第七章:星が記録する「天の名簿」
「おばあちゃん、王様が夜空をパトロールしているなら、悪いことは筒抜けだね」
陽菜の言葉に、嘉代子はいたずらっぽく目を細めました。
庭のあちこちに散り積もったもみじの葉が、冷ややかな月光を浴びて、まるで星屑が地上に降りたかのように淡く光っています。
「その通りだよ、陽菜。王様……天帝さまはね、ただパトロールをするだけじゃないんだ。実は、私たちの毎日の行いを一文字も漏らさず書き留める、『天の名簿』を持っていると言われているんだよ」
嘉代子は温め直した急須から、陽菜の湯呑みに最後の一滴までほうじ茶を注ぎました。
第七章:星が記録する「天の名簿」
「陽菜、あの北極星のすぐそばには、王様を助ける優秀な二人の秘書がいるんだ。一人は『司命』、もう一人は『司録』という名前だよ」
「秘書さん? 星の中に名前があるの?」
「そう。道教という古い教えではね、この二人の神様が、星のペンを持って私たちの善いことと悪いことを名簿に書き込んでいると考えられていたんだ。
『司命』はその名の通り、人間の命の長さを司る。
そして『司録』は、その人の功績を記録して、どれだけ幸せを受け取れるかを決めるんだね」
嘉代子は縁側の柱に立てかけてあった古い手帳を手に取り、パラパラとページをめくって見せました。
「例えば、陽菜がお友達に優しくしたり、お家のお手伝いを頑張ったりすると、『司録』さまが名簿に花丸をつけてくれる。すると『司命』さまが、『よしよし、この子はいい子だ。長生きさせてあげよう』と、命のロウソクを少しだけ太くしてくれる……。そんな風に、夜空の星たちは私たちの心の鏡でもあったんだよ」
陽菜は自分の胸に手を当てて、少し緊張した面持ちで空を見上げました。
「なんだか、ずっとテストを受け続けているみたいで、ドキドキしちゃうな」
「ふふ、でもね、昔の人にとってそれは『希望』でもあったんだよ。どんなに辛いことがあっても、誰も見ていないところで頑張っていれば、必ず空の星が見ていてくれる。その安心感が、人々が正しく生きるための心の支えになっていたんだね」
嘉代子はさらに夜空の南の方を指差しました。
「面白いお話があるよ。北極星の周りの『北斗七星』は、厳しい裁判官のように悪いことをチェックして、寿命を削る『死』の役割を持っている。でもね、南の空には『南斗六星』という六つの星のグループがあって、そっちは反対に、命を授けて延ばしてくれる『生』の役割を持っているんだ」
「生と死……。南と北で役割分担しているんだね」
「そう。ある物語ではね、もうすぐ寿命が尽きると予言された若者が、この北斗と南斗の神様が碁を打っているところへお願いに行ったんだ。若者が差し出した美味しいお酒とご馳走を、碁に夢中になっていた神様たちがうっかり食べてしまった。そのお礼にと、名簿に書かれていた若者の寿命を書き換えて、何十年も延ばしてくれた……なんてお話も伝わっているんだよ」
陽菜は「神様もうっかりすることがあるんだ」と笑い、少しだけ肩の力が抜けたようです。
「妙見さまの『妙見』という言葉には、『すべてを正しく見通す眼』という意味がある 。
パトロールをする帝車(北斗七星)と、記録をつける名簿(司命・司録)。
これらが合わさって、妙見さまは私たちの運命を司る、慈悲深くて厳格な神様になっていったんだ。
陽菜、ほうじ茶で体が温まっただろう? 自分の内側を温かく保つことは、自分を大切にするという立派な『善い行い』なんだよ」
嘉代子は陽菜の頭を優しく撫でました。
「さて、星たちが私たちの名簿を管理していることがわかったところで……。次は、はるか遠いインドから届いた、もっと不思議な『運命の星』のお話をしようかね。
生まれた日の星が、その人の性格を全部決めてしまうという、魔法のような占いの物語だよ」
陽菜は「私の性格も決まってるの?」と目を輝かせ、秋の深まる夜空の下で、新しい物語の始まりを待ちわびていました。
(第七章 完)




