第六章:空飛ぶ車「北斗七星」の巡回
「陽菜、見てごらん。あのもみじの葉、月の光に透けて、まるで小さな赤い手が空を仰いでいるみたいだね」
おばあちゃんの嘉代子は、月光に照らされて深紅に輝く庭の景色を愛おしそうに眺めました。
秋の夜長は、知らず知らずのうちに足元から冷えが忍び寄ってきます。嘉代子は、少し温度を上げた熱いほうじ茶を陽菜の湯呑みに注ぎ足しました。
「さあ、内側から温まりなさい。胃腸が冷えると、体全体の巡りが悪くなってしまうからね。湯気でお鼻を温めながらお聞き」
陽菜は「ありがとう、おばあちゃん」と、香ばしい茶の香りを深く吸い込み、温かい湯呑みを両手で大切に包み込みました。
「ねぇ、カメとヘビが守っているお城の周りを、王様はどうやって見回っているの? ずっと座ったままじゃ、退屈しちゃうもんね」
嘉代子は夜空の真ん中、北極星を囲むように並ぶ七つの明るい星——北斗七星を指差しました。
第六章:空飛ぶ車「北斗七星」の巡回
「ふふ、王様にはちゃんと、宇宙で一番立派な乗り物があるんだよ。陽菜、あのひしゃくの形をした星を知っているかい?」
「知ってる! 北斗七星でしょう? 学校でも習ったよ」
「そうだね。でも、大昔の中国ではね、あれをひしゃくだけじゃなくて、天帝さまの専用車……『帝車』と呼んでいたんだよ。
王様は、動かない北極星の玉座に座っているけれど、あの七つの星に乗って、夜空の役所やお月さまのホテルを毎日パトロールしていると考えられていたんだ」
嘉代子は、ほうじ茶の湯気の中に、見えない車輪を描き出すようにゆっくりと指を動かしました。
「陽菜、あのひしゃくの『柄』の部分をよく見てごらん。あそこは、車の梶棒のような役割をしているんだ。この車はね、ただ夜空を回っているだけじゃない。その梶棒が指し示す方角によって、地上の季節を動かしている魔法の指針でもあったんだよ」
「季節を動かす? 星が?」
「そうだよ。昔の人はね、『北斗の柄が東を向けば春、南を向けば夏、西を向けば秋、北を向けば冬が来る』と言って、あの車の向きを見て農作業の準備を整えたんだ 。
今、あの梶棒はどっちを向いているかな? 秋の夜長、西の空を指して、私たちに収穫の季節を教えてくれているんだね。
天の王様が車を走らせることで、地上の時間が正しく刻まれていく……。天と地は、目に見えない大きな歯車で繋がっているんだよ」
陽菜は、夜空を駆ける透明な馬車を想像して、目を輝かせました。
「かっこいいなぁ。王様が車で通ると、もみじが赤くなったり、雪が降ったりするんだね」
「その通り。そしてね、陽菜。あの車の梶棒の先にある星は、『破軍星』という、とても力強い名前がついているんだ。
この星はね、宇宙のエネルギーの最前線。王様が『次はあっちだ!』と指図する、指揮棒のようなものだね。この星が正しい方向を向いているからこそ、宇宙の秩序は保たれているんだ
嘉代子は、手元の湯呑みを置き、陽菜の横顔を優しく見つめました。
「妙見さまがのちに『運命を司る神様』として信じられるようになるのは、この北斗七星という車に乗って、私たちの世界の時間を一分一秒、正しく守ってくれているからなんだね。止まることなく、迷うことなく、王様は毎晩、宇宙を見回っている。だから私たちも、安心して眠ることができるんだよ」
夜風が少し強まり、庭のもみじがカサカサと音を立てました。
陽菜は、夜空を巡る帝車の、静かで力強い車輪の音が聞こえてくるような気がしました。
「おばあちゃん、王様が見回りをしてくれているなら、悪いことはできないね」
「おや、鋭いね。実はね、星たちはただ車で通るだけじゃないんだよ。彼らには、もう一つ大切なお仕事があるんだ……。それは、私たちの行いを『名簿』に書き込むこと。次は、その少しドキッとする『天の名簿』のお話をしようかね」
嘉代子の語りは、星空の美しさの裏に秘められた、厳格な「秩序」の物語へと続いていきました。
(第六章 完)




