
彼の創り出す「大日本」の覇業は、この星を一つの足がかりとし、やがて星の海を越え、無限の宇宙へとその野火を広げていくのであろう。
異世界戦記『天下布武』。その終わりのない伝説の「第一部」が、今ここに完璧な決着を見たのである。
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