第12話:魔導鉄甲船『天魔』の船出と、奈落の海
これまでの熱い展開と壮大な世界観を引き継ぎ、物語の次なるステージ「海戦」と「未知の大陸」への船出を描く第12話を執筆いたしました。
史実において毛利水軍を打ち破った伝説の「鉄甲船」をファンタジー世界で超兵器として蘇らせ、最強の家臣団が海の魔物と激突する、大ボリュームでカタルシス満載のエピソードをお楽しみください。
# 第12話:魔導鉄甲船『天魔』の船出と、奈落の海竜
大陸の南に位置する、大日本の巨大港湾都市「堺」。
かつて強欲な商人たちが牛耳っていたその街の沿岸部は、ここ数ヶ月で世界最大の「造船ドック」へと姿を変えていた。
そして今日。分厚い防音魔法の結界が張られたドックの中で、数千の工員たちの歓声と共に、一つの「異常な建造物」が産声を上げた。
「……見事だ。これぞ、我らが大日本の知と技術の結晶よ」
ドックを見下ろす高台から、織田信長は満足げに腕を組み、口の端を吊り上げた。
海に浮かぶそれは、従来の「船」という概念を根本から破壊する異形の巨塊だった。
全長二百メートルに及ぶ漆黒の船体は、木材ではなく、五郎左が鍛え上げた強靭な特殊合金(ミスリル鋼)の分厚い装甲で完全に覆われている。帆柱は存在せず、代わりに船体の後部には、水流を取り込んで超高圧で噴射する「魔力推進タービン」が備え付けられていた。
「フハハ! どうでさぁ御館様! ルミナ帝国からぶんどった国宝『天使の心臓』を主機に組み込み、装甲には魔法反射のコーティングを施してありやす! 海竜のブレスだろうが、嵐の雷だろうが、傷一つ付きやしねぇ!」
煤で顔を真っ黒にしたドワーフの鍛冶長・五郎左が、自身の最高傑作を前に大口を開けて笑う。
「主機の魔力変換効率は計算通り百二十パーセント。流体力学に基づいた船底の流線型フォルムにより、水の抵抗を極限まで殺しています。いかなる海流や暴風雨に巻き込まれようとも、決して沈みません」
ハーフエルフの佐吉が、相変わらず無表情のまま算盤を弾いて絶対の保証を口にする。
「そして、船内の居住区画、兵站の備蓄庫、砲列甲板の配置に至るまで……すべてにおいて無駄を排し、長期間の航海でも兵の士気が落ちないよう、完璧な空間設計を施しました」
ハイエルフの金柑が、美しい金髪をなびかせながら優雅に一礼する。
武功派が暴れ回る裏で、この三人の天才頭脳が信長の「無茶振り」を完璧な形で具現化させたのだ。
「大儀であった、五郎左、佐吉、金柑! 史実……いや、かつての俺ですら成し得なかった真の黒船。この船の名は『天魔』とする!」
信長がそう宣言すると、傍らに控えていた蘭丸が深く首を垂れた。
「第六天魔王であられる御館様が乗るに相応しき名……! 我ら最強の家臣団、どこまでもお供いたします!」
かくして、織田信長率いる精鋭部隊を乗せた魔導鉄甲船『天魔』は、未知の大洋である西の果て――『奈落の海』へと出航したのである。
* * *
出航から三日。
『天魔』は、すでに大陸の常識が通用しない狂気の海域へと突入していた。
空は分厚い紫色の暗雲に覆われ、太陽の光は一切届かない。海面は墨汁のように黒く濁り、至る所で巨大な渦潮が渦巻いている。波の高さはゆうに十メートルを超え、普通のガレオン船であれば数時間で木端微塵に砕け散っているだろう。
しかし、漆黒の鉄甲船『天魔』は、波を文字通り「破砕」しながら、微動だにせず直進していた。
「おえぇぇぇ……ッ」
「おいおい虎、だらしねぇぞ! 天下の猛将が船酔いでゲロ吐いてどうする!」
「うるせェ市松……! テメェはドワーフだから三半規管が鈍いだけだろ……ッ」
甲板で虎獣人の虎が青い顔をして樽に縋り付き、ドワーフの市松が大笑いしながら背中を叩いている。
その光景を、風の軍師・半兵衛が穏やかな目で見守りながら、自らの周囲に「微風の結界」を張って荒波の飛沫を逸らしていた。
「とはいえ、凄まじい海流ですね。自然の魔力が荒れ狂っている。私の風魔法で船体のバランスを補助していますが、油断すれば飲み込まれそうです」
「案ずるな、半兵衛殿。すでに海流の規則性は私が解析済みだ。西へ真っ直ぐ進むには、目前の巨大な渦潮の『縁』を利用して加速すればいい」
劇薬の軍師・官兵衛が、羅針盤と海図を睨みながら杖をついて歩み寄る。
その時だった。
『――グォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!』
突如、奈落の海の底から、大気を激しく震わせる重低音の咆哮が響き渡った。
ドゴォォンッ!と、真っ黒な海面が爆発したかのように隆起する。
「な、なんだァ!?」
市松が斧を構える。
隆起した波の中から姿を現したのは、山のように巨大な八本の触手と、青白い燐光を放つ無数の眼球を持つ、おぞましい異形の巨獣であった。
「海魔……いや、伝承にある『奈落の海竜』か!」
権六が戦斧を構えながら叫ぶ。
海竜は、己の縄張りに侵入してきた異物(天魔)を見下ろし、その巨大な口を大きく開いた。
口の中に、周囲の海水と大気中のマナが凄まじい密度で圧縮されていく。極大の『水魔力砲』の予備動作であった。
「撃ってきやすぜ、御館様!」
見張り台から猿が絶叫する。
しかし、艦橋に立つ信長は、ただ冷たく笑って腕を組んだままであった。
「騒ぐな。五郎左と佐吉の仕事を信じろ」
ズドォォォォォォンッ!!!
海竜の口から射出された、城壁すら消し飛ばすほどの極太の高圧水流ブレスが、『天魔』の漆黒の船体側面に直撃した。
凄まじい衝撃波が海面を割り、天まで届くほどの水柱が上がる。
「……ふん。無駄なことだ。旧世界の魔物ごときが、科学と理で鍛え上げられたこの装甲を貫けるわけがない」
金柑が、涼しい顔でティーカップを傾ける。
水柱が晴れた後。
そこには、傷一つ、凹み一つ付かずに悠然と海に浮かぶ『天魔』の姿があった。
ミスリル鋼の強度と、表面に施された魔力分散コーティングが、ブレスの威力を完全に海中へと逃がしたのである。
「ギィィィ……!?」
海竜の無数の眼球が、信じられないものを見るように見開かれた。己の最強の攻撃が全く通じない獲物など、悠久の時を生きてきて初めてであった。
「フハハハハ! 馬鹿な図体だ。力任せの魔法なら何でも通じると思うなよ」
信長が軍配を振り下ろす。
「さあ、見せてやれ! 我が大日本が誇る、新時代の火力を!」
「承知いたしました! 両舷、砲門開け!」
佐吉の号令と共に、天魔の側面に設けられた無数のハッチが一斉に開いた。
そこから突き出されたのは、従来の筒とは違う、複数の銃身を束ねた異形の砲――魔力螺旋陣を応用し、回転しながら魔力弾を連射する『魔導旋風砲』であった。
「撃てェェェッ!!」
佐吉の指揮の下、砲術手たちが一斉に魔力を流し込む。
ギュルルルルルッ!と砲身が高速回転し、青白い魔力弾の嵐が秒間数百発という狂気の速度で放たれた。
「ギャァァァァァァッ!?」
圧倒的な弾幕の十字砲火を浴び、海竜の分厚い鱗が次々と弾け飛び、青黒い血が海を染める。
あまりの痛みに狂乱した海竜は、残された巨大な八本の触手を振り上げ、天魔の船体に絡みついて強引に海中に引きずり込もうとした。
「チッ、しつこいタコ野郎だ! 甲板に上がってきた触手は俺たちが刻むぜ!」
「しゃあァッ! 船酔いも吹っ飛んだぜェ!」
甲板に張り付いた巨大な触手に対し、市松の大斧が叩き込まれ、虎の十文字槍が嵐のように突きを放つ。
さらに、風の軍師・半兵衛が滑空するように甲板を舞い、触手の関節(魔力の結節点)に不可視の風の刃を撃ち込んでいく。
「蘭丸! トドメを刺せ!」
「御意!」
信長の命を受け、蘭丸が甲板からマストの頂上へと跳躍した。
彼の愛刀に、尋常ではない密度の魔力が纏われ、空間が歪むほどの熱を持った数十メートルに及ぶ光の巨大な刃『絶刀・魔刃』が形成される。
「主君の往く道に、障害は残さぬ……断ち切れッ!」
蘭丸が空中で一閃。
眩い閃光が奈落の海を切り裂き、海竜の急所である巨大な眼球の集積部から、脳天の奥深くまでを真っ二つに両断した。
「ゴ、ボォォォォォ…………」
断末魔の低い呻き声を残し、奈落の海の絶対的な主であった海竜は、二つに割れた巨体を崩しながら、深海の底へとゆっくりと沈んでいった。
* * *
海竜の死骸が沈むと同時に、海域を覆っていた異様な魔力の淀みが晴れていった。
紫色の暗雲に一筋の亀裂が入り、そこから強烈な陽光が海面を照らし出す。
「……御館様。前方に、陸影が見えます」
艦橋の最前列で羅針盤を見ていた官兵衛が、杖で地平線を指し示した。
荒れ狂う奈落の海を越えた先。
そこには、これまで信長が支配した大陸の緑豊かな大地とは全く違う、赤黒い岩肌が剥き出しになった、禍々しくも巨大な大陸が広がっていた。
大気中に満ちるマナは圧倒的に濃く、獰猛で、海岸線には名も知れぬ巨大な骨の塔が幾つも立ち並んでいる。
真の魔族、魔獣たちが住まう絶対不可侵の領域――『魔王大陸』。
「フハハ……。良いではないか。これぞ俺が求めていた新たな戦場、未開の盤面よ!」
信長は、海風に漆黒のマントを翻し、爛々とした瞳で魔王大陸を睨みつけた。
「皆の者! 退屈な平和はここまでだ! 旧き魔王の首を獲り、あの土地の理もすべて俺が書き換えてやる!」
「「「おおおおおッッ!!!」」」
天魔の甲板から、最強の家臣団による狂気じみた鬨の声が上がり、新たな大陸の空気を震わせた。
魔法を科学で解明し、経済と情報で世界を制した第六天魔王。
彼が駆る無敵の魔導鉄甲船は、いよいよ人外の魔境へとその船首を突き入れる。
信長の『真・天下布武』の覇業は、底知れぬ新たなステージへと突入するのであった。
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