第四章:四つの方角を統べる「聖なる獣」
「陽菜、もみじの影が畳に落ちて、まるで夜の海に浮かぶ小島のようだね。秋の夜長は、知らず知らずのうちに足元から冷えが忍び寄ってくる。さあ、熱いほうじ茶を淹れ直したよ。湯気でお鼻を温めながらお聞き」
おばあちゃんの嘉代子は、月光に照らされて深紅に輝く庭の景色を愛おしそうに眺め、陽菜の湯呑みに香ばしい茶を注ぎ足しました。縁側の外では、鈴虫の声が水晶のように澄んだ響きで夜気に溶け込んでいます。
陽菜は「ありがとう、おばあちゃん」と、温かい湯呑みを両手で大切に抱え込みました。
「ねぇ、お月さまのホテルの話、面白かった! でも、二十八個もホテルがあったら、お月さまも迷っちゃわないかな? なにか目印みたいなものはないの?」
「ふふ、いいところに気がついたね。実はね、その二十八個のホテルは、ただバラバラに並んでいるわけじゃないんだよ。
七つずつのチームに分かれて、それぞれ大きな『聖なる獣』の姿を形作っているんだ。
それが、これからお話しする『四神』という守護神たちだよ」
第四章:四つの方角を統べる「聖なる獣」
「昔の中国の天文学者たちはね、夜空を四つの大きなエリアに分けたんだ。
そして、それぞれのエリアにある七つの宿を線で繋いでみたら、巨大な生き物の姿が浮かび上がってくることに気づいたんだよ」
嘉代子は、まず東の空を指差しました。
「東のチームは『東方青龍』。
名前の通り、美しい青い鱗を持った龍の姿だね。
二十八宿のスタート地点である『角宿』はこの龍の角にあたり、『亢宿』は首にあたる。春の訪れとともに東から昇ってくるこの青い龍は、命の成長や発展を司るエネルギーの象徴だったんだよ」
「青い龍かぁ、かっこいい! じゃあ、あっちの南の方は? 夏の星がいっぱいあるところ」
陽菜が指差す先、秋の星座へと移り変わる前の、名残惜しそうに輝く南の空を見つめながら、嘉代子は続けました。
「南は『南方朱雀』。
真っ赤な羽を広げた、美しい鳥の姿をしているんだ。夏の間、太陽のように燃え上がる火の力を司る守護神だね。情熱や喜びを運んでくると信じられていたわ。
そして、今私たちが眺めているこの秋の空……西の空を守るのが、
『西方白虎』。
これは強くて凛々しい白い虎の姿で、秋の澄んだ空気と、実りの季節を外敵から守る強さを象徴しているんだよ」
嘉代子はそこで一度言葉を切り、北の空——妙見さまが座る北極星のある場所を、ひときわ丁寧に指差しました。
「そして、私たちの妙見さまと一番繋がりが深いのが、
北を守る『北方玄武』。
これはね、陽菜、ちょっと不思議な姿をしているんだよ。大きな亀の体に、長い蛇がぐるぐると巻き付いているんだ」
「カメとヘビが合体してるの? なんだか最強のコンビみたい!」
陽菜の言葉に、嘉代子は満足そうに頷きました。
「その通り。昔の人は、これら四匹の聖なる獣たちが天の四方をがっちりとガードしていると考えたんだ。
だから地上でも、この四匹に守ってもらおうとしたの。
これを『四神相応』と言うんだよ。
たとえば、昔の都である京都(平安京)や、今の東京の元になった江戸の町。
これらは、
北に高い山(玄武)、
東に川(青龍)、
西に大きな道(白虎)、
南に池や平地(朱雀)
がある場所が、最も縁起が良いとされて選ばれたんだよ」
「町づくりも、星の獣たちの形を真似して作られたんだね」
「そう。天にある完璧な秩序を、そのまま地面にも写し取ろうとしたんだね。
妙見さまがのちに『全宇宙の主宰者』として、あらゆる星たちを家来のように従える王様として崇められるようになる背景には、こうして四神という頼もしいボディーガードたちが完璧に方角を守っているという、絶対的な安心感があったからなんだよ」
嘉代子は陽菜の肩をそっと抱き寄せました。
もみじの葉がひらりと一枚、陽菜の膝の上に落ちてきました。
「陽菜、これから君がどこへ行っても、夜空を見上げればこの四匹の獣たちが君を囲んで守ってくれている。
迷った時は北の玄武を見て、自分の中心を確かめればいい。さあ、夜空のガードマンたちを紹介したところで、次は……この北を守る玄武が、どうしてあんなに動かずにじっとしているのか、その秘密についてお話ししようかね」
陽菜は膝の上の赤いもみじを大切に手に取り、「カメとヘビの秘密、教えて!」と目を輝かせました。
(第四章 完)




